君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

オソワレル

 翌日、お母さんは用事があるからと言って朝から何処かへ行ってしまった。
 この家で、僕は今一人だ。何もすることが無いので、暇になってしまう。どうしたらいいものかと悩んでいた。
 お母さんがいない間に、家事の練習をしようと思ったのだが、お皿は汚れていないし、部屋も汚れていない。掃除をする意味がないのだ。
 一人でトランプでもしようかと思ったのだけど、一人では全然面白くない。本当に暇だ。
「お母さん、早く帰ってきてくれないかなぁ」
 僕はただただお母さんの帰りを待つだけだった。
「ピンポーン」
 家に凄い音が鳴った。確かこれはインターフォンと言う奴だったな。
 もしかしてお母さんが帰って来たのかもしれない!
 僕は急いで玄関まで行って扉の鍵を開けて、外にいるお母さんを呼んだ。
「お母さん!」
 だけど、そこにいたのはお母さんじゃなかった。
 見知らぬ男の人たちが沢山いた。それは、数か月前までいたあそこを思い出させるものだった。
「やあ、ごめんね。君、今一人?」
「あ……あ……」
 声が出なかった。純粋に怖かったのだ。
 あそこの暮らしを思い出したのもあるけど、それ以上に、この人たちの笑顔が怖かったのだ。
 何かを睨みつけて嬉しそうな顔をしている。お母さんでもそんな顔をしたことがない笑顔だった。
「一人だろ。だからこんな子供が出てきたんだ」
 男の中の一人がそう答えた。
「まあ、そうだな。しかし、不用心だな。子供をこんなところで一人で留守番させるなんてよ」
「その方がやりやすいだろ。さっさとしようぜ」
 一体何をしようと言うのか……恐ろしくて聞けるわけもなく、その場から動けなかった。
 その隙を突かれたのか、僕の顔に何かを被せられた。
 苦しい……! でも、抵抗出来ない!
 僕はされるがまま、男たちにどこかへと運ばれて行った。
 そして心の中で必死に叫んだ。お母さんを……

「あー、疲れた……」
 思ったよりノアの手続きに時間がかかってしまった。でもこれでノアは正式に私の息子として認められた。その事を喜ぶべきだろうか。
 早く家に帰りたい。帰ってノアに抱き着きたい。
 そう思いながら街の中を歩いていると、一つの店を魅入られた。
 その店は靴の専門店だった。そして、ガラスの向こうにはマネキン人形が綺麗な靴を履いている。この靴は子供用みたいだな。
「……」
 よし、ノアへのお土産としてこれを買って行こう。
 今までノアには私のお古の靴を履かせていた。それはもうボロボロだ。ノアも新しい靴が欲しいだろう。
 店の中に入って、目当ての靴を言って、取ってきてもらった。
 ノアの靴のサイズはちゃんと測って覚えていたことが幸いしたのか、そのサイズは最後の一足だった。
 お金を払って、買った靴を大切に持ちながら気分よく家に戻る。今からノアの笑顔が楽しみだ。一体どんな反応をしてくれるんだろう。私に抱き着いてくれるかな、それとも満面の笑みでお礼を言ってくれるかな。
 自然に鼻歌も出てしまい、街をうろついている人から変な目で見られた。それでも今の私にはノアしか映っていない。早く帰ろう。
 足を速く動かし、数十分かけて家に帰った。
「ただいまー!」
 扉を開けて中に入る。ここでノアのお出迎えが……
 無かった。私が期待していたノアのお出迎えは無かったのだ。ちょっと悲しい。
 誰もいなくて寂しくて部屋の中で寝ているのだろうか。そう思い、リビングに向かう。
「……なっ!?」
 リビングに入ると、中は荒らされていた。食器が割れていたり、椅子が倒れていた。
 もしこれがノアの仕業なら怒らなくてはいけない。今まで怒ったところは見せなかったけど、これは大問題だ。
 ノアがいつも寝ている部屋に急いで向かい、扉を開ける。
「ノア!」
 しかし、そこには誰もいなかった。
 別の部屋を探しても、どこを探してもノアは見つからなかった。
「……どこに行ったんだ……」
 まさかとは思うが、外に出ているのだろうか。遠くに行かれてしまったら探すのが困難になる。早く見つけないと……!
 持っていた荷物を全て置き、急いで外に出ようとしたところで扉に何かが書かれた紙が貼られていることに気付いた。
 玄関の扉の裏側、入って来た時にはわからないようにしてある。これは悪戯では済まない。ノアの仕業ではない!
