「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

検死2 復讐者

 




 大地を踏み砕き、エキドナの本体に斬りかかるガディオ。
 彼の敏捷はせいぜい2000を超える程度、今のエキドナならば簡単に避けられる数値だ。
 しかし実際は、数値から想像される速度を遥かに凌駕していた。
 プラーナでステータスが上乗せされているにしても、これは――とっさに赤い管を束ね、盾にして防ぐので精一杯である。

「エキドナアァァァァァァァッ!」

 彼女の鼓膜を震わせる、狂喜の絶叫。
 そして振るわれる、黒い鉄塊。
 だが、エキドナを守るねじれた管は、オリジンの力が込められたもの。
 細く長い糸のようにも見えるが、その強度はフラムが反転を使っても抑えきれないほどだ。
 つまり筋力8000程度・・の斬撃ならば、必ず防ぎきれるはず。
 仮にプラーナによる強化が成されていたとしても、突破できるものではない――エキドナの口元に浮かぶ笑みは、そう確信しているからだ。
 体に満ちる、神より与えられし人智を超えた力。
 彼女は人の可能性を否定し、オリジンに未来を委ねる。
 ゆえに、人の命を軽視しすぎる。

「うおおぉぉぉおおおおおッ!」

 振るわれた刃が、赤い管を両断する。
 エキドナの瞳が大きく開く。
 戸惑う彼女の表情に、ガディオは満足げにニヤリと笑った。
 そして無防備になった彼女に向けて、次の一撃を仕掛ける。

「キマイラぁっ、私を守りなさぁい!」

 エキドナがそう呼びかけると、周囲のキマイラが一斉に螺旋の力をガディオに放った。

「チィっ!」

 直撃を食らうとさすがにまずい。
 ガディオは後退する。
 すると、周囲を人狼型キマイラが取り囲んだ。
 すぐさま飛びかかってきた敵を、彼は大剣で串刺しにする。
 もはや、オリジンの力が肉体を強化していようが何だろうが関係ない。
 残されていたはずの寿命――その全てを使い果たす覚悟を決めた彼の剣に、貫けないものは存在しなかった。
 だが一体を処理しても、次々と他の人狼型が群がってくる。

「ふうぅぅ――」

 大きく息を吐くガディオ。
 彼は生成したプラーナを、腕から大剣へ、そして大剣からキマイラへと注いでいく。
 刺し貫かれ、手足をばたつかせるそれは、もはやプラーナの爆弾と化していた。
 そして迫り来る別の個体に叩きつけ――発破。
 ドゴォォオオオオンッ!
 空中で弾け飛んだキマイラは、仲間たちを巻き込みながら盛大に弾ける。
 しかし、彼らに死を恐れるという概念は存在しない。
 視界を塞ぐ砂埃の向こうから、人狼型、さらには獅子型までもがガディオに突っ込んでくる。
 怖気ず、彼は両手で大剣を高く構えた。
 体力と命を削ることによるプラーナ生成。
 だがそれだけでは説明できないほど強い力が生まれるのを、ガディオは感じていた。

(お前たちが力を貸してくれているのか――)

 すでにこの世には存在しない、キマイラに命を奪われた者たち。
 この剣の本来の持ち主であり、親友かつライバルだったソーマ。
 パーティでは唯一と言っていいほどの常識人で、影の大黒柱と呼ばれていたジェイン。
 専門知識は優れていたが、ずば抜けた変人で、なにかと周囲を騒がせていたロウ。
 ガディオの妻であり、いつだって明るい笑顔で自分を支えてくれたティア。

(待っていろ。エキドナを殺して、すぐにお前たちの所に行くからな)

 全ての想いを載せて、刃に、周囲の景色が歪むほどの力が込められる。

「はあぁぁぁぁぁぁああッ!」

 その全てを、一刀に込め放つ。
 気剣斬プラーナシェーカー――否、気剣乱《プラーナクラスター》である。
 地面をえぐり、その衝撃波で近づく物体を破壊しながら進む気の塊。
 それはキマイラの群れと衝突する寸前で、花が咲くように無数の刃に分裂した。
 予想外の動きに対応できず、次々と細切れにされていくキマイラたちの体。
 獅子型ですらも例外ではない。
 人狼型よりも頑丈な肉体でも、ガディオの放った刃は容赦なく切り刻む。

