「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

096 ただ自己満足の末の絶頂が欲しかっただけのくせに綺麗事で誤魔化すあなたが背負うべきあらゆる罪科

 




「うわあぁぁぁぁぁっ!」

 ミルキットは叫び、必死でフラムを突き飛ばす。
 ガチンッ! とエキドナの歯が鳴った。
 転がるフラムは一命を取り留め――ミルキットが助けてくれなければ、腕の一本ぐらいは簡単に持っていかれていただろう。
 心の底から彼女に感謝する。
 とはいえ、危機はまだ去っていない。
 魂喰いは折られ、もはや武器として使うことはできないだろう。
 さらに、どうやらエンチャントも効果を失っているようで、先ほどよりも体が重い。
 自由に収納することもできず、最低限の機能すらも残っていないようだ。
 もはや、ただの重りである。

 ミルキットと出会ったあのときから、フラムはこの剣と一緒に戦ってきた。
 相棒――と呼ぶにはいささか物騒すぎる代物だが、それでも愛着はある。
 魂喰いとの出会いがなければ。
 牢の中でグールに襲われたとき、これを握っていなかったら。
 自分はもう、とっくに死んでいただろう。
 ミルキットと絆を結ぶこともなく、オリジンに抗うこともなく、ただの奴隷の死体として、ゴミ同然に捨てられていたはずだ。
 ゆえに、手放すことに対する葛藤はあった。
 しかしこの状況における逡巡は、命にかかわる。
 迷うことすら許されずに――フラムは、『ごめん、今までありがと』と心の中で剣に語りかけながら、その柄から手を離した。

 再生能力はもう使えない。
 今までは『どうせ治るのだから』と割り切って大胆に動くことができたが、そうはいかない。
 フラムは急に目の前に存在する異形が、恐ろしいものに思えた。
 を、以前よりも身近に感じる。

「ミルキット!」

 ショックは大きいが、落ち込んでいる暇だってない。
 アイコンタクトで意思疎通を図るフラム。
 ミルキットはそれを理解しうなずくと、二人同時に、エキドナの本体とは逆の方向へ駆け出した。
 そして合流すると、互いに手を伸ばし、固く繋ぎ合わせ、敵との距離を取る。

「ありがと、助かった」
「う、うまくいってよかったです」

 かなり無茶をしたようで、声が震えている。
 フラムにとっても、武器もなしに戦える相手ではない。
 抱き上げてすぐにでもここから退散したいが――

「あなたが欲しい、あなたが欲しい、どうしてかしらぁ? この想いは――あぁ、オリジンから流れ込む想い・・ですの!」

 そう簡単には、逃してくれそうにない。
 巨大な顔が再び背後から迫る。
 口が開くと――フラムはミルキットの方に飛び込み、彼女の体を抱きしめながら転がる。
 二人は道端に設置された露店に突っ込んだ。
 本体が赤い管を差し向ける。
 歯を食いしばり、フラムは立ち上がり同時にミルキットを抱き上げた。
 そして前方の城壁まで疾走し、重力を反転し高く跳躍。
 管はそんな彼女の足元を刺し貫く。
 しかし、エキドナの足の間から伸びる管は一本や二本だけではない。

「どんなに満たしても足りないのは、あなたがいるからですのぉ? あなたを刺し貫けば、私は今より満たされますのぉ!?」

 今度は複数本が、壁際を飛び上がるフラムを狙う。
 彼女は壁を蹴り、それを躱した。
 すると三度みたび、不気味に笑う巨大なエキドナの顔が迫る。
 慌てず、落ち着いて反転解除。
 自然落下して回避。
 そして、ようやく着地すると、脇目もふらずに走り出した。

「私を拒まないでぇ!」

 目を剥き、口から涎を撒き散らしながら、四つん這いの本体が喚く。

「そんなの無理に決まってんじゃん!」

 愚痴っぽく言い捨て、フラムはひたすら前進した。
 その背中を追う巨大な顔が、突如十字に裂けた。
 誰かが斬りつけたわけではない、自らの意志で分裂・・したのだ。
 そして四つに別れた頭部は、ぐにゃりと形を変えて、四人のエキドナと成る。
 どうやら最初から、あの巨大な顔は四人分を寄せ集めて出来たものだったらしい。
 無論、理屈などわかるはずがない。
 地面に降り立った四体のエキドナは、やけにきれいなフォームで疾走し、フラムたちの追跡を開始する。

