「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

097 あなたの逃げ場なんてどこにも無いのに無駄な安らぎと無価値な救いと虚しいだけの幸福へ捧ぐ嘲笑

 




 惨劇の夜から四日が経った。
 フラムとミルキットは、王都周辺の村を探索しつつ、安全な場所を探し続ける。
 王都を出てからはキマイラと遭遇する頻度は格段に下がったため、命の危機に晒されるような事態には遭遇していない。
 ならばそこが“安全な場所”なのではないかと思うかもしれないが、そうではないのだ。

 王都の南に存在する村、クランクラ。
 人口三百人ほどのこの場所に、生存者は一人もいなかった。
 王都同様、村人はオリジンの精神汚染を受けて息絶え、キマイラの肉片によって操られた死者が徘徊している。
 フラムならば、魂喰いが無くとも緩慢な動きの死者ぐらいは始末できる。
 しかし、数百体の死体が転がるこの村を、安全・・と呼ぶ者は誰もいないだろう。

 ここまで、フラムたちはいくつかの村を訪れたが、どこも同じような状態だった。
 生存者が脱出したような形跡もあったが、みなどこへ消えたというのか。

「暗くなってきましたね」
「今日はここに泊まろっか。死者は全部殺したし、キマイラもいないみたいだから」

 キマイラの肉片がなくとも、死体がグール化する可能性もあるので絶対に安全とは言えない。
 しかし、野宿よりはずっとマシだ。
 家の中には食料だって残っているし、ベッドも使える状態で放置してある。
 室内の死体の始末や血痕の掃除こそ必要なものの、今さら触るのに躊躇するようなものでもない。
 二人は手早く家主の亡骸を外に出し、泊まる準備を済ませ、食材を拝借してキッチンに並び料理を始めた。
 こんなときに――ではない。
 こんなときだからこそ、日常を演じることが重要なのだ。
 でなければ、常に現実にさらされ、心が壊れてしまう。

 後を追うと言っていたガディオとは、まだ会えていない。
 それどころか、未だリーチの屋敷を脱出したはずの仲間たちとの再会も叶っていない。
 まるで世界に、自分とミルキットだけになってしまったかのような、寂寞感。
 いや、本当に二人きりになれるなら、いっそその方がいいのかもしれない。
 その世界にオリジンが存在しないのなら、きっと幸せになれるだろうから。

 食事を終えると、特にやることもないので二人でベッドに横になる。
 明日に備えて、体力を温存しておかなければならない。
 ミルキットにとって一日中歩くのはかなりの重労働だ。
 だから、抱き合って、触れ合って、しばらくするとフラムより先に彼女の方が眠りに落ちる。
 その寝顔を観察してから、フラムも瞳を閉じ、意識を手放す。
 だが――どんなに寝ていても、外で少しでも物音がすると、彼女は自然と目が覚めた。
 風で何かが飛んでいく音。
 たまに聞こえる家屋の軋み。
 そして――誰かの足音。
 最近は、それを聞くだけで歩いているのが何者なのか、区別できるようになっていた。

「死者……仕留めそこねてた? いや、他の村からここまで来たのかな」

 ミルキットを起こさないように静かに部屋を出ると、家の入口を少し開けてその姿を確認する。
 キマイラならば放置すべきだが、死者相手なら駆除してしまえばいいだけだ。
 素早く外に出て、背後から接近し、この家で手に入れたナイフで首を落とす。
 刃渡りは短いが、プラーナを導通させれば両断は可能だ。
 獲物を仕留めると、傷口から這い出てきた肉片に向かって、怒りをぶつけるようにナイフを投げつけた。
 家庭で使うようなものだと、死者を仕留めると油や刃こぼれの関係でほぼ使い捨てになってしまう。
 勿体無い気もするが、民家を探せば何本かは見つかるので大した問題ではない。
 一仕事を終えたフラムが部屋に戻り、「ふぅ」と息を吐くと、体を起こしたミルキットと目が合った。

「ごめん、起こしちゃった?」
「えっと……その、はい……」

 申し訳なさそうに返事をするミルキット。
 彼女も近づく足音に気づいたのだろうか――フラムはそう思い、軽く唇を噛んだ。
 こんな状況では、深い眠りにつけないのも当然である。
 せめて彼女だけでもゆっくり休んでもらえたら、と思っていたのだが、そう都合良くはいかない。
 フラムはミルキットの隣に潜り込むと、布団の下で彼女の手を握った。

「ご主人様がいなくなると、自然と目が覚めてしまって」
「ってことは、昨日の夜も起きてたの?」

 ミルキットはこくりとうなずく。
 昨晩も似たようなことがあったのだ。
 そのときは、フラムが戻ってきてもミルキットは寝たままだったはずなのだが――まさか寝たふりだったとは。

