「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

137 フタリキリ

 




 フラムは今日も、ミルキットが作ってくれた弁当を手に家を出る。
 冒険者としての活動を本格的に始めたのだ。
 エターナの作る薬品の収入だけでも余裕で暮らせるのだが、やはり家主として、家にお金を入れないのは居心地が悪い。
 ミルキットは、今までのように常に一緒にいられないことを嘆き――というか思いっきり『働かないでもいいのでずっと一緒にいませんか?』と誘われたが、強い心で断った。
 ……いや、実は誘惑に負けて一週間ほど活動開始を延期したりもしたのだが。
 しかし、それからかれこれ二週間――今ではすっかり、戦闘の感覚を取り戻し、日々順調に依頼をこなすフラムであった。

「じゃあいってくるね」
「あ、待ってください」

 ミルキットはギルドに向かおうとするフラムに駆け寄ると、その髪の毛に触れた。
 そして手櫛で寝癖をなおす。

「これでよし、ですっ」
「うわ、気づいてなかった。また受付嬢のお姉さんに笑われるところだったよ」
「笑うなんて失礼な方ですね。ご主人様は寝癖だって素敵なのに」
「それは言い過ぎ。でも嬉しい」
「んっ……」

 当たり前のようにミルキットを抱き寄せ、フラムはキスを交わす。
 通り過ぎる人々も、もはや二人のそんなやり取りに驚くこともない。
 すでに日常風景としてなじみつつあった。

「んじゃ今度こそ、いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ」

 最愛の人に見送られ、仕事場に向かうフラム。
 この瞬間、彼女はミルキットと本物の夫婦になったかのような感覚で胸がいっぱいになる。
 二人は気持ちの上ではとっくに夫婦だが、王国の制度上、同性同士の結婚は許可されていない。
 もっとも、ミルキットの場合は特例として戸籍上でもミルキット・アプリコットになっているものの、その間柄は夫婦になっているわけではなかった。
 しかしそんなことは関係ない。
 他人に聞かれれば二人は堂々と互いに相手を伴侶だと紹介するだろうし、実家でもそういうふうに両親に伝えるつもりだった。

 西区のギルドに到着すると、イーラではなく、眼鏡をかけた知的な女性がフラムを迎える。
 彼女はメイア・ルナメリア、二十八歳。
 元軍人でオティーリエのライバルだった――と聞いたときは、『またやばそうなやつが出てきたぞ』と身構えたものだが、思ったよりもまともな人である。
 六年前に怪我をして退役してからは、中央区のギルド本部で働いていたらしいが、西区ギルドが再編するにあたって事務員として異動してきたらしい。
 冒険者として活動するフラムは、よく彼女のお世話になっている。

「お待ちしておりました」

 厄介な依頼があるとき、メイアは決まってフラムにそう言う。
 現在、フラムの冒険者ランクはS。
 帰還前はDランクだったのだが、王の――というかイーラが強引に特例でSランクにしてしまったのだ。

『冒険者として活動するんなら、せっかくだから他の連中じゃ手も足も出ないような依頼をこなしなさいよ。もちろんお金は弾むわよ』

 王妃としては、一国の軍隊よりも遥か強い力を持つフラムを活用しない手はない。
 しかも、大陸の端から端まで一時間もかからずに移動できてしまうのだ。
 そんな彼女が国内で起きる問題に対処してくれるのあれば、これほどに頼もしい存在は他に無いだろう。

「本日のフラム様向けの依頼ランクはSです」
「知ってる」
「依頼主はシートゥム様、依頼内容はセレイド跡地の調査及びモンスターの討伐」
「……魔王じきじきに、あの場所の調査を?」
「どちらかと言うと、討伐メインのようですが」

 オリジン消滅時、魔王城ごとセレイドも消滅し、クレーターになった。
 その後、セレイド跡地は禁足地として誰も足を踏み入れないことになっていたのだが――噂によると、すでに野生のモンスターたちが独自の生態系を作りはじめていると聞いている。

