君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

モトメル

 本格的に冬の季節になった。
 冬なので、当然外は雪が降っている。いつもいつも綺麗な白い色をしている。
「さっむ~……」
 冬の寒さに負けて一人でガタガタと震えている母親が一人、僕の体に引っ付いている。
「寒いなら何か着ればいいじゃないですか」
「いやさ、人肌が一番って言うじゃん……」
「そんなもの、聞いたことがありません」
「とりあえず、温めて……冗談抜きで寒いんだ……」
 僕の体に……と言うか、僕の体に巻き付いているこの人をどうにかしたいと本気で思った。
「ストーブはどうしたんですか? まだ現役でしたよね」
「あれ、壊れた……」
 いつの間に壊したんだ……
 だが、石油ストーブと言う我が家唯一の暖房器具が無ければこの冬を乗り切るのは難しいかもしれない。
 この寒い中、いつも母さんが巻き付かれると身動きが取れなくて困る。トイレに行くのも一苦労だ。
「じゃあ、買いに行きませんか? 街まで」
「……外はもっと寒い……」
「じゃあ、僕が買って来ましょうか?」
 母さんが僕の顔を見て目を丸くしている。何か変なことを言ったのかな。
「……私が迎えに行かなくても大丈夫?」
 帰りのことを心配していたようだ。
 確かにまだ一人でここまで帰って来るのは心細い。下手すれば二度と帰って来れないという可能性がある。
 しかし、このまま寒い中をただじっと耐えるのはキツイ。このままでは母さんが冬眠してしまう。
「本当に? 本当に大丈夫?」
 しつこく何度も聞いてくる。それだけ僕が心配だと言うのはわかるけど、ちょっとしつこい。
「もし帰りが遅くなったら迎えに来てください。今回は何とか無事に帰還してみせます」
「ああ、ノアの初めてのおつかいかぁ……不安だなぁ……」
 母さんの力がさらに強くなる。お蔭で絞め殺されそうだ。
 何とか母さんを振りほどいて、街に行く準備をする。その間、母さんは陰で僕のことを見守っていた。本気で心配している。
 準備が整った僕は玄関に行き、扉の取っ手に手をかけた。
「もし何かあったらすぐに帰って来るんだよ? 迷子にならないでね。遅くならないでね」
「大丈夫ですよ。僕はもう十八ですよ? そろそろ一人前にならないと」
「そう……じゃあ気を付けてね……」
 毛布を被った母さんは小さく手を振りながら僕を見送った。
 一人で家を出て、いつも通っていた道を歩く。
 吐いた息が白くなり、寒い息を肺に入れていることで若干苦しい感じがする。
 でも、ここで負けてはいけない。母さんに、親孝行をするチャンスなんだ。ここで挫けてはいつまで経っても一人前になれない。本当の大人になれない。
 そう思いながら、雪が降る道を歩き、一人で街まで来た。
 いつになってもこの景色が一瞬で変わることに慣れない。それに、街には雪が降っていない。少し残念だ。
 ストーブを求めて街の中を歩く。
どの店に行けばいいのか、どの道を歩けばいいのかわからない状態だけど、何とかしてでも手に入れなければ。
 寒くて体がブルブルと震えている。本格的に寒くなって来た。
 それに比べて、まだ目的の店にたどり着けないままでいる。てっきり看板に『家電』と書かれているところに行けばいいのかと思っていたけど、そうじゃないようだ。そんなものを書いている看板を出している店なんて見つからない。
 一軒一軒中を覗いて行こうか。だけど、それだけ何かを買うまで出させてもらえない気がする。
 途方に暮れて、自分がしていることを後悔してきた。
 こんなことなら母さんと一緒に来ればよかった、そう思い始めてきた。
「もしもーし」
 後ろから声をかけられたので、反射的に振り返る。
