君に私を○○してほしい

しげぞうじいさん

カワレル

 ……僕は何でこんなところにいるのだろうか。

 僕は両親に売られた。お金がないから、僕を僅かばかりのお金で売ったのだ。
 今まで信じてきた人たちに裏切られ、そしてここでの生活。僕の心はボロボロだった。
 精神医に診せれば、僕の心は重度の精神病と診断されるぐらいだろう。それぐらいまで僕は追い詰められていたのだ。
 そして今、僕は奴隷として売られている。
 両親に売られるまで、この世界に奴隷と言う存在があることを知らなかった。人間であるけど、人間扱いされない。
 それが奴隷。僕は奴隷として生きている。
 とても……とても悲しい。出来る事なら僕を殺してほしいと心の底から思う。
 そう思いながら一週間が経ったが、僕を買ってくれる人はいない。このまま売られなければ僕は殺される。それでも良いと思っていた。
 だけど……
「この子、私が買おう」
 そう言ってくれた人がいた。
 こんなやせ細った体で力もない僕を一体誰が買うのかと思い、僕を買う人を見てみた。
 その人は女性。そして純粋に綺麗だと思った。
 繋がれていた鎖を外されはしたが、僕にはまだ首輪が残っている。この首輪の先をその女の人が持っている。
「私は君を買った。君の全ては私が持っている。何か言いたいことはある?」
 言いたいことなんてない。強いて言えば“楽にしてほしい”かな。
 当然、そんなことを言える訳もなく、僕は沈黙を続けた。
 それをどう受け取ったのかは知らないけど、その女の人は僕の首についている首輪を外した。
「なにを……!?」
 商人……今まで僕を生かしてきた人が驚いた声を出している。こんな予想外のことをした人は初めてなのだろう。
 その人に、彼女は冷静に答えた。
「人は縛るものじゃない。人は自由であるべきだよ」
 自由であるべき……彼女はそう言った。
 今まで僕は自由と言うのを感じたことがあるだろうか。……いや、無い。僕は今まで自分が自由だと思ったことは一度もない。
 だけど彼女がそう言うのだから、きっと人間は自由であるべきなんだろう。
 自分の飼い主の行動を理解出来ないまま、動けないでいる僕に、彼女は僕の頬に手を当ててきた。
「これからは私と共に、自由に生きよう」
 昔の母親を思わせるような微笑みを浮かべて僕に話してきたこの人を信じていいのかと悩んでしまう。
 信じたくても僕は人を信じることが出来ない。出来なくなってしまったのだ。
 だからこの人に僕の心が開く日は永遠に来ない。来ないんだ……