「少しでもご主人様の負担になりたくないと思ったんです」
「そんなとこで気を遣わなくていいから。むしろ寄りかかってくれた方が、私は嬉しい」

 ――少なくともその間は、余計なことに気を回さずにミルキットのことだけを考えられる。
 追い詰められ、余裕のないフラムは、以前よりも深く彼女に寄りかかる。
 抜けられない沼にはまっていることを自覚し、だったらもっと奥まで自分をいざなって欲しいと自ら望む。
 彼女は、『いっそ夢の中でもミルキットと一緒にいられたら』と願いながら、再び眠りに落ちた。



 ◇◇◇



 翌朝、クランクラで物資の調達を済ませたフラムたちは、さらに南を目指す。
 特に目的地を定めているわけではないが、無意識のうちに、フラムは故郷であるパトリアに行きたがっているのかもしれない。
 だが、様々な村に立ち寄りながら南下しているため、その進みは非常に遅い。
 このペースでは、パトリアに到着するのはいつになることやら。
 その前に、誰か一人でもいいから、知り合いと合流したいところである。

 それから歩くこと三時間、次の村であるラランクラへと到着した。
 クランクラと名前が似ているのは、昔の村長に反発し出ていった村民が作った村だから――という話をフラムは聞いたことがあったが、事実なのかは定かではない。
 人口は五百人程度。
 木造の平屋がいくつも並び、周辺には畑が広がっている。
 家畜も多数飼われていた・・ようだ。
 クランクラより規模は大きいが、雰囲気は酷似しており、いかにも田舎の農村と言った雰囲気だ。
 もっとも、ラランクラに限った話ではなく、王都周辺の村は王都に住まう数万人の生活を支えるために作られたものなので、多少の差異はあれど、どこも同じような農村なのだが。

 村に立ち入ったフラムは、蔓延する死の匂いに顔をしかめた。
 時間が経つほどに腐敗臭も混じりはじめ、衛生状態は悪化していく。
 このままでは、伝染病が広がるのも時間の問題だろう。
 以前に立ち寄った村も似たようなものだったので、今さらこの程度で足を止めるフラムではない。
 さらに進み、近寄ってくる死者や、死肉目当てで群がるウルフ系のモンスターを蹴散らし、教会の前までたどり着く。
 そこで彼女は、閉じた教会の扉をじっと見つめる、人狼型キマイラの後ろ姿を発見した。
 すぐさまミルキットを抱き寄せ、建物の影に身を隠す。

「何かを見ているんでしょうか」

 ひょっとすると、教会の中に生存者が残っているのかもしれない。
 しかし、人狼型とはいえ、今のフラムでは太刀打ちできない相手だ。
 交戦すれば、ミルキットの身にも被害が及ぶ。
 気付かれないように気配を殺してその場を立ち去ろうとすると――二人の行先を遮るように、少年が立ちはだかった。

「お姉さん、英雄フラムだよね?」

 小さな声で少年は言う。
 こんな田舎の子にまで顔を知られているのか――とフラムは顔をしかめた。
 望んだわけではないのだが、いつの間にか有名人になってしまった。
 彼女は救いを求めるその瞳から、目をそらせない。
 そんな主のことを、ミルキットは不安げに見つめている。

「みんな教会に逃げ込んでるんだ。二十人ぐらいいる。僕だけは裏の小さな窓からみんなが逃してくれたんだけど……お姉さんだったらあの化物、倒せるよね?」
「私は……」

 期待に満ちた眼差しがフラムに向けられる。
 倒せるはずがない。
 しかし、逃げる時間を稼ぐぐらいはできるだろう――自身を犠牲にすることで。

「このままじゃみんな死んじゃうんだ。ねえ、助けてよお姉さん」

 少年は服を掴んで、すがりつく。
 胸が痛んだ。
 救えるものなら救いたい。
 だが、できないのだ。
 そんな力は、今のフラムにはないのだから、ここで断ることは別に罪では無いはずだ。
 彼だって、命を捨ててまで自分たちを救えとは言わないだろう。

「お願い。パパやママもあそこにいるんだ、頼めるのはお姉さんしかいないんだ」

 目に涙を浮かべながら懇願する少年を前に、フラムのこめかみに冷や汗が浮かんだ。
 無理だ、助けられない。
 そう一言告げるだけでいいのに――ミルキット以外はどうでもいいと誓ったくせに、何を迷っているんだ、と自分を叱責する。
 それでも、まるで栓でもされたように、声がでない。

「……ご主人様、行きましょう」

 するとミルキットが、冷酷な言葉を発した。
 優しい主に選べないのなら、自分が言うしかない、と。
 悪者になっても構わない。
 それでフラムが守れるのなら、彼女は少年の恨みぐらい喜んで買ってみせる。
 そして主の手を引いて、少年の前を離れようとした。
 フラムもされるがままに、その場を去っていく。

「待って……戦える力があるのに、お姉さんだったら助けられるのに、どうして行っちゃうの? お姉さん、英雄なんだよね? みんなを助けてくれる、正義の味方なんだよねっ?」

