とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話
「英明」と呼ばれたとある少年の話
♢ ♢ ♢
私の名前は、ハース・ルイス。代々、騎士としてこの国を守る家系に生まれた。かく言う私の父は、この国の現騎士団長。私は、その一人息子として、生を受けたのであった。
母と同じかがやく黄金色の髪に、父と同じ澄み渡る空色の瞳。周囲は、それを褒め称えた。
それに加え、私は、剣術はもちろん魔法も、勉学も、音楽まで、ありとあらゆることが、少し教えを請うだけで望まずともできた。出来てしまう。それを周りは、賞賛し、「英明」と言われるようになり、父の後を引き継ぎ、次期騎士団長として注目されるまでになった。
恵まれた容姿、恵まれた才能。その点は、偉大なる父と優しい母に感謝している。周囲の大人達は、私を大げさに褒め称え、周囲の令嬢達は、私に囁きかける。「ハース様、どうか私と婚約を」と。なぜかと問えば、私の容姿、私の立場、すべて私の外見ばかりを判断して、言い寄ってくる。立場上、無下に断るわけにもいかず、上っ面の笑顔を貼り付け、私は彼女たちの相手をする日々。
私のことを何一つ知らないくせに、「ハース様は、本当にお優しいですわ」「ハース様は、なんでも出来て素敵ですわ」。皆、口をそろえてそういうのである。対する私は、そんな彼女たちを見て、どんどん冷めていった。
私が、優しいものか。父の立場があるから、そのように振る舞っているだけだ。
私が、何でも出来て素敵? 素敵なものか。与えられたものを淡々とこなしているだけだ。
けれども、だからこそ、周囲からの大人の評判は、それはいい。しかし、一方で、裏を返せば、それ以外の人には、妬まれているのである。周囲の同世代の良家のご子息には、かなりだ。
ある時、現騎士団とその騎士の子息を集めての武術披露があった。その際に、私よりも歳上の騎士の子息が、皆の前で、自身の剣に水の魔法を付与する強化魔法を披露し、普通の剣では切れない人型の石像にヒビを入れ、みなを驚かせ、強化魔法の付与の仕方を発表したのだ。彼としては、珍しい強化魔法を皆に見せて、現騎士団と私たちに力を示したかったのだろう。そんな彼のあとに続いたのは、私だ。希有な強化魔法のあとに、普通の武術を披露したのでは、父もいる手前、興も冷める。彼が説明した強化魔法の原理は、わかった。右手に握った剣に、魔力を込めた左手をかざす。途端に、剣が淡く黄金色に光り出す。そのまま私は、彼がヒビを入れた石像に向けて、剣を構え、切りつけた。瞬間、ごとりと鈍い音がした。途端に、割れんばかりの拍手がわき起こる。強化魔法を披露した彼を見ると、私と私の傍らに転がった真っ二つにされた石像を見比べ、信じられないとばかりに顔を蒼白とさせていた。父はというと、満足そうに私を見ていた。
その後日、彼は血のにじむような努力をして、強化魔法を習得したと聞いた。対して、私は、たいした努力もせずに、それをなし得てしまった。
同時に彼は騎士になる道を辞めたと聞いた。私は、彼の騎士としての道を閉ざしてしまったのだ。
努力したところで、結局、無駄なのだ。できないものを一生懸命することに、何の意味がある?全くの無価値だ。どうせ、努力したところで、私に出会えば、挫折して、勝手に不幸になっていく。
だから、私は悪くない。悪くないんだ。私は、次第にそういうふうに思うようになっていた。
そんな風に思うようになってから、日常は変わっていった。
周りからの賞賛は、ただの言葉でしかなく、新たに追加されたスキルを習得することはノルマと課していた。
努力して何かをなし得ようとするのを見ると、冷めた目で見てしまっていた。出来ないものを努力することほど愚かしいことはないのだ。
そんな無機質な日々を過ごしていたある日、私は、“彼女”に出会った。
♢ ♢ ♢
ある日、私は、叔父の主催する社交界に招待されていた。
「お久しぶりです。叔父様」
