君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

ツタワル

「あの……」
 思い切って言葉を出してみた。
「ん? 何かな?」
「あの……どうして僕にこんなに優しくしてくれるんですか……?」
 出会った時から思っていたことを聞いてみた。
 こんな見ず知らずの子供にこんなに優しくしてくれる人はいない。きっと何か企んでいる。そう思っていたのだ。
「うーん、そうだな。説明出来ないけど、あえて言えば君みたいな小さな子供が他の屑に取られるのが嫌だったから、かな」
「他の屑って……?」
「屑は屑だよ。お金持ちで性格が悪くて、そして食べ過ぎで太っている奴らさ。奴らは自分の欲を満たす為だけに君のような奴隷を買い、嬲るだけ嬲って、飽きたら捨てる。生きていても価値がない奴ら、そんな奴らに君みたいな子供を買わせてなるものか。子供と言うのは無限の可能性を秘めている。何に、どうなるのか、わからない。私は君の将来に期待しているんだ」
 僕の将来に期待している……そんなに期待しないでほしい。僕のような何も出来ない、非力な人間がこの先どうなるのか、小さな子供の僕でもわかる。
「もちろん、君だけの力で将来を切り開けとは言っていない。その為に私がいるんだ。私が持っている全ての知識を、力を、常識を、君に教える。嫌だと言っても聞かないよ。だって君の全ては私のものなんだからね」
「……」
 そうだ……そうだな。僕は結局どこまで行っても、どんなに歓迎されても、僕はこの人の『物』なんだ。この人の期待に応えられないと僕は捨てられるか殺される。それが僕の運命なんだから……
「おいおい、悲しそうな顔をしないでくれ。……ああ、言い方が悪かったんだな。訂正しよう。君はものじゃない。君は、今日から私の『息子』なんだ」
「……え?」
 僕が、この人の息子……?
「私はね、前から思っていたんだよ。子供が欲しいってね。で、街に出てちょーっと寄り道してあそこに行ったら君がいた。だから思わず引き取っちゃったんだ。一目見て惚れたんだろうね。使い方は少し違うけど、一目惚れだよ」
「……僕にそんな魅力は無いですよ」
「あるとも。断言できる。君には人を魅了するだけの容姿、性格を持っている。現にここに一人、君に魅了された女がいるんだから」
 何とも嬉しそうに笑っている。まるで無邪気な子供みたいに。
 だけど、僕も断言できる。僕のような子供が人を惹きつけるだけの力はない、と。
「そう言えば、まだ自己紹介がまだだったね。私の名前はフェイト。好きなように呼んだらいい。でも、もし汚い言葉遣いをしたら怒るよ?」
「じゃあ……フェイトさん……?」
「うーん……何か違うなぁ。もっとこう……他人行儀な感じじゃなくて……」
 そうだとしたら他に呼び方はない。この一つ以外、無い。
「……お母さん」
「それだ!」
 気に入ったのか、喜んでいる。
「やっぱり息子なら『お母さん』だね! あ、ヤバい……感動して涙が出そう……」
 そんなにお母さんと呼ばれたのが嬉しかったのだろうか。本当に涙を流している。
 本当のお母さんじゃないけど、僕のお母さん。何だか複雑な感じだな。
 それよりも、最初のイメージが崩れているのは僕の気のせいだろうか。フェイトさん……お母さんはもっと不思議な感じをしたのだけど、今はただの綺麗で面白い女性と感じる。これはこの人の作戦なのかな。
「では私の名前も呼び方も決まったことだし、息子である君の名前を聞きたいね。どんな名前なんだい?」
「僕の……名前は……」
 奴隷生活が長かったせいで、自分の名前を思い出すのに少し時間がかかった。その間、お母さんは僕が喋るのをずっと待っていてくれた。
「僕の名前は、ノアです」
「ノア。ふむ、良い名前と言えば良い名前だけど、逆に言えば悪い名前でもある。何か意味を込められたのかな?」
「わかりません。教えてくれませんでしたし……」
