第1陣タイムスリップ

　――それは突然の出来事だった

　ある日突然異世界に呼ばれた俺は、勇者のサポート役の魔法使いとして国に雇われ、世界の悪と戦った。沢山の出会いと別れがある中で、初めは何にも役立たずだった俺も、何とか魔法を使えるようになり、立ちはばかる悪を薙ぎ払っていった。

　そして半年後、長かった旅は終わりを迎える。苦しい激闘の末、魔王を倒し、世界に平和が訪れた。激しい戦いを終えた俺達は、英雄として讃えられ、そして伝説となった。

（ときどき思い出すと懐かしいよな、やっぱり）

　そんな輝かしい伝説は、元の世界に帰ってきて数年経った今でも覚えている。向こうの世界のものが残っているわけではないが、楽しかったことも嫌な事も今でも胸に残っている。
　もうあっちの世界に行くことができないのはちょっと寂しいけど、あそこで過ごした約一年間は、俺にとっては大切な思い出だし、実は魔法が使えるのもちょっとした自慢になっている。

（でもあんまり使い道ないよな魔法って）

　あくまで使い道があったのはあっちの世界にいる時であって、元の世界に戻ってからは一切使っていない。使ったら、多分色々な意味で問題になる。

（長かった春休みも、もう終わりか……）

　桜が舞う四月、俺、桜木翡翠さくらぎひすい （現在二十歳の大学生）は、アパートの一室で桜を眺めながら、もうすぐやってくる新学期に憂鬱を感じていた。

（あれから二年、何か恋しくなってきたなあの世界が）

　願わくばもう一度あの世界に戻りたい、そう何度も思ったことはある。でもそれはもう、叶う事が願いだって分かっているかこそ、思い出すたびに寂しくなる。

（何か面白いことでも起きたりしないかな……）

　春の暖かい日を浴びながらゆっくりと目を閉じる。今日はとても暖かいし、絶好のお昼寝日和になりそうだ。

　■□■□■□
　外が騒がしい。

　いや外というか、俺の部屋自体が何か騒がしい。まるで人が走り回っているような音が聞こえる。誰だ、俺の部屋に勝手に入ってきたのは。明らかに不法侵入だ。

　ガシャガシャ

　ん？　何か変な音が聞こえる。これはどこかで聞いたことがあるような……。

（確か鎧を着て歩くと、こんな音が聞こえるような……）

　異世界にいる時に何度か聞いたことがあるその音。何でそれに似たような音が俺の部屋の中で聞こえるんだ。

『――様、この者はいかがなさいますか？』

『放置しておくのも危険ですから、一旦連れて行きましょう』

『はい』

　誰かの会話が聞こえる。この者って、まさか俺のことでも言っているのか。

（って、おわっ！）

　そんなこと考えていると誰かに体を持ち上げられる。その衝動で目を開けてしまった俺の視界に入って来たのは、

「あら？　お目覚めで？」

「……え？」

　金色の髪の毛の天使だった。その金髪の天使が何故俺の部屋に――いや、もう分かっているが明らかにここは俺の部屋じゃない。
　さっきまで昼寝をしていたはずなのに、今いるここは明らかに外。しかも金髪の美少女に抱きかかえられているという、何を言っているんだこいつみたいな現状。俺はしばし思考が停止した後、

「あの、えっと、あなたは？」

　ようやく浮かんできた言葉がそれだった。

「詳しくは後で説明いたします。ミツヒデ、彼を安全な場所に避難させてください」

「了解しました」

　だが彼女はそれには答えずに、どこかで聞いたことがあるような名前の人物に俺の体は受け渡す。ミツヒデっていう名前の人に抱えられたまま、何故か馬に乗せられ、そのままどこかへ移動が始まる。とりあえず俺は馬に乗りながら、辺りを見渡して見た。

(うわ、すげえ人の数)

　剣と剣が混じり合う音が聞こえてくる。どうやら大人数が戦いを繰り広げているようだ。馬に乗っている兵士の姿も見られる。しかもその兵士の中にはのぼりを背負っている兵士もいる。何だかこの状況どこかで見たことがある。
　そう、よくテレビでやっている大河ドラマのような……。

（そもそも、ミツヒデってどう考えても）

　聞き間違いでなければ、あの金髪の女性は確かにミツヒデと呼んでいた。

　でもこんな赤い髪の毛で、女性だったか？

　いや、俺が知っている光秀とは明らかに違う。それだけはハッキリ分かった。

「本来なら得体の知れない人物は、殺すべきなのだが、ノブナガ様に救われたな」

　光秀（？）と思わしき人物は俺に話しかけてくる。何か物騒な言葉を聞いたような気がするんだけど空耳か？

「え？　俺殺されるの？」

「場合によってはの話だ。とりあえず今は城に戻るぞ」

「し、城？」

　久々に聞いたその単語に思わず驚いてしまう。今の時代、そうそうな事がなければ城なんて言葉は使わない。ましてそこに戻るだなんて、普通はあり得ない。

(光秀と思わしき人物、そして今彼女は信長という名前をだした。そして城という言葉。恐らく間違いないな)

　そしてそれと同時に、ようやく俺は今別の世界にいることを確信した。この状況の時点で、現実世界ではない事は何となく分かっていたけど、それを受け入れるのに時間がかかってしまった。

「何を驚くことがある。まさかお主は知らないのか？」

　そんな俺の反応を見て、ミツヒデは怪しげな視線を俺に向けてきた。やばい、今確実に俺が怪しい人間だと思われている。いや、こんな場所で部屋着で眠っていた人間を怪しい人物だと思わない方がおかしい。

（何とかして誤魔化さないと）

　俺は必死に言葉を考える。

「いや、知らないとかじゃないんですけど……」

「じゃあ何だ？」

「え、えっと、その……」

　緊張してしっりとした言葉が出てこない。だがここで下手なことを言えば確実に殺される。

(冷静に言葉を考えろ。今この場に適している言葉が何かを)

　この数分の中で有力な情報はいくつもあったはずだ。今までの推測から出てくる結論は恐らく一つしかない。
　けれど、それは俺が知っているような時代とは百八十度違う。性別も何もかも。だから信憑性は低い。

(でも今は、それに賭けるしかない)

　とりあえず俺のそれらの推測を裏付けるために、彼女に一つとても重大なことを聞いてみる。

「あの、一つ聞いていいですか？」

「何だ？」

「今って何年ですか？」

　そう、それは今の年だ。これを聞けば、今俺がどういう状況にあるのか大体掴める。

「何を不思議なことを聞いておる。今は西暦千五百七十年に決まっておるだろう」

（げっ！　やっぱりそうか。でも何で西暦なんだ？）

　ちょっと疑問が残るが、これで確信がついた。今俺はタイムスリップしているんだきっと。しかも千五百七十年と言ったら、戦国時代の後半。
　つまり今俺がいる時代は戦国時代であり、俺が最初に会ったのは恐らく織田信長で、この人が恐らく明智光秀だろう。そうすればここまでの疑問は全て説明がつく。だがどうしても一つだけ分からないことがある。

(どうして二人共女なんだ？)

　二十歳の春、俺は再びタイムスリップという形で、未知なる地へと立たされることになってしまった。