黒薔薇の吸血鬼は憂鬱な魔女に願いを掛ける

幸運の顎髭

魔女、初っ端から一番を取る。でも、そんなことより知り合いの弟が心配である。①



 今日はいつもより少しばかり早めに起きれて、何か良いことが起きそうな予感のする――

「マローナ様ぁ?!」
「マローナぁああ~!!」
「ローナちゃんってばー」


 ――爽やかな朝。……じゃなかった。


 明朝みょうちょうというよりは夜更けに近い午前2時過ぎのこと。
 皆にとっては夜中らしいけれど、毎日この時間帯に起き出している私にとってはもう朝が来たのかという感覚である。
 いつも通り夜中のパトロールも兼ねて、飛行訓練の足りていない不肖の弟子の一人を引き連れて散歩に出ていたのだが。
 何だかキャンキャンと近所迷惑な騒音が真下から聞こえてきて、うんざりとしていた。
 私の素敵な朝の気分をぶち壊すとか。新手の嫌がらせなの?ねえ?

「お師匠さま、アレって有名なお三方じゃあないんですか?」
「そうね。アレは爽やかな朝には不要なものだよ」

 横乗りでぷらぷらと足を揺らしていると、真下を追走してくる桃色と赤と金色の毛並みの獣たちの喧しさに気が散ったらしい不肖の弟子が、危なっかしい飛行操作で枯れ草色の箒をどうにか乗りこなしながら生意気な口を聞いてきた。
 ここは黙って師匠に進行を任せておくのが良い弟子というものなのに、この弟子と言えば全く分かっていない。
 だから、いつまで経っても雑用係り長止まりのイビりの標的になって毎朝、必ず師匠の私に蹴り起こされるってのに。馬鹿なんじゃないの、こいつ。


 他の追随を許さない一番弟子のエンゼルを見習いなさいよ。

 始終微笑みを崩さないで、その微笑みのまま私の知人が頼んだ虐殺をサクッとこなしてくる姿が目撃されて周囲から恐れられてるけれど。
 それを除けば何百、いや何億倍もマシでしょうよ。そもそもコイツとエンゼルとは次元が違っていたかしら。

 ……しかも、私の殺気に気づかないどころか、ふらふらと飛行しながら器用にも真下の獣を見て、獣姿の状態だってのに鼻の下を伸ばしてるんだから。この不肖の弟子の不出来さったら、私の手に負えない。
 というか、あんなのただの獣臭い毛玉じゃないの。どこに鼻の下を伸ばす要素が……、ああ、妄想の出来るむっつりスケベってことね。
 気付きたくなかった不肖の弟子の性癖に、私の目のハイライトが一段階下がった気がした。気の所為だよね。
 男は万年発情期なのよ。女にでも痴女はいるし、男にも不能や朴念人がいるから何とも言えないのが痛い所だった。


 まあ彼女たちは人間の姿だとそこそこの美女だから期待して妄想を膨らませたい可哀想な男の気持ちは分からなくも、なくもない。
 そう、女として生まれた私には、勘当され掛けて勢いで幼女の魔女に土下座して弟子入りした非モテ男改め不肖の弟子の気持ちなんて、やっぱり、分かりたくても分からないわ。こればっかりは。
 蛇足だけど、私ってば天才で面倒見が良いってだけで、かなりのとばっちり喰らう質なんだよねー。割りに合わないわ。

「――獣人属の長の所の美人三姉妹ですよね、とか言ったら直ちに厳罰に処すから。あと、いつまでも余所見してると、ついでに今ここで蹴り落とすからな」
「ひぃっ?!ついでって?!それ死にますって!!」
「あ゛?」
「い、いいえ!ももも申し訳ございませんでした!!」
「それなら宜しい」

 よし、此方は片が付いたから、後は真下のゴミをどうにかしないと。
 まだ良い子に黙りをしてくれている不肖の弟子の朝の散歩が終わっていないし、一旦、お家魔城に帰ってから考えようかな。

