最も美しい楽器とは……

ノベルバユーザー173744

俺の特技は……

 二週間後の試験に、必死になった雅臣まさおみは、当日、母に連れられ試験会場にいた。
 雅臣は本人は全く気にしていないが、長身で端正な青年である。
 しかし、他の人物は髪を短くしたり、個性を出すために色を入れているのだが、くせ毛で、手入れが面倒なのと、母が時々遊ぶので伸ばしていた髪を片方にゆるく結び、立っていた。
 周囲は同年代から年上までいるが、二週間前に言われた自分は落ちても仕方ないと、ついていった灯里あかりも感心するほど、腕を組み、壁にもたれて……本人は特技はどうしようと悩んでいるのだが、周囲の受験生にはイライラするほど絵になる姿で立っていた。

「おい、その態度、なんだよ!」

 荒っぽい声に、振り返った雅臣は、

「はい?何でしょう?私は、集中していただけですが、何か?邪魔になるような呟きとかありましたか?」

と返した。
 周囲は聴き慣れていて、本人もそれを忘れているが、独特の色気の濃い声に、周囲は振り返った。

「お、お前……」
「……おい、誰に、初対面の人間をおいとか、お前と言えと教わったんだ?俺は、そっちに挨拶もされてないのに、上からの態度は気に入らないんだがな?」
「な、何だと!俺は……」
「あぁ、意地悪。もういいよーだ。和也のバカァ!僕は、和也より可愛いテディベアを見てるもん。一緒に行きたかったのに……」

 ちなみにこれは、前に見た……姉の映画の、日向ひゅうが、和也、秋良あきらの声真似である。
 喋り方、声のトーン、癖も覚えている。
 母と観に行った後、DVDを購入し、何回か聞いた。
 そして、

「ハロー、ボクはウェイン。ガウェイン・ルーサー・ウェイン。秋良の甥だよ。母が秋良の異母姉になるんだ。よろしくね……って、何で二人ともあっけにとられてるの?え?格好?ほら、これは秋良とお揃いだよ。僕たち仲良しなんだ」

と、ウェインの声を出すと、キャァァと声が上がった。

「あれ〜?ヴィヴィ?今日は端役なのにね?どうしよう?リョウやノエルに……特にリョウが怒るよ〜」
「黙っていたのだけれど、この映画の原作者から、手紙を戴きました。私は日本語が苦手なので、ウェイン、貴方が読みなさい。……ランスロット。私の命令よ?」
王妃様マイレディ。貴方のお願いならば、全て聞き届けましょう」

 ヴィヴィアン・マーキュリーの声真似に、ウェインがランスロットの演技の時のポーズを決める。
 周囲は雅臣に集中する。

「お、僕は、自分の特技の練習と、試験に集中するために腕を組んで、この柱にもたれていただけ。こちらの集中力を乱しておいて、謝罪もないのかい?『迷惑だよ……お前。ここで死ぬのも……いいよね?』」

 最後の部分は、最近人気の声優、久我直之くがなおゆきの出演するアニメのセリフである。

「キャァァ!臣ちゃーん!素敵よ!そっくり〜!いつもやってくれてありがとう!」

 萌え萌えの母に笑いかける。

「そんなに似てた?母さん。久我さんの声って特徴的で、難しいんだ」
「臣くんの声だって、本当に七色の声よ〜素敵!」
「母さんが映画とか撮りためてて、観せてくれたからね」
「こいつマザコン……キモー」

 その一言に、きっと睨みつけ、

「俺はいいが、母を侮辱するな!『さーて、ミカりん、意地悪な君たちにオ、シ、オ、キ、やっちゃうんだから〜!そぉれっと!』」

ハイトーンの少女の声……。
 出ているのは、美男子の少年の唇から出ている。

「な、なんなんだ?こいつ……男か?女か?」
「普段がこれだけど?何か?」

 一番色気の強い……しかしどことなく品のあるウェインに近い声が響く。

「何度も言うが、迷惑だよ。向こうに行け!……それよりも母さん、向こう行こう」

 母の手を取り、人の間をすり抜けて出て行ったのだった。



 しかし、出て行った雅臣は試験会場に現れることはなかった。
 同じ試験を受ける受験生は内心ホッとした。
 モノマネレベルを超えた、当人になりきれる声の主……しかも女性の声から低い男性の声まで使い分けるそれに太刀打ちできないと思ったのだった。



 しかし、待合室を出た二人は、一人の青年に呼び止められる。
 チャラさも何もないリクルートスーツに、シンプルなメガネ。
 髪は明るめに染めているが、それは気になるほどではない。