 その人に連れて行かれ、僕は田舎の田舎。ほとんど人が来ないような、自然に囲まれた場所まで来ていた。
 懐かしい……。僕が住んでいたところもこんな感じで周りが自然に満ち溢れていたな。
 数少ない思い出を振り返っていると、いつの間にか一つの家にたどり着いた。
「今日からここが君の家だ。好きに使うと良いよ」
 そんなことを言われても、僕は鎖に繋がれていた生活の間に、奴隷としての知識、常識を叩き込まれた。好きに使えと言われても、体が拒否反応を起こしてしまう。
「私は君の声が聴きたいのだけど……声が出ないのかな?」
 僕の声が聴きたい……? 何を考えているのかさっぱりわからない。
 でも、主人がそう言うのだからその通りにしよう。
「ぼ、ぼくは……」
 久しぶりに声を出したせいか、まともに声が出ない。出そうと思っても出ない。
 どうしたらいいのか不安になる。この人を怒らせてしまったのかと。
 だけど、その人は優しい声で「良い声だ」と言ってくれた。まだ会ってほんの数時間しか経っていない僕を、初めて会った僕を褒めてくれたのだ。嬉しくてたまらない。たまらくて涙が出そうになる。でも、僕の涙は枯れてしまっていて涙が出ることはない。
「では入りたまえ。一番乗りを許すよ」
 玄関の扉を開いて、先に僕を家の中に入れてくれた。
 家の中は普通だった。これ以上無いかと言うぐらい普通だった。
 食卓に椅子、そして台所と思える場所。それぐらいしかなかった。それでも僕にとってはそこが天国に思える。
 ただただ立ち尽くしていると、彼女は僕の背中を押してくれて家の中を案内してくれた。
 リビングに、個人の部屋が三つ。浴室にお手洗いの場所を教えてくれた。
「酷いことを言うようで悪いけど、君、臭う」
 遠回しに僕の体が臭いと言っている。
当然だ。僕は奴隷として売られてからお風呂に入ることはおろか、体を洗うことも許されなかった。体から異臭が放つのは当たり前だ。
「すぐにお風呂の準備をしよう。……一緒に入る?」
 一瞬反応が遅れた。女の人と一緒にお風呂に入るなんてことは卒業していたからだ。それに、僕のような家畜がこんな綺麗な人と一緒に入ったら汚れてしまうと思ったからだ。
「い、いい……で、す」
「いい? その言い方だと良いのか悪いのかわからないな。もう少しはっきりと言ってくれないと伝わないぞ。それとも……強引にされるのが良いのかな?」
 何だろう、この人の言い方……。何だか良くわからないけど、僕がピンチだと言うことだけはわかる。
 はっきり言わないと……! でも、声が……声が出ない……!
 何とかして拒否をしたいのだが、声が出ないので焦ってしまう。
「……ふふ」
 彼女から笑い声のようなものが聞こえてきた。小さな声だったが、それは次第に大きくなっていき、やがて……
「あっはっはっはっは!」
 大笑いまでになった。
 お腹を抱えて大笑いしている。そんなに僕の反応は面白かったのだろうか。嬉しいような、悲しいような、何だか複雑な気分だ。
「はっはっはっは! ……あー、面白い。面白いよ、君。まあ、そうだね。君は男の子だからね。女と一緒にお風呂に入るのは嫌だろう」
 わかっているのなら意地悪をしないでほしい。少しだけ腹が立ったので目を鋭くする。
「……うん、決めた」
 何を決めたのだろうか。
「無理矢理一緒に入る!」
 それは決めてほしくなかったな。
 すぐに逃げようとして走ったのだが、僕の筋力は予想以上に衰えていたので、簡単に捕まってしまった。
 地獄の入り口のように思えた浴室に、無理矢理連れて行かれた。連れて行かれたと言うより拉致された、と言った方が正しいのかもしれない。



「さっぱりした?」
 お風呂上がりに何も無かったかのように聞いてきた彼女に対して沈黙を続ける。
「中々可愛かったよ。初心な反応なんて久しぶりに見たからね」
 初心な反応……やっぱりこの人は僕の反応を楽しんでいるんだ。
 人を馬鹿にするのは酷いことだと小さい頃に教わった。だから、僕は怒る。
「……あんまりですよ」
 声が出た。前の、昔の僕の声だ。ようやく普通に話せた。
「おや? 声が出ているじゃないか。私の裸を見たと言うショックが大きかったせいかな。結果オーライと言う奴だな」
 結果だけ見ればそうかもしれないけど、僕の心に衝撃的な出来事が刻まれてしまったのだ。それはとても大きな代償だった。
 用意された服に着替え、僕は食卓の椅子に座らされた。
「綺麗になった後は腹ごしらえだ。何か好きなものはあるかな? 何でも作ってあげよう」
 好きなもの……好きなもの……
 思い出せない。僕は一体何が好きだったのか、どんな食べ物が好きだったのかが思い出せない。
「……なんでもいいです」
 食べられるものならなんでも良かった。お腹を壊さないものならなんでも良かった。あの場所で食べる粗末なもの以外ならなんでも良かった。
「ふむ、なんでもいい、か。それはまた無茶な注文だな。それは世界中のお母さんを敵に回す発言だぞ? なんでもいいと言っても作ったものに文句を言われては困る。とにかく、文字通り『なんでもいい』から何か言いなさい」
 本当になんでもいいのに……何でこの人はここまで僕のこと世話をするのだろうか。
 僕が好きだったものを微かな記憶を頼りに思い出す。
「……シチューが良いです」
 残っていた記憶の中で思いだしたのは、売られる前に母親に作ってもらったシチューだった。あれが出た日は一日中幸せな気分でいられたものだ。
「シチュー、か。うん、良いね。それじゃあ今から作るから……そうだな、数十分くれ。その間、君は眠っていると良い。さっき案内した部屋のどれでもいいからそこで寝ていなさい。出来たら起こしてあげる」
 僕の飼い主は、僕のことを信頼しているようだ。
 もし僕がここから逃げ出したらどうする気なんだろう。殺すのかな……。それでも構わないけど、本当に……本当に自由にしてくれるのなら……
 言われた通りに空いている一つの部屋に移動し、そこに置いてあったベッドに座る。
 程よい弾力がするベッドだ。こんな上等なものを僕が使って良いのだろうか。
 そう思っていたのだが、そこに座るだけで眠気が襲って来た。ゆっくりと目を閉じていくと、体は重力に従ってベッドの上に倒れた。
 そして僕はそのまま寝てしまった。

