貴方のためのカタストロフ
桃太郎 第1章 (7)
「ッ……」
 
 これじゃ埒が明かない。襲いかかる桃太郎の兵共を切り伏せながら打開策を見つけようとするも、刀を両手で握りしめたまま、宙を睨んで唸るだけ。
 先程気が付いたのだが、こいつら兵士達はどれだけ切り刻もうと、いつの間にか復活して元通りになっている。
 桃太郎を殺らない限り私の負け色が濃厚だ。一か八か八百年の妄執を最大まで強化すれば絞め殺せるだろうか、ただでさへ現状を維持させるので精一杯なのだがこのままジリ貧で負けるよりかは賭けて負けた方が気は楽である。
 開き直った緋鞠は、桃太郎を全呪力をもって締め上げる為に捨て身の準備にかかる。
 最初は徐々に、少しづつ、雨樋を伝う水滴程しか流していなかった呪力を全て桃太郎を縛る鎖へと放つ。
 指先から徐々に綻んできているが関係ない、私の身体が滅ぶのが先か、桃太郎が死ぬのが先か。
「桃太郎様、大丈夫デすヵ!? 今オ助け致しマスから」
「全力で引き剥がし二いきますカラネ桃太郎様、少しのおいたは我慢ですゾ」
 苦悶の表情を浮かべる桃太郎に対し、側近二匹が鎖をは剥がそうとするがそう簡単には外れまい。
 それにこの鎖は巻き付く際に肉に食い込む作りになっている為、引き剥がそうとすれば全身の肉を引きちぎる事になる。さぞかし痛いだろうな。
 私から桃太郎までの距離は約二メートル半、兵士共の動きが先程から気になるが、何にしろ刀を支えにして立っている私からすれば、攻撃しに来ない事に越したことはないのだが…
 タールを塗りたくった様な大地に、足を沈めながらも呪力を注ぎ続けるが、周りの兵士共がそれを許してはくれない。
 これでは意味が無い。身体は良いが、呪力は時間をかけねば戻らない。
 「モう少しデスぞ、桃太郎様」
 「もウ少し我慢してくダサイな」
 二匹とも気色の悪い笑みを浮かべ、桃太郎を助けようとするが肝心の桃太郎は意識を保つのに精一杯な様だ。
 「意識を保つだけで満身創痍か、哀れだな桃太郎」
 そう冷たく言い放つ緋鞠も、呪力が枯渇しかかった状態で、呪術を行使し続けているせいで、緋鞠自身、満身創痍だ。
 私は勝つ。
 勝たねばならぬ。
 私の正義の為に。
 例えどれだけの犠牲が出ようと、死人が出ようと関係ないのです。正義の為のちょっとした贄のようなものでしかありません。
 何人殺そうと私の心は動かない、それが私の正しさの証明。 赤く染まった茨の道も、黒く歪んだ道でも、渡って行ける、歩いて行ける。
 さあ、正義の鉄槌は下される。
 でも私に、正しい者は罰せない。
 だけれどもこの世界にそんな人はいない。身をもって体験し尽くした。
 だから、正義の名の元に、幾千の命を捧げよう。
 無慈悲に、機械的に、効率的に狩り進め。
 蔓延る悪を狩り尽くしたその暁に、私の正義は成就されるのです。
 自身の死。 それこそが、私の正義。
 ぐるぐる、ぐるぐる、と半永久的に頭の中で回り続ける誓い。
 闇に堕ちた桃太郎はここで狩る。
パリン、パリン、パリンと背後から薄氷の上を歩く様な音がするがそこには何も無くどこまでも溶けていきそうな、闇が広がるだけでありますが、次の瞬間、打ち上げ花火の様な轟音が今度は辺りに響き渡り、緋鞠を混乱させる。
────何が起こっている… 今の轟音が発生する理由がわからない… もしやこれは。
 ふらりふらりと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ緋鞠は、近くで呆然と立ち尽くす兵士一体を斬る。 
 続けて二体、三体、四体と立て続けに切り付していくが、敵は依然反撃せず。緋鞠に斬られるがままである。 
 「やはりか、図られたな」
 美麗な顔を歪めながら周囲を見渡す。
 残りの兵士は、八体か。緋鞠を取り囲むように配置されている。
「チッ… 丁寧なことで」
 軽く剣先で触れてみるも、縛られ、必死な表情の桃太郎の姿は掻き消え砂塵とかした。
 幻術の類か… 遊ばれたな、私。
 立ち尽くす兵を切り捨てながら呟く。
 残り五体。
 そう言えば、少年、屋敷に着いているのだろうか。ふらつきながら、残りの兵を叩き切る。
 残り三体。
 桃太郎は逃げたか。
 それはまずい、非常にまずい、少年、無事でいてくれよ…
 苦渋を飲みながらも残りの兵を切り捨て、幻術を解除しきったその場には誰もおらず、屋敷へ向けて緋鞠は祈りながら走りはじめたのだった。
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