とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話

九条りりあ

何か忘れていたようです


♢ ♢ ♢


本当に、よかった。誤解が解けたみたいで。

ほっと安堵し、小さくなっていく2人の後ろ姿を見つめ、ふと何か忘れている錯覚に陥る。これで、一見解決のはずなのに、だ。あれ?なんだっけな?そんなことを思っていれば

「アリア」
「……!?」

背後から名前を呼ばれて思わずびくっとしてしまう。何を忘れているのか思い出した。

「……私のこと、忘れていませんよね?」

こ、この声は、ハース・ルイスだ。諸々のごたごたで忘れていた。砂塵舞う中、どう言い訳をしようかと「あの――……」と振り返り、口を開こうとすると

「アリア――……」
「むぐっ!!」

ぎゅっと何かに拘束された。

あら、いい香り。薔薇かしら?……――って!!!

「ハ、ハース様!?」
「アリアが、無事でよかった……」

この声、この黄金色の髪、間違いなくハース・ルイスのはずだ。あれ?なんで、私抱きしめられているの!?と、とりあえず、平常心だ。

「申し訳ありません。咄嗟に倒れてくる柱を破壊して破片にするくらいしか出来ませんでした」

なるほど。道理で大きな柱が倒れてきたはずなのに、ほかの柱は無事なのが不思議だった。倒れる前に瓦礫にしてなければ、ほかの柱にぶつかっていたかもしれない。もしも、そのまま柱が直撃してほかの柱まで倒してしまったら、被害はこれだけには留まらなかったはずだ。咄嗟にその判断をしたハース・ルイスに舌を巻く。あの一瞬でよく動けたものだ。

「大丈夫ですわ。そのおかげで、私は怪我一つありませんわ」
「……――本当に、よかった」
「ハ、ハース様、ちょっと苦しいですわ」

さらにぎゅうと体を引き寄せられて、思わず根をあげれば“申し訳ありません。取り乱してしまいました”と、彼は腕を緩め、わずかに身をひいて安心したように笑った。

「え――……?」

そこでやっとあることに気が付いた。

「ハース様、それは、どうされたのですか?」

いつもきっちり着こなしている白色の服が砂だらけだ。よくよく見れば、黄金色の髪も微かに砂をまとっていた。

「あぁ、これですか――……」

レイリーの風の魔法も涼しい顔で避けるくらいだ。現に、一度防御魔法で軽々と止めてしまっている。にもかかわらず、こんなにも服を汚すなんて。

「貴女を見つけるのに必死で、それどころではありませんでした。情けないですね」

困ったように笑うハース・ルイス。その整った顔も砂で汚れてしまっていた。いつもは何でも涼しい顔でこなすのに。それに、よくよく見れば額に汗が光っていた。彼がどれほど必死になって見つけようとしてくれていたのか。

なのに、私はルーク・ウォーカーとマーク・ウォーカーのいざこざがあったとはいえ、こんなに一生懸命に私を探してくれていた人を忘れていたなんて、我ながらなんて奴なんだとただただ申し上げなさがこみ上げる。

あまりの申し訳なさに“ごめんなさい”と頭を下げれば、“顔を上げてください”とハース・ルイスによって顔を上げられた。空色の瞳と目が合う。

「でも――……」
「私はアリアにそんな顔をしてほしくて、ここまでやったわけじゃないんですよ」
「…………」
「謝罪の言葉よりも、もっと言ってもらいたい言葉があるのですが」

“そのためにここまでやったのですから”と優しい顔をする。私はゆっくりと息を吐いて

「……――ありがとうございます」

その空色の瞳を見返す。彼はそれでいいのだとばかりに、目を細め

「そうです、アリアのその顔が見たかっ――……」

ハース・ルイスはそう言いかけた瞬間

「え――……?」

突然糸が切れたように私の方に倒れこんだ。私の右肩に彼の頭が乗る。

「どうされたのですか!?」

ゆすってもピクリともしない。この密着度合いはやばい。私の頬に柔らかな髪が当たり、くすぐったい。思わず顔が熱くなる。

「ハース……様?」

返答もないし、これはどうしたものかと思っていれば、耳元スー、スーという呼気が聞こえた。見れば、私の肩に乗っている彼の頭が上下に揺れている。どうやらルーク・ウォーカー同様に、魔力の使い過ぎで気を失ったようだ。なんだ、とほっと胸を撫でおろす。

私は、彼を起こさないように慎重に身を引いて横顔を見た。いつもは大人びてみえるその顔も年相応の少年にしか見えない。上下に揺れている彼の髪をポンポンと優しく撫でる。

私を守ってくれた“小さなナイト”。私は、この「Magic Engage」のゲーム内でただの当て馬キャラなのに。なぜ、こんなにも必死になって私を助けてくれたのだろう。本来ならば、私は彼に鬱陶しがられる役割なのに。そして、最後には学園から追放されるはずなのに……。色々な疑問は湧くが、今はただ……

「……――ありがとうございます、ハース様」

静かに目を閉じる“小さなナイト”に心からの感謝を述べる。

教会の中に入ってきた光が私たちを照らし、外から小鳥のさえずる声が聞こえた。

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