「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

EX7-上 フラム戦慄! 茶色い『ヤツ』に気をつけろ!




 アンズー――それは翼を持つ巨大な獅子の姿をした、Cランクモンスターである。
 太古の時代、とある神話に獅子の頭を持った鷲が登場したが、そこから取られた名前だと推測される。
 そもそも、無属性魔法“スキャン”による命名規則には謎も多く、新発見されたモンスターにもそれっぽい名前が付けられていることから、最近では『実はアカシックレコードとこの世を繋げる大魔法なのではないか』という疑惑が浮かんでいるほどだ。

 それはさておき。
 今回、重要なのはそのアンズーである。
 体が獅子ということは、ネコ科の生物。
 通常のネコや、ネコ系の小型モンスターは、王国でもよくペットとして飼われている姿を見かけることができる。
 だがさすがにアンズーは難しい。
 気性が荒く、強力な風属性魔法も使うため、檻に閉じ込めておくこともできないのだ。

 しかしある時、人類は見つけてしまった。
 小型のアンズーを。
 赤ちゃんは手のひらに収まるほど小さく、成長しても人の膝ほどの高さにしかならない。
 加えて、通常のアンズーよりも人懐っこく、頭もいい。
 プチアンズーと名付けられたその新種が、ペットとして流行するまでに、さほど時間は必要なかった。



◇◇◇



 とある平和な休日の昼下がり、フラムはミルキットと腕を絡め、大通りを歩いていた。
 フラムの手には布のかばんが握られており、中にはオーダーメイドされた高級メイド服が入っていた。
 もちろんミルキットに着てもらうためのものだ。
 最初こそ遠慮していた彼女だが、今はぴたりとフラムに体をくっつけて、かなり上機嫌である。
 忍びない気持ちもあるが、何だかんだでプレゼントは嬉しい。
 そんな乙女心であった。
 喜んでくれるミルキットを見て、フラムも上機嫌である。
 二人は歩きながら、時折視線を絡ませては、甘く微笑みあっていた。
 すると、そんなフラムの足元に、茶色くもこもこした生物が近づく――

「にゃうんっ!」

 そしてそいつは、猫っぽい鳴き声とともに、肉球でぺたりと足に触れた。
 フラムの視線が下を向く。
 プチアンズーが、つぶらな瞳でこちらを見ていた。

「あぁっ、フラム様ごめんなさーい!」

 飼い主らしき女性は駆け寄ると、慌ててそのアンズーを抱き上げた。
 アンズーはなおもフラムに触りたいのか、飼い主の腕の中でばたばたと前脚を動かしている。

「にゃんっ! にゃーんっ!」
「こらっ、勝手に離れちゃだめって言ったじゃないの」
「にゃう……」
「本当にごめんなさい、フラム様」
「い、いえ、構いません。かわいい……子、ですね……」
「ありがとうございます。ふふふ、フラム様に褒めてもらってよかったわねー」
「にゃーん」
「デートを邪魔してしまって申し訳ありません、それではっ」

 再び慌ただしく去っていく女性。
 フラムは笑顔を顔に貼り付けて手を振っていたが――近くで見つめるミルキットは、その顔が青ざめていることに気づいていた。



◇◇◇



 その日の夕食後、食後の片付けを終えると、フラムはダイニングでくつろぐエターナの前に座った。
 ミルキットは、フラムの表情で深刻な相談だと察したのか、一足先に部屋に戻っている。
 またインクは、一緒に二階に上がろうとするキリルとショコラに近づくと、

「さっきの続きしよーよっ」

 と、後ろから抱きつくように誘った。
 “さっきの続き”とは、食前に三人でボードゲームに興じていた件のことである。
 
「いいのかなぁ、インクちゃん。またまた私が圧倒的な運で勝利しちゃうと思うんだけど」
「確かにさっきはショコラが勝ったけど」
「あと少し続けてれば私が勝ってた」
「そういうのは負け惜しみって言うんですよ、二人とも」
「私が勝ってた」
「うふふふ、先輩ってば意地になっちゃってまあ。どうせ続けても私が勝つだけだと思いますケドぉ」
「それをはっきりさせるため、二回戦目にゴー!」

