とある腐女子が乙女ゲームの当て馬役に転生してしまった話

九条りりあ

自分が何者か判明したようです




♢ ♢ ♢





「アリア様は、本当に勉強熱心になられましたね」




そう私を褒め称えるのは、私の教育係のオリバー・シュルッツである。11歳頃から、私に勉学を教授してくれている。この世界の御曹司、ご令嬢は、オリバーのような家庭教師を雇うのが常だ。この世界の子どもたちは、16歳になるとフィアーバ国立学校に入学するための試験があるのだ。そこに入学するためには、ただ単に魔法が使えればいいというわけではない。たとえば、魔力が高い、魔法についての知識力が高いなどなど。何かに秀でていないと入学は認められない。だからこそ、魔力がない私は、魔力ではなく、魔法に関する知識を磨く必要があるのである。そこで、3年の教育を修了すると、男子はエリート路線まっしぐらだし、女子は縁談が引く手あまただそうだ。縁談は、正直どうでもいいが、前世の大学を途中でフェードアウトせざるおえなかった私としては、是非とも今世では最後まで学び通したい。ともなれば、まずは試験に合格しなければならない。そのためにも、私は日々勉学に励んでいるのである。





「そうかしら?」





オリバーの整った顔を見ながら、私は答えた。はっきりいって、オリバーは美形だ。少し長めのシルバーアッシュの髪と瞳。年は、現在26歳。一言で言うと、彼は魔法にも詳しいイケメン家庭教師。





「はい、12歳の誕生日を迎えられる前までは、机に座るのさえ、厭われていましたから」
「…そんなこともあったわね」





そう、確かに私は、2年前の12歳の誕生日までは、わがままに育てられた傲慢知己なお嬢様だった。しかし、その12歳の誕生日を祝う誕生日会で、私の不注意で頭を強く打ち付けることがあり、その際に、私は、今のアリア・マーベルの生が、私の2度目の生だということを知った。そのため、以前の傲慢知己なわがままお嬢様でいることができなくなったのである。正直、前世の記憶を思い出す前の行いだから、触れないでほしい黒歴史だ。そんな私も、あれから2年。14歳だ。1度目の生も含めると35年生きたことになる。…うわぁ、おばさんじゃん。心の中で思わず突っ込む。





「はい、ですから、このオリバー、本当に嬉しく思います」





…ということは、目の前でにこりと微笑むオリバーよりも年上なのか…。それも、なんだか複雑すぎる…。と正直に話したところで、信じてはもらえないので思うだけにして、口には出さない。その代わりに、日頃からの感謝をオリバーに述べる。





「私の方こそ、オリバーに教えてもらう学問はとても楽しくてわかりやすいわ。本当にありがとう」
「嬉しいお言葉です」




にこりとほほえむオリバー。ここでの学問は、魔法学、魔法薬学、召喚魔法学、強化魔法学、魔法歴史学、ありとあらゆるものが魔法と関連し合っている。残念ながら、私には魔力がないけれども、それでも学ぶのは楽しい。前世でも、学ぶことは好きな方だった。それに、オリバーは、本当に教え方がうまい。実演してもらう魔法はいつも驚きと感動をくれる。




「…ということで、少し休憩がてらお話しない?」




そういって、オリバーの様子をうかがうように見れば、「そうですね。アリア様からお褒めの言葉もいただきましたし」といたずらっぽく笑う。




「今日は、どんな話をしてくれるの?」




オリバーに教えてもらう学問も好きだが、オリバーは興味深い話もしてくれる。今日は、どんな話をしてくれるのかとわくわくしていると



「アリア様は『英明のナイト』をご存じでしょうか」




微笑みながら私にいうオリバー。




「…『英明のナイト?』」




オリバーの言葉を思わずオウム返しに繰り返す。



…『英明のナイト』、どこかで聞いたワードだ。使用人が話していたのを小耳に挟んだのだろうか?ともあれ、どこで聞いたのか思い出せない。まぁ、とにもかくにも、英明と呼ばれるって言うことは、才能がある人のことか。そんな私の反応に、オリバーは丁寧に説明してくれる。


「何でもこなされる方だそうで、できないことはないそうですよ。特に、強化魔法が得意だそうです」
「強化魔法というと武器に自らの魔力を注ぎ込んで、武器を強化する魔法よね。でも、ただ自らが魔法を出すわけじゃなくて、他のものに魔法を付与するってことだから、できる人は稀っていっていたわよね」
「そうでございます。よく覚えてらっしゃいましたね。」