 自分の名前の意味を考えたことはない。だから知る事も、知る機会も無かった。そもそも興味無かったし。
「ノアと言う名前には……いや、これは言わない方がいいな。そもそも関係のないことだし、私の記憶違いかもしれない」
 そう言われると気になってしまう。でも、彼女は教えてはくれないだろう。僕の名前にどんな意味を持つのかを。
「じゃあ、ノア。しばらくはここの生活に慣れてもらうことから始めよう。なに、ただ畑を耕して、野菜を作り、適当に暮らすだけさ。何も心配することはない」
「……自給自足をしているんですか?」
「そうだね。自給自足をしている。まあ、何でか知らないけど、私が持っている畑は大きくてね。一人で仕事をするのに困っていたんだ。手伝ってくれるかな?」
 選択肢のない質問だ。やっぱりこの人は酷い。理解している分、質が悪い。
 小さく頷いて返答をした。
「こら。言葉では言葉で返しなさい。そんなこと、お母さんは許しません」
 もう母親気分に浸っているのか、僕は頭を軽く叩かれた。叩かれたと言うより、触った……軽く押されたような感じだった。
 僕の本当の母親は怒ることは無かったけど、もし怒られるのならこうされたのかな。それとももっと凄いのかな。興味が沸いてきた。
「ノアには厳しい教育が必要かな。もっとこう、礼儀正しい……清く正しい人間になって貰わないと」
「……鞭で打つとか?」
「まさか。鞭って言うのは本来武器として使用したものだ。それが何でどこを間違ったのかは知らないけど、殺傷能力の無い、殺さないでただ痛めつけるだけの代物になってしまった。自分の可愛い息子をそんな目に遭わせる親がどこにいる? 大昔の世界じゃあるまいし」
 そうなのか。それなら安心した。もうあんな痛い目を味わうのはゴメンだ。
「そうだね。ちょうどいい。鞭について教えてあげよう。鞭には二つの種類がある。硬鞭軟鞭と分けられる。前者は武器をして使用するんだ。正直、これは鞭と言っていいのかわからないけど、元々は相手の兜を叩き割る打撃武器なんだ。……普通に鞭じゃないね。で、後者の軟鞭は世間一般的に知られているあの鞭だ。どう? 一つ勉強になったんじゃないかな?」
 無知な僕を教育するだけあって、知識が凄い。何でも知っているかのようだ。
 僕の心は完全にこの人の掌の上で踊らされているようだ。でも、それでも構わない。僕を息子と呼んでくれるのだから。
「気になったこと、興味があることは何でも聞きに来なさい。私が十割……とはいかないけど、ほとんどを教えてあげよう。」
 お母さんではなく先生と呼びたくなった。そう呼んでもいいかな。……ダメだろうな。
 学校へ行けなくなった僕は知識と言うのが欲しい。学校が嫌だったあの頃に考えれば、今のこの勉強はとてもありがたいものだ。もっともっと知りたい。
「そう言えば、僕は学校へ行かなくてもいいんですか?」
「学校? あー……そうかぁ。普通は行きたいよね……。でも、ごめん。無理なんだ!」
 お母さんは手を合わせて頭を下げ、謝罪をした。頭を下げるほどのことではないので、すぐに止めさせた。
「人間は一度売られ、奴隷として登録されると国から『人』として認められないんだ。例えどんな手を使って誤魔化しても絶対にバレてしまう。前に君が通っていた学校で、いじめられっ子はいたかな?」
 首を横に振って「いいえ」と答える。さっき言葉には言葉で返すと教わったから早速実践してみると、頭を撫でられた。
「良い子だ。で、人間と言うのは必ず人を馬鹿にする。主に自分より出来が悪い子、容姿が醜い子なんかがその対象だ。心からの善人ではない限り、それは避けられないんだ。馬鹿にすればするほど、それはエスカレートしていき、ドンドン酷くなる。ここから遠く離れた東の島国にはイジメが原因で自殺をする子が後を絶たない。何が言いたいかと言うと、元奴隷だとバレてしまったら確実にイジメられる。私にはそれが耐えられないんだ。……本当にごめんね」