「よく来たな、ハース。ずいぶん大きくなったな」
「嬉しいお言葉です。本日は、お招きくださり、ありがとうございます」
にこやかに私の目の前で微笑む恰幅の良い公爵は、母の弟、つまりは私の叔父にあたる人物だ。今日は、父は城の警備のために早朝から出仕し、母は友人達とお茶会、私はお付きの者数人と叔父の屋敷に来ていた。
「本日は、かなりの人数が来ているようですね」
「今日は、騎士と貴族と合同の社交界だからな。騎士と貴族とでは役割が違う。けれど、だからこそ、お互い交流を深めていく必要があるとは思わないか」
「確かに、そうですね」
「だからこそ、今日はお前を呼んだんだ」
「こちらこそ、このような社交界で重要な役割をありがとうございます」
実際、貴族は、騎士のことを国を守るために必要だとは考えているものの血を汚れに思っているため、あまりよく思っていない。逆に、騎士は国を守っているにもかかわらず、貴族からよく思われていないことを感じ取っている。その溝は長い歴史の中、暗黙の了解のように、存在している。彼は、生粋の貴族だ。父と母が婚姻したことで、騎士の働きを目の当たりにし、感銘を受けたようだ。騎士と貴族との架け橋になろうとしているようである。実際、彼は、私にも本当によくしてくれる。
なおも熱く語る彼の言葉に耳を傾けながら、屋敷の窓から外を覗けば、かなりの馬車が泊っている。それも、かなり裕福な家柄だと思われる。馬車は言うまでもなく、屋敷に入っていこうとする人の身なりを見れば、かなり高貴な家柄だと推測できた。そして、ふと何か違和感を感じて、彼に尋ねた。
「しかし、その割に、女性の列席者が多いように見受けられるのですが…?」
今現在見える範囲で確認しただけだが、それもほとんど令嬢だ。社交界で何度か見た顔もある。そんな私の疑問に、彼はあっさりと答えた。
「表向きは、そうなっているんだ。けれども、本当は、お前の婚約者候補を見つけようという話になっているんだ」
「…それはどういうことでしょうか?」
「お義兄さんの計らいで、そろそろ、ハースに婚約者を…と」
どうも話を聞けば、その通りらしい。父は、叔父が開く社交界を利用して、そのようなことを目論んでいたようだ。大方、社交界に出ても、一向に浮ついた話のない私を心配してのことだろう。14歳にもなれば、婚約者を持つことは珍しくもない。幼いときから、将来を誓い合い、一生の伴侶を得る。かくいう父も母と婚約をしたのは、14の頃だったと聞く。常々、誰かを守りたいと思うことが、騎士としての誇りだと言っている父だ。わからない話ではないが…。
思わず苦笑する。言い寄ってくる令嬢に、断りを入れることほど疲れることはない。しかも、その令嬢と婚約が目的だとは、正直、避けたいところではある。
どうすれば、この目の前の人物を説き伏せられるか…。少々心が痛むが、一つの答えを導き出し、私は言葉を紡ぐ。
「本日、私が社交界に出ると逆に騎士と貴族の溝は埋まらないような気がします」
「なぜだ?」
私の言葉に彼はきょとんとした。
「父上は、この国の騎士団の団長です」
「そうだな」
「そして、私は騎士団団長の一人息子。他の令嬢が放っておきません」
「もう一つの目的がハースの婚約者を探すことだからな」
ひとつひとつ確認しながら、彼は頷く。なぜ、いちいちそのようなことを言うのだとばかりに、不思議そうな顔をしていた。そんな彼に私は、一言添える。
「けれども、そうしたら、他の騎士のご子息はどうでしょう?」
「ほかの騎士のご子息…?」
考えてなかったともいうように、首をかしげる彼。
「おそらくですが、ほとんどの令嬢が私に注目してしまい、ほかの騎士のご子息は、交流する機会がなくなってしまうでしょう」
「…それは」
「ないとは言い切れないでしょう?」
「…そうだが…しかし…」
彼が何事か言う前に、私は言い切った。
「ですから、私は、本日、欠席という形で、屋敷の庭にいます」