「どうせ無駄ですわぁ」
「何人死んだと思ってますのぉ?」
「他の出口も全て封鎖されていますのよぉ!?」
「逃げたって無駄なのにぃ、逃げる必要なんてありませんわぁ!」

 それぞれのエキドナが言葉を発し、猛スピードで近づいてくる。
 フラムは走りながら、足元に魔力を集中――狙いを定め、地面を反転させた。
 地面がえぐり取られ、ぐるんと裏返る。
 巻き込まれたエキドナの足がぐにゃりと、曲がってはいけない方向へ折れ、のしかかる地面の重さに耐えきれずちぎれる。

「きゃはぁんっ!」

 彼女は嬌声をあげ、倒れた。

「よしっ!」

 残り三体――と喜ぶフラム。
 だが、その傷口はすぐにねじれ、出血が止まる。
 そして倒れたエキドナは、そのまま手足を使って、まるで虫のように移動を始めた。
 その速度は、二本足よりも遥かに早い。
 どこまでも人間を捨てている。
 あれが彼女の理想とでも言うのだろうか。
 やはり最初から、キマイラなどという化物を生み出した時点で、彼女はイかれていたのだ。
 フラムは路地への入り口を見つけると、そこに入っていく。
 数の暴力に押しつぶされることだけは避けたい。
 ゆえにできるだけ狭い道を選び、曲がりくねりながら進む。
 しかしスピードは相手の方が上、全く引き離せない。

「どこまで走れば……っ!」
「また来ましたっ!」

 特に虫のように移動するエキドナがやっかいだ。
 地面だけでなく壁を這って、本当に虫そのものとしか言いようのない体勢で移動している。
 背後から迫り、手を伸ばしてくるそいつに、フラムは反転の魔力を込めた回し蹴りを放つ。
 オリジンの力の満ちたその肉体にはよく効いているようで、ブーツが顔面に突き刺さると、彼女は普通に吹っ飛んだ。
 だがすぐに起き上がり、しつこく追跡を続ける。
 フラムがその一体にばかり気を取られていると――真横の壁から、かすかに何かが削れる音がした。
 直感が危機を告げる。
 確証は無いが、すぐに重力反転で跳躍。
 直後、さきほどまでフラムがいた場所を、無数の赤い管が串刺しにした。
 間一髪だ。
 どうやら管で繋がった分体の視界を利用して、本体もフラムの位置を把握しているらしい。
 さらに背後から迫るエキドナは、壁を這って浮き上がった彼女を追ってくる。
 本当は反転解除して路地を走り続けたかったのだが――仕方ない。
 そのまま屋根の上にあがる。
 すると案の定、そこには十体近くのエキドナが待機しており、まだ着地もままならないフラムたちを取り囲んだ。

「逃しませんわぁ」
「逃げられませんわぁ」
「誰もぉ」
「もう、この王都からはもう出られませんのよぉ?」

 人間だったときと変わらぬ口調で、エキドナたちがそう宣言する。

「いちいち分けて言わなくても……!」

 ――それぐらい、わかっている。
 気の抜ける声が、余計にフラムを苛立たせた。
 仲間もいなければ、武器もない。
 再生能力もなく、ステータスも下がり、エキドナの分体一人分すら倒せない今のフラムが、逃げ切れないことなど、見えた結果であろう。
 否定はできない、しかし許容もできない。
 ここで諦め、ミルキットの命を放棄することなど、あってはならないのだ。
 無理を承知の上で突っ込むか、それとも自分を犠牲にしてミルキットだけでも逃がすか――
 そんなフラムの苦悩を打ち砕くように、