「先日の魔族の探索チームによる調査の結果、未確認のモンスターが数体発見されたとのことです。環境に適応したキマイラの可能性もあるとのこと」

 顔をしかめるフラム。
 それもまた、冒険者としての活動を始めてから聞かされていた話だった。
 オリジンが消えれば、当然オリジンコアの活動も停止する。
 それに連動してキマイラたちも動きを止めるはずだったのだが――そうはならなかったのだ。
 というのも、キマイラの中には、コアとは別に本来の生物としての心臓を残してある個体もあった。
 主にワイバーンの胴体を使用していた飛竜型に多い特徴だが、そのせいか、まだ活動を継続しているキマイラがいる。
 そうして生き残ったキマイラは、コアの機能停止により弱体化はしたものの、肉体に染み込んだオリジンの力の影響は大きく、相変わらず通常のワイバーンよりも高いステータスを誇っていた。
 だが、シートゥムやツァイオンが動けば、倒せない相手ではない。
 魔族の王として忙しく日々を過ごす中で、時間を作ってはキマイラの目撃情報が出た土地に出向き、討伐を続けていたそうだが――ここで問題が発生した。
 新種が発見されたのだ。
 それはセレイド跡地一帯に漂う、“未確認のエネルギー”を糧に変異した存在であり、以前のキマイラ同様のパワーを持つのだという。
 幸い、クレーター内部から出てくる様子はないようだが、すでに繁殖をはじめており、増えれば人類と魔族の脅威になる可能性は十分に考えられる。

「未確認のエネルギーから生まれた新しいキマイラ……か。どんな力がなのか、まだ魔族の人たちもわかってないんだよね」
「反転したオリジンの力と、元々土地に染み込んでいた魔力が反応を起こした、という見方が有力なようです」
「そんな闇鍋みたいなゲテモノでも餌にしちゃうんだもんな。たくましいというか……あ、ちなみにそれ、人体に影響は無いの?」
「確認されていません。今のところ影響があるのは、ワイバーンだけだと」
「オリジンの力が体に残ってたから、ってわけじゃないんだ」
「それでしたらフラム様も危険ですので」

 そりゃそうだ、と納得するフラム。
 しかし、まだそのほうがよかったかもしれない。
 ワイバーンは強力なモンスターだが、大陸の山岳地帯ではそれなりに数がいる。
 今回はたまたま数少ないキマイラが影響を受けて変異したが、もしも通常のワイバーンが群れでそこに住み着くようなことがあれば、脅威は一気に増すだろう。

「その依頼ってさ、調査と討伐だけ?」
「今のところはそうとしか聞いていませんが」
「魔族や……王様からでもいいんだけど、その場にあるエネルギーを利用して活用しよう、なんてプランは出てないかな」
「人々はオリジンの恐怖を忘れてはいません。そんなことを言い出す愚か者は、今の王国ではすぐに潰されます」
「なら、その場に残った力ごと全部消しちゃってもいいんだよね?」

 メイアはぽかんとしている。
 まだ形も掴めていない、未確認のエネルギーだという話をしているのに、そう簡単に消せるはずない。
 しかしフラムにはそのための方法があった。

「可能なら……構わないとは思いますが。むしろ懸念も消えて、依頼主は喜ばれるのではないでしょうか」
「オーケー、じゃあそういうことで。ちょっくら行ってくる」

 まるで散歩に出かけるかのような軽い口調でそう言い放つと、フラムはギルドを出ていった。
 彼女の出ていった扉を、メイアはじっと見つめる。

「……他の英雄たちと違ってさほど迫力は無いのに、あれで依頼はきっちりこなすんですよね。不思議な人です」

 付き合いは短いが、その異常な力を嫌というほど思い知らされている。
 ある日は大量発生したアンズーを剣の一振りで吹き飛ばし、ある日は大陸の西端で現れたドラゴンを討伐した上に温泉を満喫して日帰りで戻ってきたり、またある日はテロ組織の起こした誘拐事件を力ずくでほんの数分もかからず解決してみたり。
 ジョーカーというよりは、ワイルドカード。
 とりあえず困ったことがあったらフラム・アプリコットを使っておけ……そんな状況であった。



 ◇◇◇



 フラムは自分の足でセレイドに向かい、そして目の前のクレーターを見下ろした。
 街も、あのおぞましい化物の形跡も一切残っておらず、あるのは雪がつもり、見慣れぬ植物が茂るくぼみだけ。
 その中央には、報告どおり、確かにキマイラの姿があった。
 だが以前のように渦巻いてはおらず、八本の手足に四枚の羽、そして脳が肥大化した頭部に――と、オリジンのセンスとは別方向でイカれている。
 久しくそういった化物を見ていなかったフラムは、思わず手で口を押さえた。

