「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

125 バイバイ、またね

 




 駆け出すフラム。
 飛び上がった彼女が振るう剣を、キリルも己の剣で受け止める。
 黒と白の刃、その二つが重なったとき――
 ガゴォオオオッ!
 巻き起こる暴風。
 そして、押し負け、地面を滑るキリルのかかと。

「このままァ、押しきるッ!」

 体重とプラーナを込めた重みが、キリルの腕力を越える。
 ガギンッ、と弾かれ、よろめき、戸惑いにうごめく螺旋。

「アルターエゴ」

 隙を見せた本体に変わって、現れた分身が追撃をかけるフラムに迫る。
 勢いに乗る彼女は、鋭い刺突でその顔を吹き飛ばした。
 その間に体勢を持ちなおすキリル。

「バインド」
吹き飛べリヴァーサルッ!」

 フラムの足を拘束する、光の蔓が現れる。
 動きを阻害し、そこに斬りかかろうとしたのだろう。
 だが彼女はそれを読んでいた。
 即座に反転で地面を弾けさせ、蔓ごと掻き消す。
 さらにその爆風を利用して加速、コアがあると思われる腹部に向かって剣先を伸ばす。
 バックステップ、回避。
 着地と同時に前進、「ブレイド」と呟き伸びた剣がフラムの頭を狙う。
 首を傾ける。
 続けて小さな動きでフラムの首を狙う。
 彼女は地面を蹴り、横に飛び込み転がった。
 上から振り下ろされる“ブレイド”。

重力反転リヴァーサルッ!」

 片手で地面を押すと、フラムの体がふわりと浮かび上がる。
 すぐに反転は解除。
 プラーナの壁を空中に生み出し、それを蹴って方向転換。
 同時に神喰らいを気想刃プラーナエッジで補強。
 キリルに接近し、剣を振り下ろす。
 衝突し、砕け散る空想の刃。
 光の粒と、それを反射し煌めく破片が舞い散る中、剥き出しになった刃で二人は打ち合う。

「ふッ!」

 フラムは息を吐くと、両手にぐっと力を込めて後ろに飛び上がる。
 空中でくるりと回りながら着地。
 着地と同時に地面を蹴る。
 なぎ払い。
 キリルは剣で受け止める。
 だがその衝撃に彼女はよろめく。
 フラムは神喰らいを消し、回転。
 遠心力を利用して頭上から、再び剣を異空間より抜いての一刀。
 一方の手で剣を握り、もう一方の篭手で刃を支えガードするキリル。
 圧迫する“重み”に、ずしりと地面が沈む。

「オーラ」

 そんな彼女を中心に、爆発的に衝撃波が広がる。
 軽く吹き飛ばされるフラム。
 彼女はのけぞり転びそうになるも、地面を蹴り上げ、バク転し無事着地。
 地面に剣を突き立てる。
 キリルは足元からせり出す気剣標プラーナグレイブの刃を後ろに飛び避け、なおも墓標のように残るそれを蹴り砕いた。
 舞い散る破片を挟んで、にらみ合う二人。

「はあぁぁぁぁ――!」
「……ッ!」

 振り下ろされる神喰らい。
 漆黒の刃は空気と摩擦し、バチッと雷閃を放つ。
 一方でキリルは剣の先端をフラムに向ける。
 白銀の刃は魔力を満たし、キュイイィ――と光を纏う。

雷気槍レヴィンスティングッ!」
「ブラスター」

 雷と光がぶつかり合う。
 二人の攻撃はこれだけでは終わらない。
 目は閃光のせいで使い物にならないが、気配で相手の位置ぐらいはわかる。
 互いに弓のように肘を引き、そして矢を放つように前に突き出した。

気剣旋槍プラーナスピアぁッ!」
「シューター」

 激突する雷撃と光束の中央を貫く、細く鋭く凝縮された一撃。
 それは二人の中央で正面衝突し、さらにエネルギーが弾ける。
 臨界点を突破した力は、一瞬だけ収縮したかと思うと、あたり一帯に爆風が広がった。
 フラムもキリルも、ひるむこと無くその中に自ら突っ込み、剣を交わらせる。

「アルターエゴ」

 つばぜり合いの最中、現れた分身がフラムの背後に回った。
 彼女は神喰らいを手放すと、体をひねって挟撃を交わす。
 そして分身の腹部に拳を当てると、反転の力が肘のあたりで炸裂。
 ガントレットごと腕を射出し、上空へ吹き飛ばす。
 残る左腕で神喰らいを掴み、キリルの斬撃を受け止めた。
 その間に放った腕は再生し、エピック装備である篭手も戻ってくる。