「なんですのぉ、その力はぁっ!?」

 エキドナは戦慄した。
 反転の力を持ったフラムですら突破するのに苦労したキマイラの肉体が、こうも簡単に破壊されるとは。
 勇者であるキリルならともかく、ただの戦士であるはずのガディオが、なぜここまでの力を発揮できるのか。

「これが、人の命の可能性とでもいいますのぉ!?」

 人の可能性を諦めた彼女には、理解できない。
 しかし目の前で繰り広げられる現実が、否定を許してくれない。

岩刃タイタン――」

 気剣乱プラーナクラスターで負傷したキマイラたちの傷は、すぐにねじれ、止血される。
 そして生物としての特徴を失う代わりに、オリジンの影響を色濃くしていくのだ。
 デタラメに螺旋の力をばらまく厄介な肉片になる前に、ガディオはそれを叩き潰そうとしていた。
 中段に構えた剣を、魔力により作り出された岩が包んでいく。
 いつもなら数メートルの大きさで止めるところを、二十メートル近くにまで肥大化させる。
 命を賭けて作り出したプラーナがなければ、抱えることすら出来ない重さである。
 ガディオの両腕には、くっきりと血管が浮かび上がっていた。
 それを肩に担ぎ――キマイラの群れに、叩きつける。

轟気爆グランクラッシャァァァァァァッ!」

 ズウウゥンッ!
 岩の刃が大地に叩きつけられ、刹那の静寂。
 そして――ゴバアァァァァッ! 直後にプラーナが弾け、一帯に存在するあらゆる物体が高く高く舞い上がった。
 家も、瓦礫も、無論キマイラやエキドナの分体まで。
 そして浮き上がったあらゆる物質は、空中で粉々になるまで刻まれていく。
 王都全体を揺らすほどに轟く破壊音が収まったとき、ガディオの視界には、もはや何も残っていなかった。
 刃を包んでいた岩も砕け、彼はその切っ先を、ちゃっかりと退避していたエキドナ本体に向ける。

「はっ……はぁ……はは、ははは……どうしたエキドナ、これで打ち止めか?」
「ま、まだっ、まだですわ、飛竜型ぁ!」

 想像を絶する威力に、彼女は焦った様子で、空中に待機していた飛竜型に呼びかける。
 指示を受けたキマイラは、龍の頭部をぐぱぁっと四つに開いた。
 その奥底で渦巻く力――人狼型や獅子型とは比べ物にならない螺旋が、さながらドラゴンのブレスのようにガディオに向けて吐き出される。

「螺旋には、螺旋を」

 迫る強力な一撃を前に、弓を引くように腰を低く落とし、体を捻り――

「はあァッ!」

 刺突を放つ。
 その先端から、プラーナの矢が放たれた。
 迫る螺旋に比べると、それはあまりに細く鋭い。
 しかし高速で回転することにより、周囲の空気を巻き込み、次第に竜巻のように渦巻いていく。
 膨大なプラーナ生成を前提として成立する剣技、気穿旋槍《プラーナスピア》だ。
 二つの力が空中で激しくぶつかりあう。
 威力はほぼ同等。
 つまり――勝敗は、込められた意志の強さで決まる。
 心の勝負ならば、キマイラのような操り人形に、ガディオが負ける道理は無い。
 打ち負けた螺旋が消失する。
 だが衝突によって軌道が逸れたプラーナの矢は、飛竜型の体ではなく、翼を貫くに留まった。

「グギャオオォオオッ!」

 空中でバランスを崩し、キマイラが地上に降りてくる。
 まだ致命打には程遠い。
 コアを抜き取るか、肉体を完全に破壊しない限り、動きが止まることは無いのだ。
 巨体がガディオに迫る。
 彼も自ら、その強大な敵に立ち向かっていく。
 前足が振り上げられ、鋭い爪が彼を襲った。

「ぐぅ……っ!」

 ガディオは大剣でそれを受け止める。
 命を捨てた彼でも、飛竜型相手となると一筋縄ではいかない。
 だがこれを打ち倒さなければ、エキドナを殺すことはできないのだ。
 殺さなければティアに、みんなに顔向けできない。
 そう、殺さなければ――

(殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺すッ!)

