二重人格の主

藤色

4



 あるじの俺に対する態度が急変した。

 もう、元のあるじに戻って欲しくない。

 そんな願いを想っていた俺は、再び現実を見せられることになる。

 そんなこと、分かっていたはずなのに……。




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「それで、この後は何をするんですか?」

 山姥切国広と宗三左文字に遠征の中止を伝えた後、俺たちは書斎にいた。

「これまでの戦歴をまとめます。この書類に書かれた内容を、あの書類に記入して、そこのファイルに入れます。で、棚に並べて終了です。」
「近侍って、すごく大変なんですねー…。私、遠征が中止になったので、何もないと思ってました…。」
「じゃあ俺は早速始めるので、あるじはそこにいてくださいね。」
「あ、あの、私にも何か手伝うことはありませんか?」
「じゃあ……。この紙に書いてある戦歴を読み上げてください。」

 そう言って、俺は引き出しから紙を取り出す。
 あるじはそれを受け取り、内容を読み上げる。
 
「連隊戦……。難易度、普通。第一部隊、隊長は太刀、鶴丸国永。太刀、三日月宗近。打刀、山姥切国広。打刀、和泉守兼定。脇差、鯰尾藤四郎。脇差、にっかり青江。……一回目、勝利A。2回目、完全勝利S。3回目、勝利A。4回目、勝利A。5回目、勝利A。6回目、勝利A。7回目、勝利B。8回目、勝利B。…以上です。」


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 その後、昼餉ひるげ夕餉ゆうげを食べたりして、途中休憩しつつ、結局一日、書類整理をしていた。

(もう七時か……。主に書類整理を手伝わせてしまうなんて……。でも、最近遠征が多くて溜まってたんだよな。)

 今日は書類整理がとてもはかどった。
 あるじの鈴の鳴るような美しい声を聞きながらの作業は、とても楽しかった。

「書類整理、って意外と大変なんですね…。でも、達成感がありますね。」
「ええ。俺も、いつもより楽しかったです。」
「それって〜、私が一緒だからですか?」
「もちろんですよ。」
「ふふ、私も、長谷部さんと一緒だったので楽しかったです♡」

 あるじが嬉しそうにはにかむ。
(本当は雑用ばかりで楽しくなかっただろうに…。健気だなぁ…。)

「じゃあ私、お風呂入ってきますね!長谷部さんは…、9時からでしたか。お先に失礼しますね。」

 本丸では風呂に入る順番が決まっている。朝9時〜は三条組、昼3時〜は粟田口組。夜5時〜は堀川組と兼定組、左文字組が入る。夜6時に清掃をして、夜7時〜にあるじが入る。夜8時〜その他の短刀、脇差、太刀、大太刀。夜9時〜はその他の打刀だ。
 ちなみに、槍や薙刀はまだいない。

(さて、俺は…寝る支度をするとしますか。)



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 俺はあるじの部屋で、布団を敷いていた。

(あとは……いつも主が髪を乾かすのに使っている、〝どらいやー〟とやらだな。)

 あるじは女性ということもあり、髪が長い。
 今日、俺はあるじからの頼みで、髪を乾かすことになっていた。

(ないな……。)

 あるじにどらいやーの場所を聞くのを忘れていた。
 そのことが仇となり、今こうしてどらいやーを見つけることが出来ずにいる。

(もうこの際、主に怒られてもいい!主が戻ってくる前に急いで見つけなくては……!)

 俺は今まで探していなかった引き出しに手をつける。
 するとそこには、〝日記〟と書かれたノートが見つかった。

(〝日記〟……?どんなことが書いてあるんだ…?)

 あるじのことが少しでも知りたい。
 そんな好奇心からだった。
 そのノートを開いてしまったのは。


 〝皐月十日、晴れ。〟
〝今日もへし切がうるさかった。やっぱりあの時、鍛刀したのが間違いだった。明日もあいつがいると思うと、気が滅入る。〟

 〝文月二十三日、雨。〟
〝連日晴ればかりが続いていたこともあり、久しぶりの雨は少し懐かしく思えて、心が和む。……へし切さえいなければ。〟

(あ……。)

 分かっていた。
 あるじが俺を嫌っているということは、ずっと前から知っていたはずだ。

(……やはり、今の主は幻想なのかもしれないな。)

 俺を〝長谷部さん〟と微笑んで呼ぶあるじ

 俺に〝行かないで〟と瞳を潤ませ、庇護欲を誘うあるじ

 〝恋仲〟という言葉に反応して、顔を真っ赤に染めるあるじ


 そんな〝あるじ〟は、現実にはいない。

 今見ているあるじは、ただの幻想だ。

 分かっていたはずだった。

 ただ、たった一日でほだされてしまった俺がいけなかっただけなのに。

 俺はそんな現実からの絶望に、心に深く傷を負った。




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