最も美しい楽器とは……

ノベルバユーザー173744

那岐の成長と雅臣の変化

 さすがはあの姉と兄の息子と言うべきか、受験用紙を取り寄せ、提出して送った後、実家から送ってもらった教科書などで受験勉強をした那岐は、筆記試験に一発合格した。

 しかし、ざわついたのは、

「はぁぁ?自動車免許、普通と、二輪だけじゃなく大型特殊免許、中型、大型免許まで持ってる……」
「それに、何?狩猟免許って!」
「第1種って何?」
「空気銃です。普通の銃は20歳からです。那岐は4月生まれで、去年夏の試験に受かったそうです」

 兄に聞いていた説明をする。
 何人かで一緒の面接にも、話題は集中する。

「ですから、普通の弾を込めて撃つ銃は20歳にならないと免許を取れないのです。代わりに、私は罠と空気銃の免許を持っています。そして、大型特殊免許はトラクターで公道を走らせるのに必要な免許で、大型免許はトラックや小型のバスの運転に必要です。どちらも二年後に大型、中型、普通の第2種の免許を取り直すつもりです。そうすれば、バスの運転手や猟の免許が取れるので」
「じゃぁ何で、山で暮らす準備のできてる君が、ここに来たのかな?」

 笑いを堪えるように告げる隣の同じ受験生に、那岐は睨んだ。

「これは全部生活の為だ!田舎者と馬鹿にするな!田舎があり農業、猟、林業は元々日本を支えていた!私は、父に夢がないのなら最低でも、山で実家で生活するためにこの資格を取るようにと言われた。大型免許は地域にスーパーや病院がないからだ!過疎の地域だ。学校に進学するからと子供は出て行く。残された家族は、車を運転するにも高齢化し、週に一回回ってくる移動スーパーを利用したり、タクシーを呼んで出かける!俺の実家の近くには病院があるけれどスーパーはない。銀行もない、自販機だって家から5キロ先だ!でも、それのどこが悪い。俺はその田舎で育った!それが自慢だ!ここを受験したのは、父が田舎に住むと思う強さもない、夢がないのなら、外を見てこいと言われたんだ」
「外で……どうして、この試験を?」
「……昔の映画を見ました。臣……丹生雅臣さんの声の映画です」
「『アーサー王物語』?」
「いいえ、『現世と幻の間に……』です。履歴書をご覧になられている諸先生方はご存知でしょうが、ロケ地の集落は私の実家があります。もちろん、当時とは比較にならないほど変わり始めています。でも、良い意味でも悪い意味でも……」

 那岐は、告げる。

「田舎はのどかだ……そんなのは夢でしかない。最近じゃ、放置されて誰のものかわからない土地から土地に移動して山を荒しまわるイノシシはいる、シカもいる、逆に銃を持つ人間は高齢化で、集落でも若いのは父達と、30の医者の先生。二つ上の兄も一応免許は持っているけれど、先生や医学部に通う兄には逆に入って貰ったら大怪我すると止める。それに、猟をするのにどれだけの人、時間をかけて猟犬を育て、巻き狩りっていう方法をして行くか……イノシシはでかいのになったら、100キロは超えるんだ!一瞬だって気が抜けない。じゃないと、牙や突進で吹っ飛ばされ殺される。命の駆け引きだ!田舎者だからこそ、見てて嘘っぱちだと思った。お袋の……親父の知ってもらいたかった世界観をぶち壊しにした駄作だと思った。綺麗事で終わらせてると思った……だから、本当の……伝えたかったことを伝えたいと、自分の声で作品に心を吹き込んで見たいと思いました」
「両親……」
「……ちょっと待て……」

 試験官達が履歴書を見る。

「……一条……」
「一条那岐です。田舎者です。演技も何もできませんが、ただ出来るのは……」

 立ち上がると、突然、

「Nessun dorma!」

とアカペラで歌い上げる。

『Nessun dorma!(誰も寝てはならぬ)』である。
 イタリア語で歌い上げるが、つまりもなく美しい。

「イタリア語とドイツ語、英語は得意です。声が大きいのは田舎者の特権です。運動部で、元々柔道を不知火寛爾しらぬいかんじ先生に教わりました。他に空手と陸上を学校で。大学受験も考えていましたので、その成績表もです。どうぞよろしくお願いします」

 頭を下げる。

 試験官の後ろで見守っていた雅臣は顔を覆い、横で笑いを堪え、光流は、

「はーい!一条くんだっけ?トゥーランドット以外には?」
「……えーと、カルメンの『トレアドール』……『闘牛士の歌』とかですか?歌いましょうか?」
「うん、よろしく〜」
「やめなさい。ここは歌合戦じゃない」

