俺が斬ったの、隣国の王女様らしい……

矢追 参

出し惜しみしない主義

 ☆☆☆


「リヒュア・ビュロンカ侯爵令嬢はビュロンカ侯爵の一人娘でね。とても可愛がられているからかな……何でも自分の思い通りになると思っている」

 俺が控え室からアリーナの舞台に続く通路を歩いている最中、ウィリアムが出待ちしていた。

 ストーカーかよ……。

「今、ストーカーかよ……って思わなかったかい……?」
「思ってない」

 シンセスティアもそうだが貴族の間では、幼気な平民の心を読む遊びでも流行っているのだろうか。最低だな。死ねばいいのに。

 ウィリアムは俺の隣まで歩いてくるとそこで立ち止まり、耳元で囁く。

「今回の件は、どうやら他国の介入があったみたいだ。……手引きをしたのはビュロンカ侯爵らしい」
「へぇ……」

 つまり、言わずもがなその娘がドラッグを使っていないわけがない。が、しかしである。一体全体ウィリアムは俺に、何故そんなぜ政治の話をしてきているのか理解不能だ。

 この腐った国の政治に元より興味はない。俺を政治的な駆け引きに使おうとしているのなら……お門違いだ。

 そんな……俺の雰囲気を察したのだろう。エスパーウィリアムは、違う違うと慌てて首を横に振った。

「私がどうこうするわけじゃないよ!でも、君は既に他国・・から狙われている。君が嫌がっても国同士の駆け引きに、政治に、思惑に……君はそういう荒波に呑まれることになるんだよ」

 と……ウィリアムはとても真摯に俺に向かって訴えかけた。嘘偽りなく、俺を心配しての行動なのだろう。その心配と、優しさの一割でも二割でも……スラムに向けてくれていれば、今頃俺のような人間が生まれることもなかったに違いない。

 俺はウィリアムを差し置いて、戦場に向かう。ただ一つ俺から言えることと言ったら……うん。

「この国がどうなろうが知ったことじゃないな。俺はこの国が嫌いだからな」

 俺はスラムで生まれ、スラムで育った。

 両親は病気と飢えで肉を腐らせ、骨をスカスカになって死んだ。排泄物と臓物と……多くの人間の悲鳴とどこかにいる神への祈りと懺悔。

 排泄物と腐った臓物と精液の混じった悍ましい臭い。グチャグチャと粘着質な臓物の粘液が手に付着し、目の前に血の涙を流す何か・・

 ハエが集り、ネズミが這う。蛆虫が生え、生えて、生まれる。

 赤子は死んだ。母の中から出て泣く幼子は、その瞬間に首と胴を別たれた。

「なぁ、ウィリアム」
「……?」

 俺は舞台に上がる手前で、未だ通路で俺の背中を見送っていたウィリアムに声をかける。ウィリアムはなんたろうという風に俺を見て首を傾げていた。

 俺はそんなウィリアムに……一言述べた。

「この国は好きか?」
「え?…………好きだ。ここに生まれ、ここで育った。好きな理由は……これしかないけれど、これで十分だと思っているよ」

 そう力強く言い退けたウィリアムの美しいことこの上なく……きっと、地獄というのも生温い汚らわしい世界を見たことがないのだと俺は思う。

 俺はそんなウィリアムに向けて笑顔で言った。

「知ってるか?人間の肉って、すごく不味いんだ・・・・・
「……ぇ」

 ウィリアムは訳が分からないという顔で俺を見ている。そうだろう……そうでしょうとも。ウィリアム……お前のような生まれの人間には分からない。

 別に妬ましいとか、恨めしいとか、憎たらしいとか……そういう感情はウィリアムに対しても、この国対しても思っていない。抱いたこともない。何故なら、それは俺にとっては当たり前のことだったからだ。俺にとって当たり前で、彼らにとっては当然のこと。

