「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

053 滅私

 




 “共感シンパシー”に特に制限はない。
 体格、性別、年齢――全てを無視して、繋げた人間の人格やステータスを混ぜ合わせるのだ。
 ゆえにフラムたちの前に立ちはだかる人間たちは全て、正真正銘Sランク級の力を持った人間たち。
 うち十人ほどが彼女の方を向くと、ほぼ同時に手を天にかざし、魔法を発動させる。
 無数の光の剣が浮き上がり、周囲を白く照らした。
 マリアもよく使用していた“ジャッジメント”だ。
 魔力4000と言えば、彼女とそう変わらない。
 聖女並の威力を秘めた輝刃が――手を前に振りかざすと同時に、フラムたちに向けて放たれる。

「アイシクルブレード!」
「リ、リヴァーサルッ!」
「おおぉおおおおおおおおッ!」

 誰かが誰かを守る余裕など無い。
 エターナはジャジメントと同じ大きさの氷の剣を五本浮かべ、光の剣を迎撃する。
 フラムは自分に迫る魔法を一つ反射するので精一杯だった。
 そしてガディオは、あえて前に突っ込んで、下をくぐり抜け魔法の使い手に肉薄する。
 バシュウッ!
 ジャッジメントがエターナのアイシクルブレードとぶつかり合う。
 高エネルギーの魔力塊が衝突すると、空中でお互いに弾けながら消滅した。
 氷が蒸発し、生じた水蒸気によってあたりは白いモヤに包まれる。
 フラムが反射した光の剣は、敵のうちの一人に命中した。
 だが腕を焼いただけで致命傷にはなっていない。
 ズドドドドドドドドォッ!
 そして残りの、誰にも命中しなかったものは地面に着弾、三メートル大のクレーターを作り出した。

「ふんッ!」

 ガディオが振り下ろした一撃を、三十代ほどの女性が身軽に避けた。
 外見にそぐわぬ素早い動きに彼は戸惑うが、気を取られずすぐさま追撃を仕掛ける。
 すると両側から別の人間――髭を生やした中年の男性と、ピンクのスカートを揺らす十歳にも満たぬ子供が彼を強襲する。

「ちぃっ!」

 男性の拳をギリギリで避けると、その風圧でガディオの頬に傷が刻まれた。
 女の子の攻撃は大剣の腹で受け止め――
 ガゴォンッ!
 その重さに耐えきれず、彼の巨体が押し返され後退する。
 かかとで踏ん張り倒れはしなかったが、すぐさま背後から別の男性がガディオに迫った。

「ガディオさんが、ただの女の子に押されてる……!?」

 あのステータスはハッタリなどではない。
 その驚異的な力を前に、フラムは唖然とする。

「フラム、気を抜いちゃだめっ!」
「っ!?」

 狙われているのはガディオだけではないのだ。
 フラムの前方からも、軽装ではあるが冒険者らしき風貌をした男が接近する。
 繰り出される短剣による鋭い刺突。
 体を捻り避け、その手首をつかもうと腕を伸ばすが、相手の方が動きは早い。
 すぐに彼は手を引き、次の攻撃を繰り出す。
 正確に頭部や心臓を狙ってくる相手に、フラムはガントレットで払い除け対応した。

「っ、く、はっ、あ……!」

 今のところはどうにかしのげているが、この距離ではいつまでも相手のペースのままだ。
 フラムは脇腹に向けて放たれた狙いの甘い攻撃を、あえて受けた。
 突き刺さる刃、鈍い痛みに彼女は顔を歪める。
 だが、短剣が肉に沈んだことで動きは鈍る。
 そこで相手の腹を足裏で蹴りつけ――よろめき後退した相手を前に、すかさず魂喰いを抜く。
 繰り出すは横薙ぎの斬撃。
 握力を強め、構えた瞬間、彼女は背後・・に強い衝撃を感じた。

「あ、がああぁぁああっ!」

 何かが突き刺さり、貫通する。
 思わず叫んでしまうほどの“熱”が脳に流入し、不快な匂いが鼻をつく。
 別の敵がフラムの後ろに回り、光の剣を突き刺したのだ。
 つまりそれは人間の――自分の肉・・・・が焼ける匂いだった。
 彼女は前方によろめく。
 そのちょうどいい高さの顔面に、男の膝が叩き込まれる。

