「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

025 DAWN

 




 礼拝堂の先に続く廊下を、並ぶドアを一つずつ開きながら進んでいく。
 デインを殺したことで気持ちが切れたのか、戦闘中ほど体が言うことをきかない。
 手を壁に当て、それを支えにしながら、足を引きずり歩く。
 背後からは無数の眼球が迫っている――戦いは終わっても、まだ危機は続いているのだ。
 そして廊下の一番奥、最後のドアを開く。
 他の部屋より少し広めのそこには、床に座り込むインクの姿があった。

「イっ……ン、ク?」

 だがフラムの声は途中で途切れる。
 インクの隣に、見覚えのない、身長180cmはある大きな女性が立っていたからだ。
 いや――本当に女性なのだろうか。
 服装はワンピースで、つば広の帽子をかぶっており、赤い髪がちょうど顎あたりまで伸びている。
 一見してそう見えないこともない。
 しかし、筋肉質な手足に、広い肩、そしてその顔つきは、男そのものだ。

「その声、もしかしてフラム?」
「あらあらぁ、あの男、あっさりと負けちゃったのね。こんなに早く来るとは思っていなかったわ」

 その声は、やけに野太かった。
 やはり男に間違いない。

「あなたがフラムね。ごきげんよう、私はマザー。この子たち――螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンの母親よ」
「インクから離れなさい」

 フラムは剣を抜く。
 その存在だけは、インク本人から聞いて知っていたが。
 てっきり、女性だと思いこんでいた。

「どうして母親である私が離れなければならないのかしら。それにインクが化物だの何だのって、酷いことを吹き込んだのはあなたでしょう?」
「母親を名乗ってるってことは、もちろん知ってるんでしょ? インクが持つ力を」
「ええ、だって心臓の代わりにコアを移植したのは私ですもの」

 マザーは即答する。
 母親を名乗っているものの、おそらくは彼こそが、この研究計画のリーダー。
 つまり教会に所属する科学者ということになるのだろう。

「つまり第二の誕生、母の子宮を経て生まれた彼女たちが、私の子供になるための儀式――だからね、インクちゃんも含めてみんな、正真正銘の私の子供で、私はみんなの母親なのよ」

 聞いていないことまでペラペラと喋るマザー。
 狂信者――と言うよりは、自分の設定・・に酔っているようで、とにかく他人に自分が“母親”であることをアピールしたくてしょうがないのか。

「でも……あたしは」
「人間がいいの? どうして? 確かにあなたは出来損ないよ、けれど素晴らしい力を持っているわ。子供を産み落とし、母親になる力が。ほら」

 彼はフラムの背後を指差す。
 開け放たれたドア、その向こうには無数の白い球体がひしめき合っていた。
 しかし部屋には入ってこない。
 主であるインクがここに居るからだろうか。

「インクちゃんの可愛らしい子供たちが、こちらを見ているわ」
「子供って……」
「あなたが失ったもの」

 ゴツゴツとした手のひらが、インクのまぶたに被せられる。

「そしてあなたが欲しがったもの。その欲望がオリジン様の力で“増殖”して、体の中から吐き出された。そしてオリジン様の力を宿したまま、優しいインクちゃんの意思に従って、私たちを守ってくれたの」
「違うっ、あたしはそんなことっ!」
「恥じることは無いわ、立派よ。立派なおかーさんよ、インクちゃんは。私の愛する子供が、こんな立派なおかあさんになってくれて嬉しいわあ」

 そう言って、マザーは彼女を抱きしめる。
 今まで見てきたオリジンの力とは、別の意味でおぞましい光景。
 寒気がする、吐き気がする。
 フラムには、そこにマザーの言うような愛が存在すると思えなかった。

「初対面で悪いけど、そこのマザーとか言う人」
「なあに?」
「たぶん、あなたは母親なんかにはなれないと思う」
「どうして? 何も知らないくせにどうしてそう言い切れるの?」
「子供の方を見てないから。自分の都合ばかりを押し付けて、望む形に歪めようとしている。体も、心も、誰もそんなこと望んじゃ居ないのに!」
「それを決めるのは私でもなければあなたでも無いわ。ねえ、インクちゃん。あなたは私の愛を感じてくれているわよね?」