 紙を剥がして書かれている文字を読む。
「……ノア!」
 内容は金の要求だった。金と引き換えにノアを攫ったのだ。
 心の底から怒りが沸いてくる。久しぶりに怒りを覚えた。
 金なんて本当はどうでもいい。私には金なんて必要ない、無くても生きていける。
 だけど、そんな腐った奴らに払う金なんて無い。金が可哀そうだ。
 ご丁寧に紙には場所が指定されていた。そこでノアを取り戻さなくては……!
 身支度……と呼べるものではないが、服を着替える。外出用の服ではない。もっと違う服だ。それに着替えて、家を出る。指定された場所に行く為に。
 怒りを押し殺して一歩ずつ歩いて行った。ゆっくりと、だが確実に早く。矛盾しているが、それしか表現のしようがない。
 時間が段々と過ぎていくが、私は指定された場所にやって来た。
 そこは山の中。木以外何もない場所だが、取引をするのには持ってこいの場所だ。それが人の命に関係していることなら尚更の……
 指定された場所にやって来たはいいが、誰もいない。隠れているのだろうか。
「おい!」
 声を出して呼んでみる。
「息子を返してもらいに来たぞ!」
 反応はない。場所を間違えたのか……それとも……
 考え事をしていると、後ろから鋭い痛みが走った。それは肉を裂くような痛みだった。
 この痛みが意味するのは……
「バーカ。背中ががら空きだぜ、オバサン」
 私は刃物か何かで刺されたようだ。鋭い痛みで声が出せない。
 その瞬間、ほんの数秒の間にも刃は私の肉を裂いていく。
「見たところ、金は持ってきてねえようだし、あんたの体で遊ぶとするわ」
 刃物が私の背中から引き抜かれる。それと同時に数人の男たちが木の影から姿を現した。
 その男の一人の手にはノアの体が……ボロボロになったノアの姿があった。
「ダメなお母さんだな。息子を家に一人にするなんてよ。だから俺たちのような輩に目を付けられるんだぜ、覚えておけよ。まあ、もう遅いけどな」
 下品な笑い声が聞こえてくる。本当に、本当に不愉快な笑い方だ。気に入らない。
 刺されたはずの私が倒れないのに驚いたのか、後ろにいる男が再び私の背中を刺していく。何度も、何度も。刺されるたびに鋭い痛みが走る。
「なんでコイツ死なねえんだよ……!」
 私より後ろで刺している奴が焦り始めたようだ。まあ、当然だろう。普通の人間は刃物で刺されたら痛みで倒れる。痛みで脳がそう体に指示を出すからだ。でも私は違う。
 私は人間ではないのだから。
 数える気も無くしたぐらいに刺されたが、そろそろ言葉を発してもいいだろう。
「……気はすんだか?」
「ば……化け物かよ、こいつ!」
 私の体に刃物が刺さったまま、後ろにいた男が後ずさりを始めた。
「馬鹿野郎! 何手を止めてんだ!」
「だってよ……! こいつ、何回刺しても倒れないんだぞ!」
「痛覚でも麻痺させているんだろうが! そんなことより、早くしろ!」
 痛覚を麻痺、か。それが出来たら苦労はしない。
 痛みは脳が体に送る危険信号。それを遮断すると言うことは体がボロボロになっても気づかないと言う事だ。最近の科学ならそれも可能かもしれないが、そんなことをすれば人間を辞める羽目になる。……私のように。
 立ったまま背中に手を回し、刺さっている刃物を引き抜く。
 ……なるほど、これは普通の刃物より痛そうだ。
 刺さっていた刃物は市場に出回っていない代物だった。人の肉を抉り、血を吹き出させる形をしたもの。こんなものがまだあったのかと感心してしまう。
「相手は死にかけのクソアマだぞ! 早くそいつで殴れ!」
 男の一人が木の影に隠していたハンマーを持ち出してきた。それで殴られたら痛そうだな。呑気にそんなことを考える。
「なあ、私をいくらでも嬲っていいから息子を返してくれないか? たった一人の息子なんだ。頼む」
 交渉のような話を持ち掛ける。ノアさえ返してくれれば私は抵抗しない。遠回しにそう言った。
 だけど、男たちの要求は私の望み通りのものじゃなかったようだ。話を聞いてもらえず、私の顔をハンマーで殴って来た。
 骨が砕ける音が聞こえる。世界が回るような感覚に襲われる。
 でも、それでも死ねない。死ぬことが出来ないのだ。