「まともな打ち合いなら! もうっ、負けないッ!」

 怒涛の連撃を繰り出せば、相手はそれを受け止めるので精一杯だ。
 ステータスで勝っていようと、戦いにおける実力は数字だけで計れるものではない。
 技術や心――あらゆる要素が複雑に絡み合って、結果は導き出される。
 その末にあるのが、現状、近接戦においてキリルはフラムに勝てないという事実であった。
 オリジンとてそれは理解している。
 自分の力がフラムに劣っていることを認めたくはなかったが、優先すべきは、世界で唯一自分を殺すことの出来る彼女の排除。
 合理的に、キリルはミドルレンジ以上での戦いをするしかなかった。

「アクセラレイト」

 彼女は加速し、瞬時にフラムから距離を取る。
 だがフラムもまた、相手がそう出ることを察していた。
 胸に手を当てる。
 心臓が激しく脈を打つ。
 脳に血が巡る。
 視界はぼんやりと赤く染まり、少しだけ自分が誰だかわからなくなりそうになった。
 プラーナが、痛みと共に体に満ちる。

「ううぅぉおおおおおおおおッ!」

 声を張り上げ、その背中を追って彼女もまた加速する。
 フラムは肉体を酷使している分だけ、キリルよりも速い。
 彼女の隣を通り抜け、前に回り込むと、『逃がすものか』と強い意志を込めて神喰らいを叩きつける、叩きつける、叩きつける――!
 修羅のごとき形相で、一切の反撃を許さず打ちのめす。

「……っ!?」

 キリルの手から剣が落ちた。
 彼女の剣もまたエピック装備だ、すぐに粒子となり、呼び出せば手元に戻るが、隙は生じる。
 フラムの放った袈裟斬りが、ガゴンッ! と強固な白銀の鎧を裂いた。
 よろめくキリル。
 距離を取ろうと後ろに飛ぶも、うまく踏み切れない。
 これでは、フラムから逃げることは不可能だ。
 彼女はコアの破壊を避けるため、剣を強く握りしめる。

「もらったぁッ!」

 フラムは前進し、キリルとすれ違うようにして腹部に刃を叩き込んだ。
 剣によるガードごと、押しつぶすように。
 ガゴォッ!
 重量級の一撃が、キリルの体を吹き飛ばす。
 鎧は凹み、もはや使い物にならない状態であった。
 吹き飛ばされるキリルは、剣を地面に突き刺しストッパーにした。
 速度が緩むと両足で着地し、さらに金属のブーツと地面との間に火花を散らしながら減速する。
 ようやく静止した彼女は、鎧を外しインナー姿になるしかなかった。
 だがエピック装備として消失したということは、まだエンチャントは生きているのだろう。
 要するに、実際はスキャンで覗いたステータス以上の差が二人の間にはあるわけだが、もはやそれすらも誤差と呼ぶべきか。
 キリルの体には汗が浮かんでいる。
 追い詰められている証拠だ。

「あと、ひと押しッ!」

 フラムは自分に言い聞かせる。
 彼女もまた、有利に立ち回っているように見えながら、一人で苦痛と戦っていた。
 もっとも、彼女の場合は自滅でもあるのだが。
 気越一閃プラーナルオーバードライヴの負担は、少しずつフラムの体を消耗させている。
 使えたとしても、あと一度か、二度か。
 しかしキリルのガードを突破してコアを破壊するためには、あの奥義が必要となる。
 すなわち、気軽に使えるのはあと一度のみ。
 最後は、確実に仕留められる場面で放たねばならない。

(キリルちゃんの体も限界が近い。あんまりオリジンに使われてると後遺症が残る可能性もあるし、早く決着をつけないと)

 コアとは別の部分で、人としての心臓は動いている。
 コアの破壊後、セーラとシートゥムに即座に治療してもらえれば、命は救えるだろう。
 どちらかと言えば、問題は――

(……今は、考えちゃダメ)

 フラムは首を振った。
 忘れる。
 いや、忘れてはならない、でも忘れなければならない。
 そこにフラムの意志は介在していない。
 果たさなければならない――本当なら投げ捨てて逃げ出してしまいたい、クソッタレな使命があるのだから。

(っていうか私、なんでこんな場所でキリルちゃんと戦ってるんだろ。冷静に考えたら、わけわかんないよね)