「うえぇ……またあんなのの相手をしなくちゃなんないのかぁ」

 できれば一生会いたくはなかったのだが。
 しかし、シートゥムが直接出した依頼なだけあって、報酬は破格である。
 これが終われば、ひとまず目標額・・・には達するはず。
 帰りたい気持ちをぐっと抑え、クレーターを滑り降りようとしたフラムだったが――そのとき、キマイラが彼女の存在に気づいた。
 視線と殺気が向けられ、化物は「グエェェェエッ!」と汚い鳴き声を響かせる。
 距離からしてその声は微かに聞こえる程度であったが、威嚇の意図があるのは明らかだった。

「普通に生き物っぽい仕草だ……ちゃんと自意識はあるみたい」

 それだけで、オリジンに操られていた頃よりはマシだ。
 だが奇妙なことに、そいつは鳴くばかりで攻撃は仕掛けてこない。
 ワイバーンと同種ならば、縄張りに入ってきた敵には容赦なく襲いかかるはずなのだが。

「様子を見てみますか……」

 フラムは神喰らいを抜いた。
 そして軽く真横になぎ払い、キマイラに当たらないよう剣気を放つ。
 ズオオォォォオォンッ――クレーターに巨大な傷が刻まれ、地面がぐらぐらと揺れる。
 命中せずとも、ここまで縄張りを荒らされれば、竜種としてのプライドが許さないはず。
 するとキマイラは四枚羽で羽ばたき、空高く舞い上がった。
 そしてフラムと同じ高さまでやってくると、「グエェェェッ!」と再び鳴きながら突っ込んでくる。

「よし、来た来たっ」

 巨大な剣を構え、敵を待ち受けるフラム。
 だが――交錯する直前、キマイラはぴたりと動きを止めた。

「……ありゃ?」

 そしてまた、「グエェェェッ!」と鳴く。
 今度は近いのでよく聞こえたが、それだけである。
 なぜかキマイラは頑なに、フラムに近付こうとしない。

「いや……近づかないんじゃなくて、近づけないのかな」

 化物の動きを見て、彼女はそう判断した。
 つまりフラムの手前で止まったのではなく――クレーターから出ないように止まった可能性がある。
 そのとき、頭に一つの可能性が浮かび上がった。

 フラムは落ちるギリギリの縁に経つと、手を前に突き出した。
 内側と外側では、明らかに空気が異なる。
 これが魔族たちが見つけた未確認のエネルギーなのだろう。
 確かに魔力に似ているが、一方でオリジンの不快さに似たようなものも感じられる。
 残してはならないものだ。
 フラムは直感的にそう判断し、手のひらに魔力を満たした。

消え去れリヴァーサル

 元より不可視のエネルギーに対する干渉だ。
 音も、視覚的な変化もなく、しかし確実にフラムの魔力はクレーター全体に広がっていった。
 そして、その場に満ちる異物を、理屈や物理法則を無視して、無条件に消滅させる。

「グ、グギャッ、グゲエェェェェエッ!」

 すると、キマイラは苦しげな声をあげながら、地面に落下していく。
 そいつは落ちてもなお、転がりながら悶え続けた。

「作り変えられた体を維持するために、ここに残ったエネルギーを利用した個体、か。コアが力をなくした今となっては、教会の被害者でもあるのかな」

 人間で言うのなら、窒息して苦しんでいる状態。
 少しかわいそうに思えたので、フラムは剣を振るい、その肉体を消し飛ばした。
 人はモンスターを狩って生きる。
 モンスターだって人を殺すことがある。
 だからそこに罪悪感が生じる必要性などないはずなのだが、今回ばかりは感傷的にならざるをえない。
 戦いが終わってから、フラムがこの場所に来るのは初めてなのだから。

「あんまり長居する場所でもないかな。これで住んでたキマイラは全部死んだはずだし、依頼は完了ってことで」

 ここで命を落とした者を弔うにしても、彼らが眠っているのはコンシリアの霊廟だ。
 セレイド跡地ではない。
 フラムはクレーターに背中を向けると、報告を済ませるべくギルドへと戻った。



 ◇◇◇



「……はぁ」

 自宅でフラムの帰りを待つミルキットは、大きなためいきをつく。

「ご主人様がいない時間がこんなに辛いなんて……」

 彼女は机に突っ伏すと、そうぼやいた。
 四年間は耐えてきたはずなのだが、いざそのぬくもりを思い出してしまうと、今では一日ですら耐えられない。
 その気になれば生活費ぐらいいくらでも稼げるのだから、できればずっと一緒に居てほしい――さすがにわがままが過ぎる自覚はあるが、そう思わずにはいられない。