「フラム、走れッ!」

 男性の声が響いた。
 反射的に体が動く。
 なぜならその声は、その言葉は、フラムにとって無条件で信頼できるものだったから。

「おおぉぉおおおおおおおッ!」

 続けて野太い雄たけびが聞こえたかと思うと、彼女の前に立ちはだかるエキドナの脳天に、黒い大剣が叩きつけられた。
 黒いコートがはためき、直撃を受けた彼女は紙人形のように潰れる。
 さらに満たされたプラーナが弾け、彼の眼前に存在するもの全てを吹き飛ばした。
 扇形に広がる嵐に巻き込まれ、軽く民家が数棟消滅する。
 その威力は、フラムが今まで見てきたどの騎士剣術キャバリエアーツよりも強力だった。
 どこから、それだけのプラーナを引き出しているのか。
 疑問はあったが、それよりも彼が来てくれたことが、フラムにとっては何よりの救いである。

「ガディオさんっ!」

 力ずくで開かれた突破口を駆け抜けるフラムは、希望に満ちた表情でその名を呼んだ。
 大技を放った彼の背後からエキドナが迫るも、気配を察知し振り向きざまに一閃。
 分体はあっさりと真っ二つにされた。
 だが、いくら斬ろうと、エキドナの数はあまりに多い。
 本体を潰さない限り、際限なく湧いてくるのだろう。
 彼は殲滅を諦め、ミルキットを抱えて走るフラムと合流、同時に地上へ飛び降りた。

「無事でなによりだ」

 そしてガディオは、微笑みそう告げる。

「ガディオさんこそっ! 他のみんなはどうしたんですか?」
「わからん、リーチの屋敷から脱出するときにバラバラになってしまったからな」

 少なくとも死んだわけではないことを知り、フラムはほっと息を吐き出す。
 二人は同時に路地の前後を確認、左側からエキドナが接近しているのを確認すると――

「突破するぞ」

 ガディオは自らそちらに向かっていった。
 ある程度の距離まで近づくと、大剣を振るい、気剣斬プラーナシェーカーで分体を両断する。
 放たれる気の刃はあまりに巨大で、エキドナどころか、両側の壁にも深く溝を刻んでいた。
 その背後から、さらに四体の分体が現れた。
 彼はその姿を見るなり、素早く十字に剣を振るい、二本の刃が交差する点に切っ先を突き立てた。
 そうして生まれたのは、路地を埋め尽くすほど巨大なプラーナの盾だ。

「ふんッ!」

 両腕に力を込め、追加のプラーナを注ぎ込むと、それを推進力として盾は前進を開始する。
 両側の壁を砕き、建物を破壊しながら、分体たちを押しつぶす。
 もちろんエキドナたちも突破してガディオに迫ろうとしたが、それ以上に強大なプラーナの膜に阻まれている。

「す、すごい……」

 フラムの気のせいなどではない。
 やはり、不自然に強すぎる。
 以前から戦闘に関しては、他の英雄と比べても抜きん出た能力を発揮していたが、今日のガディオはさらにその上を行っている。
 プラーナの生成とは、いわばステータスにおける体力の値を、筋力の値に上乗せするようなものだ。
 継戦能力を捨て、一時的な火力を増強する――しかしそれは、無制限に強くなれる魔法の力ではない。
 限界を越えた先にも、別の限界は存在する。
 それをさらに越えたいというのなら、プラーナが体力を代償に生成されるように、人は何かを犠牲にしなければならないだろう。

「ガディオさん、なんだかいつもより……活力に満ちているように見えます」

 ミルキットは、彼の背中を見ながらつぶやいた。
 確かに言われて改めて観察してみると、フラムからも見てもそう思えなくもない。
 彼の背中を追って走る。
 その胸の内で、不安が膨らむ。
 今の状況は、絶望的でありながら、しかしガディオにとっては待ち望んだ時なのかもしれない。
 合法的に、正々堂々と、ティアや仲間たちの仇であるエキドナを殺せるのだから。
 そしてそのためなら、彼はどんな代償だって支払うだろう。

「フラム、先にある角を左に曲がれ。そのまま真っ直ぐ進めば、門の前に出るはずだ」
「エキドナは……」
「俺が引き付ける」
「じゃあガディオさんは、どうやって脱出するんですか?」

