君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

デアエル

「さ~て。買うものは買ったし、早速それに辞書諸々を入れに行こうか」
「どこに行くんですか?」
「ネットを繋げるところ。こういう公共の場には無料でネットに繋げることが出来る場所があるんだよ。例えば喫茶店。例えばネカフェ。例えばさっきのお店」
「じゃあ、さっきのお店で良いんじゃないんですか?」
「そうしたかったけど……あの店員、買うだけ買ったら”さっさと帰れ”みたいな目で見てきたからヤダ」
 そんな目でお母さんを見ていたなんて……気付かなかった。気づいていれば僕が文句を言っていたところなのに。
 こういうところで守ることが出来ないのか、僕は。無力だな。
「なんでそんな暗い顔してるの? ほら、笑顔笑顔」
 頬を引っ張られて無理矢理笑顔を作らされる。と言うか、おもちゃにされている。
「アハハハ! 面白い顔!」
 やっぱりおもちゃにされている。段々と派手になっていくけど、抵抗はしない。されるがままだ。
「はい、笑顔。せっかく街に来たんだから楽しまなきゃ損、だよ。それじゃあ、私の後にしっかりと付いてきなさい」
 お母さんはまたどこかに行くようだ。それに付いて行く。
 歩いて、歩いて。
 車が通る道路を横切って。
 角を曲がって。
 そして僕たちは大きな建物にやって来た。ここは何て言うんだろう……
「はい。図書館に来ました」
「……え? 図書館?」
 なんで図書館に来たんだろう。
 まさかとは思うけど、ここで本を借りる……とかではないだろうな。そうだとしたら買ったこのタブレットの意味がない。
「いやね。そのタブレットの中に入れる資料はここで探せば良いんじゃないかと思いまして。ありとあらゆる本が集まったこの場所で、気になった本のタイトルを検索して、そのタブレットに入れればいつでも好きな時に読める、そう考えたうえでやって来たんですが、何か質問は有りますか?」
『何故に敬語で話してくるんでしょうか、説明を求めます』と、心の中で訴える。
 質問が無いと判断したお母さんは図書館の中に入って行き、僕はそれに続いて中に入る。
 中は当然本の海だった。沢山の棚の中に数え切れないぐらいの本がギッシリ詰まっている。ここだけで一か月は退屈せずに済みそうなぐらい、本があった。
「じゃ、好きな本を探してきてね。私はちょっと野暮用があるから」
「え? 一緒に探してくれるんじゃないんですか?」
「そのつもりだったけど、この街に来たもう一つの目的を思い出してね。それを片付けないと色々と面倒なんだ。だから一人で頑張ってくれ! 大丈夫、一時間で戻るから!」
 僕の頭をポンと軽く叩いてお母さんはもうダッシュで図書館の中から出て行ってしまった。
 もう一つ目的とは一体なんなんだ? それを教えて欲しかったな。
 一人になった僕は仕方なく一人で本を物色する。
 図鑑、絵本、小説、漫画、辞書。
 ありとあらゆる本がここに集まっていたのでお母さんが戻るまでは何とかなりそうだ。タブレットの使い方も教えてもらったし、充電もしてある。完璧だ。
「……あ」
 そう言えばどうやってネットに繋ぐのかは聞いていなかった。うかつだった。
 何も出来ないので、惹かれそうな本を探す。探すしか出来ない。
 図書館の中にはちょっとだけ人がいる。大人の人から僕ぐらいの歳の子供まで幅広く。その人たちの邪魔をしないようにしよう。
 最初に辞書のコーナーに行き、手当たり次第に一冊ずつ手に取り、ページをめくっていく。
 ……うん、難しい。
 先に辞書を発掘するのは無理があったな。別の本を探そう。
 色々な本を見回って、いくつかの本を手に取り、それを持って椅子に座り、机に本を置く。
 パラパラとページをめくり、面白そうな本だけを厳選し、置く場所を変える。
 そのままどれぐらいの時間が過ぎたのだろうか。ここでは時間の流れがゆっくりと感じてしまう。何分、何十分経ったのか、全くわからない。
 持って来た最後の一冊を流し読みする。
「ねぇ」
 静かな図書館の中で小さな声が聞こえた。だけど、多分僕に向けての声じゃないな。だから無視をする。
「ねえってば」
 二回目の呼び声。これでやっと誰かが僕のことを呼んでいると言うのがわかった。
 声がした方向に首を向ける。
 視線の先には僕より少し年上と思える女の子が経っていた。
「……何ですか?」
 何故僕のことを呼んだのか、理由を聞く。
「その本、好きなの?」
 僕が今手に取って読んでいる本のことを聞いているのか。
 ええと、この本のタイトルは……
『ドラキュラ』
 ――吸血鬼の話か。
「別に……気になったので読んでいるだけです」
「ふーん。そうなんだ」
 彼女はがっかりしたように視線を逸らした。でも、僕の隣に座って来た。
 話をすると他の人の邪魔になるから出来るだけしたくないのだけど……
「何か用ですか?」
「私と同じぐらいの歳の子がこんな本を読んでいるから気になったんだけど……。ちょっと残念。仲間が出来たと思ったのに」
「あなたはこの本が好きなんですか?」
「この本……と言うか、私は怪物が出てくるお話が好きなの。だからその本もお気に入りの一つ。……気になったってことはまだ話の内容がわかってないこと?」
 無理矢理話をしようとしてくるなこの人。ちょっと苦手だ。
「あ、ネタバレは嫌なタイプ?」
「出来れば」
「そう。じゃあ止めておくわ。君、名前は?」
「……ノアです」
「ノア……。へえ、珍しい名前ね。私はミナ。よろしくね」