 倒れない私を何度も何度もハンマーで殴って来る。腕、肩、足、腹。殴る場所がないぐらい殴られた。物凄く痛い。
 足をハンマーで殴られたので足の骨が折れたようだ。立っていられずに、膝をついた。
「なあ、何が目的なんだ……? 金か? それとも私の体か……?」
 血を流しながら質問をする。
「こりゃ驚いた。まさか痛みを感じない体とはな。それだけ殴られても死なないってのも難儀な話だな」
「ああ、そうだよ。だからさ、息子を返してくれ。それだけだ、それだけなんだ……」
 ノアは意識を失っているのか、反応がない。だけど、今はその方がありがたかった。私の姿をノアに見せたくない。
「母親ってのは凄いもんだな。我が子の為なら自分の命を差し出す、泣ける話だね。だけどよ、俺たちは金を要求したんだ。なのに、あんたは持ってこなかった。交渉は決裂。親子ともども、死んでもらう」
「っ!? 息子だけは……ノアだけは止めてくれ!」
 必死にお願いする。ノアの命を助けてもらおうと必死にすがる。
「おい、俺たちは人殺しをする為に来たんじゃねえぞ」
「仕方ねえだろ。顔を見られた以上、警察に言われたら俺たちは捕まる。だったらここで証拠を隠滅するしかない。こんな田舎だ。人が二人死んでも誰も気づかないさ」
 ノアが地面に放り投げられる。その衝撃のせいで、ノアが小さく呻き声をあげた。だけど、まだ意識は取り戻していない。
 ノアを放り投げた男が懐から果物ナイフを取り出した。
「や、止めてくれ……! 頼む……お願いだ……!」
 私の願いを聞き入れずに、男はノアの首にナイフを当てる。そしてナイフはノアの首を切る……と誰もが思っただろう。
 だけど、その未来は訪れなかった。私が阻止したからだ。
 私の腕が異形のモノに変化して、男の手からナイフを落とした。
 この場にいる男どもの驚きが見える。驚き過ぎて声が出ていない、体も動いていない、口が開いている。
 出来る事なら、穏便に解決したかったのだが、それは無理らしい。
 地面から立ち上がって、ノアの元に駆け寄る。危機一髪のところだったようだ。首の薄皮が切れている。血は出ていないが。
「な……な……」
 やっと声が出たみたいだ。だけど、声にならない声だ、言葉になっていない声だ、悲鳴になっていない声だ。
 その声がどのような言葉に変わるのか予想して、私が代わりに答える。
「『なんで、お前は……!?』か? 見ての通り、化け物だよ。本物の、正真正銘の化け物さ」
 腕を元に戻してノアを地面に寝かせる。丁寧に。
 そして逆に私はゆっくりと立ち上がり、周りを見る。
「世界では化け物と呼ばれるものが幾つも存在する。吸血鬼、妖精、ゾンビ、妖怪、悪魔。どれもこれも簡単には殺せないが、その気になれば殺せる。無論、私も例外じゃない。ある手段を使えば私は死ぬ。でも、それは私以外知らない。だから私を殺せない。……まだ説明は必要か?」
 刺された傷も回復した。これで元通りだ。が、とはいかない。
 元通りにするのには、この私の中で燃え盛っている怒りの炎を鎮めなければいけない。鎮める方法は一つだけ。こいつらを皆殺しにすることだ。それを実行するのにも多少時間はかかるが、少しの間だけお話をしてやろう。
「化け物は人間によって倒されなければいけない。それは神代から西暦に入っても同じく、等しい決まりだ。私は化け物、人間によって殺される運命だが、お前たちでは役不足だ。三流……いや、四流ぐらいか」
 私だけが一方的に話すので、怯えた男たちが話すことも出来ずにいる。情けだ、最後ぐらいは話させてやろう。
「何か話さないのか? もうすぐ死ぬのだから、最後の一言ぐらいは許してやるぞ?」
 最後の声を話させる為にしばらくの間待つ。その間に力を溜める。
「な……なんであんたみたいな化け物が母親ごっこをしてんだよ……?」
 震えた声で一人の男が話してきた。最後の最後で私に質問してくるとは度胸があるな。
 でも暇つぶし程度に教えておいてやろう。
「化け物だからさ。化け物は泣きたくないから化け物になった。けど、化け物になっても泣くことがわかった。それを埋める為に、私は息子を持った。それだけさ」