「わーぁ!!マローナ様ったらぁ、まーぁた、お弟子さんを苛めてるぅ!!」
「分かってないのね~?あれがマローナなりの愛情表現なのよ、妹!!」
「えっ?嘘でしょ?そうなの?」
「そうなのよ~!!」

 いや、嘘だから。絶対に違うから。
 三人の中でも特に子供っぽいエルィラに何てことを吹き込んでるのかなぁ?あの駄犬。潰すぞ。



 軽く紹介すると、間の伸びた口調で変な憧れを私に抱いているようで斜め上の方向に褒めてきたり周りに私への偏見を受け付ける桃色の毛玉が、駄犬こと長女のミノシャラ。
 そこそこに素質はあるのだから努力さえ怠らなければ技術方面での伸びがある輝く逸材の筈なのに、自信過剰なお陰でお間抜けにも三姉妹揃って学院を留年したお馬鹿さんだ。
 人間の姿の時には、勝ち気な内面に釣られてか、つり目がちになるのだが、垂れ目だったら完全にヒロインだったに違いない可憐な容姿で、意外にも高嶺の華扱いをされているのだとか。あの中身で高嶺の華とか。っぷくく、笑える。

 続いて、良く言えば純粋で、悪く言えば騙されやすい次女のエルィラ。
 他二人と比べて獣人属ならではの才能はそこまでない。のんびりな気質な故に、変化があれば直ぐにバレて心配されるからと表には出さないようにしていたものの、そのことについて、かなり悩んでいたという。
 しかしながら、魔女属の者に極稀に出る癒術の才能が見つかってからはメキメキと能力を開花させて、前線に立つ実力者たちをはね除けるぐらいまでには頼もしいまでに成長した。
 ちなみに、私に敬称をつけているのは敬意からではなくて、彼女の親が私をそう呼んでいるから真似をしているだけのこと。何か偶に馬鹿にされている気がするから止めて欲しい。

 最後に、家族のことは好きだから多少は付き合うけど、それ以外のことでは基本的に興味が湧かないと一ミリ足りとも動こうとしない怠け者で短絡主義者の三姉妹の末妹、ルナウィラ。
 金色の毛並みの獣姿で、人間の姿になると金髪に赤目のTHEお姫様になる。その時の見た目だけは、三人の中でも飛び抜けている所為で、ストーカー被害とかに一番に遭っている筈だけれど大抵は獣人属ならではの腕力に物言わせて黙らせているのだとか。
 彼女たちの事は諸事情あって結構知っているつもりだけれど、他二人が実力不足なだけでルナウィラだけは才能も素質も私と同じく天才的だった。
 でも、私は感覚派で、この子は繊細な頭脳派。能力的には私が頭脳を酷使するのに対して、この子は筋力面が特化しているから反対だろって度々突っ込まれることもあるにしろそれはさておき。
 周囲からの期待や重圧、それと妹が抜きん出て優秀な故に二人の姉たちに向けられる他人の心無い視線に敏感になってヤサグレていた初対面の時は骨が折れたこと。
 まあ、それもどうにかなって落ち着き過ぎているくらいだから、今となっては、いい思い出だわ。そうそう、後は怠け癖がなければね。
 噂をすれば何とやらなのか、今も、黙々と走っていたかと思えば、前を走る二人の視線がないのを確認してから、クァ~ア、と瞼が半分落ち始めているルナウィラは呑気に欠伸を漏らしていた。器用だな。おい。

「取り敢えず疲れたから先帰ってても良い?」
「「ダメに決まってるでしょ!!」」

 私としては大歓迎な提案で流石はルナウィラだなと頻りに頷いてしまった。
 おい、弟子。変人を見るような目で見たら、次はねえぞこら。

「すみませんでした」

 仕方ないから、その素直さに免じて許してやった。私は寛大な師匠と名高いからね。
 更生が利かないヤツには始末書を作成してやるのは、別の話だけど。

 ……いや、いつだって締め上げることが出来る弟子はどうだっていい。
 それにしたって目下の問題は、五月蝿すぎる彼女たちだった。ルナウィラが、案の定、姉二人から怒鳴られている様子は相変わらずで微笑ましい。
 愛用の黒い箒から落ちないように操作しつつ、ゴロリと寝返りを打ってうつ伏せになり頬杖を突いていると、後ろにいる弟子の視線を感じて肩越しに振り返った。

「愛情表現って、そ、そうなんですか?」

 ――おいこら駄犬。てめぇのお陰で不肖の弟子が更に馬鹿になったじゃねえか。どうしてくれるんだ?


