君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

タベル

 自分の中の問題が解決したミナさんは涙を拭いて、椅子に座る。
「ごめんなさい、変なところを見せちゃって」
「それは良いですけど……ミナさんの答えって何なんですか……?」
「それはね……」
 ミナさんが数回深呼吸をしている。それ程覚悟がいることを話すつもりなのだろうか。だったらこっちもそれなりの覚悟を決めないと。
 覚悟を決めたミナさんは僕の目をしっかりと見る。そして口を動かし、
「私ね、虐待されていたんだ」
 衝撃の言葉を言った。
 虐待、それは親が子に暴力を振るう言葉だ。それを、ミナさんは言った。
「話したでしょ? 私は孤児だったって。孤児院に引き取られたんだけど、二か月ぐらいして新しい両親が出来たんだ。その時は嬉しかったけど、しばらくしたら二人から暴力を受けるようになって……だからあまり家に居たくなかった。ノアと初めて会った時には虐待の真っ最中だったから、言えなかった」
「なるほどね。そして君は虐待を耐えて、耐えて、そして家を出て一人で生活するようになった。誰とも関わることもしなかった君が、ノアに久しぶりに会ったのは奇跡だろうね。だからノアに惹かれた、と私は推理するよ」
「そんなのひどす……」
 そこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。
 だって、僕の両親もある意味虐待のようなことをしたんだから。
 自分の、血が繋がった実の息子を金に換えて売る。それは決して許されることではない。そして、虐待も同じだ。
 壊れた心は元に戻らない。戻ったとしても、それは偽物の心だ。贋作だ、欠陥品だ。
 それを誰にも相談せずに、今まで耐えてきたこの人は、一体どれだけの心の傷があるのだろうか。もしかしたら心が壊れてしまってないのかもしれない。もしかしたら苦痛から逃げる為に、自殺未遂をしたのかもしれない。
 そのことを考えると、とても心が痛んだ。
 こんなの、僕が願っている理想とは全然違う。誰も幸せになっていない!
「良いよ、ノア。君が怒ることじゃない。全部、弱かった私のせいなんだから……」
 歯を食いしばる。ギリギリと、音を立てて。
「一つ聞きたい、ノア。今から聞くことに、嘘偽りなく正直に答えるんだ」
 母さんが僕に聞きたいことがあるらしい。僕はそれを聞く体制をとる。これは試練だと感じたからだ。
「ノア、君はミナをどうしたい? どうやって救う?」
 そんな質問には、この答えしかない。
「僕が必ず、ミナさんを幸せにしてみせます!」
 大きな声でそう答えた。
「僕は正義の味方じゃありません。世界の平和を望んでも、それを実行するだけの力もありません。だから僕は、ただ一人の正義の味方になりましょう。悪いことをしたら物凄く怒る。良いことをしたら物凄く褒める。それで……」
「――合格だ」
 母さんが小さな声で合格を出した。
「ノアは私が思っているより、ずっと、ずっと立派な男だったんだね。そうさ、神様じゃないんだ。世界中の人間を幸せに出来るものか。人の仕事は、人の範囲で十分。そして君は今、ミナさんを守ると言ったも当然のことを言った。忘れるな、これはお前にとっても辛い道だと言うことを」
「忘れません。忘れる訳ないじゃないですか。だって僕は、あなたの息子ですよ?」
「だったら安心だ。さて……」
 僕の方を向いていた体の向きを変えて母さんはミナさんに近づいていく。
「ミナちゃん。息子が初めて告白しました。感想をどうぞ」
「え、ちょ!?」
 告白!? 僕が!? 今ので!?
 信じられないことを口に出したぞこの人! 本当に信じられない!
 でも、さっき言った言葉を思い出す。“ただ一人の正義の味方”そう言った。それはある意味、プロポーズなのではないのか……!?