「化け物のあんたが、何でこんなところにいるんだよ……!?」
「監視、もとい隔離されているんだ。だからこんなド田舎にいるんだよ。誰が好き好んでこんな場所で住むか」
 そろそろ頃合いだな。こいつらも覚悟は出来たようだし、せめて苦しませずに殺してやろう。
「なんで俺たちを殺すんだ……!?」
 決まりきったことだ。それはお前たちもよくわかっているはずだ。
 私がお前たちを殺す理由、それは――
「私の息子に手を出したからだ」
 私は両腕を別の何かに変化させ、そいつらの体を切り刻んだ。一片の肉片も残さず、一片の欠片も残さずに。
 辺り一面、血の海と化してしまったが、ノアと私は返り血を浴びていない。
 そしてノアはまだ眠ったままだ。このまま寝かせたまま家に帰ろう。何事も無かったかのようにしよう。うん、それがいい。
 私の正体を知ってしまったら、ノアは、あの子達のように私から離れていってしまう……

「……うっ」
 目が覚めた。ここはどこだろうか……
 ……見覚えのある天井。僕の部屋の天井だ。と言うことは、ここは僕の部屋で……
 体を起こすと、僕が寝ていたのは僕のベッドの上だと言うことがわかった。
 あれは夢だったのだろうか……。でも、はっきりと思い出せる。あの人たちの顔を、あの声を、そして……袋に入れられたことを……
 確認する為に急いでリビングに向かう。もし、夢でなければリビングは荒らされているはずだ!
 リビングの扉を開けて、中を確認する。
「おや? ノア、起きたのか?」
 お母さんが台所で料理をしていた。
 周りを見回しても荒らされた形跡はない。どうやらあれは夢だったようだ。
 安心したので、ホッと息が出る。
「なに慌ててるの? もうすぐ御飯だよ。顔でも洗ってきたら?」
「あ、お母さん……いつの間に帰ったんですか……?」
「うん? ついさっき。ノアはテーブルの上で寝ていたから運んであげたよ。そして私は料理の最中」
「……」
 下を向く。
 お母さんが帰ってきてくれたのは嬉しいけど、何の役にも立てなかったことが悲しい。せっかく一人の時間があったのに……
「まあまあ、そんな暗い顔しないの。ノアにプレゼントがあるよ」
「プレゼント?」
 お母さんはまるで隠していたかのように、台所の下の影からガサガサと袋の音を立てて、その中身を僕に見せた。
 袋の中に入っていたプレゼントと言うのは、新しい靴だった。ピカピカの靴だった。
「いつまでも私のお古じゃ可哀そうだからね。街に行ったついでに買ってきました。似合うといいけど」
「似合わなくても履きます! いや、履かせてください!」
「おおっ!? 凄い迫力……ノアも成長した証拠だねぇ……」
 お母さんはわざとらしそうに泣いたふりをしている。出てもいない涙を拭う仕草をして、感動しているような表現をしている。
「じゃあ、はい。ノアの新しい靴!」
 嬉しそうに僕に新しい靴を渡してくれた。サイズ合うかな……
「サイズのことなら気にしない。私が調べておいたから」
 いつ調べたのかは聞かないでおこう。お母さんの名誉の為でもあるし、何よりそんなことを聞くのは無粋だ。せっかく僕の為に買ってきてくれたのだ。素直に喜ばなくては。
「履いて良いですか!?」
「うん、いいよ。お母さんに履いた姿を見せて」
 許可をもらったので、急いで古い靴から新しい靴に履き替える。
 その靴は僕の足のサイズにピッタリだった。そして、履きやすかった。
「おお! まさか靴一つでこんなにもかっこよく見えるなんて……。人間、身だしなみが大切だって言うけど、靴までは気が回らなかったなぁ」
 カッコイイ……のかな。僕にはわからない。
 わかることと言えば一つ。とても嬉しいことだけだ。
 新しい靴を履いて家中を歩き回る。新しい靴は僕の足にピッタリと合っているので、とても歩きやすい。最高のプレゼントだ。
「ありがとうございます、お母さん!」
 僕は今出来るだけの満面の笑みを浮かべてお母さんを見た。それを見たお母さんは本当に嬉しそうな様子で僕に微笑んでくれた。
「……カッコイイよ、ノア」

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