かつての最強ゲーマーコンビはVRMMOでも最強になるようです

ノベルバユーザー203449

第9話 未知なるチャレンジャー

  《2025年8月14日11:41 大阪日本橋オタロード》

 我が家から地下鉄1本でおよそ40分。俗に言う『ミナミ』ことなんばから少し歩けば辿り着く西日本におけるオタクの聖地、日本橋。その中でも同人ショップや、カードショップ、後はクレーンゲーム塗れのゲーセンとラーメン屋が軒を連ねるその場所はオタロードと呼ばれていた。
 これは余談だが、馬鹿正直に日本橋と名の付く駅で電車を降りた場合、そこはオタクとも何のゆかりの無い地区である。むしろその辺りはなんば周辺では一番人が閑散としている場所とも言えた。

 それはともかく俺と莉央が来ていたのはオタクの本丸とも言えるオタロードだ。莉央は久しぶりのなんばを前にして商店街は華麗にスルー。同人誌には興味も示さず、アニメグッズも一瞥もすること無く、ゲーセンに関してはあったことすら気付いていない。そしていつも俺が思わず足を止めてしまうトルコアイスやケバブを売っている外国人もさも存在していなかったかのようにスルーしやがった。

 こうして辿り着いたのが目的の建物、ABストア大阪日本橋店である。

 ABストアはその名が示す通りABグッズの専門店であり、ABを世に送り出した企業、NEXの直営店である。
 店内ではゲームの販売はもちろんのこと作中に登場するキャラクターのぬいぐるみやフィギュア、武器のストラップが置いてあったり、この店限定のゲーム機本体の販売が成されている。また公式非公式問わず、関連書籍もびっしり揃っている上にゲーム内で使えるアイテムのプリペイドカードも販売されている。
 またネカフェめいたフリースペースも存在し、そこではドリンクバーを頼むことでABを自由にプレイして良いことになっている。ここでリアルに出会った人間と共にクエストに挑戦したり、バトルをしたりなんてことも可能なのだ。
 更に普段はベンチを置いているフリースペースだが休みの時はイベントを開いたりするためのスペースなんかも存在している。そこには巨大なスクリーンもあるので大会の時にはライブビューイングも開催しているそうだ。

 この至れり尽くせりな環境から、プレイヤー達はこう呼ぶ。理想郷と。

「やっぱり平日でも夏休みだからすごい人ね。VRポッド入れるかしら?」
「あれ意外と使う人少ないからな。最初の方は人入りすごかったけど。やっぱり1プレイ500円は簡単に手が出ないって」

 そしてこのABストアにはもう一つ名物がある。
 それこそがVRポッドだ。人間一人が入れるほどの大きさの球状の筐体で、その中には飛行機のファーストクラスも顔負けのリクライニングシートと人間の頭にフィットするよう研究に研究を重ねて開発されたゲーミングゴーグルが設置されている。また筐体の中は完全に防音となっており、外からゲームを妨害されることも無い。それにAI自動制御の空調まで付いているためゲーム中にリアルの体に異常を感じてログアウトすることも無い。
 まさに理想の環境だ。

 しかし開発費が半端ではないため、その利用料も対人戦1試合500円と高い。対戦時間5分をフルに使ったとしても1分100円のプレイ料だ。ソロやオンライン用のクエストには公式主催のイベントを除いて使うことは出来ず、また台数も決して多くは無く、ここ大阪日本橋店には4台しか置かれていなかった。
 それでも関東では愛用者はかなり多いらしい。地域差だろうか。

「まあでも腐ってもみんな《AB》プレイヤー。こうしたら500円くらい吐き出すでしょ」

 莉央はそう言うと指先で500円玉を弾いてトスした。その音は喧噪に包まれていた店の中でもやけにハッキリと響く。そんな音に何事かと振り向くが、一部の人間は莉央の姿をその目に映すと目の色が変わった。ただの客から、闘争に飢える獣の目に。
 そして全員の注目が自分に向いたことを確信して、こう宣戦布告した。

「さーてプロとやりたい奴この指止まれ!」

 その瞬間、猛者達は休憩スペースに移動。他のお客様の迷惑にならない程度に白熱したじゃんけんによってプロへの挑戦者が決定した。
 この相変わらずどちらにも振り切らない謎のテンションが《AB》プレイヤーの個性である。

 そしてじゃんけんに勝ったプレイヤーと莉央はVRポッドが置かれた部屋に移動。準備が出来次第の対戦が始まる。その対戦は《ABVR》内ではセントラルエリアの付近に建てられたスタジアムで行われている。
 そのスタジアムは基本的に街も施設もプレイヤー管理の《ABVR》には珍しく、運営管理の施設だ。公式運営の大会なんかはすべてそこで行われる。