「やっぱり。ノアじゃない。今日はどうしたの?」
 こう言うのを奇跡と言うのか。
 僕の後ろにいた、声をかけてくれたのはミナさんだった。
「ちょっとストーブを買いに来て……どこに行けばいいのかわからなくなってしまいまして……」
「そうなんだ。じゃあ、付いてきて。連れてってあげる」
 まるで暗闇の中に輝く小さな光のようだった。有難い……
 店まで連れて行ってもらえるのも嬉しいが、またミナさんと会えるのも嬉しかった。これで三回目だ。
「それにしても、何で僕だってわかったんですか?」
「ん? だってそれ、私が勧めた服じゃない」
 勧めた服だけで僕とわかるのか、この人は。伊達に服屋の店員をしているわけではなさそうだ。
「今日はお母さんと一緒じゃないの?」
「母さん、家でガタガタ震えているんです。だから僕が一人でストーブを買いに来たんですけど……」
「何でよりによってストーブなの? エアコンとか、ホットカーペットとかあるじゃない」
「うちの家、電気が通ってないんです。必要な電気は自家発電で……」
「――どれだけの田舎なの……?」
 ミナさんが絶句している。驚きを隠せないと言う顔だ。
 別に電気が無くても人は生きていける。現に僕は今まで生きてこられた。何も不自由だとは思ったことはない。逆に、何で必要なのか教えてほしいぐらいだ。
「今どき電気を使わないストーブは売ってないと思うけど」
「本当ですか? それだと来た意味が無いんですけど……」
「あー……ちょっと待って。検索してみる」
 ミナさんはポケットから携帯を取り出して、操作をし始めた。これは見たことがあるな。
 しばらくその場で立ったまま、ミナさんの報告を待つ。
「一応、あることにはあるみたい」
「どこですか?」
「偶然にもこのお店」
 指をさして隣にある店を言う。本当に偶然だ。偶然が重なり過ぎて、罠かと思い始めた。誰が何の為に仕掛けた罠かわからないけど。
 だけど、この偶然を、チャンスを掴まないと。
 店の中に入る。中は電化製品だらけだった。電化製品を取り扱っている店だから当然だけど。
 ミナさんが言う『エアコン』『ホットカーペット』はもちろんのこと、僕が探し求めていたストーブもあった。
 だけど、ストーブと言っても種類があるようだ。 お目当ての品は石油ストーブなんだけど……
「電気が通っていないのもまたおかしな話だけど、ノアが嘘をつく理由もないし……これが適切じゃない?」
 一つのストーブを指さした。
 そのストーブは『石油ストーブ』と書かれていた。間違いない、これだ。
「ありがとうございます! これで母さんが助かります!」
「大袈裟ね。じゃ、これを買いなさい。お母さん、喜ぶわよ」
 店員に言って、このストーブを『レジ』と言うのに通してもらって会計をしてもらう。
 思ったより高いけど、母さんから預かっている財布にはまだまだ余裕があるな。
 言われた通りの額を出して、ストーブを入手することに成功した。後はこれを持って帰るだけ。
「一人で持って帰れるの? 一緒に行ってあげるわよ」
「大丈夫ですよ。この為に鍛えてあるんですから」
 段ボールに入った石油ストーブを軽々と持ち上げる。思ったほど重くはないようだ。
 大きな段ボールに入ったストーブを持ちながら、家に帰れる道に戻る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ。ミナさんはこのあと仕事があるんじゃないんですか? 僕についていたら……」
「いや、今日はお休みなの。だから暇していたところなんだけど……うん、やっぱり一緒に行くわ」
「いえ、だから……」
「もう、察しなさいよ」
 ミナさんが少しだけ怒ったようだ。僕は何か間違ったことを言ったのだろうか?
