君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

マタ デアエル

 日が変わり、曜日が変わり、月が変わり、年が過ぎ……
 僕は十八歳になった。成長も止まり、母さんの身長を超えた。筋肉も付いてきて、そこそこの力仕事も出来るようになった。
「ノアー。これ運んでくれない?」
 アベルさんに売る用の野菜を詰めた段ボールを軽々と持ち上げ、決まった場所に持って行く。
「いやー、ノアが大きくなったのは嬉しいね。安心して重い物も持たせられるし、何より料理も上手くなった。言うことなしだ。どこにお婿さんに出しても文句ないよ」
「その前に相手がいませんよ、母さん」
「いつの間にか”お母さん”から”母さん”に変わってるし……あの小さくて可愛かったノアはもういないんだね……嬉しいのやら悲しいのやら……」
「そこは素直に喜んでくださいよ」
 六年間で鍛えられたツッコミを入れる。すると母さんは喜ぶ。ある意味、変態だ。
 段ボールを運び終え、体を思いっきり伸ばし、風の冷たい心地よさを全身で感じる。もうすぐ冬だ。
 この感じももう六年も経ったのか……月日が流れるのは早いものだ。
 母さんは老化を感じさせないほどに全く変わっていない。逆にアベルさんはひげが生えてきた。もう立派なおじさんになっていた。
「ノーア。お風呂、沸いたよ」
 母さんがお風呂を沸かしたことを言いに外まで出てきた。
「一緒に入る?」
「それはもう卒業しました。それに、こんなに大きくなったんですから、一緒に入っても苦しいだけですよ」
「息子が一緒なら私は何処でも構わない!」
 胸を張って言う事じゃないだろうに……
 適当にかわして一人でお風呂に入る。
 このお風呂場を窮屈に感じるようになったのはいつからだろうか。もうそんな記憶がない。いつも通りに過ごしているから刺激が無くて、少しだけ退屈だ。
 お湯の温かさを全身で感じながらしばらくボーっとする。この時間だけは何も考えずにいられるのがまた良い。
 お風呂から上がり、母さんのお古である寝巻に着替える。
「うーん。流石に私のお古を着ているのもあれだな……」
「僕は全然構わないですけど」
「いや、私も全然構わないんだけどさ。でも、もう立派な男の子だよ? 国によってはもう立派な大人だよ? いつまでも母親のお古を着ているのもどうかと思うわ」
 十八歳はもう大人の仲間入りなのか? そこを詳しく教えてほしい。
「……よし! 明日、街に行こう!」
 また急な話だ。
 でも、街に行けるのならそれはそれで楽しみだ。何せ、実に三年ぶりなのだから。
「そう言えば母さん。一つ聞いて良いですか?」
「一つと言わずに何個でも聞きたまえ」
「僕たち以外にこの辺に住んでいる人はいないんですか?」
 三年以上六年以下思い続けてきた疑問を今口に出した。
 僕たちはずっとここに住んでいるけど、アベルさん以外の人を見かけたことが一度もない。それはただの偶然なのか、それともここが田舎過ぎるのか。
「――いないね。ここら辺は私たちしかいないよ」
「じゃあ、アベルさんはどこから来ているんですか?」
「アベルは……その……遠くから来ているんだよ」
 何か曖昧な解答だ。色々とツッコミたいけど、これ以上聞いても濁されるだけだ。無理な詮索は止めよう。
「質問は以上かな?」
「はい。ありがとうございます」
「お礼なら今晩の料理を作ってくれ。久しぶりにノアの手料理が食べたい」
「良いですよ。何が良いですか?」
「なんでもいい!」
 それが一番困る。
 今なら六年前に母さんに初めて言ったその言葉の意味がわかる。その答えだと非常にめんどくさいと言う事を。
 なんでもいいと言われても、好みの物じゃなかったらそれはそれで嫌な顔をされる。実際にアベルさんがそうしたからだ。それで一度、母さんがアベルさんをボコボコにしていたのは今でも忘れられない。あの時は本当に怖かった。
 しかし、本当になんでもいいのなら、あえて簡単な料理をしようか。それとも逆に凝った料理をしようか、悩む。
「はやくはやく~」
 椅子に座って僕が作る料理を今か今かと待っている。
 何だか最近、母さんの精神年齢が低下してきているような気がする。どうしてだろうか。

 街に来て、目当ての服屋を探している。
