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英雄アステリオス

しげぞうじいさん

第26話 どちらをとるか

 走って一週間が経過した頃だろうか。ようやく一つの街を見つけた。
 俺はその街で情報収集をした。アステリオスには角を隠す為に頭に布を巻かせてある。一目見ればただのデカい奴にしか見えないだろう。
 しかし残念なことにこの街にはその薬草は無かった。その情報すらなかった。だとしたらもっと東の方だ。
 街で食料を調達しようと思ったが、この街では俺の国で使っている貨幣は使えないとのことだ。なので仕事を手伝い、賃金を得る。その金を全て食料の為に使う。
 これだけあれば少しの間は持つだろう。袋がパンパンに膨らんで重たい。それは俺が持つのだが、アステリオスの背中に乗っているので実質アステリオスが持つことになった。
 途中、盗賊に襲われたが、返り討ちにして進んだ。
 街を出て数日経った頃、アステリオスも流石に疲れが溜まったのか、走る速度が落ちてきた。それでも何も言わずに俺を背負って走る。
 労いの言葉一つもかけてやれなかったが、こいつは俺が何も言わなくてもわかっているのだろう。
 アテ―ナイを出て三週間以上が経った頃、ようやく東の国に着いた。
 この国の名前は知らない。知らない国だ。
 その国で俺は薬草のありかを聞いた。
 しかし、誰もその薬草のことは知らない。ここも違うのか。いや、もしかしたらそんな薬草はただの噂でしかなかったのかもしれない。
 俺たちはここに来たのが無駄になってしまったのかもしれない。
 諦めかけていた時、一人の老婆が俺を呼んでいた。
 言われるがまま付いて行くと、人気の少ない路地に来て、地下に潜った。流石にアステリオスの身長ではこの中に入れないので外に待たせた。
 地下では暗い部屋を蠟燭の光だけで照らしている。目が慣れない間は下手に動かず、その場で立っていた。
 目が慣れてきて周りを見てみると、部屋の周りは怪しげな本やら植物、薬が置いてあった。
「婆さん、もったいぶらずに教えてくれ。その薬草はどこにあるんだ?」
「慌てるな、若いの。その薬草と言うのは確かに噂の中でしかない。存在はしないのだ」
 やはり……俺たちが来たのは無駄骨だったのか……
 下を向いて唇を強く噛む。
「そんな顔をするな。いいか?存在しなければそれを生み出す。『作る』のだ」
「どうやってだ!?何でも言う事を聞く。だからその作り方を教えてくれ!」
「ほう、何でも、と言ったな」
 クレタ島の民の為に、アリアドネーの為なら何でも言う事を聞いてやる。俺はその覚悟を持ってここに来たのだ。俺に二言はない。
「なら、お前の連れであるあのデカいの。あやつは人間ではないだろう?」
 この婆さんはアステリオスの正体を見抜いていた。こいつはただものではない。俺の勘がそう言っている。
「……沈黙は肯定と同じだ。あやつの正体は西の国にいる牛の頭をした怪物、ミノタウロス……だな?」
 俺は小さく頷いた。
「わしが言いたのはだな。薬草の作り方を教える代わりに、あやつの、ミノタウロスの心臓をもらいたいのだ」
 なん……だと……?
 アステリオスの心臓を薬草の作り方の代わりに寄越せだと?
 そんなことは出来ない。アステリオスは俺の友人だ。大切な、この世でただ一人の友人だ。ここまで文句を言わず、俺を背負って走ってきてくれた。その友人の心臓を差し出すと言うことはアステリオスを殺せと言うことだ。
「そんなこと出来るか!」
「何でも、と言ったのはお前だ。この薬草の作り方は秘伝。本来なら誰にも教えてはならぬものだ。だからそれ相当の対価をもらう」
 クレタを救うか、友の命をとるか……
 天秤の上に乗せられたその二つは俺の中では同等だった。
「考えるだけならいくらでもしろ。友をとるか、薬草をとるか。二つに一つ。どちらか片方しか選べん」
 ヒッヒッヒ、と老婆は魔女のように笑う。