 もう一度頭を下げてきたので、それを止めた。
 そうか、僕はもう学校へ行けないのか。残念だけど、それ以上にこの人を悲しませたくない。
 この人は僕からしたら善人だ。心からの善人だ。そんな人がこんな僕に頭を下げるなんてもったいない。下げるべき相手を間違えている。
 こんなに綺麗な心を持った人が僕に優しくしてくれただけでも、僕には最大級の幸せだ。生きていて本当に良かったのかもしれない。まだわからないけど。
「変な時間にご飯食べたからお腹は空いて……いないよね。どうしようか、もう外は暗くなってきたし……」
 話を夢中で聞いていたせいか、時間を忘れていた。……いや、時間の感覚なんて、最初から無かったんだ。
 僕にとって、一日は早く過ぎて欲しいものだった。とにかく早く、早く過ぎて欲しいと。
 でも、ここではそんなことを思っていない。と言うか、思う時間が無かった。それ程までに、この人の知識が知りたかったんだ。
「うーん……この辺りを案内したかったんだけど、暗くては前が見えないし、危ない。それはまた明日にしよう」
「……はい」
 案内してくれるつもりだったのか。残念だな。
「ノ~ア」
 額を指で弾かれた。何か間違ったことをしたのだろうか。
「私たちはもう家族なんだから、そんな丁寧な言葉は止めなさい。礼儀正しいのは良いことだけど、親子の間でそんなことをする必要は無いんだよ?」
 だけど……体に染み込んだことはそんな簡単に直せない。時間はかかる。
「ま、無理にとは言わないけど。無理をしない範囲でやって行けばいいさ。ノアが私を本当のお母さんだと信じてくれる日を楽しみにしておこう」
 この人の心が読めるのだろうか、不思議だ。

 お母さんの言う通り、まだ僕はお母さんを完全に信じた訳じゃない。優しくしてくれて、知識を教えてくれるけど、僕の心はまだ閉じたままだ。扉に接着剤でも付けられているかのように、頑丈に、固く、閉じている。いつの日か、完全に信頼できる日を僕も楽しみにしていよう。
「それにしても暇だ……この辺は電波も来ないからテレビも映らない。ネットも繋がらない。田舎過ぎるのも問題だね」
「ネット……?」
 初めて聞く言葉だ。それがどんな意味を持つのだろうか。是非聞きたい。
「ネットと言うのは……マズイ、説明しにくい……」
 頭を抱えている。この人でも説明出来ないことなのか。そんなに凄いものかと期待が大きくなっていく。
「パソコンは聞いたことはあるかな?」
「……一応」
 パソコン……あの薄い箱みたいな奴のことだな。大人の人があれで何かをしていたのは見たことがある。だけど、それが何に使うのかは知らない。
「パソコンと言う機械を通してネットと言う世界に繋ぐんだ。ネットは……簡単に言えば電子の世界。形がなく、情報だけが生きて、活動している別世界でありながら、私たちの世界と最も近い世界だ。これは真剣に引っ越しを考えるべきかな」
「僕は……ここがいいです」
 ネットの世界と言うのも興味があるが、僕は自然に囲まれた世界の方が好きだ。風が頬を撫で、草木の音が聞こえ、動物や土の匂いがする。そんな素敵な世界が好きだ。
「うん、私もここが好きだ。だからここに住んでいる。でも、本当に暇だなぁ……。あ、トランプでもする?」
「はい!」
 トランプは懐かしい。家族で一緒にやって、大笑いしたものだ。
 学校の友達とも一緒にやったこともあるけど、盛り上がらなかった。ルールがわかっていなかったからだろう。
「よし! では今日は眠くなるまでトランプで遊ぼうじゃないか! さーて、どこに置いたかなー」
 久しぶりに遊べるので非常に楽しみだ。
 そして、僕は眠くなるまでフェイトお母さんと一緒にトランプをした。結果で言えば、僕の全敗だったけど……。お母さんは手加減をしてくれなかった……

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