「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

kiki

011 過ごした時間は、無駄だったわけじゃない

 




 フラムの腕は女の肉の渦に飲み込まれ、引き抜けない。
 身動きが取れない彼女に、オーガの拳が迫る。
 どうあがいても腕が抜けないと言うのなら――取るべき手段は1つしかない。

「セーラちゃんっ、私の腕に回復魔法をかけて!」
「へっ!? でもそんなことしたら――」
「それでいいから、早くっ!」

 彼女だって、他人を傷つけるために魔法を習得したわけじゃない、フラムだってそれはわかってる。
 だが、これは“私を救うためだから”、と目で必死に訴えかけた。
 すると彼女は自分の意思を押し殺し、手をかざす。

「リカバー!」

 ヒールだけでは腕を消し飛ばすには回復量《・・・》が足りない。
 ゆえに、高位の魔法を使う必要があった。
 セーラの手から放たれたまばゆい光はフラムの腕を包み込み、入り込み、そして彼女の腕を内側から溶かした。

「あ、が……ああぁぁああっ!」

 千切れかけた腕を、最後は自らの力で分断し、女から逃れるフラム。
 さらに痛みで飛びそうになる意識を歯を食いしばって繋ぎ止め、転がりながらオーガの拳を回避した。
 ゴオォッ!
 フラムの体を掠めたエネルギーは、向かいの壁に衝突し、ぐにゃりと渦を作り出す。

「おねーさんっ!」
「はぁ、はぁ、はあぁっ……っく、セーラちゃん……逃げよう!」

 2人は並んで走り出した。
 四つん這いのオーガは彼女たちの後ろ姿を止まったまま見つめ――追跡を開始する。
 さすがに二足歩行の全力疾走よりは遅い。
 フラムとセーラは曲がり角を利用しながら、距離を離していく。
 そうしている間にフラムの腕は再生し、痛みも消えていた。

「本当に大丈夫っすか?」
「へーき……とは言えないけど、っふぅ……でも、まだ、行けると思う……っ」

 痛みを感じる度に心がすり減っていく。
 だが、削れた心は、エニチーデで待つミルキットのことを想うとすぐに蘇る。
 彼女を待たせたまま、死ぬわけにはいかない。
 息が切れていたのは、痛みのせいだ。
 走っているうちに体は元の調子を取り戻し、2人は最大速で施設を駆け抜けた。
 懸命に逃走を続けていると、いつの間にか、背後からオーガの姿は消えている。

「撒いたっすか……?」
「うん、たぶん。でもまだ警戒は必要かな」
「そうっすね、今度は至る所から声が聞こえてくるようになったっす」

 助けてくれ、助けて欲しい、そんな声が四方八方から響く。
 おそらく先ほどの女性と同じような、死体を利用した罠が、施設の至る所に設置されているのだろう。
 あのオーガは、身体能力だけでなく知能まで向上しているらしい。
 ひょっとすると、この研究所での本来の目的は、能力向上の方だったのかもしれない。

「でもどうするっすか? このまま逃げるのは難しい気がするっす」
「あいつを倒さないことにはどうにもならないよね」
「おら、光の攻撃魔法はあんまり得意じゃないっす。一番ダメージが通るのは、このメイスを使った攻撃っすから……」
「私も、剣が通らないとなると」
「今のおらたちで、どうにかして威力を上げる方法を考えるしか無いっすね。それか施設の何らかの装置を利用するとか、っすかね」

 確かにここまでに施設の実験装置をいくつか見つけたが、どれも使い方はわからなかった。
 もう壊れて、動かなくなっているのかもしれない。
 だとすると、探るべきは自分自身の力を向上させるだろうが――そんな方法が、どこかに転がっているだろうか。

「光魔法で、ステータスを向上させる魔法が無かったっけ?」
「それも使えないっす、面目ないっす」

 頭を下げるセーラ。
 まあどのみち、そんなことをした所で強くなるのはセーラだけだ。

「だとすると――」

 顎に手を当て、考えこむフラム。
 しかし敵は、2人に反撃の手段を考える暇すら与えてくれない。
 思案するフラムの耳に、先ほど聞いたばかりの重い足音が聞こえてきた。
 音の方角は――前方。

