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英雄アステリオス

しげぞうじいさん

第42話 友の最期

 俺が気を失ってどれぐらいの時間が流れたのだろうか。
 地面から起き上がり、前を見る。
 砂煙で覆われていたが、前には数万という大勢いた兵士たちが一人も立っていなかった。
皆、地面に転がっている。
 アステリオスが一人で全部やったのか……?
「アステリオス!アステリオス!」
 俺は前が見えない砂煙の中を走った。
 地面に転がっている兵士の体で足をとられ、こける。立ち上がって前に進む。
 俺は呼んだ。友の名前を。
 そして見えた。
 アステリオスは矢と槍、剣が刺さったまま固まっていた。
 右足がない。左腕もとれかけている。角も一本無くなっている。
「アステリオス!」
 俺はアステリオスの元に走り、目の前に立った。
「アステリオス!」
「……ああ、てーせうす……よかった、ぶじだったんだ……」
「俺のことより自分の心配をしろ!こんなにボロボロになって……」
 片目がない。残った片目で俺を見つめる。
 所々、深い傷が出来ており、その傷から血が大量に流れている。
「すぐに医者に診せないと……!アステリオス、しっかりしろ!」
「ぼくはもう……だめだよ……わかる、ぼくはもうすぐしぬ」
「何言っているんだ!お前は死なない!お前を絶対に死なせない!」
 喉に刺さった槍だけでアステリオスは体を支えていた。
 アステリオスの足元に転がっているダイダロスが最後に作った大斧だけは傷一つついて
いない。
「……てーせうす。かいぶつはさいご、だれにたおされるかしっている?」
「それは……英雄に退治されるんだろ?」
「そうだよ。だからてーせうす。きみがぼくをころすんだ」
 アステリオスは俺に向かってボロボロの顔で笑顔を作り、笑った。
 何を言っているんだ……そんなこと……
「ぼくはころされるならてーせうすのてによってころされたいってずっとおもってた……
いまがそのときなんだ。ぼくがこのきずでしなないうちにきみに……てーせうすにころし
てほしいんだ」
 右腕で地面に落ちている剣を拾い、俺に差し出した。
 俺はその剣をとれなかった。こいつを殺したくなかった。
 いつも一緒にいてくれたアステリオス、俺の大事な、大事な唯一無二の親友。その命を
俺の手で絶てと言うのか。
 こんな……こんな残酷なことがあってたまるか!
「てーせうす……はやくけんをとって……」
 俺は涙を流した。
 震える手で剣を両手で受け取り、構えた。
 アステリオスの首を落とすのだ。この痛みから解放してやるにはそれしかない。
 剣を持つ手が震えている。
「……テーセウス」
「ッ!今、お前ちゃんと俺の名を……!」
「このことばだけれんしゅうしてたんだ。ともだちのなまえぐらいちゃんといえないとね。
……テーセウス、今までたのしかった。すごくたのしかった。まんぞくだよ。みれんはな
い。でも、さいごにおねがいをきいてくれるかな?」
「……なんでも言え。最後ぐらい聞いてやる」
「よかった……。ぼくのなまえ、もういちど、いってくれないかな。このなまえがどこま
でもきこえるようにおおきなこえで」
「ッ!」
 俺は剣を持ち上げた。そして、
「アステリオス!」
 剣を振り下ろした。
「……ありがとう」
 アステリオスの最期の顔は最初に会った時と同じように優しい笑顔だった。
 剣がアステリオスの皮膚を切り裂き、肉を斬り、骨を断ち、アステリオスの首が地面に
落ちる。
 首が取れた体からは血が勢いよく噴き出す。
 落ちたアステリオスの顔は笑顔のまま固まっていた。
 俺は……地面に膝をつき、アステリオスの首の前で涙を流していた。
「ああ……アステリオス……アステリオス……!」
 首を持ち上げ、自分の胸に強く押しあてた。
「やはり、こうなる運命だったか……」
 大勢の兵士たちの死体の中から何者かの声が聞こえた。
 前を見ると、そこにはあの老婆が立っていた。
「なんで、あんたがここにいるんだ……?」
「勇敢な男の最期を見届けに来たのだ。……わしのせいでこの戦いの原因を作ってしまっ
た。謝っても許してはくれないだろう」
 何を言っているんだ?この老婆がこの戦いに何の関係があるんだ?
 意味がわからない。言っていることがわからない。
「わからぬか?わしの正体はな。アステリオスを産み出す原因を作った神、ポセイドンなのじゃ」