 正義の味方などではない。
 フラムはただ、自分が生きるために、そしてミルキットと一緒に歩んでいくために戦ってきただけである。
 そのために、オリジンや教会と戦う必要があったのだ。
 物事には優先順位というものがある。
 余力があるのなら、救うのも一つの選択かもしれない。
 だが追い詰められた今、教会で助けを待つ二十人は、しょせん他人に過ぎない。
 フラムにとって、自分たちの命よりも彼らの命の方が軽い。
 軽い、はずなのに――きっと彼女が英雄と呼ばれる人間でなかったとしても、同じ苦しみを味わったことだろう。
 それはまっとうな人間なら誰もが持つ良心だ。
 他人であろうと、誰かが死ぬのは悲しい、助けられるものなら助けたい。
 そう思ってしまう、ごく当たり前の正義感。
 それが、フラムの感情に圧力をかける。
 でも――

「……ごめんね、今の私にあれと戦える力は無いの。だから、行くね」

 そう、するしかない。
 どれだけ辛かろうと、できないことはできない、そうはっきり言わなければ、命がいくらあっても足りない。
 少年の表情が絶望に染まっていく。
 最後の希望に見捨てられ、もはや彼は両親を含む故郷の人々の命を諦めるしかない。
 しかし少年の立場だったとして、“無理だ”と言われてそう簡単に諦められるだろうか。
 このままいけば死ぬしかない状況で、のうのうと背中を見せて逃げるフラムを――許容などできるはずがない。

「どうして……っ! このままじゃ死ぬって言ってるのに! お父さんやお母さんが死んじゃうって言ってるのに、なんで助けてくれないんだよおおっ!」

 少年は叫んだ。
 キマイラがすぐ近くにいることなどお構いなしに、腹の底から、大きな声をあげて。
 確かにそうすれば、強引にフラムたちを巻き込むことはできる。
 だが巻き込んだところで――死体が三つ、追加されるだけだ。

「逃げましょう、ご主人様っ!」

 ――そうできるほど割り切れたら、どんなに楽だったことか。
 殺気を感じ取ったフラムは、少年に飛びかかり、押し倒した。
 彼女の背中を、キマイラの放った螺旋の弾丸がかすめる。
 その傷を見て、彼は嬉しそうに・・・・・言った。

「あ……ありがとう、やっぱりお姉さんは英雄だ!」
「あなたという人は……っ!」
「ミルキット。その子を連れて、できるだけ離れてて」
「ですがご主人様っ!」
「もうこうなったら、やるしかないの!」

 少なくとも教会に逃げた人々の余命は伸びた。
 だからどうした、とフラムですら鼻で笑ってやりたいほど絶望的な状況だったが――姿を現した人狼型キマイラに、エピック装備を呼び出し、構える。
 武器は無い。
 以前より劣るステータスで、反転の魔力だけを武器に戦うしかないのだ。

「グギャアァァァッ!」

 不快な鳴き声を撒き散らすキマイラは、猛スピードでフラムに迫る。
 まずは時間稼ぎだけでも――そう言い聞かせ、彼女は最初に一撃を落ち着いて側方に転がり避けた。
 キマイラはフラムの背後で着地するなり、螺旋の弾丸を射出。
 遠ざかりすぎないように心がけながら走り、それも回避。
 敵は再び跳躍し一瞬で彼女に接近する。
 爪による薙ぎ払いに、フラムの体が勝手に反応し、ギリギリでのけぞった。
 鋭いその先端が鼻先をかすめる。
 彼女はそのままバク転し、距離を取る。

反転しろリヴァーサル!」

 そして両手が地面に付いた瞬間、魔法を発動させキマイラの足元を反転させた。
 だが相手は、まるでそれを読んでいたかのように横っ飛びし、不発に終わる。
 素早く繰り出される次の爪撃は――さすがに避けられそうにない。
 仕方なく篭手で受け止めた。
 わかりきっていたことではあるが、その衝撃は今の彼女の両足で耐えきれるものではない。

「づぅっ!」

 体は吹き飛び、フラムの体は民家の壁に叩きつけられる。
 衝突した右半身の感覚が無く、爪を受け止めた左腕もしびれている。
 痛みは弱いが、折れている可能性は否定できない。
 両手がうまく使えず、起き上がることもできないフラムに、キマイラは素早く近づいた。

「う……あ……っ!」

 そしてその頭を掴み、持ち上げ――民家の壁に、叩きつける。

「があっ!?」

 壁を打ち壊すほどの衝撃が脳に振動として伝わり、フラムの意識が揺らぐ。
 彼らは彼女を殺しはしない。
 オリジンの元へ連れて行くために、限界まで痛めつけるつもりなのだろう。
 二度、三度と打ち付けられるうちに、フラムの後頭部に傷が生じ、多量の血液が流れ出た。
 いくら出血量が多くなりがちな部位と言っても、その量はかなり多い。
 砕けた壁を赤く染めながら、それでもキマイラは止めようとしなかった。
 まるで、今までさんざん手こずらせた恨みを晴らすように。