 キリルとショコラの背中をぐいぐい押して、インクは二階に向かう。
 これで、一階に残ったのはフラムとエターナだけ。
 相談するための環境は整ったというわけだ。

「珍しいね、フラムがわたしにだけ話したいことがあるなんて」
「みんなには……言いにくいことなんです」

 深刻な表情を見せるフラム。
 そのただならぬ空気に、エターナも気持ちを引き締める。

「まさか、フラムでも対処できないような危機が迫ってる?」
「むしろ、私だからこそ対処できないといいますか」
「……どういうこと?」
「今、コンシリアで増殖してる“アレ”のことです」
「アレ?」

 エターナはピンとこない様子である。
 しかし“増殖”という単語を聞くと、安穏とはできない。

「ここ最近は特に、爆発的に増えてます。ミルキットやインクも好きみたいですし、むしろ苦手な私が少数派なんですけど、さすがに多すぎて……どうにかできないかと、エターナさんに相談した次第なんですが」
「待って待って、何の話か見えてこない。まず、アレって何? コンシリアに増えてる?」
「はい、すっごく増えてます。あの、茶色くて、もこもこした……」
「まさか……アンズー?」
「それですッ!」

 食い気味にフラムは声をあげた。

「最近、すっごく増えてるじゃないですか。小型の新種が発見されたとかで、みんなこぞってペットにして! あの羽根が生えた、茶色いモンスターが、街中にあふれるように……!」
「確かに。でもわたしは可愛いと思う」
「どこがですかッ!?」
「えっ……茶色くて、もこもこして、人懐っこいところとか……インクとも、『飼うのは大変だけどふれあいたい』って話をしてたところで……」
「お……お……」
「お?」
「恐ろしい……!」
「えー……」

 フラムらしからぬその反応に、戸惑いを隠せないエターナ。

「もしかしてフラム、プチアンズーのことが苦手なの?」
「だって、アンズーですよ」
「獅子型キマイラとか戦ってなかったけ」
「戦いましたね」
「この前は、大量のアンズーを吹き飛ばしたとも聞いた」
「吹き飛ばしましたね」
「わたしと出会う前も、単独でアンズーとやりあったはず」
「やりあいましたね」
「……なら平気なんじゃ」
「だからですよぉ!」

 勢いよく立ち上がったフラムは、当時のことを思い出しながら矢継早に語る。

「初めてアンズーと戦ったとき、私はいきなり手足を吹き飛ばされました! あの頃は痛みを軽減するエンチャントもなかったから、それはもう痛くて痛くて、何より自分の体が化け物みたいに元に戻っていくのを見て、それはもう乙女として大きなショックを受けたものです!」
「そうだったんだ……」
「そりゃそうですよ! だって私、十六歳の女の子なんですよ!? 普通、自分の内臓がどばーっと飛び出てるのとか見たら気絶しますって!」
「でも、してなかったよね?」
「それはこう、何ていうんですかね、戦わなきゃ生き残れないというか、戦った先にしか幸せはないって自分に言い聞かせてたからで、今の腑抜けた私にはとてもしんどいんです!」
「自分で言うんだ……」
「だって腑抜けられるのは、戦いで生き残ったご褒美みたいなもんじゃないですか!」
「なるほど、そういう考え方もあるかもしれない」
「んでですね、この前のキリルちゃんの傷とかも、正直、すごく見てて体中がむず痒くなるというか、似たような痛みを味わったことがあるだけに、胃がきゅーっと締め付けられてですね……」
「まあ、それはよくわかる。わたしもそういう傷を見たときは、自分の体の同じ場所がうずいたりするから。でも、それとプチアンズーが苦手なことにどう関係が?」
「関係しかないじゃないですか! アンズーですよ、アンズー!」

 熱弁するフラムに対し、エターナは置いてけぼり気味であった。
 確かにアンズーだ。
 しかしプチアンズーは、あの獰猛なモンスターの姿が連想できないほど別物である。
 かわいい。
 愛らしい。
 そんな感想しか浮かんでこない。
 それともフラムには、エターナとは違う姿が見えているのだろうか。

