アナタトアイタイ
◇最初の満月 2◆
翌日、深夜。
左翼部隊の寮の外で物陰に隠れ、シェラは時計を確認していた。
時刻は零時をまわろうとしている。
緊張から嫌な汗が流れ、呼吸も浅いシェラと反対に、隣にいるローレントは冷静で平常心をたもっているようだ。
(ぐ……さすがですねローレント、私も見習わなければ……)
自己嫌悪に苛まれるシェラに、ローレントの冷静な声がかかる。
「来ないね」
来てほしくない気持ちもあるのだが、来てもらわなければ困る現実もある。
シェラは空を見あげて、乾いた喉でなんとか、平常心をたもったようにして返事をする。
「そうですね……もうじき月も真上にのぼりますけれど……」
その日、イストから先に言われたことがある。
自分も月が真上にのぼる頃には、容姿に異変があるかもしれないけれど、気にしないでと、最悪ただの狼になっていても、斬りつけないでほしいと。
きっとその内通者と違って、自分は大きな姿にはならないから、小型の狼を見かけてもいきなり斬りかかってこないで、と重ねて言われた。
(つまり、敵は大きな狼なんですよね……)
想像するだけでぞっとする話だ。
小ぶりの者たちでも、すばしっこく噛みつかれれば肉を持っていかれそうになるというのに、そんなに大きな狼相手では、肉どころではすまないのではないだろうか。
「シェラ」
ふと、ローレントがシェラの肩を揺すった。
それに気付いて、彼の視線の先を窺うと――。
ゆっくりと、白銀の毛並みに金色の双眸を持つ巨大な狼が塀を飛び越えようとしていた。
塀の向こうは深い森になっている、どうやらそこへ向かうようだ。
しかし今ある大きな問題は主にそこではない。
「え、ちょっと……大きすぎませんか?」
それよりシェラは、その大きさに驚愕していた。
普段相手にしている狼の二倍……どころではない。
左翼部隊宿舎の高さ一階分くらいの大きさがあった。
立ちあがれば二階分くらいになるのではないだろうか。
いったいどうやって、あれと戦えというのだろう。
それに、あれだけの大きさがありながら足音もしなければ、足跡もない。
ということは、体重や重力というものに左右されないということだ。
それは……とんでもない強敵ではないだろうか?
「今日は戦闘に入る必要はない、敵の確認ができれば……うん、大きいけれど」
隣でローレントも困ったような顔をしている。
巨大な銀の狼は足音もなく塀を飛び越え、森の中へと消えていってしまう。
気配が消え去ると、シェラは安堵にへたりこんだ。
思った以上に緊張していたようだ。
渇いた喉と、嫌な汗で濡れた服が気持ち悪い。
「大丈夫かい? シェラ」
「はい……。ですが、あんなのをどうやって討伐するんです? どれほどの犠牲がでるか分かったものではありませんよ」
あんな巨大な体躯で暴れられた日には、まずこの騎士団本部が倒壊するのではないだろうか。
それに、あんな狼の爪を受けたら、それだけで身体が引きちぎられてしまうのではないだろうか。
(真っ二つというより魚でもさばくように三等分くらいされてしまいそうなものですよ……恐い、ですけど……逃げるわけにもいかないんですよね……)
小さく深呼吸をくりかえす、とにかくまずは落ちつかなければならない。
「顔色が悪い。戻ろうか」
「え……? や……っ!」
ローレントはへたりこんでいたシェラをいつかのように軽々と抱きあげ、歩きだす。
「おろしてくださいっ、私、歩けますよっ……」
急なことに驚いて抗議するも、彼は気にしたふうではない。
「恐かったんだろう?」
「恐かったですよ! 恐かったに決まってるでしょう! あんな大きな狼、いろいろと悪い想像が駆け抜けました、でも歩けます!」
ぐぐ、とローレントの肩を押すが、びくともしない。
以前イストを引き剥がした時にも思ったが、彼はどうやら力がとても強いようだ。
シェラだって非力な少女ではないというのに、まったく敵わない。
そんな彼女に、聞き覚えのある柔らかくのんびりとした声がかかった。