 彼はさらにインクに体を密着させた。
 さらに頬ずりし、息が荒くなる。
 インクは――普段から慣れているのだろう、特別嫌な表情はしなかったが、嬉しそうでもなかった。
 そしておずおずと、控えめに口を開く。

「あたしは……嫌だ。人間が、いいよ。誰かを傷つける化物になんか、なりたくないっ!」
「……そう」

 マザーの表情から、すっと笑顔が消える。
 無表情になった彼は立ち上がり、インクの前に立つと、胸ぐらを掴み、手を振りかぶって――バチン、と平手打ちをした。
 男性の腕力によって放たれたそれを受け、インクは床に叩きつけられる。

「じゃあいらないわ、あなた。もうただのゴミよ、廃棄でもなんでもされちゃいなさい。役立たずでも愛を注いで育ててあげたのに、恩知らずな子」
「インクッ!」

 フラムは急いで彼女に駆け寄り、抱き上げると、

「フラム……」

 力ない笑みと共に、小さな自分を呼ぶ声を聞いて、ほっと胸をなでおろす。
 そしてすぐさま、部屋の隅へと移動する大きな背中を睨みつけた。

「マザーッ!」

 怒気を孕んだ声に、彼は足を止め、振り返った。

「怖いわねえ。やっぱり、子供は自分で育てるに限るわ」

 その言葉と同時に、彼の背後に――4人の子供が現れる。
 魔法で隠れていたのか、それともワープしてきたとでも言うのか。
 マザーの左側には、パーマがかった緑髪の、無意味に満面の笑みを浮かべた少年と、不機嫌そうにそっぽを向きながら、つま先でリズムを刻む金髪の少年が。
 右側には、顔をしかめながら赤く腫れた頬を撫でる生意気そうな青髪の少年と、白い長髪を揺らし、目を前髪で隠した、人の形をしたぬいぐるみを抱く少女が。

「あらネクト、どうしたのその傷は」
「仕留め損なったんだ。あのクソ野郎、今度は絶対に殺してやる……!」

 それはガディオと戦闘していたはずの少年、ネクトだった。
 街中に音が響くほど激しい戦いだったが、どうやら無事撃退され、敗走してきたようだ。

「そうだ、フラム、あなたにも紹介するわね。この子達が私の大事な子供、つまり螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンよ」

 マザーは手を大きく開き、自慢げに言った。
 みな年齢はインクと同じか、少し下と思われる。
 今こそ普通の子供のような姿をしているが、力を使う時はインク同様に、顔があの気持ちの悪い肉の渦に変わるに違いない。

「左の緑髪の子がフウィスちゃん、その隣の金髪の子がルークちゃん。青い子がネクトちゃんで、右端の女の子がミュートちゃん。どうかしら、みんな可愛らしい子供でしょう?」

 フラムは、ごくりと唾を飲んだ。
 もしここで、彼らが自分を殺そうとすれば、確実に負けるだろう。
 逃げることもできず、この場で塵も残さずに消されるはずだ。
 幸い、今のところは敵意を向けられていないようだが――

「あら、そんなに警戒しなくてもいいのよ。オリジン様の間でも意見が割れているようで、あなたを殺すか、利用するか、まだ結論がでてないみたいなの。だからそれまでは、中立である私たちはあなたを殺さない」
「オリジンの……間?」

 まるで複数居るかのような言い方を、フラムは訝しむ。

「ふふふっ、じきにわかるわ」
「ねえ早く行こうよぉ、マザー」
「フウィスの言うとおりだ、いつまでこんなゴミに時間使ってんだか。インクもよぉ、とっとと捨ててりゃよかったんだ」
「子供たちには等しくチャンスを与える。それが私の教育方針なのよ、ルークちゃん」