 三年ぶりに来たこの街は全然変わっていない。相変わらず人通りが多い。この歳で迷子になる可能性は低いけど、一応注意しておこう。
「さて……あの店はまだ健在かな」
「閉店……という意味ですか?」
「そうだね。お気に入りの店が閉店するのは悲しいことだ。だから私は何とかしてあの店にお布施をあげている」
 なにをしているんだこの人……
 素直にそう思ってしまった。
「まあ、行けばわかるだろう。ノア、はぐれないようにね」
「いつまでも子供扱いしないでくださいよ。僕も大人なんですから」
「ハハハ、そうだったね。じゃあ、立派な男性なら私をエスコートしてくれ」
 母さんが僕の腕に抱き着いてきた。これでは恋人同士だと思われてしまう。だから恥ずかしい。
 母さんに止めてくれと頼むけど、「エスコートしてくれよ」との一点張りだ。頑固だな。
 しかし僕は、あの店がどこにあるのか覚えてない。ここは母さんに任せるしかない。
「道を教えてください」
「あー、そうだったね。ノアはもう覚えていないか。……仕方ない。エスコートは終わってからだ」
 非常に残念そうな顔をして僕から離れて行った。それはそれで悲しいけど。
 母さんの隣で一緒に歩く。目的地の店を目指して。
 人混みをかき分けて、しばらく歩き、お目当ての店にやって来た。まだまだ健全のようだ。通常営業をしている。
 変わっているところと言えば、店員が変わっているところか。前の人は辞めたんだろうか。
 そんな小さな疑問を持ちながらも、店の中に入る。
 店の中は全くと言って良い程変わっていなかった。服の位置も、マネキンの位置も、何もかも。ここまで変わっていないのも珍しい。
「それじゃあ一人で探してきて。私は自分のを探すから」
「わかりました」
 一旦母さんと別れて行動をする。自分が気に入った服を探す為に。
 並んでいる服を吟味しながら、一着ずつ手に取り、今の自分に似合うかどうか確認する。
 だけど、僕に似合う、僕のセンスに反応するような服は見つからない。
 似合いそうな服は有ったのだけど、値段が高すぎた。これじゃあ母さんの財布を痛めることになる。それは避けたい。
 別の服を手に取っていると、一人の店員がやって来た。
「何か、お探しですか?」
 どこかで聞いたことがあるような声だ。でもどこで聞いたんだろう。
 店員の声がした方向に首を向けて顔を見る。
「……ノア?」
「……ミナ……さん?」
 そこにいたのは三年前に図書館で出会った女性、ミナさんだった。顔はだいぶ変わっているけど、根本的な形は変わっていない。とても整った顔をしている。
「久しぶり! 元気にしてた?」
「え、ええ。元気にしてましたよ。この通り、筋肉も付きましたし」
 腕に力を入れて力こぶを作るポーズをとる。
「流石農家の子供。たくましくなったね」
「ミナさんは何でこんなところに?」
「私はバイト。今年から始めたばかりの新人だけど、やる気だけはあるよ。ノアはどうしてここに?」
「純粋に買い物に来たんです。あ、そうそう。店員さんなら僕に似合う服を探してくれませんか? 自分じゃわからなくて」
 自分に出来ないことをミナさんに教えてもらおうとお願いする。だけど、冗談のつもりだ。仕事の邪魔をする気もない。
「いいよ。どんな色が好み?」
 あっさりと引き受けてくれた。その事に驚いて小さな声で「えっ」と言ってしまった。
「私はここの店員だよ? お客様が求めている服を探してあげるのが私の仕事。仕事の邪魔をしちゃ悪いかな、って思っているんでしょうけど、これも仕事だから。さ、どんなのが好み?」
「え、えーっと……」
 どんなのが好みとか言われても、どういうのが好みなのか自分でもわかっていない。
 ここはどう答えるべきか……
「……あ」
 閃いた。
「最近の流行の服って言うか……人気の服はありますか?」
 逃げ道の『流行』と答えた。
「最近の流行かぁ。ちょっと待ってね」
 ミナさんは僕から離れてどこかに行ってしまった。待てと言われたので大人しく待つことにする。
 そして、待つこと一分弱。ミナさんは戻って来た。
「こんな服はどうかしら?」
 ミナさんが持って来たのは黒いジャケットだった。
 ジャケットか。赤い色の奴は持っているけど、もう入らないし……何よりミナさんが探してきた奴だから邪険に扱うのも……
 勧められたので、一応試着をして見る。
 似合って……いるのかな?