「エターナさんが考えることも、理解してます。別物だって、私も自分に言い聞かせてたんですよ」

 少し気持ちが落ち着いたのか、フラムは椅子に座り直し、話を続ける。

「実際、遠くから騎士剣術キャバリエアーツで薙ぎ払ったり、誰かが身の危険を感じているときに戦う分には問題ないんです。でも今のコンシリアは違う。アンズーが、日常に、馴染もうとしている……それが私には耐えられなくって……!」
「そっか……フラムの根底には、アンズーへの恐怖が刻まれている。力で対抗できる間は問題にならないけど、手出しできない状況での共存は、恐怖を誤魔化せないから難しい、と……」
「プチアンズーに罪はないとわかっています。ですが……」

 エターナは「ふむぅ」と顎に手を当て、考え込む。

「つまりフラムは、アンズーへの恐怖心をどうにかできないか、わたしに相談したいってこと?」
「そうです!」
「わたしに相談するってことは……」
「薬でどうにかできませんか?」
「フラム、それはさすがに手順を飛ばしすぎだと思う」

 記憶を飛ばす薬や人の感情を操る薬なんてヤバいどころの話ではない。
 自分の手足をふっとばして戦ってきた反動か、発想が突飛すぎやしないだろうか。

「飛ばしてないんですよ。実は、コンシリアに戻ってきて、ペットとして飼われてるアンズーを見かけてからずっと悩んできました……」
「思ったより根が深かった」
「自分なりに、色んな方法を試してきたつもりです。アンズーのぬいぐるみを買ったり、アンズーの写真集を買ったり、アンズーラッピング列車に乗ったり、ミルキットとアンズーランチを食べに行ったり! でもダメなんです! 本当はミルキットと一緒に『かわいい~』とか『もふもふ~』って言いながら女の子らしく楽しみを共有したいのに! 逆に『コンシリアには何でこんなにアンズー関連の商品が多いの?』という怒りにも似た疑問にたどり着いてしまって、素直に楽しめない!」
「本当にがんばってる……」
「あとは、本物のアンズーと触れ合おうと、コンシリアの外にある森に出かけていって、あえて素手でアンズーを撫でてみたりもしました」
「どうなったの?」
「噛みつかれ、爪で引っかかれ、風魔法で体を細切れにされそうになりましたが余裕で無傷だったので、アンズーが負けを認めてひれ伏しました……」
「一件落着……?」
「ではありませんよっ! 根本的な問題が解決しないんですから!」

 そこまでもしても恐怖が消えないとは。
 やはり魂喰いを手にして二番目に戦った相手、というのが大きいのだろう。
 根源的恐怖とでも呼ぶべきか――もはやアンズーへの恐怖が、心の奥底に刻まれてしまっているのだ。

 エターナは考える。
 どこからどう聞いても笑い話にしか思えないが、だからこそフラムは悩んでいるのだ。
 本人は本気で苦しんでいる。
 ミルキットではなく、真っ先にエターナに相談するほど追い詰められている。
 フラムのためにどうにかしたい。
 もちろん、薬の力など借りずに。

「……一つだけ、特効薬があるかもしれない」
「本当ですかっ!?」
「少し時間がほしい。準備が出来次第、実行に移す」
「わかりました、よろしくおねがいしますっ!」

 フラムはそう言って、深々と頭を下げた。



◇◇◇



 翌日の昼間――フラム、キリル、ショコラの三人は仕事に出かけており、家にいるのはエターナ、インク、そしてミルキットだけであった。
 ミルキットは外で鼻歌を歌いながら、真っ白なシーツを干している。
 それが終わり、家の中に戻ってくると、

「ミルキット、大切な話がある」

 インクに背中から抱きつかれたエターナが、彼女を部屋まで呼び出した。
 背中のインクを引きずったまま、ミルキットの前を歩くエターナ。
 どうやらインクは、現在甘えたいモードのようだ。
 彼女は日中、エターナが在宅の仕事をしているとき、よくこの状態になる。
 エターナ曰く、『必要な時にはちゃんと仕事を手伝ってくれるから構わない』らしい。

(エターナさんは否定しますけど、お二人の距離って着実に縮まってますよね……)