「っぶ、が……っ!」

 鼻血を吹き出しながらのけぞるフラム。
 その顎下を狙って突き出される短剣。
 彼女は自らの動きに逆らうことなく、その勢いを利用してバク転を試みた。
 銀色の刃はフラムの急所を捉えることなく、胸部の上を通り過ぎ空を切る。
 彼女の両腕が、死体と血でぬめる地面についた。
 光の剣が突き刺さった左肩に、思うように力が入らない。
 しかし背後からは、先ほどの魔法を放った老婆が、Sランク冒険者特有の素早い動きで迫っている。

「つああぁぁぁあッ! リヴァーサルッ!」

 叫び、気合で腕に力を込め、同時に重力反転・・・・
 浮き上がったフラムの体は、さらに反転した重力によりふわりと宙を舞った。
 不安定で無防備な彼女を狙った老婆の殴打は、先ほどまで彼女のいた場所を空振る。
 その頭上を通り過ぎ、背後に着地したフラムは、

「ごめんなさいっ!」

 再び魂喰いを握り、水平に振って罪なき老婆の首を狙う。
 彼女はそれを、振り向くこと無く回転しながら飛び避けた。
 しかし剣先はその頸動脈をえぐり取る。
 バチュッ!
 吹き飛ぶ肉片。
 老婆の首から大量の血が吹き出す。
 あの出血量なら長くは持たないはず――ならば放置しても、と短剣を構える男性の方に意識を集中するフラム。
 しかし、老婆は自らの手のひらを傷口にかざすと、口をパクパクと動かした。
 すると淡い光の粒子が無数に現れ、出血を止め、傷を塞いでいく。

「回復魔法まで使うの!?」

 確かに光属性魔法だが、そこまで使いこなすとは。
 つまり一撃で致命傷を与えなければ、いつまでも敵は減らないということ。
 復活した老婆は、短剣を持った男とともに再度フラムに攻撃を仕掛けた。

 一方でエターナは、水で作られた犬に乗り、可能な限り敵と距離を取りながら魔法での攻撃を繰り返していた。

「アクアプレッシャー」

 かざした手のひらの周囲から、直径だけで人の大きさほどがある水の塊が射出され、近づこうとする敵を押し返す。
 ガディオにしてもそうだが、この敵の数を前に“勝つこと”は不可能であることを彼女だって知っている。
 大量の死体が転がる広場だが、まだ戦っている冒険者もいれば、完全に錯乱し逃げるべき方角すらわからない一般市民や、腰を抜かしている者だっている。
 この混乱の中――まずはまともな人間が逃げる時間を稼ぐこと、それこそが第一の目的だった。
 戦うことを最優先にするのなら、こうしてばらけて戦う必要はないのだから。
 実際、エターナたち三人が敵の気を引くことで、彼らに対する攻撃もかなり緩んでいた。

「アクアゴレム、ゴー」

 さらに五メートルほどの水の巨人を作り出し、相手にけしかける。
 腕を振り回しても大した傷は与えられないが、時間稼ぎとしては十分な働きができるはず。
 そう期待してゴーレムを作り出したエターナ。
 だが、他の冒険者と戦っていた敵が突如手を止め、一斉にゴーレムに向けて光球を放った。
 水でできた体は為す術もなく、高熱で蒸発する。

「どいつもこいつも洒落にならない」

 愚痴りながらも動きを止めずに逃げ回るエターナ。
 だが、いくら彼女とはいえ、四方を囲まれれば逃げ切れない。
 前方から女性が迫る。
 女性はエターナ本人を狙って拳を突き出すが、直前で乗っていた水の犬が変形し、彼女の体を高く放り投げる。
 さらに拳から胴体、そして顔面に張り付くと、口から侵入し気道を埋め、呼吸を止めた。

「まずはひとり、ざまあみろ」

 微かに口元に笑みを浮かべるエターナ。
 しかし空中を舞う彼女の二の腕を、どこからともなく飛んできた光の剣が掠めた。

「づぅっ……」

 タイツに血がにじむ。
 さらに別の方向からも、今度は無数の光の機雷が放たれ、空中で身動きの取れない彼女は――

「フェアリーオンアイス」

 手を振り払い、空中に幅一メートルほどの氷のレールを作り出した。
 その上を滑り、地上から放たれる魔法を避けていく。
 レールが途切れれば別のレールを作り出し、そちらに飛び移る。
 途中でスピンも交えながら敵を翻弄し、さらに合間を見ては鋭く尖った水の槍を射出する。
 彼女のその様は、まるで妖精が踊っているようであった。
 その時、しびれを切らした妙齢の女性が、地獄の上に作り出されたステージ上を舞う彼女に直接危害を加えようと飛びかかる。