「おねーさん、あいつが来たっす!」

 前からにゅっと、不気味な肉の渦が顔を出しこちらを覗き込む。
 そして2人の姿を見つけると、また四つん這いで追跡を開始した。

「くっ、敵の方が施設内の道を把握してるってこと!?」

 2人は向きを変え、再び走り出す。
 こうやって逃げ続けていてもキリが無い。
 なんとか、どうにかしてあの硬い守りを貫かなければ。
 方法は――この場で、すぐさま剣の威力を上げる方法を――

『俺たち冒険者は、時に自分よりも何倍もステータスが上の相手と戦うこともある。そういう時に、守りを砕くための手段というわけだ』

 蘇る、旅の記憶。
 歴戦の勇士であるガディオが語り、そして無茶だと知りながら、彼から教わったとある剣技。

騎士剣術キャバリエアーツ……」
「なんすか、それ?」

 確かに教わりはした、だがステータスが0だったあの時のフラムには全く使うことが出来なかった。
 けれど、今なら。
 呪いの装備の効果によってステータスが上昇している今の彼女ならば、体力をプラーナへと変換し、威力を上乗せするあの技を――使えるかもしれない。
 ぶっつけ本番だ、失敗すれば死ぬかもしれない。
 けど、どうせ、試さなければ死ぬ。

「あれなら、攻撃が通るかもしれない」
「方法があるんすね?」
「うん……一か八かの賭けだけど」

 本当に、成功するかなんて未知数だ。
 そんな分の悪い賭けに、セーラのような幼い少女を付き合わせるのは忍びない。
 だが勇敢なる彼女は、完全にフラムを信用した表情でこう言った。

「準備が必要っすか?」

 任せるのか、一時的とはいえあの化物の相手を、この小さな少女に。

「……少し時間は欲しいかな」

 それしかない、今は。
 どんなにみっともなくても、少しでもマシな未来を掴むために。

「だったら――おらがそれまでの時間は稼ぐっす!」

 セーラはその場で止まり、メイスを構え振り返って、オーガと向き合った。
 その覚悟は、無駄に出来ない。
 フラムは彼女の背中の後ろで、魂喰いを亜空間より抜き取る。
 そして目を閉じ、両手で剣を握り、集中を開始した。

「さあ、かかってくるっす! いっそこのままおらが倒しちまってもいいっすよ!」

 セーラを障害と認識したオーガは、力を纏った拳を振るう。
 それを紙一重でかわし、壁まで利用して駆け巡りながら、彼女は縦横無尽に立ち回った。

『基本の考え方は魔法と同じだ。肉体に満ちる魔力を自らの手に掴み、それを力に変える。だが魔力と異なるのは、体力を同じような感覚で認識するのが困難な点だ』

 師の言葉を思い起こし、肉体に宿る体力を、自ら体内に伸ばした第三の手でつかもうと試みる。
 だが――まるでそれは水のように、指の隙間から溢れて落ちてしまう。

『それは魔力以上に流動的で、滑らかで、清らかで。ゆえに、それ以上に澄んだ明鏡止水の心が必要となる』

 ――意識を、さらに深く集中。
 周囲の音が聞こえなくなる。
 研ぎ澄ます。
 自らの心を、波すら無い、穏やかな、透明無色、無音の水で満ちた空間そのものとなる。

「っぐ……!」

 セーラはオーガの拳をメイスで受け止め、吹き飛ばされる。
 壁に激突した彼女は、背中に違和感を覚え、咄嗟に自らの回復魔法をかけた。
 その隙に、さらに敵が追撃をしかけてくる。
 飛び退いて避けるが、さらに次が、避けた先にまた次が――その繰り返しで、彼女は少しずつ追い詰められていた。