「女の子に一方的な暴力を振るうたぁ、オリジンってのはよほど腐った野郎らしいな」

 フラムをいたぶることに夢中になるキマイラ――その頭部に、離れた民家の上に立つ、ライナスの放つ矢が迫った。
 それは五本の矢を一つに束ね、威力を増したとっておきの一撃。
 直前でその存在に気づいたキマイラは、のけぞってそれを回避する。
 同時にフラムも開放され、体は地面に投げ出された。

「リヴァーサル……ってね」

 実際は風の魔法なのだが――彼が冗談めいて言うと、敵を通り過ぎた矢はぐるんと反転し、今度は逆の側頭部に迫る。
 その動きは、さすがにキマイラでも予測できなかったらしい。
 人狼型の鳥の頭に、五本分の巨大な矢が突き刺さる。
 だが、脳を破壊したところでそいつの動きは止まらなかった。
 やはり動力源であるコアをどうにかしなければ、完全なトドメにはならないのである。

「バート・カロン、特攻する!」

 こっそり近づいていたバートは、建物の影から一気にフラムに駆け寄った。
 そして彼女の前に立ちはだかり、盾を構える。

封邪の防壁アイアンメイデンッ!」

 彼の作り出した障壁は、ダメージから復帰し、攻撃を仕掛けてきたキマイラの爪を弾く。

「たとえ貴様がオリジン神の使いだろうと、無下に命を奪うことは騎士として許さん!」
「バート……さん?」

 予想外の人物の登場に、フラムもさすがに驚く。

「おうおう、かっこつけるねえ」

 にやりと笑いながら――ライナスの次なる一射が放たれた。
 今度の矢は十本を超える。
 それらを一斉に天に向かって飛ばし、雨のように敵に降らすのだ。

「グギャオォオッ!」

 キマイラは飛来する敵意を感じ取り、螺旋の力を射出。
 さらに腕を振り、矢の雨を薙ぎ払った。
 空中で粉々に砕け散り、ただの木片と化すライナスの矢。
 しかし破片一つ一つに宿った魔力が、破片全てを凶器に変えて、キマイラに降り注ぐ。
 ただし、それらの威力は微々たるものだ。
 オリジンコアで強化された肉体には、わずかな傷が刻まれる程度である。
 そこでバートは封邪の防壁アイアンメイデンを解除し、構えた盾の前後ろを入れ替えた。
 非常に間抜けな絵面ではあるが、現状、彼の凝り固まった発想を逆転・・・・・させるためには必要な行為なのだ。

破邪の封壁ブレイズンブル!」

 それはライナスの提案によって生まれた、不器用なバートがようやく手に入れた第二の技である。
 本来は自らを守るために展開される障壁で、敵を包み込み、動きを封じる。
 さらに魔力の宿った木片も一緒に閉じ込め、逃げ場を失ったキマイラを切り刻んでいく。
 一つの傷は小さくとも、その数が増えれば脅威になりうる。

「ナイスだバート!」

 ライナスが褒めると、バートは軽くにやつく。
 二人の協力によって、人狼型の体は少しずつ削られ、その原形を失いつつあった。
 だが傷が捻れ、硬度を増すと、そうはいかなくなってくる。
 木片がある程度まで全身にダメージを与えたところで、ライナスは次なる攻撃に移った。
 意識を集中させ、一度は粉々に砕け散った木片を、一つに束ねたのだ。
 そして一本の大きな矢に形を変えると――それは回転しながら、コアがあると思われる胸部に突き刺さった。
 ギュアアァァァッ、と激しい音をあげながら、鋭い矢じりが渦巻く肉体を掘り進む。
 その先端は肉をかき分け、コアにまで至ったが、その破壊は不可能だ。
 最終的にトドメを刺すのは、反転を使えるフラムでなければならない。

「今だ、やっちまえフラムちゃん!」

 ライナスの声を聞き、辛うじて意識を繋いでいたフラムは立ち上がる。
 タイミングを合わせてバートが障壁を解除、さらにライナスの矢も魔力を失い、ただの木片に戻る。
 キマイラの胸部に残ったのは、開いた傷と、その奥にあるコアだけ。
 傷が渦巻きコアが隠れる前に、フラムは手を伸ばし――

「リヴァー……サル」

 反転の魔力を、流し込んだ。
 パキッという音ともに黒い力が渦巻く水晶は割れ、キマイラは活動を停止する。
 同時にフラムも、その場に倒れた。



 ◇◇◇



 結果的には、少年も、教会に隠れていた二十人ほどの生存者も助かった。
 目を覚ましたフラムやライナスたちは彼らから感謝され、『さすが英雄だ』と持て囃される。
 しかし、フラムがそれを素直に喜べるはずがない。
 治療もほどほどに、彼女は村人のいないところで、ミルキットやライナスにこう零す。