「だって昨日より大好きなんです。きっと明日は今日より好きで、だから毎日どんどん寂しくなっていくんです」

 朝起きて隣にあるのは無防備な寝顔。
 好き。
 体を揺らして起こしたときの、寝ぼけ眼でぼんやりした顔。
 好き。
 おはようのキス。
 大好き。
 朝ごはんを一緒に作るのも、おいしいおいしいと褒めてくれるのも、全部好き。
 とにかく、フラムと過ごす時間には“好き”しかなくて……しかし考えようによっては、外に働きに出て、自分たちのためにお金を稼いでくれる彼女のことも、“好き”なのだ。

「でも……」

 触れ合って、愛してると言ってくれるその時間が、一番好き。
 だからミルキットは、まだ早すぎると知りながらも、『今すぐ帰ってきて抱きしめてほしい』――そう願ってしまうのだ。
 そしてタチが悪いことに、フラムはたまに、それを本当に叶えてしまうのである。

「ただいまー!」

 一階玄関から声がする。

「ご主人様っ!」

 ミルキットはがばっと立ち上がると、階段を駆け下りてフラムのもとに向かった。
 大急ぎでやってきた嫁を前にして彼女は――

「おかえりなさ……ふがっ!?」

 愛しさ余って、言葉の途中でこらえきれずに抱きしめる。
 急なハグに最初は驚くミルキットだったが、すぐに体から力を抜いて、身を任せた。
 体を包む、太陽のような温かさ。
 さっきまでのちょっとした不安なんて、これさえあれば簡単に吹き飛んでしまう。

「うあー、やっぱりミルキットのそばが一番心が休まるぅ……」

 フラムが強引にミルキットを抱き寄せるときは、決まって体力的に疲れているか、ストレスが溜まっているかのどちらかだ。
 今回の場合は後者だろう。
 精神状態が健全であればあるほど、ああいった化物の相手は疲れるものである。

 それはさておき、ミルキットの表情はすっかりとろけ、まるで甘えざかりの猫のようにフラムの胸に頬を擦り付けていた。
 エターナあたりに『飽きないのか』と呆れられそうだが、本当に飽きないのだからしょうがない。
 きっとどんなに年老いたって、胸にあふれるこの気持ちが落ち着くことなんてないだろう。

「大好きです、ご主人様」

 ついに触れるだけでは我慢できず、言葉にまで出てしまう。
 ありふれた、数え切れないほど繰り返してきた言葉だ。
 けれど何度言ったって足りない。
 フラムも、何回聞いたって、毎度胸が締め付けられて、愛おしさが爆発しそうになる。
 抱き寄せる腕の力が強まり、さらに二人は体を密着させた。
 ミルキットはそのまま主の胸に顔を埋めて、幸せを噛みしめるのだった。



 ◇◇◇



 “おかえりのハグ”を終えた二人は、ダイニングへと移動。
 ミルキットは温かいお茶を淹れ、フラムと向かい合って座った。

「今日の依頼ね、シートゥムちゃんから頼まれたやつだったんだけど」
「珍しいですね、魔族なら魔族の力だけでだいたいのことは解決できるのに」
「オリジン絡みだったからね」

 一気に不安そうな顔をするミルキット。

「まあ、ちゃっちゃと消して終わらせたから、もう大丈夫」
「それならいいんですが……」
「問題はそこじゃないの。さすが魔王様の依頼だけあって、報酬もなかなかだったからさ、そろそろ里帰りでもしようかな、と思って」
「里帰りですか。パトリアですよね」
「そうそう。手紙は送ったけど、両親や友達と顔を見て話したいし」

 手紙の中でフラムの両親は何度もコンシリアに来たがっていたようだが、なかなか馬車の都合がつかないと書いてあった。
 それだけ人の往来が増えているということで、数が足りないのはもちろん、単価も高くなっているらしい。
 もっとも、数ヶ月前に予約をしておけば、それなりの値段で足を確保できないわけでもないのだが――いかんせん、フラムの帰還は急すぎた。
 だが、彼女の目的は、ただ単に顔を見せるためだけではない。