 強い殺意が、ガディオにさらなる力を与える。

「ぬおぉぉおおおおおおッ!」

 命を吐き出すように雄叫び、力ずくで前足を退ける。
 そしてよろめく飛竜型の足に、気剣斬プラーナシェーカーを放った。
 ザシュッ、と血を撒き散らしながらダメージを与えるも、切断には至らず。

「ならばあぁぁぁぁッ!」

 一撃で足りぬのなら――と、目にも留まらぬ連撃を繰り出した。
 気剣連斬プラーナストリームとも呼ぶべきその剣技は、命中のたびに傷を深くえぐり、ついには前足を切断することに成功する。
 傷はすぐにねじれ、血は止まるが、羽と前足を失った飛竜型は、その機動力を大きく喪失した。
 そしてガディオは今度こそ、修羅のごとき形相でエキドナと向き合った。

「次は……貴様の番だ、エキドナ」
「オリジンの力が……人に負けることなどぉ……そんな、そんなこと、あってはならないことですわぁ!」
「だからどうした。御託を並べる暇があるならかかってこい」
「認めません、認めませんわあぁぁぁッ!」

 人ではたどり着けない可能性がオリジンにあったからこそ、彼女は迷いなく実験のために人間の命を利用することができた。
 だが、人の命そのものに、オリジンを超えるだけのポテンシャルが眠っているのだとしたら。
 それを認めてしまえば、エキドナの研究の正当性が失われてしまう。
 誰かが罪を追求するわけでもないが、自身が味わう敗北感に、おそらく彼女は耐えられない。
 だから目の前に存在するガディオという存在を、彼女は全力で否定しなければならなかった。
 エキドナはコアよりさらに多くの力を引き出す。
 すると顔面が醜く渦巻いた。
 そして肉の渦から、吐き出される血とともに無数の赤いねじれた管が現れる。
 それらは、何百体と倒れているエキドナの姿をした分体たちに突き刺さり、命を吹き込む。

「押し潰れろぉおおおおおおおッ!」

 もはや口調を取り繕う余裕すらないのか、エキドナはそう叫んだ。
 百体近くの分体たちが一斉にガディオに飛びかかる。

「今さら数で勝負か? コアの影響で脳まで腐ったか!」

 笑うガディオ。
 彼は剣を薙ぎ払い、一回転した。
 そして吹き荒れるプラーナの嵐が、分体たちを粉砕しながら吹き飛ばす。
 一体たりとも、彼の体に触れることは叶わない。

「まだですわぁ、私はまだ全てを出し切ってはいませんわぁッ!」

 ぶじゅっ、と血を撒き散らしながらエキドナは喚いた。
 管を突き刺し分体を補充、それら数十体を束ね、巨人を作り出す。
 西区を徘徊する巨人と同じ理屈だ。
 単体で叶わぬのなら、束ね、強大な個として立ち向かう。
 しかしガディオは、『だからどうした』と言わんばかりに鼻で笑った。

「束ねたか。ちょうどいい、手間が省ける」

 刃が岩を纏う。
 それを邪魔するように動けない飛竜型が螺旋を放つが、軽々と避け、ガディオは分体の集合体に接近した。

「うおおおぉぉおおッ!」

 そして巨岩の剣を、分体に叩きつける。
 キマイラの群れを砕くほどの一撃を、巨人は両手を交差させガードする。
 さすがの頑丈さだ、エキドナが自信を持つだけはある。

「おぉぉおおおおおおお――」

 だがガディオの方も、ここで終わりではない。
 両腕と刃にプラーナを注ぐ。
 ぐぐ……と、巨人の腕がわずかに押された。

「このような木偶の坊でぇッ!」

 さらに命を捧ぐ。
 増していく圧力に、巨人のかかとが地面を削り、後退する。

「あなたの敵はそれだけではありませんわよぉ、ガディオ・ラスカット!」

 エキドナの本体は、力比べに集中するガディオに向かって管を伸ばした。
 無防備な背中に、敵意が迫る。
 感じている、わかっている、しかし――彼は振り向かない。
 諦めたのではない、その必要が・・・・・無いから・・・・だ。
 黒いコートを貫き、背中に突き刺さる無数の管。
 そして注がれる、同化を強要する紅の猛毒。
 このままいけば、ガディオの肉体はエキドナと同化するはずだった。

