「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

056 救済

 




 一人取り残されたキリルは、まるで暗闇の中に突き落とされたような気分だった。
 遠くで誰かが戦う音が聞こえる。
 それに混じって、悲鳴や苦悶の声も――きっと何人もの人間が命を落としているんだろう。
 怖かった。
 人が死ぬのはとても怖い。
 自分が傷つくのもとても怖い。
 怖い、怖い、怖い。
 それはたぶん、誰もが当たり前に抱く、ごく普通の感情だ。
 キリルは、特別なんかじゃない。
 魔王を倒すとか、世界を救うとか、そんなことを言われたって使命感で立ち上がれるような英雄じゃない。
 ごく普通の、あまりに重すぎる“勇者”という力と役目を押し付けられただけの、ちっぽけな少女。

「私には何ができるんだろう」

 何もできないと決めつけるのは簡単だ、言い訳にもなる。
 だから彼女はそれを選ぶ。
 自分は何もできない、だから何もしない、それは仕方のないことだから。
 何度だって繰り返す。
 だって、怖い。
 田舎で畑を耕すだけの日常――その外側にある世界の全てが、怖い。

「私、は……」

 普通以上のことなんてできない。
 世界を救うなんてもってのほか。
 自分の回りで起きていることに対処だけで精一杯。
 けど、ここで立ち止まっていたら、それすら満たせなくなる。

「……ミュートを、どうにか、しないと」

 どうするかはわからない。
 彼女を止めようとするライナスやマリアの行動は正しい。
 キリルにだってそれはわかっている。
 けど、死んで欲しくはない。
 償うにしても、もっと別の方法が……ある? いや、無いかもしれない。
 ううん、きっと無い。
 無いけれど――このもやもやとした気持ちを放置したままにはしておけない。

 キリルは音の鳴る方へ歩きだす。
 近づくにつれ、地面の揺れは大きくなり、建物の被害が悪化していく。
 それがライナスのやったこととは思えなかった。
 しかし、ミュートにそこまでの力があるとも思えない。
 嫌な予感がする。
 自然とキリルの歩幅は広くなり、表情には焦りが浮かぶ。
 そして――景色が開けた。

「マリアさんっ!」
「オ、オ、オォ……ッ」

 そこでキリルが見たものは、人の皮を剥いでそれを捻ったような姿の化物と、それに立ち向かうフラムの姿。
 瓦礫の上で対峙する友の手には、彼女の背丈ほどの大きさをした剣が握られていた。

「フラム……」

 戦う力を持たないはずだった彼女が、奴隷として売られたはずの彼女が、なぜ――
 困惑するキリルだったが、それ以上に、フラムを襲う化物の正体、その一つの可能性に思い当たり背筋が凍る。
 倒れているライナスとマリア。
 破壊しつくされた町。
 そして姿の見えないミュート。
 つまり――つまりあれは――あの、化物は――!
 赤い拳が地面に叩きつけられる。
 その風圧で、避けたフラムはバランスを崩し地面を転がる。
 そんな彼女を仕留めるべく、魔法で作り出された刃が化物の――いや、ミュートの周囲に浮かび上がった。

「……私は……私はぁッ!」

 気づけば、キリルは走り出していた。
 難しいことはわからない。
 この状況も、誰が悪で善なのかも、何も、何も。
 最初からわからないことばかりだ。
 魔王討伐の旅も茶番だった、教会は悪人だった、フラムは生きていた。
 嘘と真実が混ざり合う。
 絶望と希望が混濁する。
 たぶん、最初から、考えようとする・・・・・・・こと自体が、間違っていたんだ。
 勝手に体が動いたことが全ての答え。
 普通で、特別じゃないキリルがやるべきことは、やりたいことは、世界を守ることなんかじゃない。
 ただ――大事な友達を守りたい。
 たったそれだけの、シンプルな答えだったのだ。

「これじゃ間に合わない」

 まだ距離が残っている。
 その前に、友達ミュートの放った魔法が、友達フラムを貫いてしまう。
 届かない、このままでは全然。
 ダメだ、ダメだ、そんなのは間違っている。
 状況はよくわからないけど、友達と友達が殺し合うなんて、そんなのは嫌だ、見たくない。
 動機が身勝手だ。
 勇者らしくない。
 しかし皮肉にもその感情が、キリルの力を引き出す。
 すなわち、“勇気の力”を――