「おねーさん、まだ……っすよね! 大丈夫、まだまだ行けるっす!」

 掴む――流れるそれを、手のひらの上で、留める。
 成功した。
 しかしそこで浮かれてはならない、心を失えばまたそれはこぼれ落ちてしまうから。
 次の段階へ移行する。

『一度掴んでしまえばあとは容易い。力を腕に移し、剣に宿す』

 確固たるイメージを持たなければ発動できない属性魔法と違い、プラーナは、一度掴んでしまえば使うのは簡単だ。
 第三の手の上にあるプラーナを、実際の肉体の腕へと満たす。
 体の中央から、肩へ。
 肩から腕、腕から手のひら、手のひらから――透明で、純粋で、ゆえに鋭利なその力が、魂喰いに宿った。

『純度の高いプラーナが満ちたのなら、あとは――』

 うまくできたかはわからない。
 けれど、確かに、力は宿っている。

「おねーさん……っ!」

 倒れたセーラの直上より、オーガの必滅の拳が迫る。
 彼女は決して助けを求めないが、声は震えていた。
 誰だって怖い、あんな化物に殺されかけていたら。
 女の子なら、まだ幼いなら余計にだ。
 心から彼女に感謝して、フラムは全速で横を通り抜け、オーガの首に向けて力の満ちた刃を振るう。

『自分自身の力、全てをもって剣を振るえ』

 これぞ、騎士剣術キャバリエアーツ――

「せぇああぁああああああああっ!」

 ――未到・気剣斬プラーナシェーカー・イミテイション

 ブオォッ――ザシュッ!
 フラムの振るう剣は、まだ完成には至らない、その場しのぎの付け焼き刃だ。
 ゆえに未到、ゆえに偽物《イミテイション》。
 だが、プラーナを宿した魂喰いは、どう足掻いても貫くことの出来なかったオーガの皮を裂き、そして肉を断ち、骨に当たる所まで切断した。
 ブジュルウゥッ!
 オーガの顔の渦が回転を早め、大量の血液がバラまかれる。
 痛みに苦しんでいるのか、つまり効いているということだろう。

「通った――なら、あとはおらに任せるっす!」
「セーラちゃん、お願いっ!」

 フラムは剣から手を離し、オーガから離れた。
 そして今度は、セーラがメイスを振りかぶって高く跳躍し、半端に刺さった剣を、上からぶっ叩く。
 ガゴォンッ!
 その衝撃によって刃はさらに深く沈み、ついにはオーガの首を切断するまでに至る。
 ずるりと頭部が滑り落ち、どすんと床に落ちる。
 すると顔面の回転は止まり、あの血を撒き散らす不快な音は、もう聞こえなくなった。

「は……へへ、さすがにやばかったっすけど……これは、やったっすね……!」
「はぁ、はぁ……頭を落とせば、死ぬと思いたいけど……」

 降り立ったセーラが、頭部を失い、動かなくなったオーガを見て勝利を確信する。
 フラムは不安げに、大量の血を流す切り口を観察していた。
 死んでいるのならそれでいい。
 だが、だったらなぜ、オーガは四つん這いの体勢のまま、崩れないのか。
 とにかくこいつは、自分の想像を遥かに越えた生き物だ。
 フラムは警戒を解かない、今の一撃だけでは仕留めきれていない可能性を考慮して。
 そして案の定――

「セーラ、ちゃん……はぁ、はぁ……逃げよう……」
「な、なんでっすか? 今ので倒して……って」

 切り落とした傷口が、新たに渦を巻こうとしている。

「嘘っすよね……首が、渦巻いて……っ」

 そして、オーガは活動を再開する。
 普通なら死ぬだろう。
 つまり普通ではないのだ、こいつはもはや、生物としての常識が通用する相手ではない。

「早くっ!」

 再び2人の逃避行が始まる。
 角を曲がった所で、後ろからオーガが移動する音が聞こえてきた。
 今ならまだ、一旦撒ける。
 それで呼吸を整え、再び気剣斬を放って――その方法も考えたが、仮にもう一箇所体を切り落とした所で、果たしてあれの活動が停止するだろうか。
 さらに角を曲がり、曲がり、曲がり、追手が来ていない事を確認してから、2人は足を止め、壁を背もたれにして呼吸を整える。