 口の悪いルークは、マザーの諌めるような言葉に、また視線を逸らした。

「マザー、おしっこ」
「あらあらミュートちゃん、それは大変ね。急がないといけないわ。ネクトちゃん、お願いしてもいいかしら?」
「うん、わかったよマザー」

 ネクトは開いた手のひらを前にかざす。
 フラムには、その上に何らかの力が渦巻いているように思えた。

「そうだ、最後にそれ・・の処理についてだけど」

 “接続”が発動する直前、マザーは思い出したようにフラムに語りかける。

「正直、あの眼球はとても邪魔だから、あなたの力で壊してもらえると助かるわ。助けようだなんて思わない方がいいわよ、どうせ無理だし、それに――生き残っても、目が見えない上に、体も弱くて、特に長所もない、ただのゴミが残るだけだから」

 フラムはギリ……と歯を鳴らした。
 救いようがない。
 どこまでも、身勝手で、理不尽で――

「それが、母親を名乗る人間の言葉ッ!?」
「今は赤の他人、だからゴミ。そういうことよ。じゃあ、また・・ね、フラムちゃん」

 ネクトが「接続コネクション」と告げると、マザーたちは一瞬で姿を消した。

「待ちなさいッ!」

 その声は届くこと無く、室内に虚しく響いた。

「くっ……」

 悔しげに拳を握るフラム。
 そんな彼女の音を聞いて、インクは不安げな表情を浮かべる。

「……ごめんね、フラム」
「なんでインクが謝るの? 悪いのは、私だから。インクに、酷いこと言っちゃったよね」
「でも……本当だったんだよね。私は、夜になると化物になって、よくわからないものをたくさん吐き出して……生きてるだけで、迷惑かけてる」
「そんなことっ……!」

 “無い”と言い切りたかった。
 しかし、このまま彼女を生かしておけば、犠牲者は増えるばかりだ。
 フラムたちも、死ぬまであれに追われ続け、インクの近くでなければまともに眠ることすらできないだろう。
 数日眠らないぐらいならなんとかなる。
 だがこれから先、一生となると――もはや死ねと言われているのと同じことだ。

「いい、から」
「インク?」
「もう、いいよ。最後にフラムと、こうやってお話できただけで、あたしは幸せな方なんだと思う」
「待って、勝手に諦めないでよぉ!」
「じゃあどうすんのっ!? あたしが生きてる限り、みんな傷つくんだよね? そこまでして、生きていたいとは思わない。人間として、普通に幸せになることもできないなら、不幸なまま生き続けるより、ここで死んだ方がいいに決まってるじゃん……」

 違う、間違っている、私がどうにかする。
 本当は、そう言ってやりたかった。
 けれどフラムは自分の無力さを知っている。
 できることと、できないこと、それが存在することを理解してしまっている。
 “諦める”という選択肢は――時に、正しいのだ。
 インクは体を起こし、フラムの腕の中から抜け出す。
 そして床に横座りで落ち着くと、フラムに向けて笑いかけ、両手を広げた。

「……はい、どうぞ」

 甘えるように、インクは死を懇願した。
 フラムは唇を震わせ、歯を食いしばり、嗚咽を漏らし、そしてついには涙を流す。
 何も、できないのか。
 コアを破壊しなければ、状況は打開できない。
 けれど、破壊すれば、彼女は死ぬ。
 別の方法での解決策が――仮にあったとしても、フラムが1人でそれを実現できるだろうか。
 彼女の手札は、魂喰い、凍結、反転、プラーナ。
 それをパズルのように組合せても、インクを救うための手立ては思い浮かばない。

「それに、あたしを殺すのがフラムなら、それもそれで結構幸せなことなんだよ? だって、ほら、なんとなく……人間として、死ねるような気がするから」

 彼女は明るい声で言った。
 その言葉はきっと、フラムを納得させるためというよりは――自分の死を、受け入れるためのものに違いない。
 殺したくなんてない。
 けど、何も選ばないのは、それはそれで無責任だ。
 死ぬ思いでデインを退けて、インクの元にたどり着いた。
 それは、生かすか殺すか、どちらかを選ぶためだったはず。
 すでに答えは出た。
 彼女も望んでいる。
 だったら、もう、どうしようもないと言うのなら――殺すしか、ない。