「ブレェェェェェィブッ!」

 ゴオォッ!
 キリルの体からが放たれ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
 今までは自信がなくて、勇気が足りなくて、思うように使えなかった。
 だけど、今の彼女になら扱うことができる。
 世界のためではなく、友を救うために駆ける彼女にならば。



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 キリル・スウィーチカ

 属性:勇者

 筋力:15760
 魔力:16512
 体力:16924
 敏捷:18263
 感覚:13092

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 勇気ブレイブがキリルを強くする――それは言葉通りの意味だ。
 勇者にのみ使うことを許された力。
 その魔法を使った瞬間に、彼女のステータスは、その精神状態に応じて最大三倍にまで跳ね上がる。
 それこそが、勇者が勇者である所以である。
 放たれた魔法がフラムに迫る。
 その光景が、今のキリルにはスローモーションに見えていた。
 自分の体のことなど鑑みず、飛び込み、フラムに覆いかぶさる。
 ドスッ!
 背中に鈍い感触。
 それはキリルの中身を破壊しながら体内に埋まり、そして貫通した先端が腹部から突き出た。
 言うまでもなく、致命傷である。
 とにかくお腹が、焼けるように熱い。
 呼吸に血の匂いが混じり、何かがこみ上げてくる。
 それでも安堵する。
 間に合った、救えたのだ――と。

「まに……あ、った……」

 そして、口から吐き出される血液。

「キリル、ちゃん……?」

 彼女の声は震えている。
 自分が傷ついたことを、悲しんでくれているのだろうか。
 今でもまだ、友達だと思ってくれているだろうか。

「オ……オオォ……オオォォォオオオオオオッ!」

 ミュートも悲しげに哭いている。

「キリルちゃん、なんでここに……キリルちゃんっ、ねえ、キリルちゃぁんっ!」

 フラムは必死に彼女の名前を呼んだ。
 恨んでいたら、嫌われていたら、こんな声で呼ばれないに違いない。
 “私は幸せものだ”、とキリルは笑う。
 “やっぱりフラムは優しいね”、とキリルはそんな彼女を裏切った自分を呪う。
 生きて帰れば、やり直せるだろうか。

「フラム、さんっ……キリルさんの治癒はわたくしに任せて、彼女を!」

 駆け寄るマリアは、取り乱すフラムに向けて言った。

「え……あ、わかりましたっ! キリルちゃん、大丈夫だからね、絶対に助かるからっ!」
「う……う、ぶ……っ」

 大量の血を吐き出し、ついに地面に横たわるキリル。
 彼女のことが心配で仕方なかったが、今はまだ戦闘中だ。
 マリアに任せて、フラムは改めてミュートと向き合う。

「許さない……絶対に、倒してみせるッ!」
「オ……オォ……オオォ……」

 なぜか攻撃の手を止めるミュート。
 しかし彼女の中で起きている葛藤など、フラムは知る由もない。
 友達を傷つけられたこと、そしてかばわせてしまった自分の不甲斐なさに憤慨し、敵に突っ込む。
 魂喰いの間合いまで近づくと、その怒りと魔力を剣に乗せて、両手で力いっぱいに振り下ろした。
 ザシュッ!
 反転の前に為す術もなく両断される、ミュートの右腕。
 切断面から血が吹き出したかと思うと、他のコア使用者と同じように捻れる。

「オォォォォオオオオオオッ!」

 初めて大きな傷を負った彼女は、頭を振り乱しながらよろめき、後退した。
 やはりなぜか反撃はない。
 これを好機と見ると、フラムはさらに次の攻撃を放とうと構える。

「だ、め……っ」

 するとキリルが、かすれた声で静止する。
 彼女は腕の力だけで這いずり、フラムの方に近づこうとしていた。

「いけませんキリルさん、その傷ではっ!」

 マリアによって腹部の氷塊の除去は完了し、回復魔法の粒子が腹部を包んでいる。
 それでもまだ穴は空いたままだったし、命の危機を脱したわけではない。
 本来なら動けないほどの痛みを感じているはずなのだ。