「は……はぁ……お、おかしいっすよ……あれ、首を落としたのに……っ、血が、流れてたのにっ……!」
「は、はは……それは、私も同じじゃない……」
「おねーさんは、呪いの力があるから……っすし」

 つまり――あのオーガにも、心臓とは別に、何かが“生きる力”を与えているのだろう。

「核みたいなのが……はぁ……体の中に、あれば……いいんだけど」
「どっちにしても、っすよ……この状態じゃ、厳しいっす……はぁ……」

 この状態では、今の自分では。
 その問いに対する答えをようやく絞り出した結果が、騎士剣術だったのだが。
 いや、確かに効果はあった、あるいはフラムが未熟でなければあのまま勝てていたかもしれない。
 だがまだ力不足だ。
 必要だ、今以上の力が。
 付け焼き刃ではなく、確実に強くなる、その手段が。

「……ねえセーラちゃん。もう一回、賭けてもいい?」
「おらには、何も思いつかないっすから……賭けられる作戦があるだけ、おねーさんを尊敬っす」
「こんなとこでおだてたって何にもならないっての。じゃあ、まず最初の部屋まで戻ろっか」
「あの、おらが見てない場所っすか?」
「うん……見せたくなかったけど、非常時だから、仕方ないって割り切ることにする」

 2人は記憶を頼りに、罠を避けつつ最初の部屋へと戻っていく。
 頭部を失ったことが響いているのか、オーガの足音は遠くにあるまま近づいてこない。
 与えられる時間は多ければ多いほど良い。

 無事、敵に見つからないままたどり着くと、フラムはセーラに「できるだけ直視しないようにね」と忠告して、部屋に入った。
 そこは相変わらず酷い臭いと光景で、壁にあった明かりを付けると、その惨状はより鮮明になった。

「う……こ、これ……全部、死体っすか……?」
「ごめんね、こんな場所に連れてきちゃって」
「い、いや……いい、っす。死体とか、血とか、見るのは……慣れてる、っすから」

 教会の人間の仕事は、他者の怪我や病気を治療すること。
 死体を見たことはあるのだろう。
 それでも、これだけ積み重なっている情景は初めてだろうが。
 セーラの顔色は悪い、それにオーガがいつここに来るかもわからない。
 フラムは山に駆け寄ると、おもむろに死体を引きずり出した。

「何をするんすか?」
「死体漁り」
「し、死体……漁り、っすか?」
「私だって嫌だけど、これだけの死体があるなら、強力な呪いがかかった装備が混ざっててもおかしくないでしょ?」
「まさか、それを使うつもりなんすか!?」

 それ以外に、フラムは自分が強くなる方法を思いつかなかった。
 呪いの装備を集め、体力を向上させ、さらに強力になった騎士剣術を放つ。
 そうすれば、トドメを刺すことは叶わないかもしれないが、手足を落すことはできるだろう。
 手足さえ無くなれば、もはや追いかけることは出来ないのだ、あとは逃げればいい。

 手にこびりつく、血や、腐敗した肉、臓物の感触。
 強引に死体を動かすと、それらが時折顔に飛んでくる。
 フラムは顔をしかめ、手首でそれを拭いながら、必死に服や靴、アクセサリーなどを探し、スキャンをかけていく。
 そんな彼女の隣に、セーラは座り込んだ。

「セーラちゃん、下で待ってて」
「おらも……探すっす」
「でもそれはっ!」
「生き残るための手段っす、おねーさんだけを頑張らせるわけには、いかないっす」

 そう言いながら、目を細め、歯を食いしばって死体を物色していく。

「さっきから、セーラちゃんに助けられてばっかだね」
「おらこそ、おねーさんに助けられてばっかりっす」
「生きて帰ったらさ、一緒にご飯でも食べに行こっか」
「それは楽しみっすね、できればおらはミルキットさんの作った料理がいいっす」
「それでいいんだ」
「それがいいんすよ」