「ぅ……っく、は……あ……ああぁ……」

 肩を震わせ、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、フラムはゆっくりと立ち上がった。
 幽鬼のごとくふらりと揺れ、滲む視界で、インクの笑顔を正視する。
 作り笑顔の、なんと痛々しいことか。
 頬の筋肉が引きつり、強く目をつぶるとまた大粒の涙があふれる。
 そんな状態でもフラムは、責任を果たすために前に進む。
 未だに拒もうとする右足に過剰なまでの力を込めて、持ち上げ――踏み出す。
 浮いた足裏が再び床に触れると、ずん、とさらに心が、そして体が重くなった。

「はああぁぁ……!」

 腹筋に力を込め、息を吐き出しながら、次は左足を動かす。
 魂喰いの刃が、床とこすれカラカラと鳴る。
 全身から冷や汗が吹き出し、シャツをじっとりと濡らしていた。

「あ……うあぁっ……!」

 もう、届く。
 両手で柄を握ると、切っ先を震わせながら、インクの胸にあてがう。
 金属の冷たい温度を肌が感じ取り、彼女はぴくりと体を震わせた。

「そう、それでいい。あ、でも一瞬で終わらせてね。痛いのは、やっぱ嫌だし……」

 それは精一杯の強がりだ。
 わかる、考えなくたっていい、誰だって死にたいとは思わない。
 できることなら、人として幸せになりたい。
 インクは今だってそう思っているはずなのだ。
 たった10歳の少女が、生きたいと望んで、それが叶わない世界なんて――そんなもの。

「……フラム?」
「はぁ……ふぅ……はぁ……は、ひゅぅ……」
「ダメだよ、フラム。そこで止まったら。怖いじゃん。もう一気にやっちゃってよ、ぐさ、って!」

 インクの声だって、明るいようで、震えていて。
 目が開けたなら、その下に涙が浮かんでたりするに決まってる。

「……ねえ、インク……本当は、我慢してるんでしょ?」
「してないよ」
「してるに決まってる! だって、じゃないと、おかしいよ! 嘘、つかないでよ。本当はどう思ってるのか、教えてよ」
「それを教えて、意味がある? もし、あたしが本音をここで言ったとして、あたしとフラムが辛くなる以外の意味が、本当にあるの?」

 そんなものは、無い。
 強がりがインクの自己満足だというのなら、本音を求めるのはフラムの自己満足だ。

「無くても、私は聞きたい」

 嘘を嘘のままにした状態で、死んでほしくない。
 せめて死ぬ前ぐらいは素直な自分で居て欲しい、と――残酷に、けれど優しくそう願う。

「あたしは……あたしだって、本当は……!」

 フラムにそう言われて、まだ隠し通せるほど、インクは大人じゃない。
 虚勢は儚く。
 一度壊れてしまえば、もう二度目の壁を作ることはできない。
 垂れ流す。
 願いと、望みと、欲望と――わがままに、年相応に全てを吐き出す。

「そんなの、生きたいに決まってるよ! だってあたし……まだ、10歳だよ? 10年しか生きてないんだよ? それなのにもう終わりだなんておかしいよおぉっ!」
「そう、だよね」
「なんで死ななきゃならないの? なんで化物なんかになっちゃったの? どうして、あたしは普通に生きられなかったの!? オリジンの力なんていらなかった! あたしは、普通に――人間らしく生きられたら、それだけで良かったのに……!」
「うん、うん」
「けどこんなこと言ったって……どうにもならないことも、わかってる。だから、言わなかったの……死ぬしか無いから、飲み込んだまま終わろうと思ってたのぉ……!」
「……うん」
「フラムは、ひどいよ」
「ごめん」

 自覚はある。
 だから素直に頭を下げる。
 それがあまりに即答だったものだから、インクは「ふふっ」と軽く吹き出す。
 そして作り物ではない、本当の笑みを浮かべて言った。

「でも……ありがと。ちょっと、楽になったと思う」

 吐き出した未練の分だけ、魂が軽くなる。
 その分、フラムが背負う物は多くなったが――望んだのは、他でもない彼女自身だ。

「じゃあ、楽なうちにやっちゃってよ、フラム」

 言われるがまま、フラムは手のひらに力を込める。

「わかった」

 あと少し、剣を前に突き出し、そして魔力を注ぎ込むだけで――終わる。
 これから先、どんなに辛くても、今日、奪った命を永遠に背負い続けて。
 二度と同じことを起こすものかと心に刻んで。
 それを糧として、これから先の未来も、フラムは教会と戦い続けるのだろう。

