「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

118 オーバードライヴ

 




 神喰らいと紅の剣が衝突する。
 二人を中心として、激しい風が吹きすさぶ。
 ビリビリという振動が柄を通じて、フラムの体に響いた。
 それは不自然なほど強く、ガディオがまた何かを仕掛けてきたことは想像に難くない。

「く……ごぷ……っ」

 フラムの口からどろりとした血が溢れ出た。
 震気砕フェイタルクエイク――ガディオはその技で増幅させた震動を相手の体内に送り込み、内臓を破壊したのだ。
 しかし、彼女とてやられてばかりではない。

「今さら……中身が壊されたぐらいでえぇッ!」

 痛くないわけじゃない、気持ち悪さが全身を満たすほど最悪な気分だ。
 だが今まで味わってきた痛みに比べれば、そう飛び抜けて辛いわけじゃない。

 彼女の両腕の力は緩むどころか、さらに強さを増してガディオを押し返す。
 筋力や体力では彼の方が勝っている。
 真正面からのぶつかり合いでフラムが優位に立てるはずもないのだが――明らかに、彼の両足には力が入っていない。
 そう、刃が触れ合った瞬間、彼女は騎士剣術キャバリエアーツを放ったのだ。
 その名は気鳴閃プラーナノイズ
 先ほど身をもってガディオに教わった、“音”を増幅させ、平衡感覚を喪失させる技である。

(効いてる……虐殺規則ジェノサイドアーツも避けてたし、つまり――)

 ガディオは先ほどから二度ほど、フラムの放った騎士剣術キャバリエアーツをかき消し――否、吸収・・していた。
 その謎は未だ解けていないが、しかし彼女は理解する。
 それもまた、騎士剣術キャバリエアーツの一種なのだと。

「ふッ!」

 よろめくガディオに向けて、フラムは片手で剣を突き出しプラーナの矢を放つ。
 今の彼の体勢ではまともに受けることはできないはずだ。
 しかし軽く剣の腹で弾くだけで、気穿槍プラーナスティングやはり・・・消える。
 続けて彼女は剣を高く持ち上げ、空気との摩擦を意識しながら振り下ろした。

「これならぁッ!」

 生じた静電気をプラーナで増幅し、幾重にも枝分かれする雷気槍レヴィンスティングを放つ。
 彼はそれを受け止めはせず――全力で後退して避けようとした。
 つまり、吸収できるのはプラーナによる攻撃だけなのだ。

(おそらくあれは、対騎士剣術キャバリエアーツを前提とした技。相手のプラーナを吸収して、自分のプラーナに変換してるんだ)

 それさえ見抜ければいくらでも対処できる。
 要は、プラーナを叩きつけるのではなく、プラーナにより増幅した物理現象をぶつければいいのだ。
 着地したガディオは雷撃を避けきれず、両足にはまだ麻痺が残っている。
 オリジンによるフォローでそれもすぐに消えるだろうが、一瞬だろうと隙は隙。

 足元の地面を反転させ、同時に踏切、フラムは弾丸のようにガディオに接近する。
 相手は炎気幕ブレイズブラインドで炎の壁を作り出す。
 前に突き出された神喰らいが炎に触れた。

凍り付けリヴァーサルッ!」

 温度は反転する。
 炎は瞬時に凝固し透明の氷と化す。
 そこでプラーナを弾けさせ、ガディオに向けて射出。
 氷の壁を彼は剣で薙ぎ払う。
 すると砕け散った破片の向こうから、神喰らいを担いだフラムが現れる。

「せえええぇぇぇえいッ!」

 ガゴォンッ!
 振り下ろされた一撃は、黒い鎧を切り裂く。

「まだまだあぁぁぁぁッ!」

 さらにプラーナを両腕に満たし、その全てを“速さ”につぎ込む。
 ズドドドドドォッ!
 気剣連斬プラーナストリームにより、コンマ秒よりもさらに刹那の世界――一秒の間に数十発の斬撃がガディオに襲いかかる。

「もういっぱぁつッ!」

 最後は切っ先を胸に突き立て、至近距離からの騎士剣術キャバリエアーツ気剣旋槍プラーナスピア
 この距離ならば、プラーナを吸収される心配も無い。
 ドオォッ! と鎧に大きな穴を空けながら吹き飛ばされるガディオ。
 もちろん反転の魔力も込めたが、コアを破壊した手応えは無い。
 どうやら胸に埋め込まれているわけではないようだ。