 叶うかどうかもわからない約束をして、気を紛らわす。
 何度スキャンを使っても、思うような呪われた品物は見つからない。
 いや、それは逆に、1つの装備に呪いが集中しているという証拠かもしれない。
 フラムはそう自分に言い聞かせる。

「……来たっすね」

 足音が、遠くから近づいてくる。
 ここは施設の一番端だ、付近の通路を通っていると言うことは、間違いなくじきにたどり着く。
 もう時間はあまり残されていない。
 2人は、これが最後のつもりで、奥で引っかかっていた女性の死体を協力して引っ張り出す。
 腐敗はしているが、身につけているものはまだ綺麗な方だ。
 上着から順にスキャンをかけていく。
 ネックレス、指輪、インナー、スカート――そして、ブーツ。



--------------------

 名称:神を憎悪するレザーブーツ
 品質:エピック

 [この装備はあなたの筋力を257減少させる]
 [この装備はあなたの魔力を330減少させる]
 [この装備はあなたの体力を885減少させる]
 [この装備はあなたの敏捷を731減少させる]
 [この装備はあなたの肉体を氷結させる]

--------------------



 その性能を見た瞬間、フラムはすぐさま死体からブーツを脱がし、自らの足にそれを通す。
 ぐちゅりと、気持ち悪い感覚はあったが、力は湧いてきた。
 体が燃えたらどうしようかと思ったが、そんなことは無いらしい。
 マイナス効果がプラスへと変わる――反転の力がそのように作用するのだとしたら、果たして“この装備はあなたの肉体を氷結させる”、その効果はどういった形で現れるのか。

「おねーさん、見つけたんすね!」
「おかげさまで。まだどんな風に力が発揮されるかはわかんないけど、戦ってみればわかる、か」

 現在、フラムのステータス総計、3396。
 筋力、敏捷は500をゆうに越え、体力に至っては1000を突破している。
 乱れていた心音に余裕が出てくる。
 今の自分なら、まだまだプラーナを精製することができる。

「ありがとね、セーラちゃん」
「まだお礼を言うには早いっすよ、あいつを倒さないと始まらないっすから」

 オーガは部屋の前にまでやってくると、強引に部屋に入ろうとする。
 だがその巨大な体では、首以外の部位は通らない。
 まるで別の生き物のように首の切り口が中を見回し――2人を発見。
 一旦後ろに下がったかと思うと、今度は入り口の両端に手をかけ、力づくで広げていく。
 そしてオーガが通れるほど横に広くなったそこから、這いずるように部屋に侵入すると、立ち上がって拳を構えた。
 2人に向けて、まっすぐに前に突き出す。
 ゴオォッ!
 死体の山を削り取る一撃。
 フラムとセーラはそれぞれ飛び避け、散開した。
 オーガの狙いはもちろんフラムの方だ、だがその動きは先ほどとはまるで別人のように違う。
 次のパンチが離れる前にあっという間に接近すると、すれ違いざまに魂喰いで斬りつける。
 緑の肌に、薄っすらと赤い線が浮かび上がる。
 筋力増加の影響か、刃が全く通らないと言うことは無くなったようだ。
 さらにフラムはオーガの背後に回ると、今度は体に新たに流れてくる力を意識して、背中に斬りつける。
 同じくうっすらと刻まれる傷、そして――パキッ、と傷口周辺が凍りついた。

 ぶじゅっ、ブジュルゥッ!

