魔法を戦国時代に持ち込んだら何か無双した

りょう

第88陣百年祭と生贄

 その知らせが入ったのは、ヒスイ様がいなくなって三日後の事だった。ヒスイ様の捜索に向かっていたネネさんが、帰ってきたなり号泣した事から始まった。

「私最低です……。自分一人で逃げて来るなんて……」

「ネネさん、とりあえず落ち着いて話をしてくれませんか?」

「はい……」

 ネネさんから語られたのは、彼女の生まれ故郷の里の忍びから捜索中に狙われた事、そしてその途中でヒスイ様を発見したものの、完全包囲され一人だけ逃げてきてしまったこと。しかもヒスイ様が逃がしてくれたのではなく、煙玉を使って一人だけ逃げてきてしまったらしい。
 その事を彼女は激しく後悔していた。

「捕まりたくなかったんです……。もうあの場所には戻りたくなかったし、戻ったら二度と帰ってこれなくなると思ったから……。でもヒスイも連れて逃げれる余裕がなくなってしまって……」

「なるほど。事情は分かりました」

 私はネネさんを慰め続ける。確かに彼女がした事は、悪い事かもしれない。だけど私はそれを、責めるつもりはなかった。

「とりあえずよく無事に帰ってきましたね、ネネさん」

「……え?」

「結果はどうあれ、その状況から一人ででも無事に帰ってこれたんです。それだけでも充分です」

「でも私はヒスイを……」

「確かに見捨てたことは許されない事かもしれません。でもそこで立ち止まるのはもっとよくないです」

「じゃあどうすれば」

「そんなの助けに行くに決まっているじゃないですか。無事と分ったなら尚更ですし、このまま放置しても何も始まりません。だから助けに行きましょうネネさん」

「ノブナガ……様」

 正直私は安心していた。あの状況下で彼の無事が分かったことに。だからネネさんには感謝しているし、次にやるべき事も決まった。イエヤスの看病もあるので、大人数では行けないけど、ヒスイ様の救出に向かう。
 それ以外の選択は、もう私達には残されてなかった。

 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
 牢に閉じ込められて二日目、俺はこの里を統率する婆(ネネがそう呼んでいたので)の元へ連れてこられていた。

「どうじゃ楽しい牢獄生活は」

「最悪な気分だよ」

 この二日、まともな食事も与えられず、ろくな睡眠も取れていないので、身体は少しずつ弱っていた。おまけにマルガーテとの戦いの疲労も残っていて、魔法や例の力もろくに使えない。その為俺の気分は最悪だった。

「お主は裏切り者と同じ罪なようなものじゃ。この里に刃向かったことを後悔するんじゃな」

「別に後悔なんかしないよ。仲間を守るためなんだ、そのくらいのリスクはあって当たり前だろ」

「見栄張っていられるのもいつまで続くのやら」

 見栄なんかじゃなかった。それは俺の中の芯であり、決して折れないもの。だからどんな状況でもこの言葉だけは忘れない。

「で、お主を呼んだのは処遇が決まったからじゃ」
  
「どんな処遇だよ」

「生贄じゃよ」

「生贄?」

 思わぬ言葉が出てきて、俺は思わずポカンとしてしまう。生贄って、何かを祀る時とかにその代価として、人の命を払ったりするあの生贄? 
 つまり俺死ぬって事?

「この里には長年祀っておる神がおってのう。その神が百年に一度この地に降りて来る日がある。その日を『百年祭』と言ってのう。その日に神への贈り物としてして、人の命一つを送っておる。さすればこの里は百年もの間守られる。その日が間もなくやって来る。そしてお主にはその贈り物となってもらう事が決まった」

「それ贈り物とかそんなレベルじゃないだろ」

 文字通り生贄じゃないか。この里の安泰の為に人一人の命を与えるなんて、俺でなくても嫌だ。それを平気でこの里のものは行っているとしたら、そんなの考えられない。

(もしかしてネネは……)

 今の話を聞いて俺は何となく彼女が逃げ出した理由を掴んだ。だけどそれだけでここまで恨まれるような事なのか?