にこやかに言い切った私を、叔父はぽかーんと見ていたが、やがて、叔父は、それもそうだなといって、それを承諾した。
♢ ♢ ♢
叔父からの承諾も得て、無事社交界から抜け出すことに成功した私は、屋敷の社交界が開かれている場所から、かなり離れた庭園にいた。ただし、照明などはなく、ただ月明かりに照らされ、白薔薇で埋め尽くされ、手入れの行き届いた庭園はまるで作り物のよう。さて、これから、何をしようかと、ひとまずは照明が必要だと思い、白薔薇に魔力を込めた手をかざす。すると、淡い黄金色の光を放った。その瞬間…
「すごいですわ!!」
「…!?」
背後から、少女らしい甲高い声が聞こえ、思わず振り返った。振り返るとそこにいたのは、長い髪を綺麗に結い、見るからに高級そうなドレスを身にまとった少女がいた。おそらく、社交界の出席者だ。見るからに傲慢知己なお嬢様育ちだ。やっかいなことになった…。心の中で、そっとため息をついて、笑顔を貼り付ける。
「これ、あなたがやってらっしゃるの?」
「…そうですよ」
「すごく、綺麗ですね!これ、あなたの魔法ですか?」
「…はい。エンチャントの応用です」
「エンチャントというと強化魔法のことですよね」
「よくご存じで」
そう答えれば、こちらに近づいてくる。
「素敵な素敵な魔法ですね」
「ありがとうございます」
彼女は、感動したとばかりに私とは全く違う心の底からの笑顔を浮かべる。
「是非、どのようにしているのか教えてください!」
おまけに、私の右手を取って、彼女は自身の両手で挟んできた。咄嗟のことで、私は思わず動揺してしまった。令嬢が、簡単に手を取るなんて、ありえないことだ。
「あ、ごめんなさい。はしたない真似を」
本人も、思わずやってしまったとばかりに、ぱっと手を離して、即座に謝ってきた。
「いえ、大丈夫ですよ」
少し驚いたが、何事もなかったかのように振る舞う。しかし、今までに見たこともないタイプの令嬢だ。今までは、強化魔法を見せたとしても、珍しい魔法だからと言う評価しか受けてこなかった。開口一番、みな口をそろえて、希有な、珍しいという。なのに、彼女は、素敵だというのだ。それも取り繕っていっているわけではない。心の底から感動しているとばかりに声を弾ませて。そんなことを考えていると、彼女は姿勢を正し、ドレスを軽くつまみ、挨拶をしてきた。
「申し遅れました。わたくし、アリア・マーベルと申します」
「…アリア・マーベル」
繰り返して、彼女を見る。アリア・マーベル…。以前、彼女の名前をどこかで…。
「あの…?どうされましたか?」
心配そうにのぞき込んでくる彼女を見て、ふと思い出した。社交界で、たびたび噂になっているご令嬢だ。身分の高いマーベル家の魔力のない令嬢。その一方で、確か、魔法学や魔法薬学、魔法に関するものの知識は、高いと聞き、魔法が、使えないのに、無駄なことを…、と思ったことがあった。この強化魔法を使ったからだろうか。強化魔法を使った彼のことを思い出した。彼は、血のにじむような努力をして、強化魔法を習得した。けれども、あっさり、この私に抜かれてしまい、この騎士の世界から去った。それを思い出してしまった。
「それは、無駄ではないでしょうか」
思わず、それを口に出してしまった。
「はい…?」
「失礼ながら、アリア様は、魔力がない方とお聞きしています」
「はい、残念ながら」
淡々という私を彼女はぽかーんとしながら見る。なんで、こんな初対面な彼女に、ムキになっているのだろう。苦労知らずで、自分の思いのままに生きてきたであろうこの少女がなぜだか腹立たしかった。知らず知らずのうちに、あのときの強化魔法の彼と状況を重ねてしまったのだろうか。今日の私はどうかしている。かすかに残る冷静な頭で思うが、突き放したように口に出してしまった。
「魔力がないのに、学んでどうするんですか?できないものを一生懸命やるなんて、無意味だと思いませんか」
呆気にとられた風な彼女。けれども、それも一瞬で、すぐに意思の強い瞳で私を見据えた。