 仕方ないことだ。
 フラムが出会った時点で、インクはすでに人間ではなかった。
 心臓をオリジンコアと入れ替えられ、人外の力を扱う螺旋の子供だった。
 だから、時間を遡りでもしない限り、フラムに彼女は救えない。
 すでに終わった話。
 本当は、この罪悪感だって不要なもの。
 インクの言うとおりだ、早く殺してあげて、一刻も早く生き地獄から開放して、前に進まなければ。

「……すす、む」

 前へ。前へ。前へ。

 ――前って、どっちだろう。

 自分が進もうとしている方向が前であるという保証は、どこにある。
 確かにオリジンの力を持つ彼女を殺し、それを胸に戦い続けるのは正道であるかもしれない。
 しかし、それは、フラムが望む“前”なのだろうか。

「ちがう」

 断じて、違う。
 出会ってしまった。
 ほんの数日の生活だったとしても、ミルキットの時がそうだったように、時間なんて関係なくフラムはインクを救いたいと願っている。
 それが、“前”だろう。
 一般常識とか、倫理観とか関係なく、自分が進みたいと思った向きが、前であるはずなのだ。

「こんなのは、違う」

 それが、守りたい人を殺して終わりだなんて。
 後退だ。
 転落だ。
 フラム・アプリコットの死にも等しい。
 そんなことが、あってなるものか。
 あってなるものか。
 あって――なるものか!

「間違ってる、絶対に。私は――」

 フラムの手のひらから、剣が零れ落ちる。

「私はインクを殺さないッ! 最後の瞬間まで諦めない! じゃなきゃ、誰のための英雄にもなれっこない!」
「フラム……もう、いいよ」
「いいわけないじゃんっ! 生きたいんでしょ!? やりたいことがあるんでしょ!? だったら、叶わなきゃおかしいじゃない!」
「でもどうすんの!? どうやってあたしはそれを叶えたらいいのか、方法も思いつかないくせに適当なこと言わないでよぉっ!」

 2人の声が部屋に轟いた。

「方法はっ……方法なら……!」

 彼女を救うために必要なこと。
 コアの破壊、その代用となる物体の入手、そして移植。
 1番目は問題ない、むしろそれ以外にフラムにはできることはない。
 問題は2番目と3番目だ。

 まずは1つずつ考える。
 コアの代用品。
 いや――そもそもコアは心臓の代わりに彼女に配置されているのだ、正確には心臓の代用品と呼ぶべきだ。

「心臓の、代わり……代わり?」

 ……である必要など、あるのだろうか。
 そのもので、いいのではないだろうか。
 すなわち、生きた心臓。
 動く、死んでも構わない、誰かの――

「デインの、心臓……」

 それを、インクに、移植する。
 自分で言っておいて、そんな馬鹿げたことができるものか、と笑ってしまいそうだ。
 仮にそれが可能だったとしても、コアを破壊して移植を済ませる間、インクの生命をどう維持する?
 さらに心臓とは別の、一時的でもいいから彼女を生かしておける“生命の力”が必要になる。
 そんな都合のいいものがあるものか――と、再び鼻で笑いつつも。
 しかし、心当たりはあった。

「無理だから……もういいからっ!」

 黙り込むフラムに向かって、怒り混じりで言い放つインク。
 その時――入り口の方から、ゴオォオッ! と強烈な風が吹いた。
 廊下にあふれていた眼球たちはその一撃で全てはじけ飛び、彼らが通るための道を開く。
 そして姿を表したのは――

「フラム、無事だったか!」
「無事合流、生きてるみたいでよかった」
「ご主人さまぁぁぁぁっ!」

 ガディオに、エターナに、そして誰よりも大切な人だった。
 ミルキットは主の姿を見るなり彼女に駆け寄り、抱きつく。
 フラムもすぐさま抱き返し、2人は硬く抱き合った。