 今さらだが、改めて思う。
 世界が滅びるとか、神様が復活するとか、誰が裏切ったとか誰が死んだとか、そんなのとは縁のない世界で生きてきたのに。
 この数ヶ月で、見える景色の全てが変わってしまった。
 転んだだけで涙目になって、幼馴染のマリンやパイルの手を借りて立ち上がるぐらいひ弱だったくせに、世界を救うと言っている。

(でもそれは、たぶん、キリルちゃんも一緒だ)

 彼女だって、まさか自分が化物みたいな姿になって、フラムと戦うとは思っていなかっただろう。

(みんな、一緒だ)

 あれさえいなければ、失わずに済む日常があった。
 少なくとも、それが数万人――いや、過去から遡れば数十億人か。
 それだけの数の命を、奪ってきたのだ。
 やはり、終わらせなければならない。
 英雄が必要ない世界へと、生まれ変わらなければ。
 その役目が自分にしか果たせないと言うのなら――

(と言われてもピンと来ないし、そんな大それたもののために戦いたいとは思わないかな)

 そんなもの、らしくない。
 今の、決着を前にして、感傷的になっている気持ちを引き締めるために必要なものは、そんなものじゃないのだ。

(私は私の悪夢を終わらせる。身近にいる大切な人が笑ってくれれば、私が嬉しい。そんなもんだよ、どんだけ痛くても戦う理由なんて)

 フラムは「ふぅ」と息を吐き出す。
 心臓が痛む。
 肺も焼けたように熱い。
 酸素が体中に行き渡っている気がしない。
 それでも呼吸を繰り返す。
 意識を整え、前を見据える。

 キリルもまた、不利な状況に追い込まれ、踏み込むのをためらっていた。
 剣を構え、タイミングを見計らっている。
 フラムが片手で握っていた神喰らいを中段に構えると、相手の手にも力がこもる。

 風が二人の頬を撫でた。
 金と橙の髪が揺れる。
 限界まで研ぎ澄まされた集中力――それを阻害するように、フラムの耳に“声”が届く。

『フラム』

 彼女はまたオリジンか、と無視しようとしたが、様子がおかしい。

『ねえ、聞こえる? フラム』
「キリル……ちゃん?」
『うん、私だよ。オリジンが、話せって』

 それはオリジンコアによって抑え込まれているはずの、キリルの声であった。
 さすがに動揺するフラム。
 その隙に攻撃を仕掛けてくるかとすぐに気を引き締めたが、相手は動かない。

『もう、いいよ』
「な、なにが?」
『たぶんフラム、私を殺そうと思えば、いつでも殺せるよね? さっきもそうだった。お腹じゃなくて、頭を潰してればそれで終わりだったはずだから』
「そんなことできるわけない! 私がここに来たのは、キリルちゃんを助けるためでもあるんだから!」
『でも……フラムの体は、もう限界だよ』
「それは……」

 いくら考えないようにしたって、誤魔化せるものではない。
 心臓も脳も限界だし、今はその痛みを精神力で押さえ込んでいるだけだ。
 これ以上無理をしなければ、まだ治療次第で元に戻るだろう。
 だが、まだ酷使するというのなら――残るのは、使い物にならなくなった体だけ。

『だから、殺して。これ以上、私のせいでフラムが傷つく姿なんて見たくない!』
「それさ、オリジンに聞いたの?」
『そうだよ、自分を殺すように説得しろって。こんな風になったら、もうどうせ助からないよ』
「はは……そんで、私を動揺させるつもりなわけだ」

 取り合わないフラム。
 キリルはそれでも必死に説得する。

『違うよ、私はただフラムの体を心配して!』
「じゃあ、ちょっと聞いていい?」
『なに、フラム』

 少し間を空けて、フラムは言い放った。

「オリジン、あんたアホなの?」

 直後、地面に剣を突き立て、注ぎ込んだプラーナを爆発させ、キリルに斬りかかる。
 その表情は、氷のように冷たい。
 最初は一瞬だけ驚いたが、普通に考えれば、今、ここで、いかなる理由があろうとも、彼女が声を出せばフラムは心を乱されるのはわかりきった結果だ。
 騙す意図があろうが、本気だろうが、足を引っ張る行為に違いない。
 何より――キリルがもしそれを望むのなら、本当は気が弱い彼女の場合は必ずこう言うだろう。

『ケーキを食べに行く約束、果たせなくてごめん』

 と。
 まあ、しかしそれらは理屈っぽく考えた結果に過ぎない。
 フラムがキリルの説得を一蹴した最大の理由は、勘だ。
 彼女はその声を聞いて、直感したのだ。
 オリジン臭いな・・・・・・・、と。

