英雄の終わりと召喚士の始まり

珈琲屋さん

1-2 執事アゾット



――なにかいる――



微かな気配……

常人ならまず気付くことのないほんの些細な違和感。
勘違いならそれで構わない。
だが何かあってからでは遅いのだ。
思考は僅か、奥の茂みからスッと老練な執事風の男が現れる。

「さすがは主殿。よもやお気付きになられるとは思いませんでした。私、些か自信をなくしてしまいそうです」

「……気付いた訳じゃない。違和感を感じたから念のために備えただけだ。それよりわざわざ気配を殺して戻る必要ないだろう」

そう言いながら添えた手を戻すことなく短剣を引き抜く。
無骨な作りながら、柄にはめ込まれた水晶が焚き火の明かりに反射して独特の存在感を放つ。

「フフッ!忠臣の些細なイタズラにございます。気を害してしまったなら申し訳ありません。
しかし、その念の為を行わず殺される愚かな人間が山ほど存在するのですが、フフ、さすがと申しましょうか。それでこそ主殿であります‼︎」

言葉の端々から色めき立つような感情の起伏とともに瞳の奥に微かな狂気が見える。

ちっ…この変態執事…どこに興奮するスイッチがあるかわからない。

「街道を見つけました。主殿の予想通り、もうミュルクの森の中層辺りのようです。ここからあちらに向かって三刻ほどいけば森を抜けれるかと」

「そうか。ありがとう、もう戻っていいぞアゾット」

抜いた短剣を握り魔力をこめる。すると柄の水晶が淡く明滅する。

「おやっ!もう私の出番は終わりですかな?まだまだ力は有り余っておりますぞっ」

アゾットと呼ばれた執事はニヤリと胡散臭い笑みを浮かべる。

「勝手に出入り出来るくせにわかりきった問答をさせるな。それに気付かれないようにちょこちょこ出ているだろう」

射抜くような視線を向ける。殺意は篭ってないが警戒心は消せない。
こいつは一見味方のようでありながら、俺が不利になることを喜ぶ。
かといって敵対するような事はしない。

本人曰く、「主の成長していく様を見届けたいという親心にございます」だそうだが、何が親心だ。
こいつのおかげで気を抜くことは許されないし、言動の端々にまで気を配らなければいけない。
どこかで罠にはめるつもりかもしれないからだ。

まぁ罠といっても生死を分けるようなモノではなく
ただ厄介毎に巻き込まれる程度だが、コイツは面白がって進んで俺を巻き込もうとしてくる。

昨日も小さな集落を見つけた――なんて言うから食料だけでも分けてもらおうと向かうとそこはゴブリンの集落だった……
気付かれる前に引き返すことが出来たのが幸いだったが…アゾットの言う事を真に受けてはいけない。

「なんとッ!私がいない事に気付くだけでなく、企みを知った上でむしろ自由を与えていたとはっ!
やはり主殿も私のプレイを楽しみにしておられたのですねっ!
私、興奮して少々前屈みになってしまいそうです!」

なんてふざけた事を抜かしながら本当に前屈みになる変態執事。
冷たい目を向けながら短剣への魔力を強め、強制的に送還の意思を込める。
すると一瞬にしてアゾットと呼ばれた男がいた場所に魔力の粒子が煌めき姿を消す。

……やっぱりコイツ捨てたい……短剣を一瞥し瞑目する……

短剣の銘もアゾット。
強大な力を持つ悪魔を宿し、所持者にふさわしい者には絶大な力を、
ふさわしくない者には破滅を齎らすと伝えられる呪われた魔剣の一つ。

……悪魔を宿すといっても、宿っていたのは変態執事。まぁある意味では悪魔に違いないが……
何回捨てても気付けば手元に戻ってくるという、正しく呪われた魔剣だ。
かといって役に立たない訳ではないのがせめてもの救いか……

ベッドがわりにしていた外套をぱんと伸ばして軽く土埃を落とし羽織ると、動き出す事を察してウニスケはぴょんと飛び上がり左肩に着地する。
僅かな衝撃と重みが、スカスカだった肩の軽さを満たしてくれた。

「よしっ行くかっ!」

燻った火種がぱちぱちと少しずつ灯りを落としていくと共に、1人の青年と一匹の召喚獣がまだ日の昇らない森の深い暗闇の中へ消えて行く。

その腰に怪し気な光を放つ短剣を携えて…



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