 前を歩く二人を見ながら、そんなことを思うミルキット。
 そしてエターナの部屋に入ると、彼女は椅子に腰掛け、真剣な表情で話を切り出した。

「昨日、フラムに相談を受けた」
「やっぱり……」
「その反応、フラムの悩み事を知ってるように見える」
「心当たりはあります。プチアンズーのことですよね」

 誰よりもフラムの近くにいるのがミルキットだ。
 伴侶の表情の変化に気づかない彼女ではない。

「以前から、ご主人様が苦手にしていることは知っていました。ですが、最近は特にコンシリアでも数が増えてきて、見かける頻度も多くなってきたので……」

 一時期は野生種の乱獲も心配されたプチアンズー。
 だが王国が早くに動き、すでに生息場所が保護区域に指定されているため、その心配はない。
 しかしコンシリアではプチアンズーが増え続けている。
 それは彼らの繁殖力の高さが原因だった。
 小さい体に見合わず、一度で十匹近くの子供を産むため、最近では去勢させる飼い主が急増している。
 
「そして耐えかねたフラムは、わたしに薬を使って苦手を克服できないか聞いてきた」
「そこまでご主人様が悩んでいたなんて……」
「ミルキットと一緒にアンズーのかわいさを共有したいと言っていた」
「ご主人様……うぅっ、そんな、私のために……」

 思わず口元を押さえ、涙ぐむミルキット。
 フラムの悩みを解決することは、ミルキットを苦しみから解放することにもつながる。
 冷静に考えると涙ぐむほど大げさなことでも無い気がしているエターナだが、この二人に関してそんなことを考えても無駄なので、深く考えようにしながら話を続けた。

「問題は、フラムがアンズーと戦ったのが、ミルキットと出会って間もなくということ」
「早いと何の問題があるのー?」

 エターナにぐでーっと抱きついたまま、インクは問いかける。

「フラム自身、今はもうアンズーに負けることなんて無いと理解しているはず。でも頭で理解しても、恐怖を消すことができない。それを“上書き”するためには、より根源的な感情を、フラムがアンズーに持つイメージを結びつける必要がある」
「……よくわかんないね」
「ごめんなさい、私もインクさんと同じです」
「ミルキットがやることはそう難しくない――」

 そしてエターナは、ミルキットにその“方法”を話した。
 聞かされたミルキットは目を見開き、「まさかそんな方法があるなんて!」と驚愕する。
 一方でインクは「ほえー、そんなやり方でいいの?」と呑気な様子である。
 ちなみに大真面目に語るエターナは、『どうして私はこんなことを真剣に話しているんだろう』、『これまたわたしが二人のあれこれに何故か巻き込まれるパターンでは?』などと考えていたが、今はひとまず頭の隅っこへと追いやっておいた。

「……わかりました」

 全ての話が終わると、ミルキットは神妙に頷く。

「ですがエターナさん、その方法を使えば……ご主人様は“獣”になってしまいますが、本当にそれでいいんですか?」
「獣? ん……ああ……そういう……う、うん、まあ……」

 ミルキットの言葉の意図に気づき、顔を赤く染めるエターナ。
 抱きつくインクは、ニヤニヤと笑いながら、そんな彼女の両頬に手を当てた。

「エターナって初心だよねえ。ねえミルキット、知ってる? あたしたちもう付き合ってるのに、まだおはようのキスも許してくれないんだよ?」
「インク、余計なことを言わない」
「ええぇっ! おはようのキスは最低十回するものじゃないんですか!?」
「ほえー、格が違う……」
「そこで挑むだけ無駄。というかインク、お……おはようのキスに関しては、わたしは構わないと言っている」

 話しながら、さらに赤らむエターナの顔。
 一方でインクの顔も、心なしか紅潮している。

「今日の朝だって、一応、わたしからやろうとした」
「あれはっ、エターナがあたしが寝てる間にしようとするから! 起きたらエターナの顔が目の前にあって、びっくりしたのっ」
「寝顔を見てたら、可愛くてつい……」
「なにそれ……なにそれなにそれなにそれーっ! 恥ずかしいんだけどーっ!」