 フラムの問いを、ガディオは「はっ」と軽く笑った。

「エキドナを殺って外に出る。それ以外に何かあるか?」

 そしてさも当然のことのように、彼は言う。
 どんなにガディオが経験豊富な戦士だとしても、今の王都から逃げ出すのは容易ではない。
 あんな化物と戦っていてはなおさらだ。
 確かに彼が囮になれば、フラムは無事に外に出られるだろう。
 だが、互いに協力しあえば、三人が全員生き残る確率は、格段に上がるはずである。
 フラムは武器を失っているとはいえ、反転能力を使ったサポートなら可能だ。
 普通なら、そうするべきだ。
 しかし――今のガディオの、殺意と歓喜の入り混じった表情を見てしまうと、フラムには『一緒に逃げましょう』とは言えなかった。

「俺は今日まで、この時のために生きていた。それがようやく叶うんだ。ここで逃げれば、俺は自分の人生を否定することになる」

 まるでフラムの心の内を読んだように、彼は言った。
 フラムたちと出会い、ケレイナやハロムと絆を深めることにより、彼には多少の“生への執着”が生まれつつあった。
 だがそれは、復讐の念を上書きできるほどのものではない。
 妻であるティアを、親友であるソーマを、そして仲間たちを殺したエキドナを殺すためならば――命など、いくらでも捧げてみせる。
 その覚悟は揺るがず、今も彼の心の中に、呪いのように居座り続ける、
 フラムでは、その呪いを反転させることはできそうにない。

「あの……ガディオさん」
「なんだ?」

 だからそれは、悪あがきだ。
 無駄だとわかっていても、少しでも彼を繋ぎ止められるように、フラムには伝えなければならないことがある。
 それに、ガディオがエキドナに勝利して、生き残り、すぐに王都を出て追いかけてくる可能性だってあるのだ。
 そう、敗北を決めつけるのはまだ早い。
 確かに相手は強大で、仮にフラムが万全の状態だったとしても、勝てるかどうか怪しい相手だが――ガディオなら、それでも。

「今度、時間ができたら、今までよりももっとすごい技を教えてもらえませんか?」
騎士剣術キャバリエアーツのことか? それなら今の段階で十分に使いこなせているだろう」
「でもっ、ほら、剣が無くても使えるとんでもない技とか、まだあるかもしれないじゃないですか!」

 まるで子供のような発想に、ガディオは苦笑いを浮かべる。
 同時に、彼女の手の甲にエピック装備の所有を示す刻印がないことに気づいた。

「そういえばフラム、剣はどうした?」
「それが……エキドナに、折られてしまって」
「なるほど、あれほどの剣が折られるとは、エキドナは相当の力を手に入れたらしいな」
「だからこそ、こういうときでも戦える方法が知りたいんです」
「無いわけではないが……」
「だったらそれを!」
「……ふっ。そうだな。ああ、約束しよう。戻ったら必ず稽古をつけてやろう」

 それを聞いて、フラムの表情はぱっと花が咲いたように明るくなった。
 対照的に、ガディオの表情は罪悪感に微かに曇る。

「それじゃあ、またあとで」

 頭を下げるフラム。
 ミルキットも、彼女の腕の上で礼をした。
 しかしその瞳は恨めしげで、『ご主人様を裏切らないでくださいね』とガディオを責め立てているようにも見える。

「ああ、またあとでな」

 彼はミルキットの視線から逃げるように目を逸らし、そう返事をした。
 そして二手に分かれ、走り出す。
 フラムとミルキットは路地を回り込み、再び門の方へと。
 ガディオは王都の大動脈、中央区のど真ん中を貫く大通りへと――

「本当に……これで、正しかったのかな……」

 薄暗く狭い道を駆け抜けながら、フラムはそうこぼした。

「今のガディオさんは、誰にも止められません」

 唇を噛む主を慰めるように、ミルキットが言う。
 確かに誰にも止められない。
 しかし、ついていくことぐらいはできたはずだ。
 邪魔だと言われても、復讐の手助けをして、少しでも生き残る確率を上げて――もっとも、その分だけミルキットを危険に晒すことになるわけだが。
 つまり、フラムはミルキットとガディオを天秤にかけてしまったのだ。
 そして愛する人を選んだ。
 残酷に、正直に、自らの意志で。
 それを『間違いではない』と思えてしまう自分の薄情さが、今は恨めしい。
 たとえ正しいと思える選択だったとしても、悔やまずにはいられない。

