二重人格の主
5
 主は俺のことが嫌いだ。
 俺の忠実すぎるところが嫌いだ。
 俺の口うるさいところが嫌いだ。
 主は俺を、大嫌いだ。
 それでも俺は、貴方に尽くし続けていた。
 だが、一度知ってしまった甘い蜜の味を覚えると、今までの味に絶望を感じてしまう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あれから一週間。
 俺は主のことを避け続けていた。
 無論、俺は何かと理由をつけて、遠征ばかり入れていた。
「主、俺、長期遠征行きたいです!」
「嫌です!」
「……資材、そろそろヤバいんじゃないですか?」
「……確かに、そうですけど……。」
「じゃあ俺、行ってきます!」
「あ、ちょっと待っ」
 俺は主の返答を待たず、足早に遠征に出発した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「きみ、少し顔色が悪くないか?」
 太刀の鶴丸国永が俺の顔を覗き込む。
 俺は一人で遠征に行くつもりだったが、主に〝どうしてもと言うのなら……誰かと一緒じゃないと許可できません〟と言われてしまったので、そこら辺にいた、暇そうな鶴丸国永を連れてきた。
(主……。結局貴方は遠征を許可してくださったんですね。)
 本当に主は優しいお方だ。
 俺を嫌いなはずなのに、そんな俺にも優しくしてくださる。
「…まぁ確かに、少しキツい。だが、これは遠征だ。頑張らなくては。」
「少し休んだほうがいいんじゃないか?」
 
(これは主を避けるためとはいえ、遠征。沢山資材を集めなくては。)
 俺は鶴丸の声を無視し、資材集めに集中した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 しかし、予定を詰めすぎたのがいけなかったのか、俺はついに、体調を崩してしまった。
「ん……んん…………。」
「気がつきましたか?……熱が、随分と高いですね。今日はこのまま、休んだほうがよろしいでしょう。」
「…………。」
 返事をしようにも声が出ない。
 俺は小さく頷くことしか出来なかった。
(風邪……最悪だな。また主にご迷惑をおかけしてしまう。)
 昼間は遠征、夜は睡眠時間を削って、畑当番や書類整理をこなしていた。
 その上、食事の時間も、主と顔を合わせたくなくて、食事の量を減らし、さっさと立ち去るようにしていたせいだ。
(あぁ、主が顔を険しくしている。きっと今、『コイツはいつになったら人に迷惑を掛けなくなるのか』なんて考えているんだろうな……。全く、こんな自分が嫌になる。)
(これ以上起きていても、さらに迷惑を掛けるだけだ。……寝よう。)
 身体がうだるように熱く、関節も痛んだ。
 熱と痛みから逃れるためにも、俺はぎゅっと目を閉じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
 夜、俺は目を覚ます。
 目と鼻の先に主の顔があった。
「!!!」
 俺は驚き、目を見開く。
 すると主は、真っ赤になった顔を抑え、しゃがんでいた。
「あ、るじ……。何、してたんですか……?」
「ちょっと、長谷部さんの顔を見ていたら、キスがしたくなって……。」
「……きす、ですか……?」
 風邪をひき、思考能力が低下していた俺は、キスの意味が分からなかった。
 しばらく時間が経過して、
「は??……キス……???」
「……冗談ですよ。」
 少し顔を赤らめている主を見ると、とても冗談には思えない。
「……主……。」
「少しは気が紛れましたか?風邪、お辛いですよね。お水、飲んでください。脱水症状になったら大変ですから。」
 俺は主から水を受け取る。
「あ!それとも……口移しがいいですか?」
(……俺は、こんなにも辛いのに……。)
 ちょっと得意げな顔の主に俺は悪戯をしたくなった。
「…………口移しが、いいです…。」
「え!?」
(そんな可愛い顔をして、裏では俺を嫌っている……。ふふ、いつものお返しですよ。)
「…………冗談、ですよ……。水…、ありがとう、ございます。美味しいです……。」
 火照った身体に、冷たい水が喉に滴る。
(風邪、早く直さないと……。)
「長谷部さん、手を貸してください。」
「……汗、かいてますよ。」
 骨張った俺の手とは違う、小さくて柔らかい手。
 慈しむように、抱きしめるように、その手は俺を包み込む。
(主は、俺のことを嫌っているはずなのに…。)
 俺は、目の前の光景を信じられないと思いつつも、今はただ、主の暖かさにひたっていたかった。
 
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