 僕はただ、ミナさんが僕を心配してまで家に来る必要はないと言っているのに……
「私は暇。で、あなたは一人でその荷物を持って家に帰る。この式の答えは?」
 まるで母さんのような言い方だ。
 しかし、問題を出されては答えるしかない。この式で求められている答えは……
「……」
 考える。考えるが、何も思いつかない。この式が一体何の答えを求めているのかさっぱりわからない。
 こんなに難しい問題がまだまだあるなんて……世の中は広いなぁ。
「わからない? だったら答えを言ってあげるわよ」
 悩み過ぎた僕に答えを言ってくれるようだ。どんな答えなのか、期待が高まる。
「私は、君の家に遊びに行きたいの」
「……」
 想像していた答えとは大きく離れているので、目が点になってしまう。式と言われたのだからそれなりの答えだと思っていたのだが……これは予想外だ。
 だけど、何故僕の家に遊びに来たいのか、それがわからない。これは友達の家に遊びに行く感覚なのかな。でも、男友達と女友達では求めているものが違うと聞いたことがある。果たして彼女を家に連れて行っても良いのだろうか。
「……ダメ?」
 返答がないので、拒否されているのかと心配している。
 別に拒否する理由もないのだが……
「来ても暇だと思うんですが……」
「大丈夫。君で遊ぶから」
 またもや僕をおもちゃにする人が現れたか。これは強敵だ。倒せるかな。
 式を求めて、答えを導き出し、それを僕に理解させた彼女を連れて、家に帰る道を歩く。
「ここから遠いの?」
「そんなに遠くないと思います。まあ、来てみればわかりますから」
 遠いか近いか、それは僕でも未だにわからない。
 だって、一瞬で景色が変わる、なんてことを言っても信じてもらえないし、僕も信じていない。
 僕が先に歩いて、ミナさんは二歩、三歩遅れて付いてくる。
 これが母さんの好きな日本で言う『ヤマトナデシコ』と言う奴か。なるほど、意味はわからないが、何となく理解出来た。
 歩きながら雑談をする。
「今までどうやって冬を過ごしていたの?」
「母さんが使っていたストーブがあったんですけど、さっき聞いたら壊れたと言いまして。それですぐに買いに来たんです」
「ノアのお母さんも変なところに住んでいるものね。変わり者?」
「それを言うなら僕も変わり者ですよ」
「君が変わり者なら、私も変わり者ね。同じ仲間」
 仲間……仲間か。
 仲間と言えばあの場所の他の人たちを思い出すけど、この人が言う仲間とはまた違う意味だろう。
 街の中を歩き、そして一瞬で景色が変わった。
「……え?」
 ミナさんが驚いている。当然の反応だ。
 だって僕でさえまだ驚くんだから。
「さっきまで街の中だったのに……何で……?」
 周りをキョロキョロと見回している。さっきまで街の中にいたのに、見渡す限りの草原、畑、森。どれもが田舎を想像させるものだ。
「どうなっているの……?」
「それは僕にもわかりません」
「魔法か何か?」
「魔法ですか。あったらいいですね。便利でしょうけど、使う気にはならないです」
「なんで?」
「だって、楽を覚えちゃうじゃないですか。“楽を覚えた人間は更なる楽を求める”と母さんの教えです。現に人は火や電気を求め、更に電子と言う物まで求めた。これ以上、何を望むんでしょうか」
「幸せだと思うけど」
「何が幸せなのか、それは個人差がある、と」
 もう慣れたのか、ミナさんは落ち着きを取り戻したようだ。意外に順応性が高くてこっちがビックリする。
 そのまま一本道を歩き、家が見えてきた。
「あれが、僕たちの家です」
「……本当に『ザ・田舎』って感じね。木造の家だなんて久しぶりに見たわ」
「どこかで見たことがあるんですか?」
「学校の旅行でね。その時は農業体験をさせられて大変だったわ。腰が痛くなっちゃって」
 確かに畑仕事は大変だ。腰が痛くなる。時々母さんの腰をマッサージすることがあるから非常に良くわかる。あれは痛い。
 家の前に到着し、玄関の扉を開ける。
「ただいま戻りました」
「おかえり~!」
 奥から母さんが走って飛びついてきた。その勢いに乗って後ろに大きく倒れた。
 持っていたストーブは不思議な軌道を描きながら綺麗に畑の土の上に落ちた。
「心配したんだよ~! 良く帰ってきてくれたね!」
「あの……母さん……」
「なに!? 何か嫌なことでもあった!?」
「いえ、その……ミナさんが……」
 母さんの顔を両手で掴んで首を動かす。首の方向はミナさんの方に、目線はミナさんに。
「あらまあ。まさかノアが女性を連れてくるなんて……」
 理解出来たようだ。僕から離れて立ち上がってミナさんに向き合う。