「ノアは背が高いから何でも似合うと思うよ」
「背が高いと何でも似合うんですか?」
「そうよ。背が高い人は恵まれているの。まあ、サイズが合わないことはあるけど、背が高いと、着ている服がカッコよく見えるからね。どう? これ、買う?」
 値段を見てみる。
 ちょうどいい価格だったので、これを候補に入れておこう。
「他に欲しい服は?」
「そうですね……下も欲しいです。あと、寝巻用の服も何着か」
「結構沢山買うんだね。いいよ、探してきてあげる」
 またもやミナさんはどこかに行ってしまった。
 しかし、本当に偶然だ。まさかまたミナさんと出会えるなんて。
 これは奇跡なのか、それとも偶然なのか。神様の悪戯なのか、考えさせられる場面だ。
 でも、嬉しい。僕の知人と言うのは本当に少ないから、知り合いに会えると言うのは嬉しい。
 しばらく待っていると、大量の服を持ってきたミナさんがやって来た。その後ろには母さんが。
「……何で母さんも?」
「いや~、偶然会っちゃったものだから。私の分の服はゲットできたし、ノアの方はどうかなと思ったら、ここでミナちゃんが登場してきたもんだから。ま、偶然だよ」
 偶然だろうけど、本当に偶然なんだろうか。
 三年ぶりに会った、ほんの少ししか会話していない少女の顔を覚えているのだろうか。……母さんの頭なら問題ないかもしれないけど。
「私はお邪魔かな?」
「何でですか?」
「いや、若い二人、若い男女、そして三年ぶりの再会なんてシチュエーション、逃す手は無いと思うよ。……私もまだまだだから!」
 シチュエーション? まだまだ? 何を言っているのかさっぱりわからない。不思議な人だな。
「ま、後はお二人に任せるよ。ノア、これ渡しておくよ」
 母さんは僕に財布を渡してきた。
「え、でも……」
「私は万が一に備えて財布を二つ持っている。だから心配することはないよ。それじゃあね。ちゃんと帰って来るんだよ」
 嬉しそうな顔……と言うよりニヤついた顔をして母さんはこの場から去っていった。
 残された僕たちはただ茫然としていた。
「……なんか、凄い人だね」
「六年間、一緒に過ごしてますけど、今日の母さん何かおかしいんですよね」
「六年間? 本当のお母さんじゃないの?」
 しまった。これは言ってはいけないことだったことをすっかり忘れていた。僕が元奴隷とわかれば、ミナさんは態度を変えてしまう。何とかしてここを切り抜けないと……!
「実は……身寄りのない僕を引き取ってくれたんだ。十二歳に本当の両親と別れてからだから六年。僕を本当の息子だと思ってくれている素敵な人だよ」
 嘘は言っていない。ただ、少しだけかすっているだけの内容だ。
 これで何とか誤魔化せただろうか。不安だ。
「そうなんだ。私と一緒だね」
「……一緒?」
 まさかこの人も元奴隷なのか……? でも、それだったらイジメられているはずだ。
 奴隷は国が認めていない。だから奴隷には人権と言うのが存在しないと昔母さんに教わった。
『国が認めていないから奴隷には自由がない』
 おかしな話だけど、そう教わっている。だったらなんでミナさんは……
「私はね、孤児だったの。十歳の時かな、交通事故に遭って、お父さんとお母さんは車に挟まれてペッちゃんこ。私だけが生き残ったの」
 ああ、そういうことか。それなら納得がいった。
「ああ、お客様にこんな話をするのもあれだね! さて、服を見ないと……」
 無理矢理話を終わらせて、ミナさんは持って来た服を僕に試着させた。それこそ、ズボンから上着、そして下着まで。何故下着が入っていたのかは聞きたくない。
 持ってきてもらった服を厳選して、気に入った服だけを会計してもらう。
「ありがとうございます。お蔭で無事に買えました」
「良かったね。……この後、暇?」
「まあ、暇と言えば暇ですけど……何かあるんですか?」
「もうちょっとお話したいと思ってさ。バイトが終わるまであと二時間あるんだけど、待っててくれる?」
 二時間か。長いけど、僕もミナさんとはもう少しだけお話をしていたい。ここは彼女の仕事が終わるまで待つことにしよう。
「良いですよ。どこで待っていればいいですか?」
「本当!? ありがとう! それじゃあ、ここから三軒隣にあるカフェで待っててくれない? そこなら近いし」
 カフェか。入ったことないから緊張するな。
 とりあえず、そこで待っていると言っておいて、店を出る。
 三軒隣と言うと……右の方か。
 店の出口から右の方角にカフェらしき店があったので、そこへ向かう。
 店の前に来て、緊張が一気に高まって来た。慣れていない場所に来るのは緊張するけど、初めての場所は物凄く緊張する。髪型、おかしくないかな。
 指で髪を整えて、覚悟を決めてカフェに入る。
「いらっしゃいませ」
 小さなエプロンを着た女性が挨拶をしてくれた。
「お一人様ですか?」
「あ、いえ。しばらくしたらもう一人が来ます」
「それではこちらに」
 席に案内されて椅子に座る。
 この場所は外の景色が見える特等席だ。ちょっとだけいい気分になる。
 さて、ここで二時間。どうやって潰そうかな……
 することもないので、ただ外の景色を見続ける。ただ人が歩くだけの景色だけど、観察する分には申し分ない。
 数分して店員さんが注文を聞きに来たので、適当に『コーヒー』を頼んでみた。見たこともないので、どんな味がするのか楽しみだ。
 そこで運ばれてきたコーヒーを飲みながら時間を潰す。コーヒーの苦さに苦しめられ続けながら……

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