君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

ツクレル

 楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎていく。
 アベルさんが帰り、いつも通りに寝て、いつも通りに朝を迎え、夜になる。
 その繰り返しをいつまで続けただろうか。
 僕の体は日が過ぎると共に成長していき、大分背が伸びた。それでもまだお母さんの身長には届かない。まだまだ時間はかかりそうだ。
「ノアも大きくなったね~。今年で十五歳だっけ?」
「そうですね。今年と言うより、もう十五歳ですけど」
「――あの~……」
 お母さんが申し訳なさそうな声を出して何か言いたそうな顔をしている。
「私ってノアの誕生日、聞いていたっけ?」
 今にも口から何かが出てきそうな顔をして聞いて来たことは、とても些細なことだった。
「いえ、言ってませんよ」
「ごめん! 本当にごめん!」
 手を合わせて謝罪をしてきた。何を謝る必要があるのだろうか、さっぱりわからない。
「私ってば、ノアの誕生日のお祝いするのをすっかり忘れてた! 三年も一緒に暮らしていたのに!」
「……あー」
 誕生日のお祝い、か。何だか懐かしいな。
 昔……売られる前は毎年両親が僕の誕生日にケーキを買って来てくれてプレゼントをくれたっけ……。今ではもうはっきりと思い出せないけど、あの時の二人の顔はとても嬉しそうな顔だったと思う。
 だけど、今の僕にはそれはもうどうでもいい。
 戻れない過去、出来なかった過去、そして……信じていた期待を裏切られた気持ちがあるから。
 あの人たちを信じることはもう出来ない。出来なくなってしまった。
 けど、その代わりに新しい人を信じられるようになった。僕のお母さん。本当のお母さんじゃないけど、血は繋がっていないけど、僕のお母さんだ。
 誰よりも優しくて、誰よりも優しくて……大好きな人だ。
「ん? どしたの、ノア?」
「……何でもない」
「変なノアだね。……それはそうと私から提案があるのだが、聞くかね?」
 どこぞの先生みたいな言い方をして提案を聞いてほしそうな質問だ。それはもう質問じゃない。強制的に聞かされているが、それでも一応聞いておこう。
「聞きます」
「よし来た。ノアも大きくなったし、街に遊びに行こうと思っています。どうかな? 嫌な思いがあるのなら行かなくてもいいんだけど……」
「心配しなくてもお母さんが想像しているようなことはありませんよ。街には何の抵抗もありません。強いて言えば……この恰好で大丈夫でしょうか?」
 自分の服を見せびらかせるように、ひらひらと動かす。
 僕の服はお母さんが買って来たものだ。買って来たと言うか、元々置いてあったものをそのまま使っていると言うか……とにかくお母さんが用意したものだ。
 もし街に行くのだとしたら、この恰好をして笑われたら恥ずかしい。恥ずかしい上に、お母さんのファッションセンスを疑ってしまう。
「別に大丈夫じゃないか? どこにでもいる普通の男の子だと思うけど」
「僕個人としてはアベルさんみたいな服が欲しいんですけど」
「止めなさい。悪いことは言わない、止めておきなさい。あいつに影響されないの。なんで年がら年中黒の服で生活しているような男の服を気に入るのか……お母さんにはそれがわからないよ……」
 アベルさんの服は別に気に入っているわけでもない。ただそう言う服を着てみたいだけだ。
 だって、あの服は夏だと熱くて苦しいから。
 それ以外の季節でも、何だか堅苦しい感じがして嫌だ。一回着ればそれで満足だ。
「まあ、ノアがファッションに目覚めたのは良いことだね。それじゃあ、街に行ったら最初に服を見に行こう。それから何か別の買い物でもしようか」
「一つ聞いて良いですか?」
「なにかな? 何でも言いたまえ」
「どうして街に行こうと思ったんですか? 別にここで生活していても問題ないと思うですけど……」
「単純に私が退屈だったから」
 言葉を失った。僕の為でなく、自分の為に街に行く。遠回しにそう言ったのだから。
 これが僕のお母さんだ。三年間、ずっと一緒に過ごしてきたからわかってはいるけど、わかりたくもない性格だ。
「んじゃ、明日出発だ。そして今からチェスで勝負しよう。どっちが荷物持ちになるか、だ」
「僕が持ったらダメなんですか?」
「チッチッチ」