「あははははっ! これで終わりですわねぇ!」

 上機嫌に笑うエキドナ。
 だが、ガディオはびくともしない。
 むしろ、刺さった管の方が膨らみ――

「へ……?」

 パァン! と風船のように破裂した。
 プラーナが逆流し、液体の流入を阻止したのだ。
 もはや、ガディオを邪魔するものは何もない。
 プラーナの生成はさらに加速し、そのエネルギーは巨人の力を完全に凌駕した。

「そのような小手先の企みでッ、今の俺に勝てると思うなあぁぁぁぁぁッ!」

 ズシャアアァァッ!
 岩刃が、受け止めていた腕ごと、巨体を真っ二つに斬り裂いた。
 大量の血を撒き散らしながら、巨人を構成していたエキドナたちが、バラバラになって地面に落ちていく。
 切り札が破れた。
 まだ分体のスペアは残っているが、これを使ったところでガディオを止められるかどうか。
 エキドナは認めたくない。
 しかし、もう認めてしまいそうだ。
 ――この男は強い。
 そして、人の命はときに、オリジンの力を上回るのだと。
 それでも、研究者としての挟持が、受け入れることを拒む。
 理屈ではない、意地だ。
 彼女は再び管を突き刺し、分体を寄せ集める。

「は……まだ懲りないとは、醜いやつだ」

 消耗が激しい。
 自分の命がそう長くないことを、ガディオは悟っていた。
 おそらくエキドナも、そろそろ勝負を決めに来る頃だ。
 次が――最後になる。

「私は死にませんわぁ。この素晴らしい力を、もっと味わっていたいですものぉ!」

 束ねた分体が、全て本体に集まっていく。
 肥大化し、変形していくエキドナの右腕。
 それは分体の一部を弓に、伸びる管を弦にした、巨大な射出機構となった。
 つがえる矢は、残りの分体全て。
 人体を寄せ集めただけの巨大な矢は、先端がオリジンの力によってねじれ、鋭利な矢じりを作り出す。
 そして強靭な赤い管で作られた弦が自動的に引かれると、ガディオに狙いを定めた。

「ならばその素晴らしい力とやらを、正面から打ち砕いてやろう」

 そう言って、彼は地面に剣を突き立てる。
 普段はあまり使わない技なのだが――威力という点においては、これに勝るものはない。
 いかんせん使い勝手が悪く、こういう馬鹿正直にぶつかり合う戦いでもなければ、使いどころがないのだ。
 ちょうど、今のような状況でなければ。
 刃から地面へプラーナが注がれる。
 それはガディオの足元に留まり、破裂寸前の状態にまで膨れ上がった。
 準備はこれで完了だ。
 彼は剣を引き抜く。
 そして腰を落とし、低く構え、エキドナの弓と向き合う。
 発想の愚直さで言えば、彼女のあれも相当なものだ。
 それは同時に、追い詰められているという証拠でもある。

 向き合っている間にも、体温は失われていく。
 近づく死。
 エキドナと決着をつけられると思うと、その感覚すらも心地よい。

『今度、時間ができたら、今までよりももっとすごい技を教えてもらえませんか?』

 約束が蘇る。
 まるで走馬灯のようだ。
 いや――事実、そうなのかもしれない。
 命の喪失を、脳が予感しているのだ。

(すまないなフラム、最初から果たせない約束など交わしてしまって)

 無責任だが、あの場はそう返事をするしかなかった。

『パパ、今度はハロムとお外でいーっぱい遊ぼうね!』

 次に思い出すのは、自分を父と慕う子供の姿。
 こんなことなら、拒み続けていればよかった。
 しかしそれができるほど、ガディオは己を捨てられない。
 甘い男だ、と自分でも思う。

『もし、もしもだよ。あたしとガディオの子供ができたりしたら……名前、どうする?』

 そして次に浮かんできたのは――自分に好意を寄せる、親友の元妻である。
 復讐の日々は、あまりに長かった。
 おそらく、一人では成立しなかっただろう。
 今日、この場所に自分が立てているのは、間違いなく支えてくれた人々の協力があったからだ。
 ――と言っても、今さらそんなものは言い訳にしかならないわけだが。