雅臣が声を出す。

「一条那岐君。自分をさらけすぎだ。もっと、自分を抑えること……感情的にならないことを学ぶべきだと思う」
「申し訳ありません。そしてありがとうございます」
「座りなさい。では、先程、一条君をからかっていた君、どれだけの思いがあってここに来たのかな?教えてくれないか?」

 示された青年は、雅臣の声につまる。

「あ、あの、あのっ……」
「声優が人気の職業だから……と思ってもらいたくない。どれほどの思いで皆が声を吹き込むか、理解してもらいたい。……私に言わせると、一条君よりも理由に厚みも深みもないね」



 一応、那岐は叔父に待っているようにと言われ、地下の駐車場で俯いていた。
 しかし、反省ではなく、試験の日時とともに送られた試験用の台本を読んでいた。
 カラーボールペンで書き込みをしつつ、小声で確認している。
 しかし首を傾げている。

「那岐。どうした?」
「あ、お……雅臣さん。さっき……気になったところがあって……」
「どこが?」
「……うーん。方言かなぁ……イントネーションが違うんだ。京都とかはよく行くから……俺はキツイって言われていたけど、結構どきつい言い方するんだな。びっくりした」
「それより、雅臣さん?」

 初聞きの呼び名に聞き返すと、

「今までの呼び方できないだろ……それに、雅臣さん以外に何が良い?」
「まぁな。あぁ、そうだ。こっち」

案内すると、待っていたのは先程のメンバー。

「一条那岐君」
「はい。あの……落ちたのでしょうか?」
「どうしてかな?」
「……イントネーションが違いました。先程も雅臣さんに伝えましたが、私は実家の方言と、叔父の実家の方言……京言葉で、皆とずれているように聞こえました。それに、かなり激しい言葉が多かったです……父にはやんちゃ坊主とよく怒られた自分ですが、あんな言い方は冷たいなぁと……父ならしないなと思いました」

 首をすくめる。

「君のお父さんはなんて?」
「お前は、自分の言っている意味を理解しているか?自分で理解できない言葉を、さも知っているように自慢げに口にするのはまさに馬鹿だ。俺は、そんな馬鹿を育てて来た覚えはない!この辞書を引き、意味を調べて提出しろ!俺は忙しい。が、提出は時間を決めておく。今夜俺が風呂から出てくるまでだ。考えてこい!……ですね。辞書とかよく引くようになりました。広辞苑は小学校の入学の時に渡されたので」
「小学生に広辞苑……」

 周囲は雅臣を見る。

「勉強は兄ほどじゃないのですが……」
「じゃぁ、先の歌は?」
「叔母が留学経験があり、英語とドイツ語を教えてくれていたのですが、母がオペラが聞きたいと言い出して、兄と二人で歌ってみろと……で、イタリア語を叔父に教わって……一応ルチアーノ・パヴァロッティではなく、プラシド・ドミンゴを目指したのですが……似てませんよね?」
「ドミンゴ?」
「三大テノールのパヴァロッティ、ドミンゴ、ホセ・カレーラスです。『神に祝福された声』の持ち主のパヴァロッティはイタリア。ドミンゴとカレーラスはスペイン出身のオペラ歌手です。バリトンからテノールと声域の広いのがドミンゴで、不安定でも必死に歌うのはカレーラスだと言われました」

 知識豊富。

と書き込まれる。

「独学だったのですが、面白いですね」
「音楽大学は?」
「そこまでは。本気で努力している人に申し訳ないです。それに、楽譜読めません。CD聞いて、幼馴染がピアノを弾いていたので、音はここだと伴奏してもらったので……」

 楽譜読めない。

「じゃぁ、その幼馴染の子は上手かったの?」
「歌は歌いませんでした。体が弱かったので、そんなに声も変声しなかったので……。えと……あの、試験……落ちたんですよね?」

 問いかける那岐に、顔を見合わせたメンバーは、あらっと言いたげに、

「聞いてないの?合格者一人目だって。臣、言いなさいよ」
「いえ、矢吹先生、私から言ってどうするんです。私がゴリ押ししたとか後で言われるんですよ?那岐の傷はつけません。それよりビシバシしごかせていただきます。今日から」
「えぇぇ!今日からぁぁ?」
「イントネーションのことを気がついていなかったら落ちていた。イントネーションからだ。ほら行くぞ」

甥を立たせ、

「姉と兄の代理ですみませんが、一応叔父として、甥をよろしくお願いします。ほら、頭下げろ!」
「はい!一条那岐、頑張ります。よろしくお願い致します!」

と頭を下げたのだった。

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