「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

090 BEGINNING

 




 ずっとアンリエットを追いかけて生きてきたオティーリエだが、軍人としてのプライドが全く無いわけではない。
 戦争に使われるのは、日頃から訓練を頑張っている兵士ではなく、エキドナの作り出したキマイラ。
 人的被害が発生しない、コストが最小限で済むと聞けば聞こえは良いが、軍の士気はだだ下がりだ。

「こんな化物に、王国の命運を託すことになるなんて……」

 オティーリエがつぶやく。
 王城前広場にずらりと並んだキマイラの群れ。
 民衆はその様子を遠巻きに眺めていた。

「王都の住民たちも、オティーリエと同じ想いのようだな」

 隣に立つアンリエットが言った。
 野次馬たちの表情は、どこか不安げだ。

 勇者たちの脱走事件は、王都に大きな混乱をもたらした。
 今までは無条件で信頼されてきたサトゥーキだったが、彼に対して懐疑的な人間も増え始めたようだ。
 同時に、彼のもたらしたキマイラという存在に対する疑念も膨らんでいる。
 それに便乗するように、未だ捕らえられていないウェルシーは、より多くの新聞をばらまくようになった。
 以前は無視されていたが、最近では手に取る者も増えてきているようである。
 だが、個人の活動にしては最近の動きはあまりに派手だ。
 兄であるリーチが手伝っているのではないか、という噂も流れているが、事実かどうかは定かではない。

 サトゥーキがその気になれば、真実を明かすのは容易いだろう。
 しかし今の彼には、そんな余裕は無い。

「誰の目から見ても、焦っているのは明らかですもの。いくらサトゥーキ様とはいえ誤魔化しきれませんわ」

 出撃は、本来の予定よりも前倒しになっていた。
 フラムたちが王都から脱走したのはほんの五日前だ。
 持ち運び可能な、大規模制御装置の開発自体は完了していたが、量産は間に合わず、現状で使い物になるのは二つだけ。
 いくつも設置することで、装置が破壊された際の保険とする手はずだったのだが――サトゥーキはそれまで待つことができなかった。
 手柄が欲しいのだろう。
 追い詰められる前に、民衆が疑惑を忘れるほどの、大きな手柄が。

「付き合わされる側としては勘弁して欲しいがな」

 ぼそりと愚痴るアンリエット。
 オティーリエは驚いた様子で彼女の方を見た。

「お姉様がそんなことを言うなんて、珍しいですわね」
「人間が大陸を支配するべきだという考えは今も変わらない。だが――出撃の前倒しは、完全にサトゥーキ様の個人的な問題だろう? 確かに千を超えるキマイラを電撃的に展開すれば、勝利は間違いないように思える。しかし、魔族とて何も対抗手段を取らないはずがない。英雄たちがあちらに付いたとなればなおさらにな」

 アンリエット自身にも、これだけの戦力差を埋める方法は想像できない。
 だが、万が一のことがあれば――

「もし彼らに逆転の一手があったとしても、制御装置を破壊することぐらい。そして彼らは、その存在を知らないはずですわ。それに、もし気づいたとしても、地上と空中を埋め尽くすキマイラの軍勢を突破するのはほぼ不可能。仮に奇跡的に抜けられたとしても、制御装置の護衛として配置されたキマイラの部隊を相手にしなくてはなりません」

 出撃する人間は、制御装置を守るごく一部のみ。
 軍からはアンリエット、オティーリエ、ヘルマン、ヴェルナー。
 そして教会騎士団からヒューグとバート。
 計六名、他の役割は全てキマイラに任せるのだという。
 実際、彼ら以外の兵士が戦場に出てきたところで、足手まといになるだけだろう。
 それほどまでに、キマイラという存在は絶対的であった。
 しかし、その力の強大さを理解はしているものの、アンリエットはどうしても信用しきれない。

「オティーリエ、インクという少女のことは知っているか?」
「フラムたちと行動を共にしていた、元チルドレンの少女と聞いておりますわ」
「心臓の代用品としてオリジンコアを埋め込むことで、オリジンの力を得たチルドレン――しかし、彼女はどういうわけかただの人間となった」
「確か、第三者の心臓を移植したとか。無茶なことをしますわよね」