「よかった……よかったぁ……もう、会えないかと思いまじだぁ……っ」
「ミルキット……あぁ、私も会いたかった。本当に、本当に無事でよかった……!」

 体に感じるぬくもりと、甘い匂い。
 2人はお互いにお互いの感触を確かめあって、心の底から生きて再会できたことを喜んだ。
 だがそんな喜びもつかの間。
 再会できた所で、まだインクにまつわる問題は何も解決していないのだ。

「彼女が螺旋の子供たちの1人――インク・リースクラフトか」
「無事なのは何より。でもシチュエーションを見るに、喜べる状況でも無さそう」

 彼女のすぐそばに落ちた大剣に、涙で濡れた2人の顔。
 エターナは見た瞬間に、大体の事情を察した。
 だが何も知らない者も居るため、インクは改めて説明する。

「実はね……みんなを追い詰めてたあの眼球は、あたしが作ったものだったの」
「え、インクさんが、作った?」

 フラムから離れると、ミルキットが聞き返す。
 インクは頷き、話を続けた。

「オリジンの力が、意識を失うと表に出てきて、あたしを化物に変えるんだ。あたし自身には何も制御できない。だから、全部終わらせるために、フラムに殺してもらおうとしてたんだけど」
「なるほど、寸前で殺すのをやめたんだ。そうなるよね、フラムなら」

 少し呆れたように言うエターナに、フラムは反論した。

「だって、まだ救える方法があるかもしれないじゃないですか!」
「そもそも、彼女の肉体がどういう状況なのかわたしはよく知らない」

 彼女の疑問に答えたのはガディオであった。

「彼女は生まれてすぐに、教会の施術によって心臓とオリジンコアを入れ替えられる処理を受けている」
「解説ありがと。つまり、コアを破壊したらインクが死ぬんだ。なるほど確かに、代わりの何かが無い限り助けられないね」
「だから私は……」

 ダメ元で、笑われても構わない、とフラムは先ほどの思いつきをみなに告げる。

「礼拝堂にあるデインの体から、心臓をインクに移植できないかと思ったの」
「フラム、そんなこと……できるわけないじゃん」
「わかってる! でも聞いてみないとわからな――」

 感情的になるフラム。
 だが彼女の言葉を遮って、エターナは言った。

「できる」

 一瞬で、場が静まり返る。
 フラムはもちろん、冗談だと思った。
 臓器を別の体に入れ替えるなど、聞いたことがなかったからだ。

「心臓移植だよね。わたしなら、やろうと思えばできる」

 だからなのか、彼女は二度繰り返す。
 二度目の言葉を聞くと、もはや疑おうという気は起きない。
 事実なのだろう、できるのだろう、できて――しまうのだろう。

「臓器の移植か、回復魔法の技術が発展する以前に行われていたと聞いたことがあるが……」
「失われた技術とか、薬の作り方とか、そういうの好きだから。ただし、非常に繊細で、高度な魔法の制御が必要になる」

 つまり、それを可能とする魔法使いは――彼女しかいない。

「エターナの得意分野だな」
「そういうこと」

 そう言って、手元で小さくピースサインを作るエターナ。
 絶対に無理だと思っていたことも、可能にする……さすが英雄だ、とフラムは改めて痛感する。

「ところでデインの体って、さっき見かけたあの気持ち悪い肉の塊のこと? 確かにまだ動いてたけど」
「そ、そうですっ! あれを使えばっ!」
「血液型が一致している奇跡、拒絶反応が起きない奇跡、あと他にも――正直に言うといくつも奇跡を祈らないと成功しないけど、それでもよければ。あとコアを破壊したあとの生命維持はどうするの?」
「それはっ……えっと、それも馬鹿げたことと言われるかもしれないですけど……」

 だが、心臓の移植が成るというのなら――

「ガディオさん、プラーナって、体力っていうか、人の生命エネルギーみたいなものですよね?」
「そういう見方もできるな」
「じゃあ、プラーナを使って、死ぬはずの人間の命を延長することって、できませんか?」