「そうやって、人の心を弄ぶやり方を、性懲りもなく!」

 繰り出される斬撃を、キリルは的確に受け止める。
 しかし力に押され、じわじわと彼女は後ずさった。

『違うよフラム』
「違わない、なにも違わないッ!」
『フラム』
「黙って」
『フラム!』
「黙ってって言ってるの!」
『フラム! どうして――』

 拒絶を貫き通すフラム。
 すると、キリルの声に別の誰かの声が混ざり、低く濁った。

『私たちの声を聞いてくれないのか』
『贖え』
『捧げよ』
『償いは』
『あなたの命をもってのみ果たされます』

 ギリ、とフラムは歯を鳴らす。
 やはりそうだ。
 キマイラが人間の姿を模したように、そういうのがオリジンのやり口なのだ。
 醜悪で、残酷で、悪趣味で。
 およそ集合意識の選択とは思えない手段。
 だが――このような小賢しい手を使ったということは、それだけオリジンが追い詰められているということでもある。

「せえぇぇりゃああぁぁあッ!」

 気想刃プラーナエッジの巨大な刃が、キリルに襲いかかった。
 彼女はどうにか受け止めるも、完全に威力は殺しきれず、体勢が崩れる。
 フラムは体内のプラーナを一気に外に発した。
 彼女を包む気円陣プラーナスフィアに押し出され、さらによろめくキリル。

「はあぁぁッ!」

 そこに気剣斬プラーナシェーカーの斬撃を飛ばす。
 一発目は体を捻り回避、二発目は剣で受け止め、三発目で剣が弾かれ彼女は武器を失った。
 それが戻る前に、フラムは反転の魔力を込めて気穿槍プラーナスティングを射出。
 コアのある腹部を狙う。

「シールド」

 キリルは魔力の盾でそれを防いだ。
 しかしフラムは攻撃の手を緩めない。
 振り上げた神喰らいの漆黒が、地面を叩く。
 巻き起こる暴風――気剣嵐プラーナストームである。
 キリルのシールドは、まだ持ちこたえる。
 そこに一気に接近し、腕にプラーナを満たす。
 繰り出す怒涛の連撃、気剣連斬プラーナストリームでシールドを粉々に砕いた。
 キリルは後退しながら、ブラスターを射出。
 迫る光束を前に、フラムは素早く剣を十字に切る。
 するとプラーナの盾が生成され、光を虚空へ受け流した。
 なおもブラスターを放とうとするキリルに向けて、フラムは目にも留まらぬ速さで剣を振り、無数の気の刃を放つ気剣乱プラーナクラスターを放つ。
 ザザザザザッ! 相手の足元ギリギリに着弾するフラムの剣技。
 さらに彼女は自らの足元に神喰らいを突き刺し、地面にプラーナを注入。
 風船のように弾けた衝撃で自らを射出する、気吼疾雷斬プラーナアサルトバーストでキリルに最接近する。
 “アクセラレイト”での後退は間に合わず。
 再び剣戟が交わされる。
 するとキリルの白銀の剣が、赤い網・・・に捕らわれた。

虐殺規則ジェノサイドアーツ絡新婦アラーネア!」

 フラムは接近しながら、腕を反転によって内側から裂き、血を流したのだ。

「オーラ」

 キリルはそれを嫌がり、フラムを吹き飛ばした。
 さらに剣を素早く振り、纏わりつく血を消し飛ばす。
 もっとも、それは逃げの一手・・・・・だ。
 状況はキリルが不利になる一方。
 オーラに飛ばされ空中を舞ったフラムは、またもプラーナの壁を蹴って彼女に接近する。
 さらに近づきながら剣を振るう。
 まずは様子見の血蛇咬アングイス
 次に本命の血刃斬ブラッドシェーカー
 いずれもキリルは体を傾け避ける。
 次にフラムは地面に剣を突き立ててからの――気剣標プラーナグレイヴ
 足元よりせり出した刃が、敵を追い詰める。
 しかしそれは命中しないだろう。
 まだ、詰みではない。
 相手が思った通りに動いてくれて、フラムはニヤリと笑みを浮かべる。
 気剣標プラーナグレイヴを避けてたどり着いた先、そこに――同時に、別の攻撃を仕込んでおいたのだ。

「残念、そこはハズレでした」

 足元から現れたのは、三本の赤い刃。
 すなわち、虐殺規則ジェノサイドアーツ潜蛇咬セルペンス
 そのうち一つがキリルの足に、傷を負わせた。
 彼女が人の体を持つ限り、虐殺規則ジェノサイドアーツの毒からは逃げられない。
 明らかに、その動きが鈍った。

(今なら!)