 アンリエットは「まったくだ」と笑う。
 そして、さらに話を続けた。

「マザーが王都を包み込んだときもそうだ、フラムは“反転”の力を利用し空を飛び、自らオリジンコアのある場所に突っ込んで、それを破壊した」
「お姉様、それがどうかしましたの?」

 少し苛立つオティーリエ。
 お姉様が別の女の話をするのが気に食わなかったらしい。
 それに気づいたアンリエットは苦笑いを浮かべた。

「別にフラム・アプリコットがどうこうという話ではないんだ。ただ、そのやり方を見ているとな……今回も、彼女たちは荒唐無稽で、無茶な手段を使うような気がしてならない」
「つまり、出撃の前倒しが致命的な隙になりかねないと、お姉様は思っているのですわね」
「ああ。何も起きなければいいが――どう考えても、あの連中が敵にいるんだぞ? 何も起きないわけがないだろう」

 アンリエットは確信していた。
 かといって、いまさら出撃を遅らせる権限など、今の彼女にはない。
 サトゥーキはあらゆる権力を自分に集中させることで、王国をオリジンから人間の手に取り戻そうとした。
 彼女はその考えに同調し、力を貸したのである。
 ならば彼の立案した策に従うのが道理というもの。
 だが――果たして今の王国を、人間のものと呼んでいいのだろうか。
 目の前に並ぶキマイラたちを見て、彼女はそんなことを考える。


 準備・・が終わると、転移装置を乗せた荷車と、それに搭乗するオティーリエ、ヴェルナー、バートの三人、さらに彼らの護衛のために配備された数体のキマイラが、一箇所に集まる。
 そしてそれを、軍に所属する魔法使いたちが取り囲んだ。
 ジーンの姿は見えない、どうやら今でも部屋から一歩も出てこないらしい。
 だが彼の手助けがなくとも――転移魔法・・・・を発動することはできる。

『アスポート』

 同時に魔法の発動を宣言すると、オティーリエたちは半透明の青いドームに包まれ――パシュッ、とそれが急速に収縮すると、中に存在する物体は綺麗サッパリ消えて無くなった。



 ◇◇◇



 次の瞬間、オティーリエの乗った荷車は、草も生えていない荒野のど真ん中に飛ばされていた。
 彼女だけでなく、ヴェルナーとバートも、しばし放心状態で外の景色を眺める。

「……本当に、転移したんですのね」
「実際こうして体験してみると、おいらも驚くしかないなァ」

 転移魔法は、ついに勇者だけの特権ではなくなった。
 この技術がより発展していけば、人々の生活は今よりもはるかに便利になり、王国の覇権は揺るぎないものになるだろう。

「ここが、魔族領か。想像通り、荒れ果てた大地だな」

 ぽつぽつと枯れた木が生えているだけの、灰色の大地。
 荷車のすぐ傍らには、キリルたちが旅のときに設置した転移石が埋め込まれていた。
 ここが、彼女たちの旅の終着点。
 目的地であるセレイドまでの道のりをかなり短縮できたが、ここから先は、自らの足で移動しなければならない。
 事前の会議で指示された場所に到達するまでには、キマイラに荷車を引かせたとしても、二日はかかるだろう。

「というか、なんでわたくしはあなたがたと一緒なんですの? こんなむっさい空間、耐えられませんわ」
「アンリエットとオティーリエがセットになると、何が起きるかわかんないからねェ。おいらは、正しい判断だと思うよん」
「その認識が間違っていますのよ? わたくし、お姉様がいたら今の百倍は頑張れますのに」
「我々が頑張る必要は無いということだろう」