「考えが甘い、短絡的」

 辛辣に批判しつつ、エターナがパチンと指を鳴らすと――突如、氷のレールが砕け散った。
 そして鋭い破片が、彼女に飛びかかる不届き者に向けて殺到する。
 それに気づいた女性は慌てて光の膜を張り防ごうとしたが、その程度で“永遠の魔女”の氷は止まらない。
 シールドを貫通した氷片が、彼女の体にいくつも突き刺さる。

「これでふたり――」

 その死を確信し口角を上げるエターナ。
 だが直後、地上から見上げるオーディエンスのうち数人が天に手をかざすと、光の粒子が墜落する女性に集まっていく。

「……冗談きつい」

 みるみるうちに傷は癒え、女性は何事もなかったかのように立ち上がった。
 エターナは地上に降りると、再び水の犬を作り出し、その背中に乗って移動を開始する。
 彼女の視線の先には、五人の敵に囲まれながら戦い続けるガディオの姿があった。

岩刃タイタン――縋崩斬ブレイドオォォォォォォッ!」

 戦士の咆哮が空気を震わせる。
 彼は全力でプラーナを生成し、その手に握る二階建ての家屋より巨大な“岩の剣”をぶん回した。
 ゴオォオオオッ!
 触れたものは、ただそれだけで肉片と化す必殺の一撃。
 彼を囲んでいた敵のうち二人が避けきれず、吹き飛んだ。
 しかし残り三人は高く飛び上がって避け、無傷である。
 うち一人の男が、自らの武器――両手斧を手に、大きな隙のできたガディオに斬りかかった。

 ミュートによって“共振”された人間のうちの多くは、一般人である。
 彼らは武器を持たず、素手か魔法で攻撃するしかない。
 また、その高すぎるステータスに肉体がついていけないらしく、無茶な素手による殴打によって、腕が骨折している者もちらほらと見受けられた。
 もっとも、そんな痛みなど全く感じていない様子で彼らは攻めて来るわけだが。
 しかしいずれ自滅すると考えれば、相手にする優先度は自ずと低くなる。
 問題は、高ステータスのとなったSランクの冒険者だ。
 フラムが相手にしている短剣の男、そしてガディオが向き合っている斧の男。
 他にも三人ほど――その誰もが未だ無傷で、適した武器を手に、容赦ない攻撃を繰り返している。
 せめて彼らさえ仕留めることができれば、ある程度は楽になるのだが――

 ガギィンッ!
 ガディオは柄を握り、刃の腹を手首で支えながら、振り下ろされた斧を受け止めた。
 体重の乗せられたその一撃は、筋力の差があるとはいえ、完全に抑え込むのは難しい。
 ザザ……と後ずさるガディオのソールレットが地面をえぐる。
 男の攻撃を止めている間にも、他の敵の攻撃が止まるわけではない。
 ジュッ――鎧に直撃した光の剣が、何かを焼くような音を立てる。
 しかし彼の纏う漆黒の鎧は、レジェンド品質ではあるが素材は一級品だ、それしきで破壊されることはない。

「ふンッ!」

 両腕にプラーナを満たし、斧を押し飛ばす。
 すかさず着地点を狙い追撃を繰り出すガディオ。
 ドゴオォオッ!
 漆黒の刃が地面を叩くと、彼の前方が扇形に吹き飛ぶ。
 だが相手はそれを読んでいたかのように、横に飛びでそれを避け、さらに着地と同時にまた仕掛けてきた。

「やはり早い――!」

 本来、あれだけ大きな斧を使っているのだ、彼も筋力特化のパワーファイターだったはず。
 しかし共振シンパシーによって他の冒険者の敏捷を得たことで、パワーとスピードを兼ね備えた強力な戦士と化している。
 その身軽な動きを仕留めるのは、ガディオの力量をもってしても容易なことではなかった。
 斧を剣で受け止め、その間にいつの間にか増えた周囲の敵が攻撃を仕掛ける――そんなチームプレイに、じわじわと彼も追い込まれていく。