「できれば、早くここを出たいな……」

 最初は見捨てて逃げようとしたのだ、あちらがどう思っていようが、居心地は最悪だった。
 ミルキットは横たわる主に近づくと、無言でその手を握る。
 少しだけ救われたフラムは微笑み、視線を交わす。
 言葉は無くとも、ミルキットの言いたいことはそれだけで彼女に伝わっていた。

「大体の話は聞いたが……すまん、俺にも誰が悪いのかはわからん」
「ご主人様だってそれぐらいはわかってると思います。でも……ライナスさんが来なかったら、あのままオリジンのところに連れ去られてたかもしれないんですよ!?」
「あの子供からしてみりゃ、家族を守るために必死だったんだろうさ。同じぐらいの想いがぶつかりあったんだ、ミルキットちゃんだって同じ立場だったらそうしただろう」
「だとしてもっ!」

 フラムの代理と言わんばかりに声を荒らげるミルキット。
 彼女の心情も理解できるライナスは、渋い表情で首を横に振った。

「……たぶんこの話はどこまでも平行線だ、やめとこう。それより問題は、こっからどうするか、だ」
「どう、とは?」
「ライナスさん、体とかあんまり汚れてないですね。もしかして、どこか安全な場所を見つけたんじゃないですか?」

 フラムの指摘に、ライナスは「鋭いな」と感心する。

「ああそうだ。オリジンの被害ってのか? あれの影響範囲は、王都周辺の村に留まってる。そこから外にいけば、多少気分が悪くなったり、倒れた人間はいても、死者までは出てなかった」
「じゃあ、パトリアは!」
「フラムちゃんの故郷だっけ? 南の辺境なら無事だろうさ、今のところはな」

 それを聞いて、フラムは大きく息を吐き出した。
 寄り添うミルキットも微笑み、自分のことのように喜ぶ。

「でも、安全な場所を見つけたなら、どうしてライナスさんとバートさんはわざわざここに?」

 フラムの疑問は、当然そこに行き着く。
 逃げ切れたのなら、わざわざ戻ってくる必要などなかったはずなのに。

「そりゃ生存者探しだよ。クランクラから逃げてきた奴に、ラランクラに閉じこもってる連中がいるって聞いてな。探してここに来てみたら、なぜかフラムちゃんが戦ってたってわけだ」

 タイミングは奇跡的だったが、彼らがここに来たのは偶然ではなかったらしい。

「つまりここから、生存者をオリジンの影響範囲外まで連れて行くんですか」
「それが、あの人数だとちょっと辛いんだよな。影響の外にあるつっても、キマイラは好き放題に動き回ってて、王国のどこに行ったって完全に安全とは言い切れない。外を移動してたら、どこからともなく人間の匂いを嗅ぎつけて近づいてきやがる。だからまずは、この近くにある避難所にまであいつらを連れて行く」
「避難所?」

 首を傾げるフラム。
 そんなものまであるとは、想像していた以上に生存者はいるようだ。

「王国の地下に遺跡が大量に埋まってるって話は聞いたことあるだろ? そのうちのいくつかを利用して、シェルター代わりに使ってるんだよ」
「二十人も受け入れて大丈夫なんですか?」
「その人数ならギリギリってとこだな。フラムちゃんたちはどうする? 一旦避難所にいくか、それとも被害を受けてない地域まで移動するか」
「今は、遠くに行きたいです」

 フラムは即答した。
 ミルキットも頷く。
 この淀んだ気分を解消するためには、まずオリジンの影響下から脱出しなければ話にならない。
 と言っても、復活したオリジンがいるかぎり、逃げ場はどこにもないのだが。

「そっか。ならあっちはバートに任せて、俺が送ってくよ」
「ありがとうございます。でも、よかったんですか?」
「なにがだよ」
「わざわざ戻ってきたのって、生存者じゃなくて、マリアさんを探すためだったんじゃないですか?」

 鋭い指摘に、ライナスは気まずそうな表情を浮かべる。

「バレてた?」
「バレバレです」

 今までの彼の行動からして、そうとしか思えない。
 だがフラムを送り届けると言ったのは、この状況ではマリア探しをするのは難しいと感じたからなのだろう。

「今は俺のやるべきことをやるよ、ひょっとしたらマリアちゃんも外に逃げてるかもしれないしな」
「やるべきこと……」

 それが他人のために命を賭けることなのだろうか。
 フラムにはわからない。
 それは余力があって初めてできることであって、自分の都合を切り捨ててまでするべきことではないはずだ。

「あんま深く考えすぎんなよ。英雄とか勇者とかさ、そういう使命じみたのに囚われる必要はない。やりたいようにやんな。どのみち後悔するんなら、それが正しい選択だ。俺もそうしてる」
「……そうかも、しれませんね」

 もしあのとき、自分やミルキットの命を切り捨てて、少年や村人を助けることを選択していれば――フラムは今よりも苦悩していただろう。
 ミルキットとの間に、わだかまりすら生まれていたかもしれない。
 結果的に全員が助かった、めでたしめでたし。
 経緯はどうであれ、今はそう割り切るしかないのだろう。