(今ので仕留めたかったんだけど……)

 地面に横たわるガディオは、まるで操り人形のようにむくりと上半身を起こし、傷など負っていないかのようにあっさりと立ち上がる。
 オリジンの満ちたあの体は、タフさではフラムと同等だ。
 互いに狙うは急所のみ。
 さらに傷が増え、肉体における螺旋の割合が増えれば増えるほど、おそらくガディオの残した遺志は薄れていくだろう。
 できるだけ死体が綺麗な状態で戦いを終えたい――フラムがそう願うのは、決して彼に対する未練のみが理由ではなかった。

 ガディオは剣を地面に突き立てる。
 地中に注ぎ込まれるプラーナは、風船のように破裂直前まで膨らんだ。
 そして踏みしめた瞬間、大地が爆ぜ、瞬きの間にフラムの眼前に迫る。

(速い――でもっ!)

 スピードではフラムの方が勝っている。
 神喰らいで攻撃をいなしながら、彼女は彼の傍らを通り過ぎる。
 背後を取ると刃を振り上げた。
 しかし、ガディオは剣を地面に突き刺して減速、さらに同時に地中にプラーナを送り込む。
 無茶な方向転換に、腕から血が噴き出し、脚の骨が歪み折れた。
 そうして放たれる、二度目の気吼疾雷斬プラーナアサルトバースト
 フラムは雷気槍レヴィンスティングを放とうとしていたが、それではガディオの加速に対処できない。
 方針を変える。
 足元に反転の魔力を流入。
 地面が持ち上がり壁として立ちはだかる。
 ガディオは躊躇無く、それに突っ込んだ。
 この程度では気吼疾雷斬プラーナアサルトバーストの威力は止められない。
 だが――減衰はしている。
 さらに、視界が塞がれた今なら集中も緩んでいるはずだ。
 プラーナの刃で神喰らいを補強、巨大化させ、真正面から受けて立つフラム。

「づぅっ、く……はああぁぁぁああッ!」

 プラーナは吸収されない。
 威力は拮抗する。
 衝突の瞬間、二人は同時に震気砕フェイタルクエイクを発動。
 内臓が破壊され、フラムの口と肉の渦から、多量の血が吐き出される。
 しかしお互いに譲らず。
 今度は剣を通じて、ガディオからプラーナが流し込まれた。
 それは植物の根のようにフラムの両腕に広がり、肩まで達し、さらには首や胸にまで到達する。
 このまま放っておけば、内側から体が破壊されてしまう。
 自らのプラーナで押し止めようとしたフラムだったが――途中でやめる。

(違う、抗うんじゃない。ガディオさんが見せてくれた技が全て、私に教えるものなのだとしたら――)

 プラーナを吸収したあれを模倣してみせろと、彼はそう言っているのだ。

『やれるか?』

 そんな声が聞こえたような気がした。
 目の前にあるのは肉の渦だが、その表情も心なしか笑っているようにも見える。

「やれるに、決まってるじゃないですかっ!」

 魂喰らいに出会うまで空っぽだったその器は、いまだ満たされることを知らず――際限なく、与えられる分だけ取り込んでいく。
 体内に入り込んだ根を、自らのプラーナを薄い膜にして包み込むのだ。
 さらに細かい根を張り巡らせ、己の物へと変える。
 吸気法プラーナアブソーブ――そして吸収したプラーナを、両腕の強化に使用。

「とおぉりゃあああッ!」

 倍化した腕力でガディオの巨体を弾き飛ばす。
 距離が離れると、フラムは神喰らいを素早く地面に突き立てプラーナを注ぎ込んだ。
 踏み切る足裏で叩く。
 すると限界まで張り詰めた力がバーストし、フラムの体を射出した。

「く、ぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!」

 彼女は超音速を超えて滑空する。
 空気を震わせ、爆発音がセレイドに響く。
 その勢いを、そのままガディオにぶつけると、さらに激しく剣戟が轟いた。
 フラムは彼を力で押し切る。
 勢いのまま、地面をえぐり、民家などの障害物をも破壊し、いつまでも速度を緩めることなく一直線に突き進む。
 剣で受け止めるので精一杯のガディオは、反撃に転じることもできない。
 為す術もなく後退を続け、そしてセレイドを囲む分厚い壁に衝突してようやく止まった。