 もしプラーナが、数時間――いや、数十分でも良い、コアを破壊したあとのインクの命を維持できるのなら。
 ガディオは少し考え込んで、返事をした。

「扱いは難しいだろうが、傷を癒やしたり、毒を取り除く技もある。そういう使い方もできないことは無いだろう」

 可能性は、産まれた。
 あとはそれをいかに掴むか、それだけだ。
 フラムはインクに近づくと、しゃがみ込み、同じ目線の高さで問いかけた。

「もしかしたら、インクを人間に戻せるかもしれない」
「本当に、そんなことできるの?」
「可能性は、0じゃない。失敗したら、取り返しはつかないかもしれないけど……」

 もちろん、死ぬ可能性だってある。
 けれど、今まで絶対に無理だと思っていた、普通の人として幸せに生きる人生をつかむチャンスがそこにある。
 諦めなくていい、選択する余地がある。
 もし失敗したとしても、それは一方的に与えられたものではなく、自分が選んだ結果である。
 その違いが、どれだけ彼女を救うことか。

「少しでも可能性があるなら、あたしは賭けてみたい」

 インクに、迷いなど無かった。



 ◇◇◇



 それからは、時間との戦いだった。
 エターナはすぐさま礼拝堂へ戻り、デインの肉体を水で包んで部屋まで運ぶ。
 それを隅で見ていたミルキットは、あまりのグロテスクさに口元を手で抑えた。
 しかし、フラムとガディオはそれどころではない。

「俺はお前に合わせる、好きなタイミングでやれ」
「はいっ!」

 大剣ではなく、デインから回収した短剣を握り、インクの胸に先端を当てるフラム。

「痛いけど、我慢してね」
「……うん、頑張る」

 フラムは目を閉じ、大きく深呼吸をして、体の中から魔力をかき集めた。
 イメージする。
 体の真ん中で集められた魔力は球体となり、浮かんでいる。
 それを両手に流し込み、手のひらを通して短剣の柄へ、そして刃へ。
 狙うはオリジンコア。
 反転の力を、刃が接触すると同時に中に流し込み、破壊する。
 一連の流れが、瞼の裏に焼き付けられる。
 あとはその手順通り、自分が動くだけ――腕に力が籠もり、刃がインクの体の中に沈んでいく。

「っぐ……」
反転リヴァーサルぅっ!」

 パキッ!
 魔力が流れ込むと、コアの中身が逆回転を始め、負のエネルギーを作りだす。
 すると水晶そのものが、想定外のエネルギーに耐えられなくなり、体内で2つに砕けた。
 インクは、自分の体から力が失われていくのを感じた。
 そして同時に、教会を取り囲んでいた眼球が、枯れるように灰色になり、崩れていく。
 もうあのおぞましい光景を見ることも無いだろう。

「ふんッ!」

 そこにすかさず、ガディオがインクの体に手を当て、素手でプラーナを注ぎ込む。
 ドクンッ!
 手のひらから注ぎ込まれる、膨大な量の“生命”の塊。
 コアを失い、冷たくなりはじめていたインクの体が、今度は焼けるように熱くなった。

「あっ……あ、あっ……」

 インクは体をのけぞらせ、ガクガクと震える。

「頑張れ、インク」

 フラムの応援の声が聞こえたのか、口元に微かに笑みが浮かんだ。
 そして、ついにエターナが近づき、移植を開始する。

「ここからはもっと痛い、歯を食いしばって」

 そう言って彼女が手を横に薙ぐと、体の周辺に大小様々な水の刃が浮かび上がった。
 そのうちの1つがインクの体に素早く近くと、彼女の肌にメス・・を入れる。

 そこから先の動きは――あまりに早く繊細で、近くで見ていたフラムにも理解できないほどだった。
 数十本の水の刃、そして後から現れた数本の水の触手が、踊るように飛び交い、インクの体を切開していく。
 まず最初に体内から割れたコアを取り除くと、血が吹き出した。
 すぐさま水の塊で傷口を塞ぐ。
 体内の清潔さを保ち、出血量を抑える――本来なら複数人で行うはずの作業を、エターナは魔法を用いてたった1人で行った。