 手を差し出してきたので、これは握手だと思い、手を出して握った。お母さんとアベルさん以外の人の手を握るのは久しぶりだな。
「あなたの手……何だか硬いわ」
 いつも畑仕事をしているから手の皮が硬くなったんだろう。
「お母さんの仕事を手伝っているからでしょうね」
「当ててあげる。……農家の人?」
「多分正解ですね。なんでわかったんですか?」
「私、超能力者なの」
 一瞬言葉を失った。この人は何を言っているのだろう、そう思ったからだ。
 僕が目を丸くしていると、彼女は嬉しそうな顔をして小さな声で笑った。
「冗談よ。そんな人、この世界にいる訳ないじゃない」
「で、ですよね。ビックリしました。そんな冗談を言うなんて……しかも初対面の人に」
「君が硬い顔をしているから和ませようと思って」
 硬い顔……鏡でも持ってこないと自分じゃわからない。
「で、ちょっとお話しない? 私、退屈してるの」
「でも、ここで話をすれば皆の邪魔になるんじゃあ……」
「大丈夫よ。今は私たちしかいないもの」
 周りを見回してみる。いつの間にか本を読んでいた人たちはいなくなっていた。ここにいるのは僕たちだけだ。だったら多少大きな声を出しても文句は言われないだろう。
 でも、そんなに時間が経っていたのか……お母さんはまだ戻ってこないのかな。
「ノアはこの辺の子?」
「いいえ。ずっと遠く、遠い田舎に住んでいます。周りには何もないんです」
「へえ。流石は農家の子供ね。だったらこの街には何で来たの?」
「お母さんに連れられて……」
「お母さん? お母さんはどこにいるの?」
「用事があるって言って……一時間で戻るって言って僕をここに」
「酷いお母さんね。自分の息子を放っておいて、どこかに行くなんて」
 他人から見れば僕のお母さんは酷い人なのかな。
 ……いや、違う。酷いとは思っていない。優しい人だ。大好きな人だ。
 ちょっとだけ腹が立ったけど、我慢をする。
「えーっと……ミナ、さんでしたっけ?」
「うん、そう。ミナ」
「ミナさんはここで何をしているんですか?」
「私? 私はただ家に居たくないだけ。ここで夜まで時間を潰しているの」
「なんでまた……」
「……聞きたい?」
 ほんのさっきまで楽しそうな顔をしていたミナさんの顔がちょっとだけ険しくなった。これは聞いちゃいけない話のようだ。
 聞きたくないと言って首を横に振る。
「おーい……」
 誰かが図書館の中で大きな声を出している。その声が良く響き、まるでこだまのように反響していた。
 でも、この声は……
「おや? ノアにガールフレンドでも出来たのかな?」
 お母さんだ。お母さんが戻って来た。
「なんだ、ノア。可愛い顔をしてやることはやってるんじゃないか。この! この!」
 肘で体を突かれる。やることって一体何なんだろう。
「君の名前は?」
「ミナです。さっきまでノアとお話していたんです。だからガールフレンドじゃないですよ」
「振られちゃったね、ノア。でも、大丈夫だよ。ノアなら可愛い彼女の一人や二人、すぐに出来るからさ」
 勝手に振られたことになっているようだ。訂正するのも疲れるので、このまま放置しておこう。
「ガールフレンド候補なら良いですよ」
 明らかに冗談で言っているのが丸わかりだ。でも、さらにややこしい話になって行きそうだ。もう止めたい……
「ノア、どうする? このままミナちゃんとお話を続ける?」
「いえ、別に良いです」
「ノアは酷いね。ねー、ミナちゃん?」
 同意を求めるお母さん。それに乗るミナさん。同じ女の人だからだろうか、息が合っている。
不思議だな。僕とアベルさんの息が合っているのも同じ理屈だからかな。
「それじゃあ、遅くならないうちに家に帰ろうか。またね、ミナちゃん」
「はい。また、です。……ノア、またね」
 椅子から立ち上がって、軽くお辞儀をしてその場を去る。
 僕たちが図書館から出る間、彼女はずっと手を振っていた。縁があったらまた会う可能性があるかもしれない。一応、名前と顔は覚えておこう。
 外に出ると、夕方になっていた。太陽が地平線の下に隠れそうなぐらいの時間。半日以上、街にいたのか。それはそれでびっくりだ。
「あ、ノア。ちゃんとタブレットの中に本を入れた?」
「それが……ネットの繋ぎ方がわからなくて……」
「あちゃー。それは盲点だった……。仕方がない、アベルに頼んでおこう」
 そう言えばアベルさんが住んでいるところは何処なんだろうか。街に来る間、他の家なんて見えなかった。建物も、何も見えなかった。あるのは森と畑。そして地平線だけだったのに。
 手を引っ張られて街の出口に向かい、また景色が変わる。
 街の賑やかな声や人の気配は一瞬で消え、周りには畑と木、そして見渡す限りの地平線。気づいたらこうなっていた。本当に不思議だ。
「ミナちゃん。良い子だったね」
「そうですか? 僕にしたら苦手なタイプです」
「アハハ! ノアは女の子が苦手なのかな? だったら将来、結婚出来ないぞ?」
「別に構いませんよ。お母さんがいればそれで十分です」
「おや? それは私と結婚したいというプロポーズかな? 嬉しいけど、ムードが足りないな。四十点が良いところだ」
 厳しい判定だ。せめて八十点は取れるように頑張ろう。
 そのまま家に帰り、いつも通りに過ごし、日は過ぎていく。何事もなく、平和に。ミナさんと言う女の子の存在を忘れるぐらいに。

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