「そういえば、ライナスさん」

 話が一段落したところで、フラムはずっと気になっていたことを彼に尋ねる。
 心のどこかで『無駄だ』と冷静な自分が喚くが、無視して話を続けた。

「ガディオさんと、会いましたか?」
「いや、会ってねえけど。つうか、フラムちゃん以外とは会ってないしな。ガディオがどうかしたのか?」
「いえ……なんでもないんです。ただ、会ってたらいいな、と」

 わかりきっていた答えだ。
 地獄のような王都で、コアを取り込んだエキドナと戦って……無事でいられるはずなど。
 しかし、死の確証が得られていないという一点のみを頼りに、『まだ生きている』と諦めたくない自分も、フラムの中には存在していた。
 あの人なら必ず、約束を守ってくれるはずだ――と、今でも純粋に信じているのだ。
 フラムの言葉を濁すような言い方に、ライナスも何かを感じ取ったのか、寂しげに窓の外に視線を移す。

「心配するこたねえって。どいつもこいつも人間離れした奴ばっかりだ。俺やフラムちゃんも含めてそう簡単にはくたばらねえからさ」

 自分に言い聞かせるように、彼はそう言った。



 ◇◇◇



 フラムとミルキットは、ライナスとともにラランクラを発つ。
 バートとはここでお別れだ。
 どうやら彼とライナスは、王都を出てすぐに合流したらしく、それからずっと一緒に行動していたらしい。
 元は敵同士だったが、それなりにうまくやっていたようだ。
 教会騎士団の副団長ということは、敬虔なオリジン教徒ということになるのだが、この状況でオリジンを崇拝するほど盲目的な信者ではなかったのだろう。

「じゃあ頼んだぞ、しっかり送り届けてくれよな」
「わかっている、俺の盾があれば問題はない」
「いやお前、あれ使ったら身動き取れねえじゃねえか……」
「ふんっ、それぐらいどうにかしてみせる!」
「無理すんなよ」
「そちらこそ、女の尻を追いかけて死んだりしてくれるな」
「言われなくても」

 二人は軽口を言いつつ、拳を合わせる。
 男の友情めいたものが芽生えていたのだろうか。
 そしてバートは北東に進み、ここからほど近いという避難所へ向かった。
 一方でフラムたちが目指すのは、彼と村人たちが去っていったのとは逆方向の南側だ。

「目的地までは、順調に行けば一日ってところか」
「ライナスさんたちは、どうやってそこまでたどり着いたんです?」
「途中で逃げてる馬車に同乗できたのがでかかった、キマイラにも襲われなかったしな」

 馬車に乗っていた人々も、英雄であるライナスと教会騎士であるバートが護衛となれば、さぞ心強かったことだろう。
 しかし、マリアを探すという動機があったライナスはともかく、バートはよく危険な場所まで戻ってきたものだ。
 今までの戦いでは情けない男に見えていたが、あれで意外と使命感は強いのかもしれない。
 伊達に副団長まで上り詰めてはいないということか。

「そういえば、避難所と聞きましたが、本当にそんなものがいくつもあるんですか?」

 ミルキットはライナスに尋ねる。

「ああ、元々緊急時に避難所として使うって決めてあったらしい。その政策を策定したのが、軍と関わりが深かったサトゥーキだってんだから、皮肉なもんだよな」

 手段はともかく、あれで政治家としては有能な人物だった。
 オリジンや魔族に固執さえしていなければ、王国をより繁栄させられたかもしれない、とライナスはつくづく思う。

「あれ? ってことは、軍の人たちが動いてるんだ……」
「動いてるのは、主に捕虜になってた連中だ。ほぼ全員無事だったし、ひょっとすると、あいつらしばらく休んで体力を温存してたから、オリジンの影響を受けにくかったのかもな」

 フラムは、元気に張り切る彼女・・の姿を思い浮かべ、頬を引きつらせる。
 避難を手伝っているということは、今は味方なのだろうが――それでも、できれば会いたくない。

「でも、その避難所って、水とか、食料とか、あとトイレとかはどうしてるんです?」
「避難所は一時的なものだ、そこまでは揃ってないかもな。だから準備が整えば、安全な町まで移動するようになってる……ってバートが言ってたぞ」

 今までアンリエットをはじめ、軍に所属している人間たちが軍人らしく働いているところをフラムは見たことがなかった。
 しかしライナスの話を聞く限りでは、彼女らはしっかり国民の命を助けるために動いているらしい。
 どれだけ話を聞いても、オティーリエが真面目に人命救助をしている姿など想像できないが。