「もらったァ!」

 素早く剣を振り上げたフラムは、壁にめり込んだガディオに斬りかかる。
 だが肉の渦が脈動し、彼の両拳が強く握られたかと思うと、発せられた“圧”が壁をえぐり、さらに彼女をひるませた。

「つぅっ……あの状態から気円陣プラーナスフィアを!?」

 ガディオは辛うじて残っていた壁を踏み壊し、突っ込んでくる。

「私だって、まだまだぁっ!」

 フラムは彼の頭部に刺突を繰り出す。
 相手は空中で強引に体を傾け、回りながら彼女の首を刈った。
 すかさず神喰らいを収め、身軽になった体で跳躍、回避。
 空中でプラーナの壁を作り出し、それを蹴って地上のガディオに強襲する。
 ガディオの眼前をかすめる刃。
 さらに続けて薙ぎ払うと、彼は剣を立ててそれを受け止めた。

「ちィッ!」

 フラムの舌打ち。
 そんな彼女の目の前でグリーブが微かに動き、カシャンと音を鳴らす。
 地中からなにかがせり上がってくる気配――ゴガァッ! とせり上がって来たのは土魔法、アースランスだ。
 顎先をかすめる鋭利な岩は、のけぞって避けるしか無い。
 しかしガディオがその上から叩き潰してくるのは目に見えていた。
 ゆえにフラムは素早さを活かして先手を取る。
 鼻先の岩に両腕で強引に神喰らいを振るい、さらに地面に刃を叩きつける。
 同時に大剣を収納し、斬撃の反動で横に転がるように逃げた。
 するとその直後、ガディオの攻撃が先ほどまでフラムのいた場所を砕き、さらに気剣斬プラーナシェーカーによりその前方に存在するものを真っ二つに断ち切る。
 彼は避ける可能性も折り込み済みだったのか、すぐに剣をなぎ払い、彼女に向けて横向きのプラーナの刃を射出。
 フラムは膝を付きながらも神喰らいで受け止める。

(やり方は掴んだ。行ける!)

 吸気法プラーナアブソーブにより、ガディオの力はフラムに吸収される。
 彼女は取り込んだ力を利用しながら、素早く斬り上げた。
 刃が空気と摩擦し、バヂッと光を放つ。
 ガディオはすぐさま後ろに飛び、後退しながら全く同じ技を繰り出す。
 ぶつかり合う雷気槍レヴィンスティング
 真っ向から衝突した力と力は相殺し、最終的に相手のプラーナを取り込んだフラムの方だけが残る。
 しかしガディオは、すでに範囲外まで逃げ切っていた。

(お互いにダメージは無い、か。一筋縄じゃ行かないなあ、やっぱり)

 積み上げてきた経験も技術も、間違いなくあちらの方が上だ。
 フラムが新たな技術を習得したことで一時的に優位に立ったものの、相手もすぐに適応してくる。
 戦いは長期戦の様相を見せ始めていた。
 しかし彼女には、足止めをする仲間の元に駆けつけ相手にトドメを刺すという役目がある。
 ここで止まるわけにはいかなかった。
 もっとも、その意図を今のガディオが汲んでくれるはずもないのだが。

「すぅ……ふぅ」

 呼吸を整えるフラム。
 がディオもタイミングを図っているのか、まだ仕掛けては来ない。
 かと思えば、彼は左手で腹を抑えるような仕草を見せた。
 意味のない行動とは思えないし、フラムの攻撃が今になって効いている……というわけでもなさそうだ。
 注視していると、ふいに彼の体がビクンと震えた。
 さらに顔の渦が激しく脈打ち、ダラダラと血を垂れ流しはじめる。
 鎧の間から見える肌の色も、心なしか赤くなっている。

(体温が上がってる……?)