『……ごめん、面倒くさいよね、あたし。いいんだ、ガディオにはティアがいるから。一度だけでも、応えてくれたらそれで十分だよ』

 あるいは、三人で歩む道もあったのかもしれない。
 そして今を生きる仲間たちとともに、新たに冒険者として生きるのだ。
 それこそが、正しい道だった可能性もある。
 だとしても――魂に刻まれた喪失感は、時間で癒えるものではなかったのだ。
 埋まらぬ空白に苦しみながら生きるより、『彼女に報いるため』と自分を納得させて、もがく方を選んだ。
 その選択に――後悔などはない。

「これで、終わりですわぁ!」
「ふッ!」

 矢が放たれるのと、ガディオが地面を蹴るのは、ほぼ同時だった。
 その足が大地を揺らした瞬間、そこに込められたプラーナが爆ぜる。
 気吼疾雷斬プラーナアサルトバースト――その衝撃は彼の体を砲弾のように、急加速させた。

「ぎっ、いいいぃぃ……ッ!」

 ガディオは内臓が潰れそうな加速度に耐えながら、大剣を手に空を駆ける。
 いや、潰れたって構いやしない。
 どうせこれで終わりなのだから。
 目は血走り、鼻と耳から血が溢れ、強く噛み締めた歯が赤く滲む。
 時はゆっくりと進む。
 放たれた矢と前進したガディオが衝突するまでに要する時間は、わずか0.1秒。
 その刹那に起きた肉体のあらゆる変化を、彼は克明に感じ取っていた。
 全身の血管がはち切れ、血が飛び散る。
 筋肉が断裂し、激痛が走る。
 しかし彼は、もう止まらない。

「づっ、ぎがああぁぁぁぁッ!」

 刃が矢と接触。
 束ね捻れこの世に存在するどんな金属よりも硬く強化されたその矢じりを、黒い刃が粉砕する。
 そして竹を割るように、分体の矢は真ん中から両断されていった。
 そのままの速度で、ガディオはエキドナに接近する。
 振り下ろした刃を再び構え、勢いをそのまま、彼女の上半身にぶち当てた。
 彼女は瞬時に管で防ごうとするも、その程度で止まるはずがない。

「あ――」

 言葉を発する時間など無かった。
 大剣に触れた瞬間に管は弾け、そしてエキドナの肉体もまた――バシュッ、と消し飛ぶ。
 下半身だけになった彼女を通り過ぎると、ガディオは着地する。
 だが両足だけでは有り余るスピードを抑え込めず、ズザザッと数メートル滑り、剣を地面に突き立ててようやく停止した。
 彼が止まったのとほぼ同じタイミングで、エキドナの下半身が倒れる。
 体内に取り込まれていたコアも、その付近に落下した。

「あ……あぁ……」

 もはやガディオの肉体に、力は残っていなかった。
 立っているのが精一杯の状態で、ゆっくりと振り返る。
 そして、エキドナの死体を見た彼は、口元に笑みを浮かべ――

「俺は……やったん、だな……ティア……」

 崩れ落ちる。
 そのまま、二度と目を覚ますことは無かった。
 ガディオ・ラスカットは、ようやく望みを果たしたのだ。



 ◇◇◇



「……くん」

 誰かが俺の体を揺らしている。
 知っている女の声だ。
 聞いているだけで、ひどく懐かしい気分になる。

「ガーくん」

 俺をそうやって呼ぶ女など、一人しかいない。
 ティアだ。
 しかし、彼女はとっくにこの世にいない。
 どうせ夢でも見ているのだろうと思い、俺はゆっくりと瞳を開いた。
 目の前に、青い空が広がっている。
 暖かな日光が差し込み、頬を爽やかな風が撫でる。
 どうやらここは――草原、らしい。
 ほら、やはり間違いなく夢だ。
 先程まで、俺は夜の王都にいたのだから。

「あ、やっと起きた。もう、ガーくんったらねぼすけさんだなあ」

 突如視界に現れたティアは、こつんと人差し指で額を小突いた。
 少し痛かった。
 まるで現実のように。

「なにその顔。まだ寝ぼけてるの? 気持ちはわかるけど、そろそろ目を覚ましてくれないと、あたしすねちゃいますよー?」
「……ティア、か?」
「それ以外、誰に見える? あー……ってそっか、そういうこと・・・・・・もあったんだもんね」