 気越一閃プラーナルオーバードライヴ、今こそその力で決着をつける。
 フラムは胸に手を当てた。

「アルターエゴ」

 すると思うように動けないキリルは、己の分身を作り出す。
 いまさらそんなことをしてどうするというのか。
 確かに作り出した分身は自由に動けるが、その程度で加速したフラムを止められるはずもないというのに。
 だが分身は、彼女を狙うことなく――明後日の方向へ走り出した。

(どういうこと?)

 困惑。
 そしてすぐさま理解する。
 その先にいるのは……戦闘を終えた、エターナたちだ。

『全員は無理でしょう』
『でも一人か』
『二人ぐらいはよ』
『殺せると思います』

 フラムの思考を誘導するように、オリジンが囁きかけてきた。
 だがそれがあろうがなかろうが、フラムには彼女たちを見捨てることなどできない。

「ぐうぅぅぅッ!」

 悔しさと苦悶の入り混じった呻きをあげ、フラムは分身の背中を追って、気越一閃プラーナルオーバードライヴを発動した。
 しかし分身は、まるで“アクセラレイト”を発動しているかのように動きが速い。
 いや、おそらく本体から魔力を分けて実際に使っているのだろう。
 だが速さでは、フラムの方が上。
 その背中に剣が突き立てられ、貫いた先端が胸から飛び出す。
 分身は消滅し、ボロボロの仲間たちと目があった。
 戦えるものだけは臨戦態勢を取っていたが、だからと言ってアルターエゴによる“ブラスター”を止められたかと言えば微妙なところだ。
 ひとまず仲間を助けられたことに、ほっと息を吐き出すフラム。
 すると、セーラが空を指さしながら言った。

「おねーさん、上っす!」

 フラムは見上げる。
 真昼だというのに星が瞬いた。
 “サテライト”だ――いくら今のキリルが弱体化しているとはいえ、その威力は、まだ動けないツァイオンとシートゥムを巻き込むには十分すぎるほどだ。

「くっ……!」

 瞬時の判断が求められた。
 無論、気剣斬プラーナシェーカーなどで止められるものではない。
 気極壁プラーナシールドで防げるはずもない。
 互角の力を、ぶつかるしか無い。
 フラムは空を見上げながら、体をねじり、両手で神喰らいを握りしめた。
 それを見てなにかに気づいたエターナは、手を前にかざし、氷で刃を補強する。
 礼を告げる暇はない。
 だが、一瞬のアイコンタクトだけで互いの思いは十分に伝わった。
 さらに、氷の上から、気想刃プラーナエッジが補強する。
 ツァイオンとシートゥムも手を伸ばす。
 ネイガスもなけなしの魔力を注ぎ、これ以上魔法が使えないセーラは両手を重ね強く祈る。
 光と炎と風と、三人分の闇が、神喰らいに大きな力を与えた。

「ぐぉぉおおおおおおッ――あぁぁぁあああああああああッ!」

 フラムは飛び上がり、巨大な剣を持ったままぐるりと一回転し、手を離す。
 気剣擲プラーナスロワーが、いまだかつて無いほどの力と思いを背負って上昇していく。
 そして墜ちてくる流星とエンカウント。
 上空で、まるで太陽のような光を放ちながら力を散らす。

「はあぁ……ッ!」

 着地したフラムは、大きく息を吐いた。
 サテライトはこれで止まっただろう。
 だが、これで終わりではない。
 現れたキリルの手元には、すでに剣が握られていた。
 一方でフラムは素手のまま。

「アルターエゴ・サウザンドブレイド」

 数十本に増えた剣が、キリルの背後に浮かび上がる。
 そして手を前にかざすと、怪我人を優先的に狙うように弧を描き飛翔する。
 彼女には、すでにそれらの剣でブラスターやサテライトを放つだけの魔力は残っていないのだろう。
 しかし、動けない者を殺すにはそれだけで十分だ。

「セーラちゃんっ!」
「ちぃッ!」

 自分が犠牲になると言わんばかりに、ネイガスがセーラを、ツァイオンはシートゥムを抱きしめる。
 無論、フラムがそのような蛮行を許すはずもなかった。

「やり方が小悪党すぎるでしょうが、あんたはァッ!」

 猛る感情、燃え上がる怒り。
 フラムの背後にも、同数の剣が並ぶ。
 騎士剣術キャバリエアーツ気想剣プラーナブレイド
 彼女も同じように手を前にかざし、その剣たちをキリルの剣に向かって射出した。
 それらは空中で切り結び――フラムの刃が、薄汚れたオリジンの力を打ち砕いていく。
 キリルの声を利用しても、傷一つつけられなかった。
 仲間を狙っても、誰一人として殺せなかった。
 空の光はいつの間にか消え、フラムの手元に神喰らいが戻ってくる。