 きっかけは、腹部に手をあてたあの動作。
 そこから体の新陳代謝が活性化し、オリジンの力にまで影響を与えたのだろうか。
 ガディオは左手をフラムとの距離を測るように前に出し、右手で赤い剣を握る。
 肩の上で構えられた大剣の切っ先は、真っ直ぐに彼女の方を向いていた。

(また、今までとは違うなにかが来る――それも、とびきり強烈なやつが)

 フラムの喉がごくりと上下する。
 浴びせられる殺気が一気に膨み、肌がぞわりと粟立つ。
 ドッ、ドッ、ドッ、と心音がうるさくなってきた。

 両手で神喰らいを握り、フラムは身構えた。
 下手に近づけば殺られる、そう直感が告げている。
 本当ならもっと離れるべきかもしれない。
 しかし背中を向けた――いや、気持ちが背後に向いたその瞬間に仕留められる。
 回避する手立てを考えるも、すぐさま理性が否定する。
 それほどまでに、ガディオの纏う気迫は異様だった。

(見える……纏う、“力”が……)

 まるでオーラのような靄が、ガディオの体から湧き上がる。

(あれは、たぶんプラーナだ。生成されるプラーナが多すぎて、体から溢れ出してるんだ)

 フラムにはそれがわかる。
 だが普通はそんな大量のプラーナを、この短時間で生成することは不可能だ。
 たとえ、ガディオだったとしても。

 弓を引くように剣を握る右腕に力がこもる。
 瞬きせずに、フラムは見開いた瞳でその動きを凝視していた。
 兆候を、見逃さないように。
 そして、脚がぴくりと動いたその瞬間。

(来――)

 フラムが『来た』とそう脳内で言葉にするより早く――彼女の顔の右半分が、消失・・していた。

「……ひゅ?」

 失われた口では、まともに声を出すことすらできない。
 今わかることは、自分の前方にいたはずのガディオの姿がないということだけ。
 自らの惨状に気付いたのは、顔が再生を始めたそのときである。
 脳がようやく痛みを感じ、フラムはぐずぐず顔を押さえながら戦慄した。

「う、ぐ……なに……いあ、の……!?」

 見えなかった、全く。
 髪を乱しながら振り返ると、そこにはガディオの後ろ姿があった。
 彼の赤い剣は、おそらく摩擦で生じたと思われる熱で高温になっており、白煙を纏っている。
 一方で溢れ出すプラーナはもう目視することはできない。
 すなわち、あれだけの量を一撃で全て使い果たしたということである。

「つ……うぅ……今の私でも見えないぐらい、速かったってこと……?」

 シンプルに、彼はありえない速度でフラムに近づき、刺突を放った。
 ただ、それだけだ。
 そして顔をえぐった。
 本当は頭を吹き飛ばすつもりだったのかもしれない。
 しかし、そのスピードを自身でも制御しきれなかったのだろう。
 狙いは微かに逸れ、心臓、あるいは脳幹を破壊することはできなかった。
 それでもフラムの心に、十分すぎるほどの恐怖を刻むことはできたが。

「また来るの……?」

 ガディオが腹部に手を当てる。
 活性化しているのは――おそらく、コアだ。
 貫いた胸に急所が存在しなかった以上、そう分析するしかない。
 つまり彼は弱点をさらけ出した。
 そうまでして、今の技を見せようとしたのだ。

 これはガディオからの挑戦状だ。
 それもおそらく、最後の・・・
 早く勝負を終わらせたいと願ったフラムの気持ちを知ってか知らずか、彼は騎士剣術キャバリエアーツの奥義を披露したのである。

『フラム。たどり着けるか、この境地に』

 紅の剣を構えるガディオを見ていると、フラムはそう言われているような気がした。

「はっ……はっ……」

 疲労ではなく、張り詰めた感情により呼吸が乱れる。
 受けて立つ以外の選択肢は無い。
 だが果たして、見えもしないあの技を、模倣することができるのだろうか。
 受け止めるには、同じ境地に達するしかない。
 そうするしかない――だが、できるヴィジョンが湧いてこない。

(溢れるほどのプラーナの生成……? 一体そんなもの、どうやって!)

 フラムにコアは無い。
 だとすると、代わりとなるのは心臓か。
 心臓を活性化させ、残る体力で強引に体を満たす。
 だとしても、プラーナの生成速度が増すわけではない。
 もう一つ――人体に存在するなにか・・・を、覚醒させねばならないのだ。

 ガディオの体を白いオーラが包む。
 立ち込めるそれは、フラムの目にはまるで鬼の形を描いているように見えた。

 ゴッ!

 そして彼は地面を蹴る。
 文字通り、姿が消える。
 今のフラムには、神喰らいを盾代わりにすることしかできなかった。
 ガギィッ!
 響く鈍い金属音。

「づうぅッ!」

 剣は弾かれ、それでも必死にこらえようとしたフラムの右腕が耐えきれず千切れ舞う。

(受け止めるだけで腕が千切れるなんて、馬鹿げてるっ!)