 上半身を起こして、箒に片足を折り曲げて乗せて、もう片足を宙に遊ばせる形で腰掛けた。
 私の顔の横に垂れた飴色の髪をくるりと指で弄りつつ、にこりと笑ってやっただけで頬を染める童貞野郎の近くに気配絶ちをしつつ箒を飛ばして、ソッと耳元で囁いてやった。

「殺すぞ」
「すすすすみませんでしたっ!!」

 阿呆の不肖の弟子が師匠の爽やかな朝の気分を害しやがった処分としては、アレが妥当だな。
 悪趣味以外は完璧な男、エンゼルのアプローチにも屈しない鋼鉄の乙女心を持つ友人にでも扱き直して貰うことにしよう。そうしよう。
 ああ、何だか厄介事と対面しなくてはいけなくなるからと憂鬱になっていた魔城に行くのが、少し楽しみになってきた。
 ちょっとは役に立ってくれるなんて。師匠思いの弟子だって少しは見直したよ、チョロい非モテ野郎。














 地上が見えてきた所で箒をポストと呼ばれる異空間――倉庫みたいなものだと思えば良い――に消しつつ、空中に身を踊らせた。
 後ろで、待ってくださいよぉとかいう叫び声は直ぐ様、耳元で鼓膜が破れんばかりの風の唸り声に掻き消された。
 はぁ……全く、だらしない。でも、可哀想だから少しは手伝ってあげようかな。


 パチンッと指を鳴らして、不肖の弟子が乗っていたモップを仕舞ってあげた。
 分かりやすく言い替えると、私の指パッチンで転移の術式を弟子の箒を対象に、目標地点を魔城の地下格納庫に設定して発動させたのだ。
 もっと分かりやすく端的に言うと、弟子の乗っている箒をその場から消し去ったというのが一番合っている。想像で補える方は、是非ともその想像力で補って下さいな。


 ちなみに、一つ解説しておくと、魔女が使う移動方法は箒などの物体を媒介にして魔方陣の術式を発動させて飛行するというのが一般的。
 そして、私を含めて魔界でも稀少な部類に入る無手浮遊の使い手なら、箒などの物体を媒介にせずとも己の身一つでお伽噺に出てくる空中散歩もお手のもの。
 なのに、どうしてか、この無手浮遊の使い手に限って空中散歩をやろうとする粋なロマンチストが今の時代には居ないのが残念だった。人間界の皇帝陛下の所のお子様なんて凄まじく似合うのに。
 え?私?そりゃ、魔女としては箒に慣れ親しんでいるから、という理由と、愛用の箒に思い入れがあるから態々無手浮遊なんてやろうとも思わない。
 弟子たちの為にも、お手本を然り気無く見せてあげたい親心もあるし。

 そして、無手浮遊の上を行くのが転移遣いなんだけれども、伝説並みの存在なので今回は説明端折るね。私がパパッと使っているじゃないかという質問は受け付けてないから宜しく。
 更に言えば、弟子の腕ではあのエンゼルですら修得していない無手浮遊が出来るわけもない。

 ――つまり、あの弟子馬鹿は落ちるしかないのだった。頭から真っ逆さまに。
 はい、魔女マローナ様による、色々と魔法式学的な考察の視点やら過程やらの長ったらしい蘊蓄を省いた魔法の素人向けの説明終わりね。