以前、オリバーに教わったことをいうと、オリバーは嬉しそうに笑う。オリバーはよく褒めてくれる。単純な私はそれだけで嬉しくなる。




「その方は、雷の魔法を刀に付与できるそうで、その刀で切れないものはないそうですよ」
「へー、すごい!」




どのように魔法を付与するのだろうか。興味がかき立てられる。




「ちなみに、今度、アリア様も行かれる社交界に来られるそうですよ」
「それは、是非ともお会いしたいわ!」




できるのなら、目の前でどのように付与するのか見せてもらいたい。欲を言えば、実際に切るところを見たい。実際に、会えるものなら、是が非でも見たい。そんな期待を抱いて




「名前は、何て言うのかしら?」



そう問えば、



「ハース・ルイス様でございます」




とオリバーはにこやかにいう。




「…ハース・ルイス…?」



そして、その名前に何故か、ひっかかった。どこかで聞いたことがあるような気がする。最近、使用人が話していたのを小耳に挟んだとか、そういうのではない。もっと昔の…えっと…、確か、前世で私が大学生やっていた頃の…。




「この国を守る騎士団のご子息だそうですよ」
「…そうなのね」




オリバーに相づちをうちながら、心の中で思案する。




「英明のナイト」…。なるほど、騎士団の一人息子だから、「ナイト」なのね。なるほど。



…そういえば、前世で大学生だった頃はまっていた乙女ゲームにも、いたな。騎士団の一人息子。確か、私が通り魔に刺される前に買った魔法の世界の学園を舞台とした乙女ゲームだ。そうだ。そうそう、そのゲームに出てきた金髪碧眼のキャラも、確か騎士の一人息子で、とにかく何でもできる「英明のナイト」として、学園のご令嬢を虜にしていた。しかし、その実、紳士的な見た目とは反して、かなりの腹黒だった。あの腹黒騎士の名前も確か、「ハース・ルイス」っていう名前だったような…。



なるほど、なるほど。「英明のナイト」と「ハース・ルイス」という言葉はここで聞いたのね。
はぁー、すっきり…!ずーっと引っかかっていたものがわかったときって、気持ちがいいものね…!








「じゃないわよ!!!!!!」








思わず、心の中での自分のつぶやきを突っ込んでしまい、目の前にいたオリバーは驚いたように瞬いていた。







♢ ♢ ♢






ハース・ルイスの名前を聞いた晩、その日は綺麗な満月。あの私自身に対する盛大な突っ込みのあと、すごく心配してきたオリバーに「大丈夫、大丈夫だから」となだめて、その後通常どおりオリバーの授業を受け終え、自室に戻った私は、机の上に、ノートを広げて、ペンを握る。





とにかく、今思い出せるあのゲームのことを整理して、書き出してみようと思う。





私があの通り魔に殺されるまでやっていたゲームの名前は、「Magic Engage」。魔法の世界で、魔法学校が舞台で、恋愛シミュレーションのゲーム、いわゆる乙女ゲームだ。端的に言ってしまえば、そこに入学した主人公であるヒロインが、攻略対象と恋に落ちて、婚約するまでを描く乙女ゲーム。




そんな「Magic Engage」の世界ではほとんどのものが身分関係なく、魔力を持って生まれてくる。そうした中で、16歳になるとそのなかから、より優秀な者を選抜するのがフィアーバ国立学校入学試験だ。入学するために必要なものは、魔法を扱えるだけではなく、魔力の高さ、魔法に関する知識、その他、他と違う秀でた何かを持っている必要がある。




また、この世界の魔法は、大きくわけで、それぞれ火・雷・水・土・風の5つに分類される。ほとんどの者が、この5大要素の魔法に分けられる中、まれに光を持って生まれてくる子どももいる。それに反して、闇属性の魔法もあるらしいが、それは禁忌の魔法とされ、後天的に発現するしかない。




さて、そんな「Magic engage」のゲームの攻略対象は、全部で5人。






1人目は、「ハース・ルイス」。魔力の属性は、雷。「紳士×腹黒」が彼のキャッチフレーズ。この国を守る騎士団団長の一人息子。外見は、金髪碧眼で飾っておきたいくらいの美少年で、まさに王道の騎士様だ。なんでもできる天才で、とても紳士的で一見温和。しかし、一方で努力しなくても何でもできてしまうため、努力は無意味であると感じている。また、次期騎士団団長と言われ、周りの令嬢から言い寄られることが多く、自分の外見や立場しか見ていないと思っている。そのため、女を信用できないと思っているため、性格はかなりゆがんでいる。







2人目は、「ルーク・ウォーカー」。魔力の属性は、風。「小悪魔×女たらし」が彼のキャッチフレーズ。外見は、漆黒の髪に、紅色の瞳。妖艶すぎるその見た目で、莫大な魔力を持っており、その気になれば、街一つを破壊することが可能。「悪魔の子」として恐れられ、他人から腫れ物を扱うようにして接された結果、誰からも自分は必要とされていないし、自分も誰も必要としていない。自身の素性を知らない令嬢達を自身の虜にしては捨てている。







3人目は、「ミヤ・クラーク」。魔力の属性は、火。「元気×さわやか」が彼のキャッチフレーズ。浅黄色の髪に、
真紅の瞳。そんな彼は、両親が多忙のため、幼少期は一人で過ごすことが多く、自身は発明ばかりしていた。そのため失敗してもめげないポジティブ思考。とにかく、発明にしか興味がなく、それゆえ、少し違った行動を取ってしまうことがあるが、他の攻略対象と違い比較的常識人。