 どれだけ馬鹿げていてもそれは現実。
 乗り越えるしか無いのだ。

「こんのぉッ!」

 ガディオは懐に飛び込み、二の太刀を放つ。
 それをフラムは左手で抜いた神喰らいを振りおろし防いだ。
 防ぐ間に右腕が再生する。
 両手で繰り出す斬り上げを、後ろに飛んで回避するガディオ。
 さらにもう一度飛ぶと、また腹部のコアにプラーナを送り込む。

「そう何度も好きにはやらせない!」

 フラムは左腕をガディオに向ける。
 そしてガントレットが消え、細かく砕けた指先が無数の弾丸として放たれた。
 相手は走りながらそれを避ける。
 続けて右手で剣を振り回し、数多のプラーナの刃――気剣乱プラーナクラスターで怒涛の攻撃を仕掛ける。
 だが彼は避けようとはしない。

「それも、やらせないってのぉ!」

 どうせプラーナを吸収するつもりなのだ。
 それぐらいは読んでいる。
 彼女が素早く剣を振り下ろすと、雷鳴が轟き、まばゆい閃光がガディオを襲った。
 すると彼はその場で十字に刃を振った。
 そして展開されるプラーナの盾、気極壁プラーナシールド
 その後ろでガディオは奥義を放つ準備を整え――雷撃を、真正面から突っ切った。
 直感で危機を感じ取ったフラムは、首を傾ける。
 すると、ボッ――と首の半分と、頬から顎にかけてのパーツが消し飛んだ。

(駄目だ……対処できない)

 一方でガディオの消耗も相当だ。
 こんな無茶な技、そう何度も使えるはずが無いのだ。
 だが彼の体に残った全てが使い果たされる前に、このままではフラムの方が追い詰められてしまうだろう。

(どうしたらいい? どうしたら、あんなに大量のプラーナを作り出すことができる?)

 プラーナは感覚で作り出すものだ。
 そうガディオ自身も言っていたし、だからフラムも今までそうしてきた。
 生成の詳しい過程なんて、考えたこともなかった。
 だが、今の彼女にわからぬ技を、彼が使ったりするだろうか。
 それも、わざわざオリジン側として必要のない短期決戦を挑んでまで。

(可能なんだ、見つかるはずなんだ、だから考えなくちゃ。どうやったら、感覚を増幅できる?)

 複雑なロジックじゃない。
 たぶん、それはフラムにもわかる単純明快な答えだ。
 工程一は、心臓にプラーナを集中、大量の体力を前借り・・・する、それは間違いない。
 工程二――どこだ、どこにプラーナを注ぐ?
 感覚を増幅するなんて、そんなものができるのは――

(……脳?)

 そこしか、ない。
 ああ、しかしそれは、あまりに破滅的な行為ではないだろうか。
 いや、心臓の時点でそうだ。
 あまりに、身を削りすぎる。
 ガディオが躊躇せずに使えるのは、すでに命が無いからだ。
 フラムが使えば、いくら再生能力があるとはいえ、再生するのはあくまでも傷だ。
 すり減るものはすり減る。
 失われるものは失われる。

(……なにを今さら。タダで勝てないことぐらい、とっくにわかってたくせに)

 ネガティブイメージを切り捨てる。
 覚悟はもう済ませている。
 たとえ何十年かかっても、愛する人の元へ帰る。
 その約束を果たすため、過程・・でびーびーと泣き言を喚いている場合ではないのだ。

(少なくとも、私が英雄でなければならない、今は)

 胸に手を当て、プラーナを集中させる。
 ドクン、と心臓が大きく跳ね、強い痛みにフラムは顔をしかめた。
 だが、その部位を中心にじわりと熱が広がっていく。
 体に、まともではない・・・・・・・力が満ちる。
 続けて、プラーナは脳に干渉した。
 ズクン、と万力で潰されたような痛みが走る。
 しかし口から臓物を吐き出しそうな苦痛とは裏腹に、意識はクリアになっていった。
 まるで、危険な薬物でも使っているようだ。

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

 強制的にほてらされた体。
 呼吸も自然と早くなる。
 そして――白いオーラが、フラムの背中から立ち上った。
 同じく、対峙するガディオもプラーナを飽和させ、身に纏う。