「それ、以上は……ミュートも、フラム、もぉ……っ!」

 ミュートを助けたあとの解決策など未だ思いつかない。
 キリルはただ、自分の願望を貫いているだけだ。
 友達を、失いたくないと。

「キリルちゃん、どうしてっ?」

 ミュートと彼女の関係を知らないフラムは、困惑する一方だ。
 するとキリルに気を取られている隙に、ミュートは彼女に向けて拳を放った。
 肉体を支配するオリジンの意思が、勝手に体を動かしたのである。

「ぐっ……きゃあぁっ!」

 魂喰いで受け止めたフラムだったが、押し負け、後退して尻餅をついた。
 しかしそれは明らかに、これまでの攻撃に比べると威力が低い。
 弱体化したのか――いや、まるで何か迷いがあるようにフラムには感じられた。
 追撃もない。
 彼女は立ち上がり再度剣を構える。

「オォォオオ……」

 ミュートは体を震わせながらキリルの方を見て、苦しげにうめいた。
 地面を這いずる少女は、その様を見て確信する。
 完全な化物になったわけではない。
 彼女の中でミュートとしての意思と、別の何かがせめぎあっているのだ、と。
 しかし一方で、それは彼女の中の敵意が消えたわけではないことを示している。
 ミュートの意思が押し負けると、体の主導権はオリジンに奪われ、フラムに襲いかかろうとする。

「オォォオオオッ!」
「はああぁぁぁぁぁあっ!」

 乱暴に振るわれる腕。
 フラムはそれをくぐり抜けると、その胸に切っ先を突き立てた。
 ズッ――鋭い刃が体内に埋没する。

「リヴァーサルッ!」

 発動宣言と同時に剣に反転の魔力が満ち――パキン、と体内のコアが一つ破壊される。
 まだあと一つ残っているからか、それだけで絶命することはない。

「オォォォオオッ、オオォォオオオオオオッ!」

 しかし、ミュートは左腕で苦しげに顔を覆い、体をよじると、大きな声を轟かせた。
 全身の筋が、一本一本が生きているようにぐにゃりとうねる。
 心臓と等しい働きをする物体を半分失ったのだ、苦しくないわけがない。
 さらにフラムは剣を振り上げる。
 今度こそ、完全に息の根を止めるために。

「や、やめてえぇぇぇぇっ!」

 キリルは全ての力を振り絞って叫んだ。
 そして痛みに耐えながら立ち上がると、飛び込むようにフラムの足にしがみつく。
 まだ腹部からは血が流れていたが、マリアの治癒のおかげか、傷口は随分と小さくなっていた。

「キリルちゃん、離してっ! こいつらは人を沢山殺したんだよっ!?」
「わかってる、わかってるけどぉっ!」

 理解はしていても、感情がそれを許容できないのだ。
 死ぬとか殺すとか、そんなものと無縁の場所に生きてきた少女には、あまりに今の状況は荷が重い。
 そのとき、コアを喪失し、声をあげながら苦しんでいたミュートから――ぴたりと、何も聞こえなくなる。

「ミュー、ト?」

 キリルが不安げに話しかけると、彼女は小さく、

「キリ、る……」

 その名前を呼んだ。
 顔を覆う手から力が抜け、ぶらんと垂れ下がる。
 すると、半分だけが人間のものに戻った姿があらわになった。

「良かっ、た……元に……戻ったん、だ」

 キリルは目に涙を浮かべながら、柔らかい表情を浮かべる。

「キリルちゃん、この子と何があったの?」

 フラムにとってミュートはただの敵に過ぎない。
 それも、目の前で多数の犠牲者を出した、憎むべき敵だ。
 しかしキリルがそれを知った上で戦いを止めようとするのなら、判断は話を聞いてからでも遅くないと思った。
 事実、その仲間であるインクを救ったことだってあるのだから。

