英雄の終わりと召喚士の始まり
1-9 伝説の召喚術師
資料室へ入ると、古びた紙とインクの匂いが鼻を差す。
数えるのも億劫なほど林立する本の山はさながら森のようだ。
所々に用意されている机の上では小声ながら様々な冒険者達の打ち合わせが行われている。
遠征に赴く冒険者達はここで、その土地土地の特徴や現れる魔物に対しての予備知識を積んで依頼に赴く。
情報一つ知っているか否かで命を左右する場面もあるのだ。
有力な冒険者こそ、その重みを知り資料室を利用する。
そんなヒソヒソとした会話が広がる空間の中で、
明らかに異常な光景がある。
資料室のど真ん中に位置する大テーブルの半分を占める山積みにされた本と、その机の上に座り込み周囲への騒音を気にもせずぶつぶつと呟きをこぼす壮年の男。
細身でリーディンググラスのかけたその姿は一見すると学者のような風貌であるが、
よく見ると引き締まった肉体はしっかりと鍛えられているのが分かる。
周囲への配慮など欠片もなく、我が物顔で居座るその男に、周りにいる人間は誰一人彼に注意を促す所か、近づくことすらなく奇妙な空間を作り上げている。
「これだからキワモノは…」
目当ての人物を見つけたものの帰りたい衝動に襲われるが、ここで帰ってはここまでの苦労が水の泡だ。
渋々その人物に近寄る。
「帰りましたよ、ウォーデンさん。収穫はありましたが、帰りの依頼は異常事態により達成できませんでした。なのでお金がありません。貸してください」
不躾な物言いに本の山の主は目を向けると待っていたと言わんばかりに意地の悪い笑みを浮かべながら、持っていた本を畳む。
「戻ったかテュール。収穫ということは無事に召喚の儀は成功したようだな。どうだ?うまくいきそうか?」
「もう一つ召喚獣と契約しないとなんとも言えませんが、まぁ手ごたえとしてはなんとかなりそうな感じですね。多少時間はかかりましたが、七日間の顕現には成功しましたよ。
で、ウォーデンさんお金。」
「それは重畳!七日間の顕現など俺にも不可能だ! もし目論見通りいけばお前は召喚士史上最高の術師になれるっ! 本当に面白い体質だな!一度解剖させてくれんか!」
ハッハッハと高笑いを浮かべながらも堂々と不穏な事を話すこの男。
偶然の出会いから命を救われ、俺に興味を持ったようでそのまま拾われ、今はこの男の元で修行に励んでいる。
これでもSランクの現代最強の冒険者召喚術士だ。
曰く、伝説の魔獣と契約した唯一の召喚術師。
曰く、レッドドラゴンを殴り殺した。
曰く、一人で大型スタンピードを壊滅させ全ての報奨金をかっさらった。
などなど、数々の伝説を残し、冒険者召喚士がキワモノ扱いされる原因となったのがこの男である。
軍仕えの召喚士は、まだ真っ当な扱いを受ける。
なんせ一角の召喚士ならば固定砲台として、魔法師よりも強大な破壊力を有する。
息切れが激しい分、入れ替わりで使用すれば大した殲滅力になる。
だが冒険者として活動する人間はキワモノ扱いされる。
それはこの男が数多の召喚獣と契約し、召喚獣と共に相手に殴りかかるという戦い方を広めてしまった為だ。
そんな戦い方をソロの冒険者召喚士達は真似し、一時は近接召喚士というスタイルが流行ったもののすぐに廃れた。
何故なら上手く機能しないからだ。
魔力とは心臓を基点に、体外へ放出する為の魔力回路というものの果てに魔力行使の結果を具現する。
魔法師も戦士も召喚士も基本的には同じ理屈だ。
簡単に言えばホースから出た水の先が魔法。
魔法士はその魔力を火に。
戦士はその魔力を身体強化に。
召喚士はその魔力を召喚獣に。
修練の末にその魔力行使の結果を、より大きく、より効率的に変換する術を学んでいく。
それをこの男は、喚起する為の魔力をわざと多く溢れさせ、その分を身体強化に回すという荒業を器用に行い、その戦い方を編み出した。
言うは易く行うは難し。
少しでも召喚獣への魔力が少なければ顕現できず。
少しでも身体強化への魔力が乱れれば効力は失われ。
無理に魔力を多く放出してしまえば、すぐに魔力を切らし、
敵の眼前で気を失い命を落とす羽目になる。
そんな器用な真似が誰にでも出来るはずがなく、冒険者召喚士たちはキワモノと呼ばれるようになったのだ。
「解剖は勘弁してください。それにそんな事しなくてもよく診ればどうなっているか分かるでしょうに。
それより金貸せってば」
話を全く聞かないこの男についつい、言葉が荒くなってしまう。
「クククッ!冗談だよ。で、なんだ金とは? 依頼はどうした?まさか大規模な群れにでも遭遇して失敗したか?」
話を聞かない割になぜそこまでわかるーーまさかっ!?
「あの群れけしかけたのあんただなっ!?なんてことしやがる!」
俺はなんとか無事だったがあれだけの数の人間がいたんだ!全員無事な訳がない!
「そう熱くなるな。グリフォンを喚んで追い立てただけで、怪我人は一人もいない。怪我をする前に魔物は始末している。
悪徳商人に騙された被害者が山ほどいてな。痛い目に合わせて欲しいと頼まれていたんだ。依頼はよく選べよ?また悪事を擦りつけられるのは勘弁だろ?」
そう言って懐から銀貨を10枚取り出す。
受けた仕打ちに一瞬怒りを覚えたが、遠回しに助けてもらったようなもの。
確かに報酬に目が眩んで深く考えず依頼を受けた……悔しながら言ってる事はもっともだ。
「……悪かった。次からは慎重に選ぶ」
出された銀貨を取ろうとすると……
「次の依頼だ。受けるか、否か。」
帰ってきてすぐにまた街を出なければいけないようだ……少しは休ませて欲しい……
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