「私は、できないものをできないから諦めるっていうことのほうが、よほど愚かしいと思います」
彼女はそう言い切った。
「…なぜ、そんなことが言えるんですか?」
できないものに固執する意味が…。努力する意味が…。私には理解できない。
そんな私の問いに、彼女ははっきりと答えた。
「私は、魔法が好きだけど、魔力は確かにないわ。けれど、それが、何だって言うの?好きなものを好きで何が悪いの?それを学ぶことがそんなに愚かなこと?」
そう、はっきりと言い切ったのである。
「…私は、友人の方が、早くに始めたことでも、私の方が先にできるようになってしまいます」
つい、自分の気持ちをこぼしてしまった。
「それは、人よりも飲み込みが早いという素敵な才能だわ」
これを素敵な才能とキミは呼ぶのか。けど…。
「でも、周りはそうは思いません。私のせいで、誰かが挫折して、不幸になっていくんです。だったら、最初から、無意味なことなんて、しなければいいんだ!!」
けど…。私は、この才能で、他の人の人生を閉ざしてきた。閉ざすつもりなんてなかったのに…。だから、最初っから、できないものに固執する意味なんてないんだ。
思わず、乱暴な物言いになってしまい、はっとして、目の前の彼女を見る。すると、彼女は、笑っていた。
「でも、私は、あなたの魔法、感動しましたわ」
「……」
「魔力はないですが、挫折なんてしていません」
「……」
彼女は、私の過去なんて知らない。
この強化魔法で誰かの道を妨げたなんて思いも知らないだろう。
「最初に言いましたわ。すごいですわ!って!あなたの魔法で、幸せになりました。この場に、不幸になった人なんていませんよ」
けれども、彼女の一言で私がどれほど救われたか…。
誰かを不幸にしかしていないと思っていた自分が、誰かを幸せに出来るなんて、そんなことを考えたこともなかった。
「はは…私は何を悩んでいたのでしょう」
今まで、何を悩んでいたんだろう。私は、その日、初めて、今までの作り物の笑顔ではなくて、心の底から笑えたような気がした。
♢ ♢ ♢
アリア・マーベルと出会った社交界の翌朝。朝食を取るために、私は食堂へと足を運んだ。
「ハース、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます。父上、母上」
あいさつをして足を踏み入れれば、そこには、テーブルについて、仲むつまじく寄り添うように、食事を取る父と母の姿があった。
「昨日の社交界はどうでしたの?」
テーブルにつくと、そう母が尋ねてきた。
「騎士と貴族の溝を埋めることができるように尽力いたしました」
「聞きましたよ。どこかのご令嬢と一曲交えたそうですね」
どこか嬉しそうにいう母。
「…そうですね」
あのあと、アリア・マーベルと社交界に戻った後、ダンスを一曲踊った。どこかぎこちなく踊る彼女を思いだし、ふと口元が緩んだ。
視線を感じて、父と母の方を向けば、私を見て不思議そうに二人とも目をしばたかせていた。
「…どうされました?」
どうしたのだろうと思って尋ねれば、先ほどまで黙っていた父が口を開いた。
「…いい顔をするようになったな」
「…え?何がですか?」
いい顔?何がだ?思わず、きょとんとしてしまう。
「…気づかないなら、別にいい。今日は、その令嬢の所に行くのだろう?」
「はい、昨日、いろいろと失礼なこともしてしまったので、そのお詫びも兼ねてですが」
「名前は何というんだ?」
彼女の顔と言葉を思い出し、私は“彼女”の名前を口にした。
「アリア…、アリア・マーベルです」
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彼女と出会ったおかげで、ただつまらく過ぎていた日々が、確かに変わる予感がした。
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