俺が斬ったの、隣国の王女様らしい……

矢追 参

暴動計画

☆☆☆


 フェルディナン王国の王都には、東西南北にスラム街がある。
 各々のスラム街には特徴があり、俺がいるみなみスラムは最も安全で、秩序が保たれている。

 というのも、南スラムにはテキラファミリーのアジトがあるから、貴族共や王都の憲兵隊も立ち入る事が出来ない。
 お陰で、テキラファミリーの庇護下にいる南スラムの住人達は安全な暮らしが約束され、テキラファミリーにより、秩序が保持されている。

 一方で、テキラファミリーの手の届かない他のスラム街は、酷い有様だ。
 貴族や、一部の平民からの迫害、誘拐、人身売買は日常茶飯事。

 ファミリーの人員を幾らか割き、治安の維持を行なっているが、西スラム、北スラムの順で、貧民達は不当な扱いを受けている。
 そして、これが特に酷いのは東スラムだ。

「あそこはな、貴族が飽きた玩具を捨てる場所なんだ。他にも、色々な用途で使われてる、この国の闇そのものでな。薬漬けにされた生きた人間とか、酷いぞ?」

 薬漬けにされたため、皮が筋肉から浮かされている。もはや、全身の皮が剥がされているにも等しいそれは、思わずショック死する程だ、

 しかし、それで死ねれば幸せ者で、生き残ってしまった者は、細菌やウイルスに侵されながら、常に全身を襲う激痛と、飢えを感じ、苦しんで死ぬ。

「後、酷いのは女だ。綺麗な女は、男に好き放題され、性病に侵され、散々いたぶられた後、痣だらけ骨折だらけで放り出される。そして、女なら嫉妬され、顔の皮を剥がされるか、酸でも掛けられて溶かされるか」

 女も酷いが、男も酷いものがある。

「知ってるか? 一部の貴族の間だと地下闘技場で、捕らえた男と男を戦わせるらしい。中には、女と男、子供と大人、妻と夫……。色々な組み合わせで、金を餌に戦わせる」

 しかも、それは殺し合いだ。
 戦いで死ねるなら良い。

 だが、中途半端に生きながらえば、腕や脚を失ったまま放り出される事だってある。
 やりたい放題、したい放題。

「後は……」

「……い、いや、もう大丈夫……」

 と、俺が東スラムで見た全てを詳らかに話そうと思ったところで、耐え兼ねたウィリアムが、口元を抑えていた。

「気分が悪いか?」

「そう……だね。気分がいい話では、ないよ」

「だろうな。だが、これがこの国の現状だ。違法ドラッグを他国から横流しにする、腐った国だ」

「だけど、みんなそうじゃないさ」

「ああ、だが、国のトップがこれならもう終わりだろう。恐らく、選抜戦で流れているテュポドラッグ。あれを流したのは、ボレリア帝国だ」

 ウィリアムは青い顔をしたまま、視線だけを俺に向ける。

「ボレリア……」

「ああ、俺に接触してきたからな。ドラッグで王国を腐敗させ、そのまま乗っ取る寸法だろう。古典的だが、この国の馬鹿共には有効だった。お陰、俺も手段を変える必要出てきた」

「手段……? 一体、何の手段何だい?」

 首を傾げて訊ねるウィリアムに。

「この国をぶっ壊す手段だ」

「!?」

 ウィリアムは戦慄した様に息を呑む。

「その発言は、国家反逆罪に当たる、そう見て問題ないのかな……?」

「勿論。俺は、魔法使いとして大成し、内部からこの国を切り崩すつもりだったが、状況が変わった。……実は、俺が魔法学院でチンタラと勉学に励んでいる間に、並行してもう一つの計画を進めていたんだ。お前には、それに協力してもらいたい」

「……きゅ、急にそんな事を言われても、決められない」

 俺は迷っているウィリアムの事は気にせず、計画について説明する。
 どうせ、ここまで来たらウィリアムは逃れられない。東スラムの光景は、とても見逃していい様な、そんな事ではない。

「お前に協力して欲しいのは、武器の用意だな。近々、俺に賛同している民衆による暴動を起こす。その混乱に乗じ、テキラファミリー率いる特攻隊が城を攻め落とす段取りなんだが、それには大量の武器が必要でな。【クリエイト・ウェポン】で作ってもいいんだが、俺は選抜戦で忙しい」

 ミラは『創造魔法』の適正が低く、武器を作るには不向き。
 よって、現在不足している武器の用意を、俺はウィリアムに頼む。

「僕に、武器を作れと……?」

「いや、それだと時間が掛かる。お前のリソースじゃ足りない。あと、三日で作れるか? 何万、何千という武器を」

「それは……。しかし、どうやって?」

「簡単だ。お前も貴族の端くれなら、家の力を使え。親の説得が必要なら、東スラムに連れて行く事を許可する」

 ウィリアムは何か言いたそうにしているが、暫く口を開いては閉じてを繰り返すだけで、最後には頷いた。

「……僕も、東スラムは見過ごせない。君の言う通りにするよ。……リューズくん。でも、武器を用意したとして、城を攻め落とせるかい?」

「この国で一番強い魔法使いの程度は知れている。俺なら、秒殺だが……ああ、いや、違うな」

 俺はウィリアムの指摘に、一つ考えなければならない事を思い出す。
 ボレリア帝国は王国を乗っ取るために動いている訳だから、そこで民衆による暴動を起きれば、帝国も動く可能性がある。

 不確定な要素があるとすれば、そこか。

「まあ、心配は無用だ。ファミリーの連中は、腐敗した王都の憲兵隊に鎮圧される程、弱くはない。お前は、お前の心配をした方がいい」

「あ、ああ……。しかし、まさか、こんなに近くで国家転覆を狙っていた人間がいたなんて、末恐ろしい。既に民衆の賛同も得てるなんて、本当に……」

「表に立っているのも、主に動いていたのもテキラファミリーで、俺は魔法学院で無駄な時間を過ごしていただけだけどな」

 ウィリアムは苦笑すると。

「うん……。でも、分かった。僕も腹を括ろう。君の言う通りに、王国はもう腐敗しきってしまった。こんな国は、もう滅んでしまった方が、民のため……なんだろうね」

「随分と、思い切りがいいな」

「僕も常々、感じていた事だからね。東スラムを見て、この国は本当に終わってしまったんだと、そう思った……。むしろ、これで未練も無くなった」

 確かに、そう言うウィリアムの表情は清々しい気がする。
 と、ウィリアムは仰々しく俺に跪いて。

「……これからは、君に従おう。まずは、三日で武器の用意……かな?」

「ああ、早ければ早い程いい。帝国が動く前に、この国を崩すぞ」

 こうして、俺はウィリアムを味方に付ける事に成功した。



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