「ま、それより先にまずフラムちゃんたちの避難だ。どっかの村で一泊することになるとは思うが、明日には着くだろ」

 そして三人は歩き出す。
 幸い、次の村にたどり着くまで雨は降らず、予想外の出来事に足止めをされることもない。
 旅路は順調そのものだった。



 ◇◇◇



 ラランクラから十時間ほど南西に歩いた場所にある町、サウル。
 人口二千人を超すこの町は、特産物であるフィーテという果物のおかげで、周辺の村よりも栄えていた。
 フィーテとは、色は白に近い黄色で、きめ細やかでジューシーな果肉が特徴的な、手の平サイズの非常に甘い果実だ。
 美味なだけあって値段もそれなりに高く、ゆえに農村にしては裕福な町なのだが――今は見る影もなく、見事なゴーストタウンと化している。
 立ち寄った軍人に処分されたのか、蠢く死者の影すら見当たらない。
 人口の多さの割に、漂う死体の匂いが薄いのは、王都から離れており、被害が少なかったからだろうか。
 燃えている民家の数もごく少数で、ほとぼりが冷めれば、そのまま住むこともできるかもしれない。
 少なくとも、王都よりは希望が持てる状態だ。
 とはいえ、歩けばそこら中に死体は転がっているし、屍肉目当てのモンスターとの交戦も避けられないのだが。
 ウルフやバジリスクと言った雑魚モンスターを軽く退けつつ、三人はサウルの町を探索する。

「おっ、フィーテじゃん。もーらいっと」
「いいんですか、そんなことして」
「フラムちゃんだって家のもん勝手に持ち出してたんだろ? どうせ戻ってくる頃には腐ってるんだし、食った方がマシだって。ほれ」

 そう言って、ライナスは露店の黄色い果実をフラムとミルキットに投げ渡した。
 よく熟れた色をしていて、鼻を近づけただけで芳しい香りが広がる。
 さすが名産地だけあって、そこらの露店で取り扱っているのも一級品だ。
 露店の値札を見ながら、「王都で買ったら三倍はします……」とミルキットがぼやく。
 三人はそのままフィーテを皮ごとかじりながら、泊まれる場所を探す。
 途中で夕食の材料で、なおかつ腐敗が早そうなものを調達し、それも見つけた宿に持ち込んだ。
 そしていつものように、ミルキットとフラムが調理場に並んで、調理する。

「こんな状態で、わざわざ毎晩料理してたのか?」

 ライナスがフラムとミルキットに尋ねた。
 彼は壁に背中を預け、仲睦まじく共同作業を行う二人を眺めている。

「手を動かしてると、気が紛れるんです」
「私は、食事で少しでもご主人様の気持ちが晴れるなら、と」
「まあ確かに、俺も安全な場所までたどり着いて、うまいメシにありついたときはほっとしたな」

 食事はそれだけ重要なものだ。
 加えて、二人にとっては調理という行為そのものも、王都で平和に過ごせた日々を思い出させる重要な儀式であった。
 一見して呑気に見えるかもしれないが、これだけで心の安寧を保てるのなら安いものである。

 その後、ライナスもなんだかんだ言いつつ二人の作った料理を楽しんだ。
 そして明日に備えて、それぞれ別の部屋で眠ろうとしたとき――コンコン、と小さなノック音が聞こえた。
 三人は部屋から出て、音の聞こえてきた宿の入口へと向かう。
 ノックは数十秒ほど間を開けて、何度も繰り返された。
 ライナスは宿屋の二階へ向かい、来客の正体を確かめる。

「……なんだありゃあ」

 そして戦慄した。
 立っていたのは、男であった。
 しかも見知った顔だ。
 名はヒューグ・パニャン、騎士団長だった男である。
 しかしバートが言うには、彼は王都の混乱に乗じて狂ったように住民たちを虐殺していたのだという。
 アンリエットが止めようと試みたが、キマイラに襲われる危険があったため放置したまま脱出したそうだが――

「キマイラ、か?」

 ライナスが驚いたのは、来客がヒューグだったことに、ではない。
 いや、それはもちろんのこと、彼が全裸なことにも驚くべきなのだが、それ以上のインパクトが別の場所にある。
 それは、彼の腕の異様な形状だ。
 まず第一に、巨大であった。
 十メートルを越す大きさで、むしろ腕にヒューグの体が付いているように思えるほどである。
 さらに、腕は生きているようにうごめいていた。
 外は夜の闇に閉ざされているため詳細な姿は確認できない。
 だがうっすらと見えるのは、鳥の首や、龍の爪、獅子の尻尾など、さまざまなモンスターのパーツだ。
 それらが混ざり合い、人の腕の形状を作り上げている。
 その姿を見て、真っ先にキマイラを思い出すのは、おそらくライナスに限ったことではないだろう。
 何なのかはわからない。
 だが、なぜそうなったのかはわかる。
 彼の姿を確認したライナスは、静かに、速やかにフラムの元に戻った。
 そして彼女に耳打ちをする。

「ヒューグだ、しかもコアを使ってやがる。裏口から逃げるぞ」

 フラムは驚愕に目を見開くと、頷き、ミルキットの体を抱え上げた。
 そして調理場を通り、その奥にある裏口から外へ出る。
 そのまま逃げ切るつもりだった――が、彼は当然、そう簡単には逃してくれなかった。
 ガシャアァッ!
 宿から走って逃げていたフラムたちの背後で、いくつもの建物が破壊される。
 確認するまでもない。
 しびれを切らしたヒューグが、あの腕で薙ぎ払ったのだ。