 そうやって走っているうちに、最初にエキドナと遭遇した壁沿いの通りに出た。
 すでに彼女の姿はそこにはなく、分体が追ってくる様子もない。
 そのまま門に近づくと、無数の死体が倒れているのが見えた。
 いや――死体ではない、エキドナ・・・・だ。
 様々な服装をしたエキドナが、捨てられたようにぴくりとも動かず打ち捨てられている。
 その数、軽く見渡すだけでも数百体。

「だから……中央区は、やけに静かだったんですね」

 全員がエキドナに殺され、管を突き刺され、エキドナへと変えられた犠牲者たちだ。
 どうやら管が刺さっていなければ、活動できないようである。
 しかしこの有様では、もはや誰が死んだのか判別するのは困難だろう。
 それらを乗り越え、二人は前に進む。
 そして、王都と外を隔てる門の手前で足を止めた。
 振り返ると、門から王城まで、大通りが真っ直ぐに伸びていた。
 石畳の上には、倒れる人形のようなエキドナと、普通の死体が無数に転がっている。
 また、残る数少ない生者を探して、地上では肉片に操られた死者と人狼型キマイラが徘徊し、空中には獅子型と飛竜型のキマイラが飛び回る。
 街を燃やす炎は空を暗く茜色に染め、さらに黒煙が高く高く舞い上がる。

「オリジン……!」

 フラムは憎しみを込めて、吐き捨てる。
 そして最後に、大通りの真ん中でエキドナと戦うガディオの姿を見て――あふれそうになる涙を振り払うように、背中を向けた。
 門をくぐり抜け、外に出た瞬間に空気が変わる。
 満ちていた死の匂いが薄れ、爽やかな草原の風がフラムとミルキットの頬を凪いだ。
 開放感を得るとともに、うまく言葉では表せない喪失感が去来する。
 フラムだけではなく、ミルキットも同じことを考えていたのか、寂しげに目を細めた。
 だが、王都からキマイラが追ってこないとも限らない。
 いつまでもここで、立ち尽くすわけにもいかないだろう。

「行きましょう、ご主人様。どこへかはわかりませんが」
「大丈夫。きっとどこかに、安全な場所があるはずだから」

 そんな不確かな希望を胸に秘め、二人は広い世界へと足を踏み出すのだった。



 ◇◇◇



 一方で、王都に残り大通りに出たガディオは、エキドナの本体と対峙していた。

「あらぁ? 誰かと思えばぁ、奥さんも親友も仲間も誰も守れずにのうのうと生き残った、負け犬英雄様ではないですかぁ♪」
「ずいぶんと口が達者になったな、エキドナ」
「おかげさまでぇ、今はとぉっても気分がいいんですのよぉ?」

 別にコアで性格が捻じ曲がったわけではない。
 エキドナの本性は、最初からこうなのだ。
 でなければ、良心の呵責も感じずに人体実験を行ったり、制御もできないキマイラを野放しにしてティアたちを殺したりはできないはずである。

「それは俺も同じだ。貴様を殺すために、これまで生き恥を晒してきたのだからな!」

 大剣を担ぎ、ガディオは地面を蹴る。
 空を切り、押しつぶすようなプレッシャーを纏い接近する彼を前に、エキドナは管で繋がった分体たちを差し向けた。
 立ちはだかる複数の肉壁を、ガディオの刃が消し飛ばす。
 触れた瞬間に体内にプラーナが注がれ、まるで反転したかのように破裂したのだ。

「気合が入っていますわねぇ、ですが最初からそんなに飛ばして大丈夫ですのぉ?」

 肉体を破壊され、接続先を失った管は、付近に倒れているエキドナの姿をした死体に突き刺さる。
 するとまるで命を得たかのように死体は起き上がり、ガディオに向かって走り出した。