 人差し指を左右に振っている。この合図は一体何を意味しているのだろうか。今まで見たことも聞いたこともない。
「それじゃあ面白くない。人生はおもしろ、おかしく。何事も楽しむことが大切だ。こう考えればいい。『お母さんが買い過ぎたものを家に帰るまで永遠と持たなくてもいい』と」
 そんなに沢山買い物をする予定があるのか。何を買う気なんだろう……。
 でも――
「良いですよ。その代わり、僕が勝ったら一つ買ってほしいものが有ります」
「良いよ。じゃあ、勝負を始めよう。手加減してあげるから全力で挑んできなさい!」
 出来れば全力を出してほしいけど、本気になったお母さん相手には全く歯が立たない。チェックメイトをかけるどころか、いつの間にかチェックメイトされている。いつの間にか駒がほとんど無くなっている。手加減を止めたお母さん相手では散々泣かされたものだ。
 手加減されて挑んだ勝負。結果は……
「チェックメイト。私の勝ち」
 敗北した。それも二十数手で。
 手加減をすると言ったのは嘘のようだ。最初から全力でかかってきた。勝てるわけがない。
「うーん、ノア。最近弱くなってない?」
「そうですか? 僕はいつも通りなんですけど……」
「弱いって言うか、守ることを徹底してやっている感じだね。攻めはしない、ただ守ることだけ。それじゃあ勝つことは出来ないよ」
 勝つ気を無くさせたのはどちらだろうか、真剣に問い詰めたい。
「勝負としては悪いけど、性格は良いよ。ほら、見なさい」
 僕の駒を指さす。
「キングとクイーンの周りに騎士がいる。騎士は王を守る者、女王を守る盾だ。その剣はただ一振りの剣として、真に守るべきものを守る盾として。ダイヤモンドのような忠誠心を持つ騎士は、命がけで王を守る。……まるでアーサー王に仕える栄えある栄光の騎士のようだ」
「あのイギリスの伝わる伝説ですか?」
「そうだよ。伝承に曰く、彼らは王の忠節の騎士だったそうだ。アーサー王が治めるキャメロットが崩壊しそうになった時、彼らは自らの未熟さを恥じた。”自分が未熟だったからこうなった”と思ったんだろう。反逆したモードレッドは知らないけど。そして、このキングの駒はアーサー。クイーンの駒は王妃のギネヴィア。その盾となったナイトの駒は十二人の騎士の中の誰か。……無意識でしたのか、それとも意識的にしたのかはわからないけど、これは『誰かを守る』と言う想いがあってこそ、出来ることだ。ノアは誰かを守りたいの?」
 それは言えない。恥ずかしくて言えない。
 だから僕は黙秘する。決して知られたくないことだから。
「ま、それはおいおい問い詰めるとしよう」
 口が裂けても言わない。これは決めていることだ。
「街に出るのならお金を沢山持って行かないとね。盗られないように気を付けてくれよ、私の”騎士”様?」
 なんだ、言わなくてもわかっているのか。意地悪な人だな。
 まあ、そのことも三年の間で、嫌と言う程知ったから良いけど。
「と言う訳で、負けた罰だ。私の代わりに料理を作ってくれ」
「それは罰ゲームに入ってないはずですけど」
「だって、今考えたから」
 酷い、普通に酷い。
「それに……」
 お母さんは椅子に座り、テーブルに肘をついて嬉しそうな顔でこう言った。
「息子の手料理を食べたいのは親として当然だろう?」
 何も言える訳もなく、僕はこの三年間で学んだ料理を披露することになった。
 お母さんに料理を作ってあげるのはこれで三度目か。
  一度目は失敗して炭になったけど、お母さんは「美味しい」と言ってくれた。嬉しかった。
  二度目も失敗して、味がおかしくなった。でも、お母さんは「良い味だ」と言ってくれた。嬉しかった。
 そして三度目の今。初めて成功させよう!
 体にやる気を充満させて、包丁で野菜を切っていく。
フライパンを使い、鍋を使い、炒め、煮込み、焼き、そして……
「……ごめんなさい」
 当然のように失敗した。僕の料理の腕は壊滅的に酷いものだ。変えようがない運命かのように。
「あらまあ。でも、今までで一番良いんじゃない? 野菜は一部だけしか焦げていない。それさえ見逃せばいい感じだと思うけど?」
「それでも失敗したことに変わりありません……」
「なら、次は成功するね。楽しみにしているよ」
 お母さんは焦げた野菜を口に運んで、いつもの通りに僕にこう言う。
「美味しい」

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