 ぽかぽかとエターナの背中を叩くインク。
 そんな二人を見て、ミルキットはなぜか驚いている。
 
「えっ、起きて恋人の顔が目の前にあったら、そのまま何十回も唇を重ねて抱き合うのが普通じゃないんですか?」
「それはミルキットのところだけだから! あたしは、起きてればいつだっていいし、何だったら、その先だって構わないと思ってるけど……」
「とか言いながら、実は初心なのはインクのほうだと思う」
「どこがさぁ! あたしはいつだって積極的に、エターナさえ求めてくれれば何をやったっていいと……思ってるよ……まだできてないけど」
「でも二人でお風呂に入ったとき、のぼせたとか言ってインクはさっさと上がってしまった」
「あれはっ、あたしはもう十分ぐらい湯船に浸かってたから本当にのぼせただけでぇ……」
「えっ、一緒にお風呂に入ったらあれやこれやで二時間以上は出てこないものじゃないんですか?」
「ミルキットが入ってくるとインフレ起こすからやめてほしい」
「……ごめんなさい」

 しょんぼりとうつむくミルキット。
 エターナはため息をついて、頬の熱を冷ます。

「話を戻す。フラムが獣になるかもしれないっていう話だけど……確かにありえる。でも、それぐらいやって初めて克服できるものだと思うから」
「それで本当に、ご主人様はアンズー恐怖症を乗り越えられるんでしょうか」
「こればっかりはフラム次第としか言えない。でも必ずやれると信じてる。頑張れミルキット」
「はい。私、ご主人様のためにできることなら、何だってやりたいと思ってますから。必ずこのミッション、成功させてみせます!」

 意気込むミルキットは、勢いよく椅子から立ち上がると、

「それでは早速、魔王城に乗り込んできますね!」

 鼻息荒く、そう宣言して部屋を出ていった。

「何で魔王城に……?」

 首を傾げるエターナ。
 特に魔王城に向かってほしいと言ったつもりは無いのだが、ミルキットのあの勢いを見るに、“目的”を果たすために必要なものがそこにあると確信しているようだ。
 彼女が井戸端会議で手に入れてくるコンシリアのローカル情報もなかなか侮れない。
 エターナでも知らないような“何か”を知っているのだろう。

「ねえ、エターナ」

 ミルキットもいなくなり、二人きりになった部屋。
 インクはエターナにしなだれかかるように抱きつくと、その耳元で、顔を真っ赤にしたままささやく。

「あたしがキスしなかった理由はね、別に……嫌とかじゃ、ないから……」
「それはわかってる」
「ほら、エターナさ、最近キスは最低でも一日一回するって決めたじゃん?」
「うん。そうでもしないと、恋人らしいことあまりしなさそうだから」
「でも、何となく一回しかしないじゃん?」
「……確かに」
「だから、それで朝やっちゃったら、もうその日はキスできないのかな、って……思っちゃって」

 一度は落ち着いたエターナだったが、再び体の真ん中あたりから熱がこみ上げてきて、顔が紅に染まりだす。

「わたしは、何回でもしたい」

 しかしインクはそれ以上に、茹だったように真っ赤だった。

「あたしも、何回だって、したい」

 それでも二人は止まらない。
 インクは身を乗り出すように、横向きで唇を近づける。
 エターナはその動きに合わせるように、顔の向きを変える。
 そして二人は、唇を重ねた。
 軽く数秒間合わせるだけだったが――離れた瞬間、『ほぅ』と熱い吐息が漏れる。

「今のが一回目。今日はあと何回キスする?」

 インクは前に回り込み、今度はエターナの前から首まわりに腕を絡めると、目をとろんとさせて言った。

「数えないでいいよ。数えられないぐらい、たくさんしたいから」

 その表情で、不覚にもエターナは、インクの成長を実感してしまった。
 最初に出会った時は、まだ十歳の女の子だったのに――と。
 まあしかし、そんな顔を見せられて、初心なエターナにしみじみと感慨に浸る余裕などないわけで。
 外見通り、十代の少女のように胸を高鳴らせながら、寄りかかるインクの重みを優しく抱きとめた。



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