「見ての通り、スペアはこれだけありますのよぉ?」
「ならば本体を潰すだけだッ!」

 群がる分体を強引にかき分け、ガディオは宣言通り本体に肉薄した。
 振り下ろされた刃に、エキドナは足の間から伸びる管を絡める。

「ぐっ……!」
「人間ごときが、オリジンの力に勝てると思いましたのぉ?」

 彼女は挑発するように笑った。
 そしてさらに別の管をガディオに伸ばし、突き刺そうとする。

「理屈など関係ない。俺は、貴様を殺すッ! ただ、それだけだあぁぁぁぁぁッ!」

 賭命・騎士剣術キャバリエアーツ・サクリファイス――命を削って作り出されるプラーナが、管を弾けさせ、拘束を解く。

「これは……っ!?」

 迫る刃を前に、初めてエキドナは余裕をなくした。
 そして彼の体を貫こうとしていた管を防御に回し、その一撃を受け流す。
 大剣は地面に叩きつけられ、ゴバアァッ! と地面をえぐり、そしてその向こうにある建物をも巻き上げ破壊した。

「あなた……ふふふっ、そういうわけですかぁ。文字通り、私を殺すことに命を賭けてらっしゃるのねぇ?」

 エキドナは、その力の源泉を即座に理解し、あざ笑う。

「かわいそうに、やはり人の身ではぁ、命を使ってもその程度の力しか出せませんのねぇ」
「強がると口数が増えるのだなッ!」

 続けざまにガディオは剣をなぎ払い、プラーナの刃をエキドナに放つ。
 すると彼女はいくつかの管を束ね、それを盾とすることで攻撃を防いだ。
 すかさずガディオは飛び出し、距離を詰める。
 しかし遠方から迫る殺気を感じ取ると足を止め、飛来する螺旋の力・・・・を剣で受け止める。

「ぐっ……キマイラか!?」

 飛竜型の射撃をどうにか受け流す。
 だがいつの間にか、彼は無数のキマイラに囲まれていた。
 まるでガディオを狙って、この場所に集結したかのようだ。

「私にはぁ、可愛い子どもたちがいますのぉ。コアを取り込んだ今はぁ、その存在を以前よりも近くに感じますわぁ!」

 同じコアを持つものとして、エキドナとキマイラたちは意志を共有していた。
 彼女に生み出された子供であるキマイラたちは、その指示にある程度、従うのである。

「くうぅっ、エキドナあぁぁぁッ!」
「あっはははははぁっ! 卑怯だなんて言わないでくださいねぇ? あなたがたとて、さんざん仲間とともに戦ってきたのですからぁ!」

 エキドナの嘲笑響く中、四方八方から螺旋の弾丸が放たれる。
 ガディオは地面に剣を突き立て、気円陣プラーナスフィアを放つ。
 すると自らの周囲数メートルに存在する物体が、問答無用に吹き飛んだ。
 もちろん螺旋の弾丸も消えるが、しかし弾幕はそれで打ち止めではない。
 次々とタイミングをずらして次の弾が射出される上に、エキドナの分体も迫ってくる。

「隙だらけ、ですわぁ」

 加えて、エキドナの本体までもが赤くねじれた管を伸ばした。
 飛び上がり、体を捻り回避を試みるが、弾丸がコートのみならず、彼の手足に傷を刻む。
 着地と同時に剣を叩きつけ、気剣嵐プラーナストームで前方に存在する人狼型とエキドナの分体を破壊。
 だが直後、別の分体が立ち上がり、さらに建物の影から新手のキマイラが現れた。
 まるで王都に存在する戦力を全てガディオを狙うことに費やしているかのような、数の暴力。
 これだけ引き寄せられたなら、フラムのみならず、他の生存者も何人かは逃げられただろう。
 だが、ガディオの限界も近い。
 頭を狙う螺旋の弾丸を剣の腹でガードするも、その威力に押されてよろめく。
 側方から迫る赤い管。
 これだけは受けてはならないと、強引に地面を蹴って後方に宙返りをして、どうにか回避。
 不安定な体勢を狙って、獅子型が爪による強襲を仕掛けてくる。
 剣を振るい迎撃。
 だが浮き上がった今のガディオは当然のように押し負け、吹き飛ばされた。