 バートの正論に、しかめっ面をするオティーリエ。
 事実、戦闘のほとんどはキマイラ任せ。
 彼女たちの役割は、キマイラの動きを制御しつつ、装置を守ることだけだ。

「というかあなた……新しい副団長、バートでしたっけ?」
「バート・カロンだ」
「フルネームなどどうでもいいですわ。あなた、いつもより顔色がよくありません?」

 いつも胃が痛そうで、顔色が悪い――それがオティーリエの抱く、バートに対するイメージだった。
 どうやらヴェルナーも似たようは認識だったらしく、「おいらもそれは思った」と同意する。
 すると二人の視線を受けた彼は、目をそらして小さな声で言った。

「団長が、いないからだ」

 そう、ここにはあの頭のイカれたヒューグ・パニャンがいない。
 それだけで、バートの心がどれほど休まるものか。
 前任の副団長であるジャックは、彼が自ら“断罪”して殺されたのだ。
 英雄たちとの戦闘中には、何の罪もない一般人を殺したという話も聞いた。
 とにかく彼は、バートの――いや、全騎士団員の理解の範疇を越えていた。

「……ああ、そういうことでしたのね」

 それは、オティーリエですら同情するほどの悲惨さ。
 いくら抜きん出た実力を持っているとはいえ、“あんなやつ”が騎士団長の地位に就いているのは、教会騎士団の恥ではないかと、バートは常々思っている。
 ヒューグが騎士団長になったばかりの頃は、まだマトモで、ただの正義感の強い男だったらしいのだが――おそらく“我慢”できなくなったのだろう。
 彼は本来、自分の欲望を抑えきれない人間だ。
 だからこそ、幾度となく婦女暴行を繰り返し、そして貞操帯に出会うまで反省すらしなかったのだという。
 だが、道具を使って強制的に矯正しても、根っこが変わるわけではない。
 他者を破壊したい、その欲求は、拘束具の下で長年熟成され、成長を続けていたのだ。
 結果、戦いの中で我慢の限界を越えた彼は一般人に手を出し――王都に戻れば処分され、間違いなく騎士団長の任は解かれるだろう。

「でも頼りになるのも事実だよねェ、あのガディオ・ラスカットと互角の戦いを繰り広げたって聞いたよん?」
「そんな男と一緒だなんて、お姉様が心配ですわ」
「お前はいっつもそれだ」

 話題に出たヒューグは、アンリエット、ヘルマンと行動をともにする予定だ。
 二つの制御装置はそれぞれ離れた場所に設置され、セレイドを攻めるキマイラたちを操る。
 つまりオティーリエは戦いが終わるまで、アンリエットの顔を見ることすらできない。
 それは想いが通じ合った(と思っている)彼女にとってかなりのストレスだ。
 二人を引き離すのは、一緒に行動して暴走されるよりマシだろうというサトゥーキの判断だった。

「早く感動の再会を果たすためにも、戦いを素早く終わらせなければなりませんわね」
「チッ、聞いちゃいない。まあいいや、おいらも目的は一緒だからね。こんなつまらない戦い、早く終わらせて王都に戻らなきゃねェ」

 自分の力ではなく、キマイラを操作して攻め込むだけの作業。
 それは、ヒューグと離れたがっているバート以外には、非常に退屈なものだった。
 遅れてアンリエットたちの乗る荷車も転移され、さらにキマイラたちも送り込まれる。
 あっという間に、周囲はツギハギの化物に埋め尽くされた。
 転移が終了し、進軍を開始するまで暇していたオティーリエたちだったが、

『聞こえるか、オティーリエ』

 お姉様の声が聞こえた瞬間に、彼女は飛びつくように布袋にしがみつき、中身をまさぐって手のひらサイズの水晶を取り出した。
 遠隔でキマイラの操作が可能なら、遠隔で声を伝えることも可能なのではないか――そんなエキドナの思いつきによって作られた、通信装置だ。
 会話できる範囲は限られているが、二つの部隊が連絡を取り合うには十分である。

「は、はいっ、聞こえていますわお姉様ぁっ! ああ、遠く離れていてもお姉様の声はなんて心地よいのかしら!」
『そうだな。そちらも無事転移できているようで良かった。じきに全キマイラの転移が完了する、それが終わればいよいよ進軍だ、気を抜くなよ』
「わかっております、わたくしとお姉様の明るい未来のために!」