 二人は同時に剣を構えた。
 フラムは両手で。
 ガディオは右手で。
 互いにその切っ先を相手に向けて。

 脳が活性化した影響か、フラムには一秒一秒がやけに長く感じられた。
 風に吹かれて舞い散る砂埃が、スローモーションに見える。
 おそらく今、二人は同じ時間の流れの中にいる。
 一秒が何倍にも引き伸ばされた、極めた者しか立ち入れない領域に。

(たどり着きましたよ、ここまで)
『ああ、お前なら来ると思っていた』

 ガディオは笑う。
 フラムは歯を食いしばり、感情を抑え込む。
 不要だ、不要だ、なにもかも。
 今だけは――

(そう、今だけだから)

 戦いが終われば、もう英雄である必要もない。
 だったら泣こう、叫ぼう、喚こう。
 今まで我慢してきた不平やわがままを、精一杯叫ぼう。
 だから、今は――感情を振り切り、置き去りにして、突き抜ける。

「っ!」

 吐き出される息。
 踏み出す足。
 フラムが動くと同時に、ガディオも地面を蹴った。

 目視不可能だった彼の姿。
 だが同じ世界を駆ける今は、はっきりと見える。
 握る刃は渦巻く力場を纏い、近づいてくる。

 それはおそらく、ガディオのものではなく、オリジンから与えられたものだ。
 いわば、螺・騎士剣術キャバリエアーツ・スパイラルとでも呼ぶべき剣術。
 対するフラムのプラーナは、反転の魔力を含有する。
 すなわち、反・騎士剣術キャバリエアーツ・リヴァーサル

 そのとき、すでに行く末は見えていた。

 だからガディオは笑ったんだろう。
 だからフラムは泣きそうな顔をしていたんだろう。

 オリジンの螺旋はフラムの反転により打ち消される。
 残るは互いのプラーナのみ。
 ほぼ同量の力場がぶつかりあった場合、勝利するのはどちらか。
 決まっている。
 より、・・・純粋な方・・・・だ――

 似て対なる二人の力は、永き0.1秒の時を経て衝突し――その瞬間、決着する。

 すれ違い、着地するフラムとガディオ。
 互いに背中を向け、どちらも振り向こうとはしない。
 するとフラムは、その場で天を仰いだ。
 脳を酷使したせいか、瞳からは血の涙が流れている。

「ガディオさん」

 ガディオは少し俯きながら答える。

「満足したか、フラム」

 優しい声に、彼女の涙腺が一気に緩んだ。

「はい」
「ふっ、それならよかった。ならばこれで、約束は果たせたな」
「……ありがとう、ございます」

 言葉が震える。
 それでも涙を流さぬよう、フラムは必死だった。
 そう、流れているのはあくまで血。
 別れを惜しむ、女々しい涙などではないのだ。

 たぶんその命は、約束を果たすためだけにあった。
 魂はすでに召され、この世に残ったのは未練のみ。
 ゆえに、戦いが終われば、彼の意志も消える。

「これで後悔が、ひとつ消えた。醜き蛇足めいたこの生にも、意味はあったらしいな……」

 その声が幻聴なのか、本当に聞こえてくるものなのかはわからない。
 だが振り向かない限り、事実は確定しない。

「……フラム」
「なん、でしょうか」

 きっと今、ガディオは優しく微笑んでいる――フラムはそう決めつけながら、彼の最期の言葉に耳を傾けた。

「勝て。そして、幸せになれよ」

 唇を噛み、拳を握りしめ、フラムは必死で返事を紡ぐ。
 彼が少しでも不安なく眠れるよう、気丈に明るい声を作りながら。

「はい……必ずっ!」

 その言葉を聞くと、ガディオはいつになく満足げな表情を浮かべ――真正面に倒れた。
 腹部から流れた血が、地面に滲む。
 彼のコアは、フラムの剣に貫かれ破壊されていた。
 対するフラムは、腕こそ血まみれなものの致命傷には至らず。
 オリジンに侵された不純物だけのプラーナで、彼女の力を打ち砕けるはずがなかったのだ。

 騎士剣術奥義キャバリエアーツアルカナ気越一閃プラーナルオーバードライヴ

 常人では扱うことすら叶わぬその極意は、今確かに、一人の少女に伝承された。
 そして彼女は歩き出す。
 まだ戦いは終わっていないのだ。
 別離を惜しむ暇もなく、次の戦場へと――交わした言葉を、胸に。





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  • ぽんちゃま

    泣いた...

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