 傷が凍りつくという慣れない感覚に、首から血が吹き出す。
 首なしオーガはすぐさま振り向き、ラリアートするようにフラムに腕をぶつけたが、すでにそこに彼女は居ない。
 足の間から抜けまた背後を取り、「ふうぅ」と息を吐く。
 そして今度は飛び上がり、まっすぐに剣を振り下した。
 その刃に、プラーナを宿して。
 未到・気剣斬プラーナシェーカー・イミテイション
 先ほどより威力を増した剣術は、一刀にてオーガの太い腕を両断した。
 敵は悶え苦しむような動きを見せたが、すぐさま傷口が渦に変わり血が止まる。
 八つ当たりするように、また振り返って拳を振り下ろす。
 フラムは後ろに大きく飛び退いて、それを悠々と避けた。
 大ぶりの殴打で隙が出来た所に、今度は背後からセーラが接近。

「てりゃあっ!」

 掛け声と共に、メイスで凍った背中を殴りつけた。
 バギィッ!
 氷が割れ、オーガの皮も一緒に砕けていく。
 この一撃はかなりダメージが大きかったのか、前のめりにバランスを崩す緑の巨体。
 さらに足を氷結させるフラムの斬撃、追撃でプラーナを宿らせもう片足を切断。
 氷結した部分にはセーラが殴打を加え、氷を割ると同時に大きな傷を負う。
 先ほどまでの優勢はどこへやら、オーガはみるみるうちに追い詰められ、そして――

「はああぁぁぁぁああああっ!」

 ついにはフラムの未到・気剣斬プラーナシェーカー・イミテイションにより、最後に残っていた左腕まで切り取られてしまった。
 両手足を失ったオーガの傷口は、例によってすぐさま渦となり塞がったが、もはや身動きは取れまい。

「まだ生きてるっすよね……」
「トドメを刺しておきたい所だけど、どこを潰せばいいんだかわかんないし、このまま逃げた方がいいのかもね」
「そうっすね、何回繰り返すんすかって話っすし。さすがに疲れたっすよ」

 セーラが久々に笑顔を浮かべたが、その表情には力が無い。
 フラムも似たようなもので、精神的、肉体的にも疲弊しきった2人は、背後で蠢く肉塊に一抹の不安を抱きながらも部屋を出ようとする。
 しかしフラムは、ふと、その直前で足を止めた。

「……おねーさん」
「やっぱ、セーラちゃんもそう思う?」
「はい、部屋の空気が……動いてるっす、よね。まだ、やる気っすか……?」

 それも全体が、である。
 回転が――これまでで最大規模のものが、この部屋で、あるいは施設全体を巻き込んで起きようとしている。
 いわゆる、最後の力を振り絞って――というやつだろうか。
 なりふり構わず、何もかもを巻き込んでまで、オーガは……いや、何者かの意思は、フラムを殺そうとしているのである。
 回転は加速する。
 この発動が完了すれば、内側に存在するありとあらゆる命は生存できないだろう。
 フラムは一旦仕舞った魂喰いを、セーラは背負ったメイスを再び両手に握り、横たわる両手足、そして頭部を失ったオーガに向かう。
 すると身動きのとれないはずのそれはふわりと浮かび上がり、計5箇所の渦が激しく回転し、体液をぶちまけた。

「てやぁぁぁあああっ!」
「おりゃあっす!」

 2人は渾身の一撃を、がむしゃらにその肉体に叩きつけた。
 攻撃の通らないセーラは渦に向かって殴りつけるも、衝撃を吸収してまともにダメージを与えられない。
 諦め、フラムの凍らせた傷口を叩くことに専念する。
 一方でフラムは氷結と、プラーナとを交互に織り交ぜ斬りつけ、どんどんオーガの成れの果てを削ぎ落としていった。
 それでもまだ、回転は止まらない。
 次第に死体や部屋に転がっていた備品が巻き込まれ始め、風がどす黒く濁っていく。

「どこまで斬れば……どこまでやれば止まるんだっての!」
「わかんないっすよ、もおぉおおっ!」

 ズザザザザザザッ!
 巻き起こる風は、さらに金属で出来た壁まで破壊し、剥ぎ取る。
 部屋も廊下も施設の中は全て滅茶苦茶になり、中に居る2人も次第にバランスを取るのが難しくなってきた。
 傷口が広がるたび、そこが渦となって攻撃を受け付けなくなる。
 オーガの肉体はもう心臓を含め殆どの臓器が喪失し、あとは腹部を残すのみとなったが――それでも回転は止まらない。