「あとは、ミルキットの紹介もしたいから。私のお嫁さんです、ってね」
「ついに来たんですね、このときが」

 覚悟していたものの、いざ具体的な日程が見えてくると、緊張せずにはいられない。
 両親へのご挨拶――それは愛し合う二人にとって、避けては通れぬイベントだった。
 フラムは、そういう相手がいることを手紙の中でほのめかしてはいるのだが、それがよもや顔を包帯でぐるぐる巻きにしたメイド服の少女だとは思うまい。

「やはり、あれを言うべきなんでしょうか」
「あれ?」
「お嬢さんを、私にくださいというやつです」

 お決まりのセリフである。
 だが、ミルキットが言うとなると、違和感が拭えない。

「あ、でも、もらわれるのは私のほうですよね。この場合……『お嬢さんにもらわれてもいいでしょうか?』とかですかね」
「それ、もうなんの話だか伝わらないと思う。普通でいいんだって、私が『この子をお嫁さんにもらいました』って言って、ミルキットが『もらわれました』って言ったらそれでおしまい」
「ご両親、それで納得されますかね?」
「うーん……最初は戸惑うかもしれないけど、大丈夫。うちの両親、優しいから」

 そこに関して、ミルキットは一切心配していなかった。
 なにせ、このフラムを産み育ててきた人たちなのだ。
 そんな両親が優しくないわけがない。
 しかしそれはそれとして――やはり、両親への挨拶とは緊張するものなのだ。

「まあまあそう硬くならず。気持ちはわかるけど、今すぐに行くわけじゃないんだから。それに、馬車だと三日はかかるからね、道中は旅行のつもりで楽しもうよ」
「馬車でいくんですか?」
「さすがにミルキットを例のあれで連れて行くわけにはいかないかな……危ないから」

 例のあれとは、キリルの故郷までいったあの方法である。
 確かに圧倒的に早い上にお金もかけずに済むが、100%ミルキットは空中で気絶するだろうし、なにより情緒が無い。
 別に急ぐ必要はないのだ。
 なんなら三日と言わず、寄り道をして五日ぐらいかけて帰ったっていいぐらいである。

「それもそうですね、耐えられる自信はあんまり無いです。それに、馬車ならずっとご主人様と二人きりでいられますから。それはそれは、素敵な旅になる予感がします」
「でしょでしょ? じゃあ決定ね」
「ですが、馬車は取れるんですか? 今はどこも人手不足で、何ヶ月か待たないと遠方の村までは送ってもらえないと聞いたのですが」
「エターナさんに聞いたら、『英雄が乗るぞ』って言えば、どうとでも融通できるんだって。なんだったら軍から馬車を出してもいいとか」
「そこまでいくと、少々気が引けますね」
「まあ、職権濫用というか、ズルしてる気がしないでもないけど……せっかくだし、たまには立場も利用しないとね」

 式典に参加させられたり、貴族の集まりに連れて行かれたりと、英雄としての振る舞いを要求されることは割と多い。
 しかもそういった行事は、往々にして参加しても報酬はもらえないものだ。
 特に貴族の集まりなど、フラムが最も苦手とする場だというのに。
 義務を果たすことばかり求められ、見返りはゼロ――そんな不公平を埋めるため、多少の権力の行使程度ならば、誰も咎めはしないだろう。

「そんなわけで、数日後にはもう出発すると思うから、準備しとかないとね」
「買い出しにもいかなくてはなりません」
「まだ時間あるし、今日のうちに買い物だけでも済ませちゃう?」
「そうしましょう。まずは必要なものを書き出さないといけませんねっ」

 ミルキットは立ち上がると、軽い足取りでペンを取りに他の部屋に向かった。
 両親への挨拶は緊張するが、それを旅の楽しみが上回っているようだ。
 フラムも、なんの心配もしていない。
 あの両親なら、あの村に住む人々なら、きっとなんだって受け入れてくれる。
 そう確信しているからである。



 ◇◇◇



 数日後、フラムとミルキットは馬車に乗ってパトリアへと経った。
 王国はそれはもう豪華な荷車を用意しようとしたそうだが、もちろんフラムはそれを断り、常識的な――それでも二人乗りにしては大きい――サイズのカーゴで落ち着いたようだ。
 また、キリルもケーキ屋での泊まり込み修行のため、数日間いない。
 家には、エターナとインクの二人だけが残された。





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