 このABストアでのVRポッドを使用した対戦はゲーム内でそのスタジアムに行って見ることが出来るのはもちろん、このストア内のスクリーンでも観戦可能だ。当然店内ではほとんどの客がしがみつくようにしてスクリーンを見ている。

 まあ基本は関東を根城にしているプロが関西に居て、その試合を間近で見られるのだ。その興奮も仕方ないと言える。俺はスクリーンから一番遠いベンチに座って試合の開始を待つ。

 それまでは一人で時間を持て余すことになる。

「そういえば莉央の試合も長いこと見てないな」

 SNS上に流れてくる一瞬のスーパープレイの動画や、戦績なんかはよく見ているが試合そのものをフルで見るのは本当に久しい。もしかしたらこれも7年ぶりのことかも知れない。

 思えばこの空白の7年間、俺とは反対に莉央にはあまりに大きな変化があった。もともと幼少の頃からゲームや勝負事が好きで好きで仕方ない女の子だった。それが折れ曲がること無く順当に成長したのが蘭道莉央という人間だった。
 それに対して太い芯もない人物というのが俺という人間だった。だからこそせっかくの栄光もこうやって腐らしてしまっている。不満は無くとも、後悔はあった。

「勝ったんだから堂々と胸を張れ……か。今はもう無理なのか?」

 一人になった瞬間、あの決勝戦で貰った言葉と色々な感情が胸に渦巻く。
 昨日7年ぶりに莉央と再会して、ストリバと死闘を繰り広げて、ランクマッチに潜り続けて、いつの間にか無くしたものが手を伸ばすところまで戻ってきてしまったことに困惑していた。
 捨てた過去と言うほどのモノでも無いけれど、それでも身近に残っていたことは意外だった。もっと俺には縁遠いものに変わっているモノだと思っていた。

「今までこんなこと考えもしなかったのにな……」

 昨日、突然戦闘のことしか考えなかったのが良くなかったのかも知れない。今は何か、体の中の熱のようなモノにあてられている。
 それでもまだ清々しい気分には慣れないのはきっと――背中を追いかけるにはあまりに遠くなったような気がしたからだろう。

「何思い悩んでんだろ、俺」

 自分でも訳の分からない感情の奔流を逃がすようにため息を一つ吐く。
 丁度その時、空いていた俺の隣に座る人影があった。

 こういう休憩場所で知らない人間が隣に座ることなど珍しくは無い。であるからこそ俺も特に反応することは無かったが、どうしてかその人物を完全には無視できなかった。
 そして意識を背けることも出来ない。失礼に当たると分かっては居ながらもじっと見つめてしまっていた。

 そして、決定的な一言がその口から放たれた。

「あなたが――《MAX》なんでしょう?」
「えっ」

 俺はそうだとも違うとも言えなかった。ただ、こういう風に《MAX》だと指摘されることそのものが初めてでそのことを気にしてしまっていた。そして遅れて疑問に思う。
 ――何で俺が《MAX》だと気付いた?

「いや、今のプレイヤーネームは《ミツル》と言ったか。それでもあのガンブレード捌きは間違い無く《MAX》のもの。見間違いようはない」
「お前一体何者だよ。7年前の時の人とっ捕まえて。この流れで隠れファンとかって訳じゃないんだろ?」

 何故気付かれたかはこの際どうだっていい。一度は優勝者としてネット上に顔が知れ渡った身だ。そこから同一人物と気付かれることはこれまでがたまたま無かっただけで、それ以降もずっと無いとは元より言い切れないのだから。
 しかし何が目的なのかは非常に重要だった。しかも《MAX》としての俺に用があるなら尚更。

 ソイツは俺や莉央と同じ年頃の少女だった。短めに切り揃えた黒髪を隠す勢いで深めに帽子を被り、ボーイッシュな服装に身を包んでいる。雰囲気は男に近いのだが体つきは完全に女のものだ。それにその声も。

 そいつは俺の反応に満足したかのように笑みを浮かべると表情を変えること無く、ただその瞳に鋭い闘志を燃やして、静かにこう言った。

「私はカナ。あなたを倒すことが私の目的。1対1の勝負、受けてくれる?」

 周囲はついに始まった莉央の試合に盛り上がっていた。だが、俺と目の前の少女――カナとの間には不穏で、それでいて熱い何かが燃え上がっていた。

 その何かに名前をつけるとしたら、俺は因縁と名付ける。

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