「……もう、終わりでいいよね」

 形振り構わずに暴れても、結果を残せなかったオリジンに、もはや勝機は無い。
 勝負あり。
 いさぎよく負けを認めて、自発的にコアを吐き出すのならそれでよし。
 だが、オリジンがそのような引き際の良さを持ち合わせているはずもない。
 フラムは柄を肩より高い位置で握り、呪詛に満ちた剣先をキリルに向ける。
 終わりは一瞬で。
 呪いによる腐敗すら残さぬほどの刹那で、コアを破壊する。

 胸に当てられた手。
 心臓が高鳴ると、視界に白い火花が散った。
 膨張する意識の空白。
 意志で自分をつなぎとめる。

(これで……最後)

 そう――正真正銘、最後の気越一閃プラーナルオーバードライヴ
 でなければ、もはや代償は代償では済まないだろう。

 送り出される血液。
 全身に満ちる力。
 それを加速する意識でプラーナへと変換する。
 今のフラムには、一連のプロセスが一秒にも満たない時間の出来事なのか、それとも数分間経過していたのかわからなかった。
 いや、常識的に考えれば一瞬の出来事なのだろうが、それほどまでに時間の感覚すらちぐはぐになっていたのだ。

(ガディオさんもまあ、とんでもない技を教えてくれたもんだよね)

 などと内心苦笑いしつつ、しかし感謝の気持ちは忘れない。
 当然、恨みなどしない。
 これがなければ、たぶんキリルに勝つことはできなかっただろうから。

「づ、ぅッ!」

 足裏が大地を蹴飛ばす。
 浮き上がる体。
 地面すれすれを滑空し、刃で空気を裂きながら前に進む。
 視線の先には、キリルの姿。
 人が認識できる最短時間、その限界値の間に、数メートルの距離を進む。
 人知を超えた感覚を持つキリルにとっても、その姿はもはや離散的・・・としか言いようがない。
 連続的に目で捉えることができないのだ。
 そんな動きに対して、彼女は剣で自らのコアを守るだけで精一杯だった。
 そして、神喰らいの切っ先が、その剣の腹に触れる。
 フラムは急激に減速する。
 落ちた速度分の負荷が、キリルに襲いかかった。
 ゴォウッ!
 人体だけでは受け止めきれず、彼女の背中から“力”が溢れ、直線上に存在する全て――未だ無事だったセレイドの外壁すらも吹き飛ぶ。
 それだけのパワーだ、白銀の刃にかかる負荷も半端なものではない。

「ぐ……オォオオオ……!」

 受け止める腕が限界を迎え、内出血を起こす。
 それだけでは止まらず、ひとりでに裂けて血が溢れ出す。
 さらに指が、次は手首が、その次は腕全体の骨が、みじんに粉砕された。

「ギ……イイィ……! ガアァァァァァアアアアアアアッ!」

 加えて、刃そのものにもヒビが入る。
 王国において国宝として扱われた最高峰の剣が、バラバラに砕け散る。
 もはや、フラムの剣を止めるものは何も存在しない。

『止まらない』

 嘆くオリジン。

『どうしてなの?』

 彼は悟る。

『平和はすぐそこまでやってきていたはずなのに』

 数千年に及び続いてきた彼の支配の時代は終わり、

『どうして僕の望みは叶わないんだ』

 もはや、死は避けられないことを。

 神喰らいがキリルの肌に触れた。
 刃が体内に潜行し、先端が硬い水晶を見つけると、一気に反転の魔力が流れ込む。
 コアの中身は逆回転を始め、生じた負のエネルギーによって水晶は自壊。
 さらに刺突そのものの威力によりキリルの体には穴が空き、コア本体も体外へと排出される。
 それが、彼女を救うのに必要な最小限の傷だ。
 すぐさまフラムは神喰らいを消し、倒れ込むキリルの体を両手で抱いた。
 足元がふらつく。
 散々メガトンクラスの重さをぶつけ合ってきたというのに、戦いが終わった瞬間に人体すら支えきれなくなるとは。
 歯を見せ、苦笑いを浮かべながらも、どうにか安定する。
 そしてキリルの腕を肩にかつぎ、引きずるようにセーラとシートゥムの近くに連れて行った。

