Bloody Rose 第一幕 その1

Shran Andria

瑠美降臨

その夜、東京は少し冷え込み、普段はやわらかい光をもたらす月が、いたい程に強い光を放っていた。
品川近くにある、その先進的なビルの屋上で、一つのシルエットが舞っていた。それはヒレの艶やかな、リュウキンが水で舞っているようにも見えた。
その舞いが終わると、スポットライトのごときムーンライトは、一人の美しい女性の顔を照らしていた。キリッとした顔は少し丸みもあり、如何にも男達を惹き付ける魅力的な顔でもあった。
しかし、大きな瞳は鋭くもあり、奥に凍える程の冷徹さを持っていた。
里花さとか 瑠美るみは、ベストロン製薬の経済研究室に属し、他者の新開発や、取り組みを株価の推移なども参考にして、戦略本部にレポートを提出する役割をになっていた。
幼少の頃、両親兄弟を飛行機事故でなくし、親戚を転々とする、現代のジプシーだった。しかし、やがて、膨大な保険金が自分のものであることを知り、それを預かるといって隠匿していた親戚の男を法で葬り去った。
彼女は、人を信用しない人間となっていた。しかし、その無機質感は、より多くの男を魅了していた。
何度も男を奈落に落とし、その度彼女は魅力を増すことを学えた。
しかし、一方、本当に愛したい、愛されたいとの気持ちが膨らんでいった。
あたかも舞台でスポットライトを浴びる女優のような彼女の目は、向かいのビルをみつめていた。

そのビルは、ベストロン製薬のビルとは対象的に、2世代前のただ、ただ、長方形の箱のような堅実なビルだった。

オペラ食品株式会社。
マスプロダクトの食品会社でありながら、植物由来の添加物に舵を切り、最近注目を浴び始めた会社だった。
瑠美は、その動向を3年前から知っており、株価の緩やかな上昇からも本物と確信していた。経済紙の知人から、それを牽引する第3研究所の存在も既に頭に入れていた。

午前一時頃、そのビルの一つの窓には、明りが点灯し続けていた。

中小路なかのこうじ 弥華絵みかえは、幸せな気分で、パソコンにデータを打ち込んでいた。同じ部屋の窓側の席で必死にデータと睨めっこする土井どい 保世ほせの存在を身に溢れるほど感じていたからだ。弥華絵と保世は幼なじみだった。保世は、とても人想いで、優しい人間だった。父親が、酷いアレルギーで、苦しい食生活をしていたことを嘆き、食品業界をかえる志で、某大学の農学部から、オペラ食品に入社して、10年がたっていた。
3年前に父親が他界した時、それを支えたのは弥華絵だった。
優しいがゆえ直ぐに考えこむ保世を、励まし、いろんな話をしてあげた。
何時しか、保世には自分が必要なのだ。彼のために生きてもいい。いや、そうしたいのだと考えるようになっていた。
保世も弥華絵の献身的ともいうべきその行いに、とても暖かい幸せな感覚を覚えていた。

弥華絵と、保世の母が仲良いことも、保世にとっては嬉しいことだった。

オペラ食品入社は保世が先だったが、追いかけるように弥華絵が入社して、同じ第3研究室に入った時には、2人で祝盃をあげていた。
弥華絵が入社してからは主任研究員の保世のサポートをすることで、着々と成果をあげていった。

もう少で、化学合成物から作られるのが一般的なタール色素、相当の安全な植物由来のものが出来る。まずは、日本の食業界は、そこから変えていきたいと考えていた。

『保世さん、今日は遅いから、そろそろ帰りましょ。今日もお疲れ様~。』
『弥華絵さん、今日も、遅くまで付き合わせてごめんなさい。今度、もう少し早く帰れる日に、ご馳走します。いいイタリアンの店みつけたんですよ~。パスタに、目の前で、トリュフを削ってくれる。ワインもおいしいんだ。』
『え~、保世さん、誰か女性と行ったんじゃないのぉ?』
保世は赤面した。弥華絵を誘うため、7軒梯子して見つけた店なんていえないし。
『あっ、いや同期のピッコロ、いや三原君に聞いたんだよ。』
『わかった。そう言うことにしておいてあげる。』
二人は、笑いあい、オフィスを後にした。

その頃、ベストロン製薬からタクシーで、マンションに帰る瑠美は、こう呟いた。
『明日あたりからはじめましょうか・・・』
瑠美の瞳の奥では冷徹な光が点っていた。

第一幕、その1 完 続く。

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