「よく来たね。ゆっくりしていって」
「お邪魔します」
 二人だけで先に家の中に入って行った。
 地面に倒れていた僕は起き上がって服に付いた土を落とし、更に畑の上に落ちたストーブを持って一人悲しく家に入る。
 リビングに移動すると、母さんは椅子に座ってミナさんと向かい合っていた。
「母さん、凍えていたんじゃないんですか?」
「それよりもノアが心配だったんだよ。でも、本当に良く無事で帰ってきてくれたね……。本当に嬉しいよ……」
 大袈裟なことを言う。
 段ボールを置いて中からストーブを取り出して、その中に燃料となる油を入れる。そしてスイッチを入れた。
 部屋の中が急速に温まって行くのがわかる。
「ああ~。素晴らしいね、この暖かさ……」
「えーっと……ノアのお母さん……で良いんですよね?」
「ん? それは長いからフェイトで良いよ」
「じゃあ、フェイトさん。何でこんなところに住んでいるんですか? 街に行けば暖かいし、食べ物も不自由しなくて済むと思うんですけど」
 ミナさんが“どうして?”と言う顔で母さんに質問してきた。
 この質問、僕は前々から思っていたけど、口には出さなかった。これが母さん、これが常識なのだと思っていたから。
 その質問を聞いた母さんは椅子の上で足を持ち上げて抱え込む。
「それはね。私は人間と一緒に暮らせないからだよ」
 ミナさんがどういう意味ですか、と言う。
「私は変わり者だからね。基本的に常識に乗って行動はするけど、考え方は常識外れだ。ほら、学校でもあるだろ。『思考が違う奴は気味悪がられる』って。私はそれなんだよ。今の言葉で言うのなら、キチガイだ」
「だからと言って街から離れて暮らすだなんて……何でそこまでして……」
「別に同情してほしい訳じゃないよ。私はこの生活が気に入っているんだ。四季を感じ、自然の恵みである野菜や肉を食べ、愛する息子と一緒に暮らす。ほら、何も問題はない。ここは文字通り、“私の世界”なんだ。ここだけが、私の世界なんだ」
 何も言えなくなったのか、ミナさんは黙ってしまった。そして僕も黙る。何も言えない。
 沈黙の空気が流れていることに気付いた母さんは慌てて椅子から立ち上がって、何か話題を出している。
「ああ、そうそう! ノア、ご飯作って! お腹空いた!」
「良いですけど、この空気で食べられます?」
「それは……ノアが何とかして!」
 責任を無理矢理僕に押し付けてきた。こんな難題、どうしろと言うのか……
「何なら私が作ろうか!? 人が訪ねてくるのは珍しいし、ノアも疲れたでしょ!? うん、それが良い! そうしよう!」
 母さんは料理と言う道に逃げた。
 黙ったまま椅子に座っているミナさんの相手を僕だけでしろと言うことだ。滅茶苦茶難しいじゃないか。
 静かな空気の中で調理器具の音だけが聞こえる。
 本当に気まずい……この空気をどうやって破壊しようかと必死に脳を働かせる。
「……フェイトさん」
 重い空気の中で、ミナさんが小さな声を出して口を開いた。
「ん? なに? 何か食べたいものでもあるの?」
「いえ。その……今、幸せですか?」
 何の意図があっての質問なのだろうか。その質問を母さんにぶつけた。
 だが、母さんは何もせずにただ笑い、
「うん、幸せだよ」
 そう答えた。
 その答えを聞いたミナさんは
「そっかぁ……私が求めていた答えはこんな簡単に見つかったんだぁ……」
 と、天井を見ながらそう呟いた。
 ミナさんが求めていた答え、それは“自分の世界”についてのことだったのか。
 僕はミナさんの過去、現在を知らない。ただ、三回会っただけの関係だ。それ以上はない。だから、僕は気づくことが出来なかった。
 ミナさんが……涙を流していたことを。
「ははは、なぁんだ。こんな簡単な答え、何で見つけられなかったんだろう」
 涙を流しながらそれを呟き続ける。
 僕は、これが何なのかさっぱりわからず、母さんに助けを求めた。
「母さん、ミナさんは……?」
「ん? 大丈夫、心配ないよ。彼女は答えを得た。だから大丈夫さ」
「それが何を意味しているのか、全然わからないんですけど……」
「私の考えではまだ全てを説明しきれない。それは彼女から聞いた方が手っ取り早いだろう」
 そう言って、料理の続きに戻った。
 とりあえず僕は椅子に座り、ミナさんを見守る。
 彼女は泣いていたけど、笑っていた。うれし泣きと言う奴かな。
 この涙は放っておいても大丈夫だと聞いている。だから放っておこう。

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