 っていうか、怖いからって毎回の如く私が着地してから、狙ったかのように一直線の豪速球で私めがけて突っ込んできては不時着する癖があるのは流石は不肖の弟子だが、褒められたものじゃないことは確かだ。
 私でなければペシャンコに轢かれているだろうに。なんて弟子馬鹿野郎なんだ。
 分かっていてやっているのは察してるから、師匠に甘えるなとエンゼルや魔城の中でもそれなりの地位に就いている他の者から何度も説教をして貰ってもついぞ効果は無し。
 今の内にそんな癖ヘタレは直しておかないと、大事なときに大事故を起こし兼ねないのだから、本当に頭が痛い問題だった。

「――ぎゃぁぁぁぁあああアァ……ァァア?!」

 溜め息を吐きつつ、敢えて余裕な顔をしている私の真横を見覚えのある物体が豪速球で堕ちていった。
 空気抵抗を受けずに快適な空の一時ひとときを過ごしたいが為に、私が魔法でどうにかしている一方で、下手したら喋れないほどの空気圧を受けている筈なのに心のままに叫べているアイツは、本当は凄いヤツなのかもしれない。

 でも、それでも駄目なものは駄目なのだと師匠としては教えてやらねばならない。
 人間界とは違って、たまにゲリラ豪雨ならぬゲリラ豪雷とか、砂漠地帯と氷雪地帯ならではの環境が各々三時間毎に入れ替わる天候とか、紫外線が強すぎて死にかけるとか。
 流石に魔獣が落っこちて来たときは、驚き過ぎて暴れまくっちゃったのもあって意識も半分ブッ飛んでバーサーカー状態になっていたし、あんまり覚えてないなぁ。
 まあ、一言で纏めると、とんでもないことになっているのが日常的にあることが当たり前な魔界であるからして、もっと逞しくなってくれないと、師として弟子を取った一人一人に等しくほぼ親のような心持ちを抱いてしまう故に心配で夜も眠れない身としてはだね……。うん?もしや、もしかして。
 あの弟子の周りだけ空気抵抗が軽くなっていたりする可能性は無きにしもあらず。うん、すごいね。
 ちょっと話が擦り変わったけど、一言で纏めれば、どんなにもやし並みに弱い不肖の弟子でも私に掠り傷をつけられる位には強くなって欲しいんだよ。
 万が一にも一人前にでもなった彼が、門出を祝って見送ったその日の内にコロッと死んでもらったら困る。
 切ないよりも師匠として弟子の育成に尽力出来なかった情けなさで、甦らしてしまいそうだから。そんで、生来の寿命を迎えるまで死なないように呪いを掛けて人間界に放り込む自分の姿まで容易く予測出来るんだから、もう末期かな。師匠として。


 でも、それより、何かを忘れている気がするんだよね。

「……あ、重力操作クッションしてなかった。危ない危ない」
 
 不肖の弟子お得意の身体を張った彗星爆弾メテオが、万が一にも、無害で無関係な人のもとに堕ちたりしたら師匠である私には責任が取れない事態に発展してしまう所だった。
 真っ赤なトマトが少なくとも二つ潰れて仲良く並んでいる光景を思い浮かべてしまって、折角の空のお散歩気分が台無しになった。
 人間並みに柔なアイツはまだまだ鍛えてやらないと、この私、マローナヴィニエッタ・アロー・レクダンシャンの仮にも弟子であると言うのに、強者が蔓延るこの魔界で生き残れるかすら心配になるというのは先述した通り。
 殺生に関するへっぴり腰が直れば、多少は見込みがある筈なんだよ。でも。

 ヤサグレた気持ちを持ち余らせつつ、付近の空中、というか真下の生命体の内の弟子と思しき一つに安全装置的な魔法を、ちょちょいと掛けておいた。
 地面にぶつかる直前に弟子の半径一メートル圏内に空気の膜を張って、自我がある他の生命体がない場所に放り投げるように魔方式を組んでおいたから、死ぬことはない。放り投げられた際に伴う少しの痛みは仕置きの意味合いもある。というか、こんなもんじゃ足りない。
 人間で言うエアバックだけれど、魔界ではあまり使う者がいないらしい。こんなに便利なのにね。
 あ、不肖の弟子の不始末をフォローする点に置いては、と言うのを付け足しておく。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品