 立ち向かっていた冒険者たちも一人、また一人と倒れ、フラムたちの負担は増える一方だ。
 一般人の避難は進んでいるが、いつまで抑え続けられるか。

「っく、はっ、ああぁっ!」」

 いつの間にか増えた一人を含め、同時に三人を相手にするフラム。
 短剣の切り傷が無数に刻まれ、シャツはもうボロボロだ。
 しかし、傷はその都度癒えるためあまり残っていない。
 致命傷さえ防げば死ぬことはない――その特性を利用して、フラムもとにかく時間稼ぎに徹していた。
 だがその限界も近かった。

「こ、はっ――」

 老婆の拳がフラムの腹にめり込み、口から透明の飛沫が舞った。
 肩を入れて押し込まれた殴撃は彼女の体を持ち上げ、吹き飛ばす。
 さらに中年の男が浮いた彼女を追うように跳躍すると、高い位置からその腹に掌底を打ち込んだ。

「ぶ、ぇ……っ!」

 地面に叩き付けられ、バウンドするフラムの肉体。
 内臓が破壊されたのか、口から赤い鮮血が吐き出された。
 すぐに治癒はされたが、頭部への衝撃と痛みに一瞬だけ意識が霞む。
 もやがかった視界に見えるのは、三人が作り出した無数の光の矢だった。
 避けなければ――そう思い体を動かすフラムだが、

「ぁ……あ……っ」

 物陰に縮こまり、怯える女の子を見つけてしまう。
 このままでは彼女も魔法の餌食となり命を落とすだろう。
 見捨てるわけにはいかなかった。
 フラムは立ち上がり、放たれる矢の雨と向き合う。
 こんな量を防ぎ切れるわけがない。
 だが迷っている暇はないのだ。
 素早く剣を十字に振り、プラーナの盾を展開する。
 ガガガガガガッ!
 最初の数発程度なら耐えられた。
 しかし次第に盾は形を失い、貫通した矢がフラムの頬をかすめる。
 もう一度盾を生成するには時間が足りない。
 とっさに彼女は怯える少女を抱きしめ、庇った。
 ドドドドドドッ!
 絶え間なく降り注ぐ殺意の奔流。

「ぐっ……が、ああぁぁぁ……!」

 突き刺し貫き焼き尽くす。
 数え切れない数の光の矢がフラムの背中に命中し、耐え難い苦痛を与える。
 装備により痛みが軽減されていなければ、とっくに意識は失っていただろう。
 それでも、まともな人間ならば泣き叫んでいるところだ。
 一部の先端は体内にまで入り込み、肺などの臓器までもを焼いている。

「あっ……あ、は、ひ……か、ひゅっ……」

 酸素がうまく取り込めない。
 息を吸っても吸っても苦しかった。
 噛みしめる唇に血が滲む。
 フラムの腕の中で怯える少女は、目を見開いて自分を守る彼女の姿を凝視していた。
 そして矢が打ち止めになった瞬間――

「に、逃げてっ!」

 解放された少女は、一目散に駆けていった。
 フラムはすぐさま背後を振り向く。
 案の定、三人が同時に迫ってきていた。
 迎撃しようにも力が入らず手足が震える。
 これでは剣で対応するのは無理だ。
 フラムを囲むように前方三方向より迫るあの三人――左右に素手の老婆と男性、中央には短剣を持った冒険者。
 一方でフラムは魂喰いを地面に突き刺し、それを杖にしなければ立てないほどボロボロの状態。
 だが引きつける。
 限界まで、その拳と刃が急所を穿つ直前まで近づかせてから――コツン、と爪先で地面を弾いた。

「リヴァー……サル」

 ガゴォッ!
 フラムの前方約五メートル、深さ約二メートルの地面に反転の魔力が満ちる。
 魔法により切り取られた巨大な岩板――その表と裏が高速で入れ替わる。
 ゴオォオオッ!
 轟音とともに動き始めるそれの上から、左右の二人はギリギリで飛び退いた。
 しかし短剣を手にした男は間に合わない。
 巻き込まれ、下敷きになり、バチュッ! という音だけを残して、見えない場所で圧死する。

「私も、これで、一人……ッ!」

 地面から剣を引き抜き、構えるフラム。
 その額には汗が浮かび、肩は上下する。
 先ほどの攻撃を避けた二人に加え、さらに他の冒険者との戦いを終えた三人がこちらに向かってくる。

「まだまだぁッ!」

 自分に言い聞かせるように叫び、フラムは前進した。



 ◇◇◇



「はっ、はっ、はっ」

 路地を駆け抜けるミュート。
 しかし彼女の逃避行は、そう長くは続かなかった。
 ヒュオッ!
 彼女の動きを予測した上で、足を狙い放たれるライナスの矢。
 その的確な一射は、あっさりとミュートのふくらはぎに命中した。