左翼部隊の寮の外で物陰に隠れ、シェラは時計を確認していた。
時刻は零時をまわろうとしている。
緊張から嫌な汗が流れ、呼吸も浅いシェラと反対に、隣にいるローレントは冷静で平常心をたもっているようだ。
(ぐ……さすがですねローレント、私も見習わなければ……)
自己嫌悪に苛まれるシェラに、ローレントの冷静な声がかかる。
「来ないね」
来てほしくない気持ちもあるのだが、来てもらわなければ困る現実もある。
シェラは空を見あげて、乾いた喉でなんとか、平常心をたもったようにして返事をする。
「そうですね……もうじき月も真上にのぼりますけれど……」
その日、イストから先に言われたことがある。
自分も月が真上にのぼる頃には、容姿に異変があるかもしれないけれど、気にしないでと、最悪ただの狼になっていても、斬りつけないでほしいと。
きっとその内通者と違って、自分は大きな姿にはならないから、小型の狼を見かけてもいきなり斬りかかってこないで、と重ねて言われた。
(つまり、敵は大きな狼なんですよね……)
想像するだけでぞっとする話だ。
小ぶりの者たちでも、すばしっこく噛みつかれれば肉を持っていかれそうになるというのに、そんなに大きな狼相手では、肉どころではすまないのではないだろうか。
「シェラ」
ふと、ローレントがシェラの肩を揺すった。
それに気付いて、彼の視線の先を窺うと――。
ゆっくりと、白銀の毛並みに金色の双眸を持つ巨大な狼が塀を飛び越えようとしていた。
塀の向こうは深い森になっている、どうやらそこへ向かうようだ。
しかし今ある大きな問題は主にそこではない。
「え、ちょっと……大きすぎませんか?」
それよりシェラは、その大きさに驚愕していた。
普段相手にしている狼の二倍……どころではない。
左翼部隊宿舎の高さ一階分くらいの大きさがあった。
立ちあがれば二階分くらいになるのではないだろうか。
いったいどうやって、あれと戦えというのだろう。
それに、あれだけの大きさがありながら足音もしなければ、足跡もない。
ということは、体重や重力というものに左右されないということだ。
それは……とんでもない強敵ではないだろうか?
「今日は戦闘に入る必要はない、敵の確認ができれば……うん、大きいけれど」
隣でローレントも困ったような顔をしている。
巨大な銀の狼は足音もなく塀を飛び越え、森の中へと消えていってしまう。
気配が消え去ると、シェラは安堵にへたりこんだ。
思った以上に緊張していたようだ。
渇いた喉と、嫌な汗で濡れた服が気持ち悪い。
「大丈夫かい? シェラ」
「はい……。ですが、あんなのをどうやって討伐するんです? どれほどの犠牲がでるか分かったものではありませんよ」
あんな巨大な体躯で暴れられた日には、まずこの騎士団本部が倒壊するのではないだろうか。
それに、あんな狼の爪を受けたら、それだけで身体が引きちぎられてしまうのではないだろうか。
(真っ二つというより魚でもさばくように三等分くらいされてしまいそうなものですよ……恐い、ですけど……逃げるわけにもいかないんですよね……)
小さく深呼吸をくりかえす、とにかくまずは落ちつかなければならない。
「顔色が悪い。戻ろうか」
「え……? や……っ!」
ローレントはへたりこんでいたシェラをいつかのように軽々と抱きあげ、歩きだす。
「おろしてくださいっ、私、歩けますよっ……」
急なことに驚いて抗議するも、彼は気にしたふうではない。
「恐かったんだろう?」
「恐かったですよ! 恐かったに決まってるでしょう! あんな大きな狼、いろいろと悪い想像が駆け抜けました、でも歩けます!」
ぐぐ、とローレントの肩を押すが、びくともしない。
以前イストを引き剥がした時にも思ったが、彼はどうやら力がとても強いようだ。
シェラだって非力な少女ではないというのに、まったく敵わない。
そんな彼女に、聞き覚えのある柔らかくのんびりとした声がかかった。
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