 俺は考えていた。
 薬草をとれば、アステリオスは死ぬ。その代わりにクレタの国民の命は助かる。だが、アステリオスの足でもここまで来るのに一か月近くが経った。俺の足ではその倍以上かかってしまう。
 かといって薬草を手に入れなければクレタは間違いなく滅ぶ。
 どちらもクレタの破滅の道を指していた。
 こうなったら……!
「ババア!」
 俺は老婆の首元を掴み、持ち上げた。こいつに無理矢理にでも薬草の作り方を聞き出すのだ。
「わしに無理矢理でも作り方を吐き出させるか?そんなことは無意味だ。わしはどんなことでも絶対に口を割らんぞ?あのミノタウロスの心臓をもらうまではな」
 高い声を出して大笑いしている。拷問は無意味か……
 老婆を下ろし、俺は背中を向けて地下の部屋から出て行った。その後ろでいつまでも高い声を出して笑っていた。
「てーせうす、どうだった?」
「……少し、歩かないか?」
「?」
 何も知らないアステリオスを後ろに連れて俺は街の中を歩いていた。どこに行くこともなく。
 街を何週もしたことだろうか。
「てーせうす、どうしたの?なにかへんだよ」
「……なあ、お前は自分の命と大勢の人間の命、どっちをとる?」
「へんなしつもんだね。でも、そのこたえはきまっているよ。ぼくのいのちでおおぜいのひとがたすかるのなら、ぼくはまよいなくこのいのちをさしだす」
 俺は後ろを振り返った。
 その後ろにいたアステリオスの顔はとても優しかった。
「ぼくはあたまわるいけど、いまのしつもんでわかったよ。ぼくのいのちをさしだせばありあどねーはたすかるんだよね?だったら、このいのち、あげる」
 声を出したかった。大声で怒鳴りつけてやりたかった。
 でも、その顔を見てしまったら……俺は……何も言えないじゃないか……!
 アステリオスに抱き着いて涙が出るのを堪える。
 俺の頭を最期の別れのように撫でる。優しく、丁寧に。子供の頭を撫でるように。
 俺の心は決まった。
 あの老婆に会いに、俺はまた地下に潜った。
 部屋では待っていたぞとばかりに手を組んで座っていた。
「ミノタウロスの心臓を差し出す覚悟は決まったか?」
「……ああ。覚悟は決まった」
「そうか。なら」
 その言葉を言う前に俺は行動に移った。
 老婆に向かって……土下座をした。
「アステリオスは殺させない!クレタの国民の命も救いたい!この願いがどんなにむちゃくちゃなことだってわかっている!だが、俺にはどうしても両方をとりたいんだ!」
 俺の言葉を聞いて、老婆は何も言わない。言葉を出すより、俺の頭を踏みつけた。
 弱い力だったが、頭にグリグリと靴を擦り込むように踏みつける。
「アステリオスの代わりに……俺の命をくれてやる……!」
 俺は自分の命を条件に出した。
 短剣を取り出し、老婆に差し出す。老婆はそれを受け取った。
 アステリオス……俺が生きているより、お前が生きている方がこの世界の為にとっても良いことだろう。
 老婆は短剣を俺の首元寸前で止める。
 ……さらばだ。
 目を閉じ、短剣が己の首を斬るのを待った。
 しかし、いつまで待っても短剣は俺の首を斬らない。
 それどころか短剣を地面に捨てた。
「え……?」
「……馬鹿者が。命など、簡単に差し出すものではない」
 俺の顔に手を当て、上にあげた。
 老婆は……笑っていた。
「命は皆平等にある。それを奪うことなど誰であろうと簡単にしてはならん。わしにも、お前にも。あのアステリオスとか言う奴にもな。お前があやつを殺していたら、わしは自分の命を絶っていた」
「じゃ……じゃあ……!」
「薬草の作り方を教えてやる。それを持って国に帰るがいい。それで人が救えるならわしも喜んで教えよう」
 俺は感謝を込めて再び頭を下げた。
 老婆に薬草の作り方を丁寧に聞き、何度も何度も繰り返し聞いた。

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