「あぅっ!」

 少女はバランスを崩し転ぶ。
 傷口はすぐさま渦巻き、矢は吐き出されるように落ちた。
 痛みも一緒に消えたのだろうか、また立ち上がると、ミュートは駆け出す。
 接近するライナスは、これ以上は矢を無駄には出来ないと、弓を背負い、両腰に刺した短剣のうち一本を右手に握る。
 そして屋根の上から下り、ミュートの前に立ちはだかった。

「鬼ごっこはここまでだ、お嬢ちゃん」
「私、まだ、死なない」
「君が他人を殺してないんなら、その望みも受け入れてもよかったんだがな」

 ライナスは前進し、ミュートに接近する。
 彼女は“共振”を発動しようと手を伸ばした。
 しかし瞬時に彼は目の前から姿を消し、背後に現れ素早く首に短剣を突き刺し引き抜いた。

「あ……」

 損傷した動脈より大量の血液を吹き出すミュート。
 彼女は傷口を抑えると、よろめきながら、それでもライナスから逃げようと前へ進む。

「厄介だな、その体」

 その様子を見ていた彼は、すでに傷が塞がっていることに気づいた。

「首を切ってもダメなのかよ、楽に逝かせてやるつもりだったんだが」
「いや……死ぬ、いや……!」
「恨むなら君をそんな体にしたマザーを恨むんだな、普通の人生を奪ったのはあいつだ」
「ちが、う……マザー、おか、さん……恩、返す」
「……すまん、そりゃそうだよな。生まれてからずっと一緒にいたんだ、情だってあるだろう」

 例えマザーがミュートたちの不幸の元凶だったとしても、彼に育てられてきた彼女には関係のない話だ。
 重要なのは、記憶と、事実と――周囲が何と言おうが、マザーはチルドレンにとって本当の親なのである。

「今度はコアを貫く、恨むなよ」
「私……私……」

 短剣を構えるライナス。
 するとミュートはポケットに手を入れ、黒い水晶を取り出した。
 オリジンコアだ。

「何をしてんだ?」
「死ぬ、いや。生きたい、でも……」

 胸に近づけ、逡巡するミュート。

「私、望み、叶える」

 言葉とともに決意を固める。
 そして水晶を今度こそ胸に当てると――ずずず、と体内に入り込んでいった。
 直後、ミュートの体に異変が生じる。
 彼女が体を痙攣させはじめたのだ。

「あ、あがっ、が、がっ……!」

 体をのけぞらせ、目を剥き、口の端から涎を垂れ流す。
 さらに瞳から止めどなく血の涙が流れ出したかと思うと、彼女の顔色はみるみるうちに赤黒く変色していった。

「お、おいあんたっ!」
「さよ、なら……みん、な……」

 手足の指先から順番に、爪が落ち、皮が剥がれ、血が吹き出し、体が捻れ始める。
 赤い繊維を束ねたような筋肉質が剥き出しになり、ミュートは人とはかけ離れた姿に変貌していった。

「なんだよ……何をしたんだよッ!」
「まざー……」

 危険を察したライナスは、急いで弓を構えると、風の魔力を込めてそれを放つ。

「ゲイルショット!」

 ヒュゴオォォオッ!
 周囲の大気が渦巻き、轟音が響くほど強烈な攻撃。
 しかしそれを、彼女は手でいとも簡単に受け止めた。

「そんな簡単に!?」

 風の刃がその腕を切り裂こうとするも、傷一つ入らない。
 やがて全身のねじれは頭部にまで及び、最後に彼女は――

「きり、る……」

 涙を流し、友達になれたかもしれない少女の名を呼び、意識を手放した。
 顔面の顔が剥がれ、その下からは筋肉や骨ではなく――やはり手足と同じように、赤い繊維質の肉が現れる。
 そして全身を捻れたそれ・・に包まれた彼女は、完全にオリジンに支配された。
 その対価として、王都に傷跡を刻むには十分すぎる、膨大な“力”を得て。

「オ……オオォォ……オオオォォオオオオ――!」

 ミュートだったものに、口と呼ばれる機関はない。
 どこからともなく“声”を発し、響かせる。
 その甲高い咆哮は、自らの生誕を喜んでいるように聞こえた。





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