「ただ、一緒にいただけ、だよ。居場所のない、私に、色々、伝えてくれて……っ、ぐ……」

 傷は塞がりつつあるが、それでも彼女は苦しそうである。

「だから、きっと……友達に、なれると……思ったんだ」

 まだそうなれたわけじゃない。
 キリルが望んでも、死を覚悟したミュートは拒んだだろう。
 しかし、その命を賭して生きる道を示してくれたのは、紛れもない事実である。
 例え彼女が殺人鬼だったとしても、恩は忘れられない。

「わた、し。も、な……く、な……」
「ミュート……どうしたの?」

 よろよろとミュートに近づくキリル。
 フラムは彼女を止めることはできなかった。
 きっと立場が逆だったら、自分だってそうしたはずだから。

「大丈夫、だよ。ちゃんと、人間に、戻る方法が……」
「……れ……て」
「……えっ?」
「離れ……てっ」

 その手が光に包まれる。
 込められた熱量は、人間の肉体を蒸発させるのに十分すぎるほどだ。
 そしてそれを、暴走するオリジンの意思がキリルに向ける。

「キリルちゃんっ!」

 今度はフラムが庇う番だ。
 しかし仮に、それを代わりに受け止めたとしても、おそらく食らった瞬間に命を落とすだろう。
 それでも、彼女は躊躇などしなかった。
 細かいことを考える余裕などなかったのである。
 キリルの体をフラムの両手が包み込む。
 そして光が、その背中に触れようとした瞬間――

接続しろコネクションッ!」

 ミュートの腕が何かに引き寄せられ、体ごと地面に倒れる。
 バシュウッ!
 光は瓦礫に触れると、彼女の手の周辺を溶かし尽くした。

「どうして……」

 目の前に現れ、窮地を救った少年・・を見て、フラムは驚愕する。
 彼は青い髪をかきあげると、不機嫌そうに言った。

「妹の晴れ姿を見にきただけさ、悪い?」

 要するに、彼はずっとこの戦いを見ていたらしい。
 そして――キリルを手に掛けるのはミュートの本意ではないと判断し、介入したのだ。
 教会の一員でも、オリジンの意思を受ける者としてでもなく、彼女の家族として。

「ネ……クト……」
「王都とミュートの能力は相性が良いと思ってたけど、まさかここまでとはね」

 周囲一帯の人間と共振し、その力を全て自分のものにする――二つのコアによって進化した彼女の能力は、人口の多いこの場所だからこそ、最大の力を発揮することができた。
 もっとも、それは人間の体にはあまりに負担が大きすぎるものではあったが。

「よくやったと思うよ。これできっと、誰も君のことは忘れない」
「……うん」

 攻撃を防がれ、先ほどよりはオリジンの力が弱まったのだろうか、返事は遅いがしっかりと意志の疎通はできるようになっていた。

「ねえ……ミュートを助ける方法は、無いのかな?」
「無いね。二つ目のコアを使えばもうそれでおしまいさ。仮にこうして奇跡的に意識を取り戻せたとしても、体がボロボロで、死ぬのは時間の問題だ」

 即答され、キリルは言葉を失う。
 生き残ったところでどうするのかは考えていない。
 だが現実を突きつけられると、胸が痛む。
 悲しげな表情を浮かべる彼女に、ミュートは問いかけた。

「私、死ぬ……キリル、悲しむ?」
「そんなの、悲しむに決まってるよ……友達が死ぬんだよ!?」

 必死に語りかけるキリルに、ミュートは微笑む。
 自分の死を悲しんでくれる人間が増えたこと、それが素直に嬉しかったのだ。
 キリルを、ネクトは目を細めて見つめた。
 まともな感覚・・・・・・を持つ人間は、この場において貴重だった。
 人の死とは本来、重いものなのである。

「フラム、アプリコット……」
「何?」

 次はフラムが呼ばれ、複雑な心境で彼女の顔を覗き込む。
 瓦礫のところどころに見える血痕は、それだけの死者が出たという証だ。
 公園での集団自殺も、広場での惨劇も見てきた。
 胸を張って他人を断罪できるほどの正義感はフラムに無いが――ミュートは罪人であり、悪である、それだけははっきりと言い切れる。
 だが、彼女がセーラの故郷から拉致された子供であることも知っているのだ。
 そしてマザーとともに育ち、歪んだ価値観と忌むべきコアを植え付けられた。
 同情すべき面もある。
 人としての意識を取り戻した今、逝く前に話ぐらいには付き合ってもいいと思った。
 しかしそれでも、フラムとミュートの間に繋がりはほとんど無いはずだ。
 一体何を聞こうと言うのだろうか。