 思い出して後悔し、頭を抱えて悩む。
 今すぐこの場から離れたい。出来るだけ遠くに行きたい。そう思う。
「そうですね、点数で言えば五十点ぐらいでしょうか。ムードが足りません」
「だって。まだまだ合格点には程遠いね、ノア」
 告白させられた上に、不合格まで出された。もう嫌だ。穴があったら入りたい……
「それにしても面白いモノを見せてもらえて嬉しいよ。これならいつでもノアをミナちゃんに任せられる」
「任せるって……そんな赤ん坊じゃないんですから……」
「いやいや、そうじゃなくてね。結婚相手としてだ」
「……は?」
 僕の頭の容量を超えた話だったので、頭がオーバーヒートしてしまった。今、僕の頭の上で湯気が昇っているだろう。そんなイメージが浮かんだ。
「ミナちゃんはノアのことを貰ってくれるつもり、ある?」
「さあ。どうでしょうね」
「おっと? それは保留と言う事だよ。ノア、チャンスだぞ。これから猛アタックをするんだ!」
 さっきまでシリアス的な雰囲気になっていたのに、いつの間にかふざけ、冗談が飛び交ういつもの日常に戻っていた。僕の精神、理解を犠牲にして。

 しばらくして完成した母さんお手製の料理を机の上に並べて、席に座る。
「良いんですか、私までいただいてしまって……」
「いいのいいの。我が家に人が来ることなんて滅多にないからね。これはちゃんとしたおもてなしだよ。私が腕によりをかけた自信作だから遠慮なく食べて」
 母さんが腕によりをかける料理は三つある。その全てが日本食……和食と言う奴だ。
 どれだけ日本が好きなのか、それはこの料理だけでも伝わってくる。
そして、作った本人も大喜びだ。物凄く自信があるのだろう。
「私、日本の食べ物初めて見ました」
「和食って言うんですよ。これは天ぷら。これは味噌汁。最後のこれは蕎麦。……いつの間に蕎麦まで作ったんですか?」
「いや、保存していた麺があったから」
 最後の一品だけは腕をかけていない。詐欺だ。
 ミナさんは和食を初めて見たせいか、興奮している。お箸の使い方は知っているのだろうか。もし知らなければ、練習しないと食べられない上に、指が筋肉痛になると言う地獄が待っている。
 腕をかけたところが違うと言いたい。
「では諸君! 食べよう!」
 母さんが指示を出し、先に食べた。僕も少し遅れて天ぷらを食べる。
 ミナさんはお箸で食べずにフォークで天ぷらを食べているようだ。これは予想外。母さんならお箸を持たせるかと思っていたが、そこは優しいんだ。
「……なんですか、これ。美味しい……」
 天ぷらが気に入ったみたいだ。目をキラキラさせている。
「美味しいでしょ? 野菜を衣で包んで、油で揚げたものなんだけど、これがまた! そのままでも美味しいし、お好みで塩やしょうゆ、果てには専用の漬けツユもあるよ」
 それを作ったのは僕です。正確に言えば、作らされた、と言った方がいい。
 初めて食べる和食を一口ずつ、口の中で味わいながら食べていく。
 さて、ここからが試練だ。あと二つの品。これの食べ方にはマナーがある。それがわかるかなと、心の中で考えているせいか、顔がにやけてしまう。バレないように隠す。
 ミナさんは天ぷらを少しだけ食べて別の料理……味噌汁に入った。
「おお……これがミソスープ……」
「日本語で言えば、味噌汁。味噌とダシで作った簡単な品だけど、意外といけるよ」
 味噌汁が入った器を熱を逃がしながら触って、口を付ける。
「あつっ!」
 やっぱり。そうなったか。
 ミナさんは味噌汁の高温で舌を火傷したようだ。母さんのこの辺は酷いな。
「少し冷まして飲みますか?」
「いや……これが日本の試練なのね。だったら受けてたとうじゃない!」
 何かに目覚めてしまったようだ。ミナさんは熱い味噌汁を我慢して飲んでいる。
 僕はただ一人、黙々と食べている。口には出さないが、美味しい。
「ミナちゃん、蕎麦は放っておくと麺が伸びるから早めに食べてほしいんだけど……」
「あ、すいません。では……」
 フォークを使って、汁の中に沈んでいる蕎麦の麺を掴むが、フォークの間からするりと抜けていき、元のお椀の中に落ちていった。
 それも試練だと考えたミナさんは諦めずに挑戦し続けるが、全部、華麗に逃がしている。
「……どうやって食べれば……」
「お箸を使うんですよ。難しいですけど、その麺を掴むとしたらこれが最適な道具です」
 新しいお箸を出して、ミナさんに使わせる。
 指の位置、そして力の入れ加減を教えて挑戦させてみる。