「本来ならその役割はネネが担うものじゃ。じゃがあえてそれをお主が担ってもらう」

「じゃあネネは……」

「それよりもっと酷い目に合わすつもりじゃ」

「何でそこまでする必要がある」

 それ以上の事なんて俺には想像できなかった。勿論生贄になるつもりはないし、ネネもその目に合わすつもりはない。だから俺はもう一度尋ねてみた。そこまでする理由を。

「彼女はその生贄であった……彼女の両親を殺めたのじゃ」

「自分の両親を……ネネが?」

 だかその次に婆から語られたのは、俺が想像した事より遥か上を越える、ネネが抱える心の闇だった。

 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
 時は遡ること二年前。まだ忍びになって間もない一人の少女は、血に染まっていた。

「これで……これで終わりにする。こんな間違ったことを、二度と繰り返さないために」

 それは彼女が二度と拭うことができない、業の始まりだった。

「ネネ! お主は何て事を……」

「婆様、私はもうこうするしかなかったんです。お父さんもお母さんも、これから同じような目にあってしまうかもしれない人の為にも、全てを終わらせるんです」

「何を馬鹿なことを言っておるんじゃ。お主がした事は許されない事だと分かっておるのか!」

「分かっているからこそ、私は罪を背負います。それが望みだから」

 少女ネネは走り出していた。
 もう里から出る事も決めていたし、ここが傘下になっている徳川家が嫌いだったので、遠い地へひたすら逃げる事も決めていた。
 その最中で織田信長と出会ったのはそれから少し経った後の話。
 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「じゃあネネは、百年祭自体を終わらすために、生贄に選ばれた両親を殺して、全てを終わらせようとしたのか」

「そういう事じゃ。じゃが、生贄は幾らでも用意できる。今回のお主のようにのう」

 つまりネネがした事は無駄だった事になる。いくら絶とうしようが、こうして無情にも新たな生贄を選ばれてしまう。

(そんなのありかよ……)

 マルガーテ以上に、この里はヤバイかもしれない。

「そんなの……終わらせてやる」

 それなら俺がやるべき事は一つ。

「何じゃと」

「そんな祭無理矢理にでも終わらせて、ネネの願いを叶えてやる」

 次の百年祭りで、意地でも生贄を捧げるのを止めて、その神への信仰を全て終わらせること。そうすればきっと、この連鎖を断つことができるはず。

「はっはっは、させる訳なかろう」

「そんなのやってみないと分からないぜ」

「いやもう結果は見えておる。何故なら……」

 突然視界が闇に覆われる。な、何が起きて……。

「お主がいるそこは既に、生贄が行われる祭壇の中じゃからのう」

 暗闇で何があるのか分からない。だが一つだけ認識できることがあるとしたら、ここは……。

(何かの中か?)

 壁と壁の感覚が狭く、天井も高くない。つまり俺は今何かの箱か何かの中に閉じ込められているのだろうか? そしてそれが婆の言う祭壇の中なのかもしれない。つまり、

(生贄の準備は完了している、という事か)

 鎖も外されていないので、動く事も出来ない。回避を試みるどころか絶体絶命のピンチに俺は陥ってしまった。

『残念じゃったのう。もうお主に逃げ場はない。仮に助けが来ても、間に合わないじゃろうな。何せその祭壇は、この婆しか知らない場所にあるからのう』

 最後に声が聞こえる。それはいわゆる死刑宣告みたいなものだった。でも不思議と俺の中に不安はなかった。

(ノブナガさん達なきっと助けてくれるはず)

 何故なら俺には信じれるものがある。きっとノブナガさん達、そしてネネは助けに来てくれる。俺はただそう信じるしかなかった。

 百年祭まで残り二日。


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