 連絡が途切れる寸前、アンリエットの笑い声が聞こえたのは気のせいではないだろう。
 苦笑いだったのか、それとも微笑ましかったのかは定かではないが。

「実のない会話だったな」
「お姉様は通信装置がちゃんと動くかを確認しただけでしてよ、内容など大した問題ではありませんわ」
「だからって、私用で使っちゃうのはおいらどうかと思うなァ」
「だったらお姉様に言って、ヒューグを呼んでいただいてもよろしくってよ?」
「俺を巻き込まないでくれ」

 一気にバートの顔が青ざめる。
 それを見たオティーリエはケラケラと笑った。
 しかし内心では、この通信装置とやらの便利さに驚いているようだ。
 エキドナは制御装置のついで・・・だと言っていたが、とんでもない。
 むしろこちらの方がメインだ。
 得体の知れないキマイラなどという化物よりも、よほどこちらの方が革命的な発明ではないか。
 コストの面で、現状では量産が難しいとは言っていたが。

「もったいないですわよね」
「オティーリエの頭が?」
「お姉様への想いは脳のリソースの無駄遣いなどではありませんわ。エキドナのことですわよ、まっとうな研究者として働いていれば、もっと偉大な人間として讃えられていたと思うのですが」
「それは無理な話だねェ」
「なぜです?」

 聞き返すオティーリエ。
 ヴェルナーはにやりと、なぜか楽しそうに笑った。

「あの女が求めてるのは“力”だ。オリジンコアが無かったら、今ほどの成果は上げてなかっただろうからねェ」
「……そういえば、そうでしたわね」

 “まっとうな研究者”という前提が間違っていたのだ。
 エキドナはまっとうでは無いからこそ、研究者となった。
 人が、他人よりも優れた知識や、強い力を持つためには――頭のどこかが、壊れていなければならない。



 ◇◇◇



 キマイラが揃い、制御装置の動作テストが終わると、王国軍は進軍を開始した。
 獅子型に引かれた荷車は、通常の馬車の数倍のスピードで荒野を駆ける。
 その周囲を、千を超えるキマイラたちが取り囲む。
 異形の生物たちが足並みを揃え前進する様は、その中心にいるオティーリエやアンリエットから見ても異様であった。
 その両足が地面を踏みしめるたびに、地鳴りが響く。
 味方ならば心強いが、この群れが敵に回ったときのことを想像すると――思わず身震いしてしまう。

「ビビってんの?」
「ええ、ヴェルナーはこのキマイラを見て恐ろしいとは思いませんの?」
「そっちか。うんにゃ、思わないかな。素敵だとは思うけど」
「相入れませんわね」
「むしろおいらとオティーリエで共感できると思ってた方に驚きだよ」

 会話は長続きせず、すぐに途切れた。
 荷車は激しく揺れ、酔っているのか、バートの顔色がみるみる悪くなっていく。
 だが――進めど進めど、魔族の姿は見えてこない。
 転移した瞬間から軍は警戒を続けていたが、待ち伏せすらしていないのはどういうわけか。
 もっとも、仮に身を潜めていたとしても、キマイラの探知を逃れることはできないが。

「不気味なまでに静かですわ」

 出発から数時間、沈黙が続く中、オティーリエが口を開く。

「諦めたんじゃないのん?」
「何も仕掛けてこないはずがない――と、お姉様はおっしゃっておられましたわ」
「まーたお姉様……ま、それに関してはおいらも同感だけどねェ。案外、籠城戦でも仕掛けるつもりだったりして」

 道中で発見した魔族の集落も、今のところは全て、もぬけの殻だ。
 おそらく、あらかじめセレイドに避難させられていたのだろう。

「キマイラの魔力の前に籠城戦など、愚かな選択ですわ」

 獅子型と飛竜型に関しては、その巨体ゆえに、一対一での近接戦闘をあまり得意とはしていない。
 とはいえ、不得手というほどでもなく――その体に見合わぬ高い敏捷と、人間ならば掠っただけでバラバラになるほどの筋力で、並の相手なら戦いにすらならないだろう。
 だが、本領を発揮するのは、離れた場所での魔法の打ち合いだ。
 どれだけ壁や障壁を重ねて籠城しても、セレイドを取り囲む数百体のキマイラによる集中砲火が相手となっては、そう長い時間耐えることはできないだろう。