「……インク、どう、してる?」

 フラムは納得する。
 なんだかんだで、姉である彼女のことを、ミュートも気にしているらしい。

「仲良くやってるよ、特にエターナさんが可愛がってる」
「インク、幸せ?」
「断言はできないけど、よく笑ってるよ」

 そう答えると、ミュートはほっと息を吐き、胸をなでおろす。

「なら、よかった。もう、思い残すこと、ない」
「待って! まだ、まだ何か――」

 目に涙を浮かべ、体に縋りつくキリル。
 しかしミュートはゆっくりと首を横に振る。
 誰よりも、自分の体の状態はよくわかっている。
 意識だって、少し気を抜けばすぐにオリジンに持っていかれそうな有様だ。
 それに――あれだけの人を殺しておいて、生き残れるとは思っていないし、生き残るつもりもなかった。
 彼女は満足して逝くのだ。
 どこまでも身勝手に、自分の望みだけを果たして。

「ごめん、キリル。でも、もう、大丈夫。キリル、やりたいこと、見つけたはず」

 友の危機を前にして、考えずとも、体は動いた。
 勇気が湧いてきて、ずっと使えなかったブレイブだって発動できた。
 悩みが消えたわけではないが、進むべき道筋は見えている。
 しかしキリルはミュートの手を両手で握りしめると、涙を振りまきながら、必死で首を左右に振る。
 そんな結末は認めないとでも言うように。

「フラム、アプリコット」

 再び彼女はフラムの名を呼んだ。

「何?」
「もう、終わらせる」
「……わかった」

 フラムは息を吐き出すと、剣を握り締める。
 拒む理由は無い。

「ダメだよぉっ! ダメ、ミュートが死ぬなんて、フラムが殺すなんて、そんなのぉっ!」

 キリルはそんな彼女に訴えた。
 しかしフラムは、落ち着いた様子で返事をする。

「オリジンはね、そういうものなの」
「おり、じん?」
「そう、オリジン。あいつらはどこまでも人の命を弄ぶ。どこまでも……どこまでも、人の尊厳を貶める」

 オーガや、研究所で犠牲になった人々。
 インク、デインの部下やデイン本人だってそうだった。
 言うまでもなく蘇った死者たちも含まれていて、ダフィズなんてその被害者の筆頭だ。
 そしてチルドレンたちもまた、オリジンと、オリジンの力を求める人の欲望に翻弄された被害者たち。
 その連綿と続く忌まわしき螺旋を断ち切るための方法は、一つしかない。

「救える人間なんてほんの一握り。触れてしまった時点で、もうおしまいなんだよ」

 幾重の犠牲者たちを見てきたフラムの言葉には、質量がある。
 それが心にずしんとのしかかり、傍らで聞いていたマリアは締め付けられるような痛みに、胸に手を当てた。

「そしてミュートを含むチルドレンはみんな、引き返せない場所にいる」

 ネクトは目を細め、フラムから視線を逸らす。
 彼とてそうだ、引き返せないことは自覚している。
 ミュートと同じ決意をもって、王都で暴れまわっている。
 救われるだなんて考えていない。
 人々の記憶に傷跡を残し、そして恩を報いる――つまりは“精算”であった。

「終わらせるには、殺すしかないの」
「そんなことって……」

 受け入れられないキリルは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でミュートの方を見た。
 すると彼女は、ゆっくりと頷く。
 “わかってほしい”、そうキリルに伝えるように。
 フラムは今度こそ柄を両手で握り、その尖った先端をミュートの胸に当てた。