4人目は、「ユリウス・ホワイト」。魔力の属性は、水。「のんびり屋×ミステリアス」が彼のキャッチフレーズ。
白髪で、淡藤色の瞳の外見の彼は、両親が魔法薬学の第一人者で、幼少期は一人で過ごすことが多く、マイペース。何を考えているのかわからないため、周囲から一線を引かれている。本人は、それに対して、それでいいと考えているようで、気にしていない。






5人目は、「オスカー・アーロン」。魔力の属性は、土。「孤高×クール」が彼のキャッチフレーズ。この国で著名な画家の子息で、自身もその才能を遺憾なく発揮する天才…だと周囲は思っているが、彼自身はそうは思っていない。幼少期から、自分の才能に限界を感じ、スランプに陥っている。そんな自分が生み出した作品が評価されるたびに、嫌気がさしている。









そんな美形な5人が攻略対象と恋に落ちるのが、「Magic engage」のヒロインだ。彼女は、最強の光の魔力の持ち主で、両親が、早くに亡くなったため、孤児院で育ち、その際に、光の魔力が発現した。希少な光の魔力の持ち主。もちろん16才になり、フィアーバ国立学校に入学する。そんな彼女は、どんな状況におかれても、常に明るく振る舞う。気丈な彼女に、攻略対象はしだいに惹かれていくのである。そして、ともてに愛を育んでいき、最終的にその攻略対象と婚約するのである。







…で、正直に言おう。私は、彼らを攻略対象として見てはいなかったのである。






腐女子の性か、最初の1週目は、まともに自分の名前を入力してプレイしていたものの、2週目になると、特殊な攻略をしていた。まぁ、端的に言えば、攻略中に言われる数々の甘い言葉の数々を他キャラに置き換えていたのである。…そう、腐女子界隈でいう専門用語でいうと、攻めが受けにいうがごとく。たとえば、死ぬ直前、紳士な腹黒の「ハース・ルイス」×小悪魔女たらしの「ルーク・ウォーカー」のカップリングにはまっていた私は、「ハース・ルイス」の攻略中のとき、自らの名前ではなく、「ルーク・ウォーカー」とわざわざ名前を変えて、プレイしていたほどだ。その前は、「ユリウス・ホワイト」×「ミヤ・クラーク」でやってみたり、「ハース・ルイス」×「オスカー・アーロン」でやってみたり、いろいろな組み合わせでプレイしていたのである。ちなみに、私はこの作品に関して言えば、地雷がなかったので、思う存分楽しませてもらった。





まぁ、それはともかくとして、その甲斐もあってか、プレイ中のクライマックスの告白は熱かった。いや、本当に熱かった。だってさ、タイプが違うイケメンがイケメンに真剣にプロポーズしているんだよ。





いや、本当にまじ尊い。本当にごちそうさまでした。圧倒的語彙力不足。当時は、好きすぎて、前世でやっていたファミレスのバイトで稼いだお金を全額「Magic Engage」の同人誌に捧げたほどだ。前世の神絵師様たち、本当に感謝!





…と、いかん。いかん。だいぶ話が逸れた。





この他にも、この乙女ゲームを盛り上げるために、当て馬的存在のキャラがいた。亜麻色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。そこそこ綺麗な顔立ちだが、中身は性格がきつい悪女。物語にも関わるがどのルートも当て馬ポジション。つまりは、どのルートでも結ばれないヒロインにとって、ライバル的な存在のキャラ。正直言って、ゲームのパッケージにのっていた彼女をみたときは、『当て馬キャラでこのクオリティは、なかなかやるな、制作会社』なんて思っていた。しかし、いざ、ゲームを初めてみると、性格が悪すぎた。攻略対象と何かしら関わりがあり、ヒロインに陰湿な嫌がらせを行っていたのである。どうして、こんな悪女が入学できたんだと思ったが、彼女は、他の人が本来一つの属性しか使うことができないのに対して、火・雷・水・土・風、5つのすべての属性を使うことができる唯一のキャラだった。…だが、しかし、その魔力はしょぼすぎた。たとえば、ろうそくの火を大きくする程度、雷なら、静電気で髪をぐちゃぐちゃにする程度で…。まぁ、結論、その程度のしょぼい魔法。




にもかかわらず、最強の光の魔力を持つヒロインに嫌がらせを繰り返していた。ゲームのプレイをして、なんて性悪女なんだと画面越しに、ちょっと引いていた。正直、もし実在するならば、このキャラとは友達になれないとまで思わされた。どのエンディングを迎えても、主人公に陰湿な嫌がらせをしていたのが発覚して、最終的には学校を退学になる。その後の彼女は…どうなったのだろう?まぁ、あんな性悪だったし、自業自得だよね。




…名前は、確か…。







『アリア・マーベル』







思い浮かべた名前をノートに書き出して名前を見た瞬間、思わず固まる。







「…私じゃん―――!!!!!????」







私の悲痛な叫びは屋敷中に響き渡ったどころか、屋敷の外にまで聞こえたそうだ。

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