「フラムちゃん、しゃがめッ!」

 さらに正義執行ジャスティスアーツの発動。
 彼の振るった腕は、同時にフラムたちの首を狩る見えない刃を作り出す。
 相変わらずとんでもない殺意である。
 しゃがんだ彼女らの頭上ギリギリを通り過ぎる凶刃。
 再び立ち上がり、全速力でヒューグから逃げる。

「あ、あの腕は一体……!」

 ミルキットの視界には、全裸の彼と、夜空に天高く伸びるその“腕”が写っていた。

「無理はよくないよ、ヒューグ。そう、平凡な私は無理をしなければ非凡にはなれなかったけれど、非凡になった今、もう我慢する理由なんて無いのさ、ヒューグ」

 彼はぶつぶつと意味不明な文章をつぶやく。

「貞操帯がよくなかったね、ヒューグ。いやよかったんだ、ヒューグ。とにかく私は女が好きでね、少しでも好みの女がいると犯さずにいられなかった。それを貞操帯は解決してくれた、私の信仰はオリジンというよりもあれに向かっていたと言った方が正しい。そうだろう、ヒューグ」

 ひたすらに、誰にも理解できない言葉を。

「欲望を制御することで、私は正常な私を見失うと同時に、大きな力を得たのさ。でも女を犯せない、勃起すらできない、そんな人生に何の意味がある。勃起こそ人生? いやそれは下品だよヒューグ。言うなら欲望こそ人生さ。ああそうだね、ヒューグ。だから今の私は、きっと、真実のヒューグなのさ、なあ――ヒューグ?」

 そして対話・・に満足したのか、彼は腕を振り下ろした。
 すでに両者は百メートル以上も離れている。
 普通に考えれば、届くはずがない。
 だがその腕は、地面に触れる前に、ずるりと伸びた。
 いや、伸びたというよりは、増殖した・・・・と言った方が正しいか。
 魚が、犬が、人間が――様々な生物のパーツが継ぎ接ぎされたセクションが増設され、背中を向けて必死で逃げるフラムたちを襲う。

「飛べ、フラムちゃんッ!」

 合図に合わせて、フラムとライナスは横に飛んだ。
 ズオォォオン――まるで大地を割るように、避けた二人の間に叩きつけられる異形の腕。
 また、ヒューグの攻撃に合わせるように浄化の刃スコッチメイデンが発動、ライナスは風の魔法で、フラムは重力反転でそれぞれ跳躍の軌道を変え、首を狙って襲いくるそれを回避した。

「チッ、まずいな……」

 ひと目見ただけで、キマイラよりもヤバイ相手であることがわかる。
 人狼型相手でも苦戦しているというのに、あれとやりあって戦いが成立するとは思えない。
 ならば考えるべきは、戦う方法ではない。
 逃げ切れるかどうかだ。
 腕の射程がどれほどかわからない以上、断言はできないが、どちらか一方が囮になれば、どちらか一方は逃げ切れるだろう。
 そして囮になって、なおかつ自分も無事でいられる可能性が高いのは、考えるまでもない。

「フラムちゃん、俺が囮になる。その間に逃げてくれ!」
「嫌です」

 フラムは断固拒否する。
 ガディオも同じようなことを言って、まだ会えていない。
 きっとライナスだって似たような結果になるに決まっている。

「言っとくけど、俺はあれと戦おうだなんて思っちゃいない。ただ時間稼ぎをするってだけだ。フラムちゃんたちが十分に離れたと判断したら、俺も離脱する」
「でもっ!」
「このまま戦ってたんじゃ、お互いに死んで終わりだ! ここは割り切ろう、フラムちゃん」

 あと何度割り切ればいいのか。
 ここまででも十分、フラムは自分の心を殺してきたというのに。
 しかし――わかっているのだ、ライナスの言うことが正しいということぐらい。
 従えば、自分もミルキットも無事にヒューグから逃げ切れる。
 ああ、万々歳のハッピーエンドじゃないか。

「……っ。お願い、します」

 悔しげにそう言って、フラムは再びヒューグに背中を向けて走り出す。
 ライナスは「それでいい」と微笑み、弓を握った。

「まだマリアちゃんにも会えてないんだ。こんな因縁もへったくれもねえ相手に殺されるつもりなんて、さらさらねえっての!」

 攻撃はダメージを期待せず、時間稼ぎに徹する。
 それは彼の得意分野だ。
 フラムを助け、自身も生き残り、マリアと再会する。
 その望みを叶えるために、ライナスは矢を放つ。
 ヒューグは、その巨大な腕を鞭のようにしならせ再び振り上げた。





「「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • 屠龍♪

    いつも読んでます。ドキドキハラハラが止まりません。次回も楽しみにしてます。

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