 インクは、あまりの痛みに喘ぎ声のように小刻みに喉を震わせている。
 実はガディオの手によって痛覚も鈍り、格段に痛みは軽減されているのだが、それでも普通では耐えられないほどである。
 彼女を支えているのは、これさえ終われば、自分が人間に戻れるのだという希望。

 遠くで見ていたミルキットは、いつの間にか彼女のすぐそばに移動しており、手を握って無事を祈っていた。
 フラムも同様に手を握り、開かれた体から目をそらさずに、真剣な表情で施術を見守る。

「ふぅ……」

 エターナは時折、汗ばむ額を手首で拭った。
 彼女をもってしても、困難な作業だということだろう。
 しかし、人の手で行われた時よりも、はるかに早いスピードで手術は進んでいく。
 あれよあれよという間にデインの肉体から心臓が切り離され、インクの体内に沈む。
 そして水魔法で生成した糸で縫合し、正常に動いたのを確認。
 最後に傷口も塞ぐと――施術は完了した。

「……できることはやった」

 全身を襲う気だるさに、エターナはその場で尻もちをつくように座り込む。
 インクは体力の限界だったのか、苦しそうな表情で意識を失っていた。
 上下する胸の下では、自分のものではない心臓が鼓動を刻んでいる。

「助かったの……かな」
「そう願いたいな」

 ガディオは、灰まみれになった廊下を眺めて言った。

「あとは術後の経過次第」

 顔に表情は出ないが、エターナも彼女なりにインクの無事を祈っている。

「ありがとうございました、私だけじゃどうにもできなかったです」

 フラムは深々と、2人に頭を下げて言った。

「それはわたしも同じこと」
「俺だけでも無理だっただろうな」
「私は……居なくてもよかったかもしれませんけど」

 謙遜するミルキット。
 そんな彼女に、エターナがにやりと笑って一言。

「ミルキットが居ないとフラムがやる気を出さない。だから必要」
「まるで私のやる気が無かったみたいじゃないですか!」

 フラムは早口気味にまくしたてた。

「確かに、彼女が来る前と来た後では、全く表情が違うな」
「ガディオさんまで……」

 ふくれるフラムに、エターナとガディオは表情をほころばせる。
 一方でミルキットは、少し照れくさそうにしていた。
 そして彼女はフラムに近づくと、隣に座り、他の人たちから見えないようこっそりと軽く手を重ねる。

「ミルキット?」

 間近で目を見つめながら、フラムは問いかける。
 すると彼女は、2人だけに聞こえる小さな声でつぶやいた。

「私も、ご主人様が居ないとダメみたいです」

 少し離れただけで、気が狂いそうになるほど辛かった。
 常に不安で胸がぎゅっと締め付けられて、息ができないほど苦しかった。
 だからもう――離れ離れにならないように。
 そんな願いを込めて、彼女の方から手を触れ合わせたらしい。

 フラムの顔がぽっと赤らむ。
 喪失の痛みは、何も彼女だけが味わっていたわけじゃない。
 互いに苦しみ、だからこそ、今までより強く相手のことを想えるようになった気がする。
 フラムは、重ねられるだけだった手を、きゅっと握った。

「あ……」
「別に見られたっていいじゃん、ね?」

 フラムがウインクしながら言うと、ミルキットは「はい」と小声で返事をした。
 実を言えば、エターナとガディオにはとっくに気づかれていたのだが。
 英雄の目を素人が欺けるはずがないのである。

「早く目を覚ますといいね」
「はいっ、インクさんにはまだまだ食べて欲しい料理がたくさんありますから」

 そう言って、2人でインクの顔を見つめる。
 その場に居る誰もが、彼女が目を覚まさないことなど考えもしていない。
 誰もが、成功を確信していた。

 日の出とともに照らされた空は、地平線より黒から紫へ、そして橙へと色を変えていく。
 朝日が王都に差し込み、闇を払ってゆく。
 長い夜は終わった。
 そして、誰一人欠けること無く、新たな朝が始まる――





「「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • 頑ななレタス

    見てて飽きない!

    0
  • スザク

    ここに来て外科手術!!!!すごいストーリー!!面白い!!

    0
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