「でも、長引けば長引くほど、サトゥーキ様の立場は悪くなる」
「命を賭けるには見合わない成果ですわね。わたくしなら、もっと別の方法を模索しますわ」
「どんなの?」
「それは……思い付いておりませんが」

 要するに、アンリエットの受け売りである。
 フラムたちなら、想像できないような手を使ってくるに違いない――と。
 平然と話す二人の隣で、バートは横になって真っ青な顔をしている。
 馬車でも酔う人間はいるが、出発前に彼は『平気に決まっているだろう』と豪語していたはずなのだが。
 キマイラに引かれる荷車の揺れが、想像以上だったということだろう。

「バート、あなた本当に大丈夫ですの? 守ることに関しては、他の誰よりも優れていると聞いたから、お姉様の方に戦力を偏重させたのですわよ?」
「問題……ない……」

 王都ではキリルにあっさりとスルーされてしまったが、特定の場所、特定の人物を守ることに関して、バートの右に出るものはいない。
 おそらく、ブレイブを使ったキリルですらも、その障壁を突破するには時間がかかるだろう。
 その代わり、彼にはまったくと言っていいほど攻撃の手段が無い。
 まさにヒューグと真逆、どこまでも守りに特化した正義執行ジャスティスアーツの使い手であった。

「ま、バートの力に頼らないで終わるのが一番なんだよねェ」

 そう言って、ヴェルナーは視線を窓の外に移す。
 流れる風景は、次第に荒野から雪原へと変わりつつあった。



 ◇◇◇



 それは何のための戦争だったのか。
 統治者は言う。

『王国の覇権をより揺るぎなきものにするために。そして、父の無念を晴らすために』

 優しき少女は思う。

『このような戦いは無意味です。一刻も早く停戦して、オリジンの封印の調査を進めないと』

 誰かが正しいわけではない。
 誰かが間違っているわけでもない。
 それぞれの都合と思惑を押し付け合って、それが相容れないからこそ、戦いは発生する。
 ならば、なぜ。
 なぜ彼女・・は――魔族や勇者たちに味方するような行動を繰り返すのだろうか。

『わたくしは最初から変わっておりません』

 戦争を止めるために。
 魔族を勝利させるために。
 オリジンの復活を阻止するために。
 王都に平和をもたらすために。
 どれも“ノー”だと、彼女は首を振った。
 そして、こうも主張する。

『もうおしまいです』

 彼も同調する。

『はじまりましたな』

 ピースは揃ったのだと、彼も彼女もそう言いたいらしい。
 あとはハッピーエンドを迎えるだけ。
 そのための手助け・・・を、彼女は執行する。



 ◇◇◇



 二日後、オティーリエたちは予定の位置まで到着。
 制御装置を荷車から降ろし、地面に設置する。
 ここに至るまで、魔族による襲撃はゼロ。
 あまりに順調すぎる旅路に不安を抱きつつも、予定通りキマイラを配置、アンリエットからの指示を待つ。
 それから遅れること数分、通信装置から彼女の声が響く。

『待たせたな、こちらの配置も完了した』
「それでは」

 オティーリエの指先が、直径一メートル弱の水晶体に触れる。
 表面には無数の光が明滅しており――その一つ一つの点が、周囲に存在するキマイラを示している。
 そしてアンリエットも同様に、水晶に手を伸ばした。

『ああ、開戦だ』

 指先から微量の魔力が感知されると、全ての点が白い光から、赤に変わる。
 するとキマイラたちが一斉に、地上と空中からセレイドに向けて前進を始めた。
 揺れる大地に、吹きすさぶ風。
 それを呆然と見上げるオティーリエとヴェルナー、そしてバート。