 慎重に、慎重に。手が震えながらも彼女は二本の麺を掴み上げた。そしてそれを口に持って行くことはなく、口が動いてそれを食べた。何としてでも食べたかったのがわかる。
 もぐもぐ、と顎を動かして麺の味を確かめている。
「……スパゲッティやパスタとはまた違う味の麺ですね」
「蕎麦は蕎麦専用の粉を使って作るんだ。これを入手するのには、私の極秘ルートを使うしかないよ?」
 なに、その悪の組織が何かの取引に使うような名前は。
 やっぱり、最近の母さんはちょっと子供のように思える。
「最低でも三本。多くて七本の麺を口の中に入れれば、美味しさを存分に味わえるよ。さあ、チャレンジ!」
 ミナさんはまた慎重になりながらお箸で麺を掴んでいる。
 掴んでは落ち、掴んでは落ちの繰り返しだが、何回かに一回は三本の麺が掴めるので、それを食べる。
 そして蕎麦を全部食べ終わる頃になると、他の料理は冷めていた。もったいない。もちろん、僕と母さんは既に食べ終えている。
 一人、置いて行かれたことに気付いたミナさんは急いで食べているが、天ぷらは喉に詰まりやすい。それに気を付けていれば……
「ノア、ごめん……お水頂戴……」
 僕の予想当たりやすいようだ。早速その予想が当たった。大当たりだ。
 喉に天ぷらが詰まって苦しそうなミナさんの前に水が入ったコップを置く。ミナさんはそれを手に取ると、一気に飲み干した。
「っぷは! 死ぬかと思った……」
「いつ、何時も覚悟をしなくちゃいけないよ。弱肉強食、それが自然の摂理だからね。気を抜くと命を持って行かれるよ。それが食事中でも」
「そんなデンジャラスな食事、したくありません」
 華麗にツッコミを入れる。それに母さんは大喜び。
 冷めた料理、残り二品を食べ終えたミナさんは「ご馳走様でした」と礼儀正しく言った。そう言えば、食べる前に「いただきます」が無かったのは言った方が良いのかな。でも、それは母さんが教えるはずだけど……
「初めての日本の味……と言っても本場の味じゃないけど、どうだった?」
「すっごく美味しかったです。日本って凄いですね。こんな料理があるなんて知りませんでした」
「うむ、正直な感想ありがとう。じゃ、片づけをするとしますか」
「あ、それは私にやらせてください」
「いいよいいよ。お客さんは座ってなさいな。お客にこんなことをさせたら申し訳ないからね」
 お客……アベルさんはお客の中に入っていないのだろうか。あの人が料理を食べに来た時は高確率で洗い物をさせられているけど……。ミナさんはお客様の部類なのか、いまいちわからない。
「いつもこんな美味しいの食べてるの?」
 ミナさんがテーブルに両肘を置いて、頬を持ち上げているようなポーズで聞いて来た。
「そうですよ。一週間に一回は僕が料理するんですけどね。まだまだ母さんの腕には敵いません」
「すっごく美味しかったものね。いいなぁ、私もここに住みたい」
「じゃあ、住んじゃう?」
 どこから話を聞いていたのか、母さんがミナさんにそう提案した。
「別に一人増えても問題ないし、ノアが喜ぶと思うからね。君が良ければいつでも良いよ。でも、電気は使えないからその分覚悟をしておくんだね」
「えっと……どうしよっかな……」
 住んでも良いと許可をもらったのは良いけど、それを実行する気がなかった冗談だと思っていたのだけど、母さんは本気のようだ。
 僕としてもミナさんが一緒に住んでくれたらその分賑やかになると思うし、楽しそうだ。
 でも、彼女にも彼女の事情があるんだろう。仕事もあるし、家の掃除もある。
「……たまに遊びに来るぐらいでもいいよ」
「……それなら」
 譲歩として、『遊びに来る』と言うので手を打ったようだ。この文章の使い方を間違えている気がするけど、母さんがそう教えてくれたのだから合っていると思う。
「そう言えば、ミナちゃんは幾つなんだ? ノアは十八だけど」
「私はちょうど二十歳です。ノアが十八なら、私たちは二つ違うんだね」
「そうですね。初めて会った時から僕より年上だと思ってましたけどね」
「なにそれ。私が老けているって意味?」
 逆鱗に触れてしまったのか、ミナさんの声がドスの利いた声に変わった。
 急いで「そんなつもりで言った訳では!」と訂正し、何とか機嫌を直してもらった。
「君たち、意外と仲良いんだね。これからもノアをよろしくお願いするよ」
「はい、任されました」
 僕の何をお願いしたのだろうか。女の人同士の会話には何か意味が含まれていると感じるけど、それを知らない僕には未知の会話に聞こえる。

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