 ポセイドン?この老婆が神だと?
 何故ポセイドンがここに……。いや、何故そんな姿をしているんだ?
「わしら神にとって姿かたちはなんの意味も持たん。この体もわしが適当に作ったものだ。最初に会った時にすでにヒントは出していたはずだぞ。よく考えてみろ、何故他国にいたわしがアステリオスのことを知っていたのかを」
 そう言われると確かにそうだ。
 俺がアステリオスのことを知ったのはアテ―ナイに来てからだ。トロイゼーンではそんな話を聞いたこともない。遠い他国にいたこいつがアステリオスのことを知っているのはおかしい。
「この戦いもあんたの仕業か、ポセイドン」
「直接的ではない。お前たちが時間を稼いでくれたお蔭でこの戦の原因を作ったものを捕らえることが出来た。……わしの眷属だ。わしを越える力を得る為にこいつらを操り、お前の父、アイゲウスをも操っていた。わしの力不足だ。すまない」
 謝罪など、もう遅い。
 アステリオスは死んでしまった。もう帰ってこない。二度と、あの声を聞くことが出来ないのだ。
「そもそも、わしがあんな些細なことで怒り、クレタのミーノースの妻、パーシパエーに呪いをかけたのが原因だ。それが無ければお前は友を失わずに済んだ。アステリオスと出会うこともなかった」
「……どんなことだ?」
「ミーノースが生贄を捧げる代わりに美しい牛を出してくれと言って来た。わしは海から白い雄牛を出し、ミーノースにくれてやった。だが、ミーノースはその牛が気に入り、代わりに別の雄牛を生贄に捧げた。今考えるとわしは短気だった。つまらないことで腹を立て、アステリオスを産み出してしまったのだから」
「……神と言う奴は本当に馬鹿なことで腹を立てる屑みたいだな。でも、そのお蔭で俺は最高の友と出会えた。そのことには感謝している」
 その言葉を聞いたポセイドンは立ったまま固まっているアステリオスの体に触れた。触れた瞬間、アステリオスの体は白く変色していき、粉々に割れ、砂になった。
「アステリオスは此度の戦いで怪物としてではなく、英雄になった。その魂は英霊として天の神々に迎えられることだろう」
「英霊?なんだそれは?」
「生前、素晴らしい働きをした人間だけその魂は天に昇り、精霊の域にまで昇華した者だけが辿り着く、人間の究極の果て。守護者とも言うべき存在だ。アステリオスは怪物として産まれたが、お前のお蔭でこいつは人間になり、英雄になった。いつの日か、アステリオスはアテ―ナイの危機になると蘇り、アテ―ナイを救うだろう」
 その言葉の通りだと俺はもう一度、アステリオスに会える可能性があると言うことだ。
 アテ―ナイが危機に陥ればいいだけの話だ。
「言っておくが、間違ってもわざとアテ―ナイを滅ぼそうなどと言う考えはしないことだ。そんなことをしてもアステリオスは蘇らん。本当に滅ぶ寸前の危機が来た時にだけ、こいつは蘇るのだ。アテ―ナイを滅ぼせば、お前の魂は冥界に行き、永遠の苦しみを味わうことになる」
 だったら、俺はもうアステリオスと会えないのか。残念だ。
 もう一度一緒に戦いたかったのだがな。
 俺はアステリオスの頭を抱いたまま立ち上がった。アステリオスの形見である、大斧を持って帰ろうと思うのだが、俺一人では持てないな。あとで持って帰るとしよう。
「俺はアステリオスと同じ、英霊にはなれるのか?」
「……もう遅いだろう。お前もいい年だ。人間の寿命ではお前はもうすぐ天寿を全うする。その前に此度の戦いのような大きな戦や、怪物を相手にすることは出来ないだろう。お前は妻が待っている天界にへと行く。そこで優しい人間として暮らすのだ」
「残念だな。俺もアステリオスと同じ英霊になってアテ―ナイの危機を救いたかったのだがな」
 俺は一歩ずつ足を踏み出し、アテ―ナイに帰ろうとした。
「アステリオスの魂はわしが責任を持って天に届ける。何か言っておきたいことはあるか?」
 俺は後ろにいるポセイドンの姿を見ないでこう言った。
「じゃあ、一つだけ。『ありがとう』と」
「うむ、わかった。それではさらばだ。もう二度と会うこともないだろう」
 そう言い残すとポセイドンの体は静かに消え、この場からいなくなった。
 俺は兵士たちの死体を踏み越えてアテ―ナイに帰った。
 アテ―ナイは、今は無人だな。民と兵士を呼び戻しに行かないと。
 仕事は溜まりに溜まっている。さっさと終わらせるとするか。

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