「これで、おいらたちの役目は終わり?」
「まだ油断はできませんわ」
「とは言え、この状況では何もできんだろう」

 完全に包囲されたセレイド。
 どうやら魔法で壁を作り上げたようだが、あの程度では数分ともたないだろう。

「あっけないねェ……」

 しみじみと言うヴェルナー。
 するとそのとき、オティーリエが握っている通信装置から声が聞こえてきた。

『きこ……ザッ……ザザッ……すか……』

 あまりにノイズが多く、聞き取ることができない。
 だが、ついさっきまで、オティーリエたちとは普通に会話できていたはずだ。
 それに雑音が混じっていてもオティーリエにはわかる、その声はアンリエットのものではない。

『オティーリエ、今、何か聞こえなかったか?』
「ええ、やはりお姉様の方にもですか?」
『やはりそちらにも……魔族が何か仕掛けてきたのか』

 どうやらあちらにも似たような音が届いていたらしい。
 直後、再び通信装置が謎の声を拾う。

『聞こえ……すか、アンリ……ザザッ……さま……』

 今度は先ほどよりも鮮明だ。
 少しずつ、こちらに近づいているのかもしれない。

「お姉様を呼んでいるようです」
『男の声だったな、まさか王都からの伝令か?』

 いまだ魔族の罠という可能性は捨てきれないが、ひとまずアンリエットは返答を試みる。

『こちらアンリエットだ、どうした?』
『ああ、良かっ……』

 通信先の男は、安堵の吐息を漏らす。
 その声で、どうやら彼女は相手が誰なのか気づいたらしい。

『ロディなのか?』
『はい、そう……す。アンリエット……ま、報告が……ザッ……います……』

 わざわざ兵士を魔族領に送り出してまで、伝えなければならない報告とは一体なんなのか。
 よほど重要なことでなければ、ここまではしないはずだ。
 ヴェルナーやバート、そしてアンリエットの傍らに立つヘルマンも、真剣な表情で話に集中している。
 ヒューグはうっとりとした表情で自らの剣を見つめているが、聞いていないわけではないらしい。

『サ……キさ……ザザッ……いで、はっ……ザ……た!』
『すまないロディ、雑音が多すぎて聞こえないんだ。もう一度、ゆっくり言ってもらってもいいか?』
『少し……って下さい。ここ……いので、場所……ます!』

 途切れる音声。
 位置によって雑音の入り具合が変わるようで、ロディは通信がしやすい場所に移動しているらしい。
 そして数分後、再びロディの声が聞こえてくる。

『アンリエット様、聞こえますか?』

 今度の音は鮮明だ、雑音もほとんど無い。

『ああ、聞こえているぞ』
『良かった、ここなら大丈夫みたいですね。それでは……ご報告、いたします』

 こうして聞くと、ロディの声は震えている。
 少なくとも、良い報告ではないらしい。
 アンリエットの表情が強ばる。
 同様に、会話を聞くオティーリエたちにも緊張が走った。

『その、私も正直、どうなっているのか把握できていないのですが、事実だけを、簡潔に言いますと――』

 彼も自分の声が聞き取りづらいことを理解しているのだろう。
 ゆえにゆっくりとした発音、なおかつ大きめの声で、はっきりと告げる。

『サトゥーキ様が、亡くなられました』

 残酷な宣告が響く。
 沈黙が満ち、時が止まったように、その場にいた全員が停止した。
 呼吸すらも忘れて、しかし心臓だけがバクバクとうるさく脈打っている。
 オティーリエの持つ通信装置の向こうから、ガサッという音が聞こえてきた。
 おそらく、アンリエットの持っていた水晶が地面に落ちたのだろう。
 それは――誰もが想像し得なかった事態である。

「……どういう、ことですの?」

 オティーリエの体からも力が抜け、彼女は地面に膝をついた。
 サトゥーキは自らに権力を集中させるために、王妃や王子、大臣たちを次々と処刑した。
 そして、彼なしでは王国の運営ができない状況を作り上げた。
 それが死んだとなれば――王国は、もはや。
 困惑と失望が広がる中、それでもキマイラたちは、セレイドへ向けて進軍を続けていた。






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