「えっと、君……臣くんだっけ?」
「いえ、一条雅臣いちじょうまさおみです。そして母です。ご迷惑をおかけしましたか?」
「……うわぁ……じかに聞くとくるわぁ……」
「はい?」
「ちょっと来てくれるかな?あ、名前名乗ってないね。ゴメンゴメン」

 にっこり笑った青年は、

「これで分かるかな?『迷惑だよ……お前。ここで死ぬのも……いいよね?』」
「久我直之さん?」
「シー!こっちこっち。大騒ぎになるから」

直之のファンの灯里は目をキラキラさせている。
 母を引っ張り、後を追いかけて行ったのだった。



 奥の部屋に入ると、10人近い人間が、余り綺麗ではない画像だが、『アーサー王物語』の映像を見ながら、ランスロット役のウェインの声をあてている雅臣の映像を見ていた。

「……な、なんかさらし者に遭ってる気分……」
「大丈夫。これからさらされるから」

 直之が言うと、

「すみません。遅くなりました。例の子見つけて来ました」

と声をかける。
 すると、くるっと振り返り、

「遅かったじゃない」
「すみません。あの待合室で、彼、絡まれてまして……」
「お前が入ったのか!」
「いいえ、本人の独壇場で、感心してました。途中で出て来たので、引っ張って来たんです。彼です」

雅臣は一瞬、面接が先に来たと思いつつ、頭を下げる。

「初めまして。試験を受けに参りました。一条雅臣と申します。歳は18歳です。趣味は映画鑑賞、洋楽を聴くのが好きです。よろしくお願い致します」
「あの特技披露したら?」
「特技?」
「えぇ。そのアテレコもレベル高いですが、さっき独壇場と言ったでしょう?もう、ゾクゾクしましたよ」

 直之が言うと、雅臣は、

「そんなに下手でしたか?あの映画、実は姉の原作で、原作も読み直し、何度も見直したのですが……」
「はぁ?」
「『現世と幻の間に……』の作者、日向糺ひなたただすは、私の姉です」
「なんだって!」
「今回は姉の七光りじゃなく、自分の夢を叶えに来たのです。えと、久我さんが聞いていたのは、こういった感じです。下手ですが……」

軽く頭を下げ、順番に繰り返す。
 すると次第に、真剣な眼差しになったのだが、最後の、

「さーて、ミカりん、意地悪な君たちにオ、シ、オ、キ、やっちゃうんだから〜!そぉれっと!」

に、ぶっと吹き出した。

「そ、それは、最後にするより、俺のセリフ最後にすればよかったのに」
「いえ、入れ替えると、久我さんの独特の世界観が崩れるでしょう?ウェイン兄さん……ランスロットの実直で冷静な声の後に置くと、正義がそれぞれにありますが、真逆の正義……いえ、信念を表しているようで、あえてこの順番に。最後に、実花奈みかなの声で下手さをごまかそうかなぁと」
「いやぁ、それで下手はないわ〜」
「いえ、モノマネです。役に当てられる声ではないと思います」
「その声が地?」

 奥に座っていた女性に、頷く。

「はい。作ってはいませんが、時々ウェイン兄さんの声に間違われます」
「ウェイン兄さん……ガウェインに会ったことあるのかい?」
「はい、姉の家で毎年。ステテコに腹巻に首にタオル、麦わら帽子でスイカ食べてます」
「……も、ものすごく見たくねぇ……あの、ガウェインが、腹巻……」

 直之が呟く。

「自然体の人です。努力家で優しい兄です」
「で、君は何で声優に?」
「映画が好きで、特に洋画が……その人になりきって、その世界を演じきりたいと思いました。自分は自然体ではないですし、技術も未熟です。でも、努力したいと思います」
「ふーん……合格」
「はぁ?」

 キョトンとすると、直之が、

「奥に矢吹先生以下、大御所5人がいらっしゃるんだよ。一応社長もいるけど、声のことは声の専門家が聞けってね。皆さん合格だって」
「あ、安易に合格って……先生方、先輩方、一条雅臣ど、努力して期待に応えられるように頑張ります!よろしくお願い致します!」

と頭を下げたのだった。



 しかし、雅臣は知らない。

 普通二年間勉強するはずが、半年後には、ファンのブーイングがあったからと言う名目で、『アーサー王物語』を取り直し、雅臣がランスロット、直之がトリスタンを演じたのだった。
 そして、それが好評を博し、ウェインの声の担当は丹生雅臣にゅうまさおみしかいない!
とまで呼ばれるようになったのだった。

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