「回復を……お願い……」

 螺旋の顔は少しずつ元の人の形に戻っていく。
 ただし、ところどころ皮は剥がれ、傷は開き、歪んでしまっている。
 体も同様に、顔ほどではないものの、ただの人間に戻った反動で傷だらけになっていた。
 だが、おそらく回復魔法で治るはずだ。
 キリルの体を地面に横たえると、二人がかりで手をかざし、魔法で癒やし始めた。
 効果はすぐに出た。
 みるみるうちに痛々しい痕は塞がり、顔も、元の可愛らしい整ったものに戻っていく。
 久しく見ていなかった彼女の安らかな表情を見て、フラムも釣られるように微笑んだ。

「キリルちゃんは、もう、大丈夫かな」

 それを見届けられたら、十分だ。
 フラムはキリルたちに背を向け、魔王城跡地を歩く。
 階段があった位置は覚えているが、すっかり瓦礫に埋もれてしまっている。
 もっとも、今の彼女の力があれば、それぐらい容易く吹き飛ばせるだろう。

「フラム、行くの?」

 エターナが声をかけた。
 立ち止まるフラムは、ゆっくりと振り返り答える。

「ふぅ……はい、休んだら二度と立てない気がするんで」

 彼女の笑顔には力が無い。
 限界は、とっくにいくつも通り越していた。
 今はもう最後の限界すらも過ぎて、苦痛すら麻痺し始めている。

「そうだ、エターナさん。お願いが……あるんですけど」
「一緒にいった方がいいなら、喜んでついていく」
「そうじゃ、ないです。というか、逆ですね。みんなを連れて、セレイドの外まで逃げて欲しいんです」

 首をかしげるエターナ。
 彼女は訝しげな表情をして問うた。

「なんのために?」
「オリジンを反転させても、作られたエネルギーが消えるわけじゃありません。反転して、負のエネルギーが生まれるだけです。そのせいで、この一帯は消滅します」

 悲壮感すら無く言い放つフラムを前に、エターナは絶句した。
 そこに、キリルの治療を終え、魔力を使い果たしたセーラが大きな声で介入する。

「じゃ、じゃあ、フラムおねーさんはどうなるんすか?」
「巻き込まれるかな」
「何を、そんな簡単に……それ、ミルキットおねーさんは知ってるんすか!?」
「知ってるよ」

 あっけらかんと答えるフラム。

「あ、勘違いされると困るんだけど、別に死ぬわけじゃないからね? ほら、コアを反転させたときって、負のエネルギーで水晶が砕けるわけじゃない? それのもっと規模が大きい版が発生するらしくて、何でも、世界に“穴”が開いちゃうらしいんだ。で、セレイドはそこに吸い込まれるって理屈みたいなんだけど」
「それ、誰から聞いたんだよ」

 ツァイオンはおそらく、わかった上で聞いている。
 フラムもそれを理解した上でこう返した。

もちろん・・・・、ジーンから」

 シートゥムを除く全員が、大きくため息をついた。

「な、なんでみなさん、そんな顔されてるんですか?」

 戸惑うシートゥム。
 ツァイオンは何も言わずに彼女の頭にポン、と手を乗せた。
 そして長くなるので理由は後回しだ、と視線で伝える。

「帰ってこれる保証はあるのかしら」
「方法はあるみたいですよ。あ、そうだ……この鎧、リートゥスさんの形見だし、返しておいた方がいいよね」

 フラムは傷ついたアビスメイルを呼び出すと、それを脱ぎ、シートゥムとツァイオンの前に置いた。
 もはや呪いの残滓が残るだけのただの鎧だが、二人にとっては多少の意味はあるはずである。

「ごめんなさい、壊しちゃって」
「構わねえよ、鎧ってのは使ってこそだ」
「でも、大丈夫なんですか? 装備の分、弱くなってしまいますよね」
「大丈夫だよ、あてはあるから」
「……あて?」

 シートゥムは首をかしげる。
 だがフラムはにこりと笑うばかりで、何も言わずに遠ざかってしまった。

「……フラム、本当に帰ってこられるの?」

 エターナの横を通り過ぎようとすると、彼女は寂しげな表情で言った。
 彼女にしては珍しい顔だ。
 心からエターナが別れを惜しんでくれることが、今のフラムにとっては涙が出るほど嬉しい。
 実際、そんな体力は無いのだが。