 夢を見た。
 自然とこれが夢だとわかった。だって、これは僕の昔の記憶、決して戻りはしない過去の映像なのだから。
 その夢の中では、僕は両親と一緒に森の中を歩いている。何をしに行くのかはわからないけど、それは僕の過去の記憶だ。
 両親の顔を見る。その時はまだ僕に向かって笑顔を向けている。自分たちがどれだけ追い込まれているのか、僕は知らずにその笑顔に向かって笑いを返す。
 ……ああ、楽しかったなぁ。こんな生活がいつまでも続く、そう思っていたのに……

「もしもーし」
 声が聞こえた。だから反射的に目を開ける。
 目には僕の飼い主である女性が僕を起こそうとして体を揺すっていたところが映った。
「シチュー、出来たよ。早く食べに来ないと冷める。さあ」
 僕に向かって手を差し出してくれた。それに僕は手を伸ばし返し、手を握る。
 彼女の手はとても柔らかく、そして優しかった。
 その人と共に、食卓があるリビングに移動し、席に座らせられる。そして僕の目の前に暖かい湯気が出ているシチューが入ったお皿を置いてくれた。
「自分で言うのもなんだけど、自信作だよ。いや~、上手くいってくれてよかったよかった。いつもなら炭になっているんだけどね」
 例え炭になっていたとしても僕はそれを食べていただろう。空腹には勝てないのだから。
 シチューを目の前にして、僕はそのまま動けずにいた。
 美味しそうなシチュー。だけど、本当にこれを僕が食べていいのか……。もしかしたらこれは罠かもしれない。彼女の悪戯かもしれない。僕の反応を楽しもうとしているのかもしれない。
 そんな不安が僕を襲っているので、僕はシチューを食べられずにいた。
「……白いシチューじゃなくて、黒いシチューが良かった?」
「あ、いえ……これ、で、良いです」
「その言い方では失礼だと受け取られるよ。そうだな、食べ終えたら君に話し方のお勉強をしてあげよう。なにせ、私の大事な家族なんだから」
 家族。彼女はそう言った。まだ会って一日も、半日も経っていない僕を家族と呼んでくれた。
 涙が零れた。もう流れることは無いと思っていた涙が目から零れてきた。
 その涙は僕の頬を伝い、テーブルの上に落ちる。
 嬉しかった。本当に嬉しかった。これ以上ないぐらい、嬉しかった。だから涙が止まらない。
「おいおい、食べる前に泣かないでくれ。泣くのならせめて、食べた後にしてほしいな」
「はい……はい……!」
 スプーンを掴んで、泣きながら彼女が作ってくれたシチューを食べる。
 美味しい、物凄く美味しい。
 久しぶりに美味しいものを食べたので、僕のお腹が鳴った。
「はっはっはっは! 君のお腹は正直だな。……沢山食べなさい。まだまだおかわりはあるからね」
 シチューを口に運ぶ手が止まらない。それどころか、早くなっていく。
 美味しいものを食べる時は自然と手が早くなるものだけど、これはそうじゃない。そうだけど、そうじゃない。上手く説明出来ないけど、美味しくって、そして……
 あっという間にお皿一杯分のシチューを平らげてしまった。
「おかわりはいるかな?」
「はい!」
「うん、良い返事だ。男の子はそうじゃなくちゃ」
 僕のお皿を回収して、新しいシチューを入れてくれた。
 僕は夢中でシチューを食べ続け、何と五杯もおかわりしてしまった。お蔭でお腹がはちきれそうだった。
 お腹いっぱい食べられるのはこんなに幸せなものなのか。僕はそれを有難く実感している。
「こらこら。食べ終えたら言うことがあるでしょう?」
「あ……ごちそうさまでした……」
 手を合わせてお礼を言う。
「よろしい。お粗末様でした」
 彼女は最初に会った時と同じように、笑顔で言ってくれた。

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