英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-5 裏切りの英雄



まるで時間が止まったかのようにシン……と訪れる静寂。

が、それも一瞬の事。
テュール・セイズってあの裏切りの…? 金で国を売ったって奴か? いやいや女も仲間も目につくものは切り捨てたとか…
死んだって噂だぞ…生きてたのか…? 双剣の使い手じゃないのか? 武器なんか持ってないぞ…?
それに隻腕…右腕しかない…。

周りの人間が口々にざわめき始め、騒ぎを聞きつけたのか詰め所から更に騎士が三人、四人と現れる。


何も知らない奴らが…勝手なことばかりっ…‼︎

国を裏切った?違うっ!
仲間を切り捨てた?違うっ!

声にならない叫び……熱くなる心とは裏腹に、思考は冷静だ。

騎士は全部で七人。
少し遠くに二人。今出てきた四人と、目の前に一人。
こいつさえ倒してしまえば突破するのは簡単だが、人も多い。
無関係な人間にまで被害を出すほど落ちぶれてはない。


「審査は問題ないはずですが? 通らせてもらいますね」
「待ちたまえ。…っ!待てと言っているっ!!」

先ほどの騎士が道を塞ぐように回り込む。後ろにも二人…ちっ!無視してさっさとこの場を抜けてやろうと思ったのに。

「ここが中立都市だからと言って犯罪者を簡単に通すわけにはいかない。取り調べが必要だ。詰め所まで来い!」

…クズが…このニヤついた顔を知っている…

自分が絶対的上位者だと信じて疑っていない顔。
負ける訳がないと人を見下した顔…!
どうせ取り調べなんて建前で、根も葉もない罪をでっち上げ王国に連行し処刑させたいだけだろう。

いい加減に頭にきた。

「…数が多ければ勝てると思ってるのか?」

基本的に喧嘩を売られようと笑って流せるはずなんだけどな。

「なんだと?!」

「知らないのか?弱い人間ほど群れたがる。自分一人じゃ何も出来ないからな」

「ふん!裏切り者に何を言われようと構わん!我らは正義の為に在る!」

そうだ、正義。自分が正しいと信じた物しか正義だと認めない、この神経が許せない。

「正義を言い訳にするなよ、ましてお前みたいなクズが正義を語るな。おこがましい」

「…死にたいようだな!薄汚い売国奴がっ‼︎」

「お前ら如きが俺を殺せると?」

騎士共が抜剣すると同時に短剣を引き抜き構え牽制する。
水晶の光が魔力を込めてないにも関わらず普段より強い。

アゾットが興奮しているのだ…正直こんな剣を持ちたくない…

こいつが企んでたのはこれか。わざわざ俺への敵意の強い王国側の東門に案内し、揉め事を起こさせる。
本当にめんどくさい方向にばかり誘導してくれる…

だが騎士達に、向かってくる気配は感じ取れない。


――恐れているのだ。

裏切者と罵ろうとも、腕一本無くなっていようとも。

敵の砦に身体強化の魔術一つで乗り込み、立ちはだかる敵をすべて一刀に伏せ、頂上の敵旗をへし折った、あの英雄を。


――知っているのだ。

文字通り一騎当千を行い、獣のような勝鬨をあげるその姿を。畏怖と尊敬を集め『砦落とし』と呼ばれた男を。


片腕を失おうと、何を仕掛けてくるかわからない。

気付いた時には首を斬られているかもしれない。

一挙一動に怯む姿を目に、内心では安堵の溜息を漏らす。

余裕の表情を浮かべてはいるが正直な所、状況は良くない。

殺られる気はしないが、狭い通路、周囲にはギャラリーと化した一般人がいる。
第一、全員でまとめて切り掛かって来たなら防げるはずもないのだ。
全盛期なら軽くひねれたものの、今の俺には右腕一本。短剣一つだ。

短剣の呪いのせいで身体強化の魔術もあの頃のように使えない。
そのおかげで召喚術という別の力は手に入れたが、
現状で唯一呼び出せるウニスケにはまだインターバルがある。

まぁそんな事こいつらが知る筈もないのだが…

切り札を使えば切り抜けられるだろうが、確実にこの騎士たちを殺してしまう。
斬りかかられたならばまだ正当防衛と言い張れるが、こいつらは剣を構えただけだ。
一人でも殺してしまった後に、威圧の為に抜剣しただけだった!などと、
言い掛かりをつけられてしまえば、さすがの中立都市といえども、ただでさえギリギリの状態なのに追放されてしまうかもしれない。


本当にめんどくさい……


斬り掛かりたいのに一歩が出せない騎士たちと

斬り掛かられないと斬り返せないテュール。


妙な膠着状態を続ける現場に終わりを告げたのは、
酷く澄み渡る綺麗な声だった。




――双方、剣を収めなさい!――




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