「フラムは、何か隠してる気がする」
「エターナさんは鋭いですねー」

 フラムは茶化すように言った。

「実は、帰ってこられるまで何年かかるかわからないんですよ。十年かもしれないですし、五十年かもしれないんです」
「そんな長い間、おねーさんは吸い込まれた先で閉じ込められるんすか!?」
「違う違う。なんでも、時間の流れが違う可能性があるとかで、すぐに戻ろうとしても時間がずれちゃうんだって。だから私は待たないんだけど、みんなを待たせちゃうみたいなんだよね。あはは」

 あえて陽気に受け答えするフラムだが、それがエターナからは余計に痛々しく見えた。

「……」
「なんですかエターナさん、そんな悲しそうな顔をして」
「本当は、嫌で嫌でしょうがないはず」
「そんなことないですよー……って言いたいところですけど」

 フラムの表情に微かに影がさし、視線も下を向く。

「そりゃそうですよ」

 少し低めの声で彼女は言った。

「でも、ミルキットが生きるこの世界を救えるのは、私の力だけなんです。だから、どんなに嫌でもやるしかありません」

 ミルキットと二人で逃げる道があるのなら、フラムは迷わずそれを選んだだろう。
 誰に糾弾されたとしても、彼女にはそこまでの責任感はない。
 だが今は、それしか道が無いのだ。

「なんで、行ってきます。ミルキットのこと、よろしくお願いしますねっ」

 作った軽い語調でそう告げると、今度こそ魔王城のある場所に向かい、地面に神喰らいを突き刺す。
 すると瓦礫が吹き飛び、地下に続く階段が現れた。
 その向こう、深い場所に、オリジンの本体が眠っている。
 これで直接対面するのは二度目だ。
 あの気持ち悪い姿を想像するだけで、フラムの頭が痛くなる。
 だが今は常に痛い上に、正直言うとよく思い出せないので、別に想起しても何の支障も無かった。

 そして一歩目を踏み出したそのとき――弱々しい少女の声が、しかしはっきりとフラムの耳に届く。

「フラム……」

 今度こそ、本当に、それはキリルの声だ。
 片手で頭を抱えながらも彼女は上半身を起こし、薄く開いた瞳でフラムの方を見ていた。
 さすが勇者というべきか、いくら回復魔法があったとはいえ驚異的な生命力だ。

「私の、せいなのに……どうして、フラムが……」

 フラムは『今度こそ最後』と自分に言い聞かせて振り向く。
 そして必死に笑顔を作った。

「違うよ、キリルちゃんのせいなんかじゃない。むしろ、キリルちゃんがオリジンの封印を解いてくれなきゃ、あいつを完全に倒すことはできなかったんだって」

 封印は、外からの干渉を完全に阻む。
 確かにディーザは封印に小さな穴を空けていたが、その程度ではオリジンを破壊するほどの魔力を注ぎ込むことはできなかっただろう。
 つまり、オリジンを倒すには、キリルによる封印解除が不可欠だったのだ。

「そんなの……そんなこと……」
「もー、泣かないでよ」
「無理……だよ。そ、そうだ、私が一緒に行けば、リターンで脱出して……!」
「帰還地点、魔王城になってるはずじゃなかった?」
「あ……」

 そもそも、ほぼ魔力を使い果たした今のキリルに、リターンが使えるかも怪しいものだ。

「さっきも言ったけど、ちゃんと戻ってくるからさ」
「そのとき……私がまだ生きてるか、わからない……」
「運が良ければもっと早く帰ってこれるらしいし、私も頑張ってみるつもりだから」
「……フラムぅ」
「ちょっと、もう、やめてよ……キリルちゃん」

 キリルの涙に誘発されるように、フラムの瞳にも涙が浮かぶ。
 いや、キリルだけではない――セーラやエターナの目も潤んでいる。
 そんなものを見せられて、耐えられるほど心の強いフラムじゃない。
 手のひらで涙を拭い、唇を震わせながらも、彼女は懸命で笑顔を作り続ける。

「え、えっと……あぁ、なんか……なんて、言えばいいかわかんないけど……っ。もう、行かなきゃ」

 頭が真っ白になって、うまく考えがまとまらない。
 だから最後にフラムが発したのは――まるで日が沈む茜色の空を嫉む子供のような、シンプルな言葉だった。

「……バイバイ、またね」

 震えた声でそう言って、手を振る。
 そして今度こそ背中を向けると、フラムは階段の奥へと姿を消した。
 そのまま、明かりもなく、暗闇に満ちた段差を、地下へ向かって降りていく。
 何も考えないようにして、ひたすらに。
 地上から微かに、キリルの嗚咽が聞こえたような気がした。





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