 ネクロマンシーのことを言っているのだろうか。
 なぜ死んでいたはずの彼女が、それを知っているのだろう。
 いや、夢だから当然と言えば当然なのか。

「大丈夫、ここには偽物なんて存在しないから。失われたものだけど、だからこそ本物なんだよ」
「ここは、どこだ? 俺は……」

 言い終わるより前に、ティアが俺を抱きしめた。
 柔らかな腕に包まれ、ぬくもりと、甘い匂いがいっぱいに広がる。
 思わず泣いてしまいそうなほど、心地よい感触だった。
 夢で――ここまで鮮明に、感触まで再現できるものなのだろうか。

「夢でもない。現実……っていい切るのも微妙だけど、確かに私はここにいる」

 抱きしめられているうちに、どうでもよくなってきた。
 これをずっと、俺はずっと、待ち望んでいたんだ。
 それが手に入るのなら、夢でも現実でも、どちらだって。

「おつかれさま、ガーくん。もう終わったの、だから難しいことは考えないでいいんだよ」

 終わった。
 そうか、復讐は、終わったんだ。
 エキドナは上半身が吹き飛び、死んだ。
 そして俺の命も、また――
 だったらここは、そうか、そういうことなのか。

「ケレイナとの浮気とか、色々聞きたいことはあるけど、頑張ったから心の広い私は許してあげよう」
「あれは……」
「わかってる、頼まれたんでしょ? それに、今日までガーくんを支えてくれたんだし、ケレイナには感謝してるよ。でも、それとこれとはまた別の問題なのっ」

 すねた彼女の声もまた、懐かしい。
 こうして本物・・の声を聞いていると、ネクロマンシーはやはり偽物だったのだと認識させられる。
 なぜ気づかなかったんだろうな、俺は。

「本当はあそこで幸せになって欲しかったけど、ガーくんったらあたしのこと好きすぎるんだもん。そこまでされちゃ、待つしかないもんね」
「妻にするほどだったんだ、当然だろう」
「んっへへ。そういうの、すっごく嬉しい」

 笑い声が耳をくすぐるだけで、胸に満ちた感情が目から溢れ出しそうだった。
 ここがどこかなんて、もうどうでもいい。
 ティアがいる、それだけで十分じゃないか。

「さて、みんなを待たせると怒らせちゃうし、そろそろ行こっか」
「みんな……?」
「ソーマとジェインとロウだよ、みんなまた一緒にパーティを組めるって楽しみにしてたんだから」

 そう言って、ティアは立ち上がる。
 ああ、そうか、あいつらも待ってくれていたんだな。
 ソーマには……色々と言うことがあるな。
 ジェインとロウにも面倒な絡まれ方をしそうだが、それもそれで、きっと楽しいはずだ。

「ガーくんっ」

 ティアが俺に手を差し伸べた。
 その瞳に、最高級の愛情を込めて。
 俺も彼女の目を見ながら、自分の手を重ね――しっかりと握る。
 もう二度と離さないと、強く誓って。
 そして俺らは手を繋いで、ソーマたちの待つ場所へと歩きだした。
 その途中で、ふと首を回して振り返る。
 そこには、光があった。
 思わず足を止める。
 向こうには、様々な人の姿が見える。
 ケレイナやハロム、フラムを筆頭として、必死に生きる道を探す姿が。
 もう俺の言葉が届くことはないだろう。
 それでも、何か言わずにはいられない。

「すまないな、俺は先に行かせてもらう」

 そう一言だけ告げて、再び光に背中を向けた。
 そして、二度と振り返らずに、俺は仲間たちの元へと向かうのだった。



 ◇◇◇



 とても悲しいお知らせがあります。
 人が死にました。
 名前は、ガディオ・ラスカット。
 死因は、心臓をもぐもぐ食べられたことです、美味しそうですね。
 享年三十二歳。
 彼は幸せだったんでしょうか。
 悲しい人生。
 無意味な人生。
 早く死ねば――

「……わたくしは、そうは思いません」

「その命は無駄などではなかった。少なくとも、わたくしの命よりは遥かに」

「ですから、聖女としてではなく、オリジン様の使徒としてでもなく……わたくしは一人の人間としてあなたを尊敬し、そしてその死を悼みましょう」

「ご冥福を、お祈りします」





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