「もうただのねじれた肉の塊じゃないっすか! いい加減に止まるっすぅ!」
「っく……止まれ、止まれっ、止まれえぇぇぇぇっ!」

 斬りつけても、渦には刃が通らない。
 フラムはプラーナを通し、今度は先端を突き刺す。
 微かに、何かを突き破る感覚があった。
 ――これなら行けるかもしれない。
 そう確信したフラムは、さらに両手に力を込めて魂喰いを押し込んでいく。

「くうぅぅ……っ! あぅっ!?」
 
 セーラが足を滑らせ、崩れ落ちる。

「お、おねーさん……が、頑張るっす! おらは……もうっ……」
「セーラちゃんっ!」

 踏ん張れなくなった彼女の体は、吹き荒れる嵐に流され、吹き飛ばされようとしていた。
 あんな瓦礫や死体が舞い上がる場所に巻き込まれれば、セーラはひとたまりもなく死ぬ。
 何とか床のくぼみに指を引っ掛けて耐えているが、それも時間の問題だ。
 浮かんだ汗で、じわじわと、指が滑っていく。
 フラムは焦燥感に背中を押され、さらにがむしゃらに叫んだ。

「ふぐうぅぅぅぅっ、う、ぁぁあああああっ!」

 ありったけの力を込める。
 プラーナも可能な限り注ぎ込んだし、呪いの力だって全てが枯れるほど出し切った。
 だが、まだ足りない。
 確かに刃は少しずつ進んではいるが、これではセーラも、そして自分も助からない。

「ぁぁぁあああああああああ!」

 生き残るために、ありったけを。
 力をひねり出せ。
 無いなら出そうな理由を考えろ。
 ほら、居るだろう大事な人が、帰りを待ってる人が。
 そう、ミルキットが待ってる。
 ああ、そうだ、あの子が待ってるんだ。
 1人にしたら、だめだ。
 それが例え共依存と呼ばれる関係だとしても、一緒に救われると決めたのだから。
 死ぬわけには行かない。
 彼女が悲しむ。
 死ぬわけには行かない。
 彼女の人生が救えなくなる。
 だったら――脳裏に浮かぶ彼女の姿を想い――ありったけを――何もかもを・・・・・、この剣に込めなければ。

「うわあぁぁぁぁあああああああああああっ!」

 喉がねじ切れるほどの絶叫。
 身の丈を超えたプラーナの行使に腕が裂け、血が流れる。
 傷が再生してもすぐさま新たな傷が生まれ、フラムには耐えず刃で突き刺されるような痛みを味わっていた。
 ――それでも。
 彼女が込めた諦めない力は、反逆の心は、天の悪意をも圧倒する。

 ザシュゥッ――バキィンッ!

 肉を貫通し、内側にある、硬い何かが割れた。
 その瞬間、施設全体を覆っていた力は消え失せ、浮き上がっていた瓦礫や死体が一斉に地面に落ちる。

「は……ぁ……あぁ……」

 全力を使い果たしたフラムは、その場で膝から崩れ落ち、腕をだらんと垂らし、放心状態で虚空を見上げた。

「あ……今度、こそ……倒し、た?」

 もう、肉すらどこにも残っていない。
 渦巻く物はなにもない。
 ただ、床には割れた黒い水晶が落ちているだけだ。
 それの正体はわからないが、今はそんなことは後回し。
 とにかく今は――体を休めたい。

「や、やったっす……おねーさん、やっと倒したんすよ……!」
「はは……あぁ……そっかぁ……倒したんだ……あはは……はは……やるじゃん、私……」

 自分を褒めてやらないとやっていられない。
 倦怠感に耐えられなくなり、フラムはその場で背中から崩れ落ちる。
 セーラも力を失い突っ伏した。
 冷たく硬い床の感触さえ、今の2人には心地よく感じられた。





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  • スザク

    やりますねぇ

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