「があぁっ!」

 壁に叩きつけられ、頭を強打する。
 揺れる意識。
 すぐに立ち上がるものの、足元が覚束ない。
 当然、攻撃の手は緩まらず、顔を上げた瞬間、そこには視界を埋め尽くすエキドナの顔面があった。
 彼の体を飲み込むほど大きく、口が開く。

「あ……ああぁっ!」

 顔を苦痛に歪めながらも、側方に跳躍し、顔から逃れる。
 よろめくガディオに、次は複数の管が迫った。

「おおぉぉおおお!」

 がむしゃらに剣を振るい、プラーナの嵐で吹き飛ばす。
 本来、その程度で動きを止めるものではないが、エキドナもさほど力を込めていなかったのか、管は散り散りになって逸れていった。
 攻撃の直後、無防備になったガディオの体。
 その目の前に――エキドナの本体が、立ちはだかる。
 とどめを刺すのは分体でもよかったのだが、『どうせなら自分の手で殺したい』という彼女の趣味の悪さが、合理性を上回ったのだろう。

「エキ……ドナ……ッ!」
「哀れな男ぉ♪」

 彼女は手刀の先端をガディオの胸に当て、ぞぶりと体内に沈ませた。
 そして体内で脈打つ心臓を掴む。

「か……がっ……!」

 目を見開き、震えるガディオの体。
 それを見て満足気に笑うと――彼女は握った心臓を、一気に引き抜いた。
 脈打つ新鮮な臓物は、今の彼女にとってとても美味しそうに見えるらしい。
 口に運び、顔を血で汚しながら、ぐちゅりと噛みちぎる。

「さようなら、ガディオ・ラスカット。きっとあなたの人生はぁ、今日この日に、私の心とお腹を満たすためにあったのですわぁ」

 勝ち誇るエキドナ。
 返事を期待したものではない。
 心臓を引き抜かれてしまえば、普通の人間は死ぬのだから。
 そして背中を向け、ガディオから離れていった。

「ふ……ふふ……」

 しかし――聞こえてきた笑い声に、足を止める。
 振り向くと、ガディオが、肩を震わせて笑っていた。

「ふ、はは……あははは……っ!」

 つまりこの場合、彼は普通ではない・・・・・・ということだろう。
 わかりきったことだ。
 普通の人間であれば、これだけの敵に囲まれればとっくに諦めている。
 復讐なんて投げ出して、命乞いでもするかもしれない。
 だが彼の場合は違った。
 復讐に賭ける想いは、自らの命をも凌駕する――

「くははははははははっ!」

 彼女がガディオの体に管を刺し、自らと同じ肉体に変えていれば、戦いはそこで終わっていた。
 あるいは心臓ではなく肉体を喰らえば、二度と活動出来ないほどに手足を潰せば、エキドナは勝利していただろう。
 だが彼女は自らの力に酔うあまり、心臓を抜き取るという行為に出てしまった。
 彼女は知らないかもしれないが――ガディオは、心臓なしでも人の命をつなぎとめる方法を知っている。
 無論、限界はある。
 数分か、長くても十数分程度しか保たないだろうが、それでも――

「どうして……人間のくせに、心臓を失って生きていますのぉ!?」
「礼を言うぞ、エキドナ」

 ――死ぬとわかっているのなら、命を賭けることに躊躇いなどない。
 賭命・騎士剣術キャバリエアーツ・サクリファイスは、確かに強力な力だ。
 しかし人間という生物の本能は、どうしても自分を生かそうとする。
 どこかで、力の使用にセーブをかけてしまうのだ。
 だが、心臓を失った今のガディオには、本能のストッパーなど存在しない。

「これで俺は、気兼ねなく命を使い切ることができるッ!」

 彼は狂喜する。
 人生における強さのピークが、復讐を遂げるこの瞬間であることを。
 そして、本当の意味での――ガディオ・ラスカット、最期の戦いが幕を開けた。





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