「……私、私として、死ねる」

 目を閉じ、両手を投げ出し、身を任せるミュート。

「みんな、看取ってくれる」

 その声はどこか満足げだ。
 フラムの胸中はやはり複雑だったが、それが自分にしかできない役目なら――と、

「私……」

 ズッ、と胸に刃を沈め、剣に魔力を注ぎ込む。
 胸に埋め込まれた二個目のコアが壊れる。
 するとミュートはぴくりと震え、

「……しあ……わ、せ」

 最期にそう言い残して、瞼を閉じる。
 そして、八年というあまりに短い人生を終えたのだった。

「死んで、幸せなんて……そんな、満足げな、顔して……あ……ああぁ……」

 キリルはミュートの頬に触れて、嗚咽を漏らす。
 それは友人や肉親の不幸に直面したことのない彼女にとっての、初めての、実感の伴う“死”であった。

「ああぁぁぁあっ、うわあぁぁぁあああああああッ!」

 さらに胸に顔を埋めて泣きわめく。
 それが、十代の少女としての正しい反応なのだ。
 自分の手で殺しておいて感慨すら湧かないフラムは、他人の死に慣れすぎてしまったんだろう。

「僕もすぐにそっちに行くからね、ミュート」

 ネクトはそう小さく呟く。
 すると彼はフラムの視線が自分に向いていることに気づき、不敵な笑みを浮かべた。
 だがその表情には覇気がなく、彼もまた、心に大きな傷を負ったのだとフラムは感じた。

「ここでやる?」

 冷めた声で言うネクト。
 フラムは首を振り否定する。

「今にも倒れそうなぐらいなのに、戦えるわけなんて無いじゃん」
「それもそうか。正直、僕もそんな気分にはなれないよ」

 殺そうと思えば、ここに立つ何人かは仕留められるだろう。
 だがキリルが本気で動けば、消耗しているとはいえエターナやガディオが合流すれば、勝負はどちらに転ぶかわからない。
 要は、勝利条件をどう定めるかの問題だ。
 そして二人は互いに確信している。
 ここで殺し合ったところで誰も得などしない、と。

「死体は――」
「私たちが引き取ってもいい? そっちじゃまともに弔えないでしょ」
「確かにそうだけど、君たちも敵を埋葬したりできるのかい?」
「やるだけやってみる」
「……ふっ、そうかい。なら任せるよ。どうせ僕らにはもう、家族の死を悼む余裕なんて残されていないんだから」

 そう言ってネクトは後ろを向くと、ポケットに手を突っ込んで離れていく。
 フラムがその背中を眺めていると、少し歩いたところで彼は姿を消した。

「うううぅ……う……あぁ……あ……」

 キリルの泣き声は随分と小さくなっている。
 かと思うとその体勢のまま黙り込んで――ぴくりとも動かなくなった。

「キリル……ちゃん?」

 呼びかけても反応はない。

「あれだけの傷を負ったんです、回復魔法を使っても体力の消耗までは戻りませんから」

 マリアがそう説明した。
 少し離れた場所では、ようやく手足が完全に回復したライナスが立ち上がり、よろよろとこちらに近づいてきている。
 彼も同じように、傷は癒えたが体力の消耗は戻っていないのだろう。
 しかし――マリアの言葉のほとんどは、フラムの耳には届いていなかった。

「あ……れ……?」

 彼女もまた、ミュートとの決着に至るまで、相当な無理を重ねてきたのである。
 広場での戦闘では手足の切断や内臓の損傷も一度や二度ではなく、しかも騎士剣術キャバリエアーツの大技を連発し、魔力も消耗。
 むしろここまでよくもったほうだ。

「……ぁ」

 完全に体から力が抜け、顔面から地面に倒れ込む。
 慌ててマリアとライナスが駆け寄り声をかけたが、意識を取り戻すことはなかった。



 ◇◇◇



 広場で暴れていた人間たちも、ミュートの死によって活動を停止し――どうにか生き残ったエターナはその場でへたり込んだ。
 するとまだ歩く余裕すらあるガディオが彼女に歩み寄る。
 彼は篭手を外し、手を差し出すと、エターナは少し乱暴にそれを叩く。
 パチン、と小気味のいい音が広場に響いた。

 戦いはひとまず終わったのだ。
 英雄たちに――どうか今だけは、しばしの休息を。





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