 だから、俺はひたすらに無関心。興味はない。

「ウィリアム。興味かあるのなら東スラム街に行ってみるといい」
「東……?」
「そうだ。じゃあ、俺はもう行くぞ」

 俺はそう言って今度こそ舞台に上がる。

 毎度のことながら騒がしい観客席、そしてニヒル笑みを浮かべる対戦相手。どいつもこいつも、平民だからとタカを括ってそういう顔でいる。

「あら……元気ではありませんか。あの子達、失敗したようねぇ……」
「あんな奴らに頼らないと勝てないのか?」
「いやだわぁ……わたくしぃ、平民と語る口は持っていませんのぉ〜」

 いやだわぁ……この人お話できないみたいなのぉ〜。

 おっと、さすがに気持ち悪いな……。

 リヒュアはどうやら俺に余裕で勝つつもり……いや、そもそも自分が負けると思っていないようでクスクスと俺を見て嘲笑していた。所詮、ドラッグに頼ったカスみたいな女の子がどうしてそこまで自信を持てるのか分からないが……いや、本当に分からないな。

 リヒュアは口元を扇子で隠しながら、自分だけが知っている秘密を自慢げに披露する子供のように口を開いた。

「ふふふ……たしかに、平民にしては剣の腕が冴えているようですけれどぉー?所詮は剣技……『防御魔法』に注力すれば、そんなもの怖くないんですわよぉー」

 んん〜それ自分で言っちゃったらダメだと思うんですけれどぉー。

 やっぱり、気持ち悪いな……。

 どんな自信があるのかと思えば、そういうことらしい。しかし、『防御魔法』の突破方法はちゃんとある。『防御魔法』の強度を超える『攻撃魔法』を叩き込むか、『無効魔法』で魔法を解除または消滅させればいい。

 俺が使える方法としては、【ブースト】による身体強化で防御を突破すること……もしくは【キャンセル・ディフェンス】または【キャンセル・リジェネイト】でリヒュアの防御を無効化する方法だ。

 何の魔法を使っているのか分かれば、無効化するのは容易だし、向こうからそう宣言しているのだ。リヒュア相手なら【ブースト】を掛けながら、もう一つ別なものにリソースを割けるだろう。

 それから、実況兼司会が開始の合図をした。

 リヒュアはその瞬間に『防御魔法』を複数展開……【ディフェンス】【シールド】【リジェネイト】と三つの魔法を使っているのが見て取れた。

 ドラッグの力で上級魔法使いに……?

 いや、今はそんな考察をしている場合でもない。 この余裕雀々な顔をしている輩の顔を、まずは壊さなければなるまい。

 俺はまず……を支配する。

「え……」

 と、リヒュアの動きが突然止まる。俺が場を掌握したことで、リヒュアの動き止まったのだ。もはや、俺の許可なくして自らの意思で動くことは出来ない。

 続いて俺は『創造魔法』〈物質〉【クリエイト・ウェポン】で愛刀を一振り創造し、それを上段に構える……そこまでした辺りで、辛うじて俺の支配領域から逃れていた実況者が……叫んだ。

『ま、またあの魔法を!?あぁ!結界維持班の皆さん!!』

 その実況の声の後、数十人もの魔法使いが全力で結界を強化していた。

 俺はその光景を何となく目で見ながら、目の前で信じられないという顔をして固まっているリヒュアに向けて俺は言った。

「俺は出し惜しみをしない主義なんだ」

 辺りが一帯が暗くなり、俺が上段に構える愛刀の刀身だけが光り輝く。そして……力を十分に蓄えた己の刀を……俺は振り下ろした。

「【一閃】」

 大気を切り裂いた刀身は、そのエネルギーを全てその直線上に放つ。スパンッとリヒュアが舞台のごと切り裂かれ、斬撃は観客席までも襲う。前は一瞬で斬られた結界も、今回は何とか耐えたようで……観客席は無事だった。

 しかし、有り余ったエネルギーが舞台の中で暴れまわった結果――アリーナの舞台が崩壊した。

「…………」

 俺は刀を肩に担ぎ、目の前で尻餅を付き、色々といけないものを垂れ流しにして俺を怯えた表情で見上げるリヒュアを見る。

 たった一振りでこの有様。所詮はこの程度だったということ……か。

 再び聞こえたのは実況による試合終了の合図。俺はそれを聞いてから、めちゃくちゃになった舞台から降りた。




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