Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

9.

「おぉー!さっすが和樹!」
日曜日の夕方。学校の体育館に夏樹の声が響き渡る。それと同時に、床に落ちたボールが大きく鈍い音を立てて落ちた。
「そりゃどうも」
「スリーポイント六連続ゴール!並の選手じゃできないよ。やっぱり和樹は、私が見込んだだけはあるね!」
「見込んだって、お前。そのコーチ腰は変わらないんだな」
「コーチも何も、私が毎日練習付き合わなかったら、和樹だってここまで上手くなってないでしょ?二ヶ月前とは見違えるくらい上達してるし。少しは感謝してよ」
「へいへい、どうも」
転がっているボールを取りに歩き出す。特に何も言っていないのに、隣に夏樹もついてくる。
「何ー?素っ気ないなぁ。本当は私、夏休みに受験だから勉強しなくちゃいけないんだからね?それをこうして、和樹の為に付き合ってるの。それくらい、和樹の事が心配なんだから」
「心配ねぇ・・・」
しゃがみ込んでボールを手に取る。
「どうしたの?」
「・・・いや」
腰に左手を当てて、それとなく上を向く。ぼんやりと見つめる天井は、外の薄暗い影で色濃くくすんでいた。
「何でもねぇよ」
「えー?絶対何か考えてた!いいじゃん、教えてよ?」
「・・・聞かないほうがいいと思うぞ?」
「いいよ。話してみてよ」
「どう思おうが知らねぇからな?・・・夏樹にこんな話するのは、気が進まねぇけど」
最近、自分が悩んでいる事。中田は、早くしろと表情で迫る夏樹に、しぶしぶと話し始めた。
「・・・最近、俺が付き合ってる子の様子がおかしいんだ」
「えっ?」
さっきまでの威勢は一気になくなり、口をぼんやりと開いたまま、次の言葉を待っている。こうなることは分かっていたが、そこまで彼女に迫られちゃあ仕方もない。
「偶に電話しても、反応も鈍いし素っ気ないし。それに何だか、俺と話すのを嫌がってる気もするんだ。特に俺はあいつに、何かをしたとかそういう覚えはないんだけど・・・どう思う?」
「どうって・・・そんなの、急に聞かれても・・・」
悲しそうな目をして夏樹は俯いてしまった。無理もないだろう。突然、好いている自分の彼女の話なんかをされたのだ。嫌な気持ちにだってなる。
「夏樹。あのさ・・・」
「ごめん、和樹」
中田が次の言葉を掛けようと口を開いたとき。珍しくそれを夏樹に遮られた。ビックリして、思わず言葉が途切れる。
「私ね。自分勝手かもしれないけど・・・こうして和樹と二人でいる時は、そういう話、忘れたいんだ。こうして、二人きりでいることは、悪い事だって分かってる。でもだからこそ、二人きりでいる時くらい、そういうのは全部無しで。友達として、一緒にいたいの。・・・男と女じゃなくて」
「夏樹・・・」
「だからさ。和樹も私の事、女として見てほしくないの。友達として!私の事、見てよ。お願い。ただでさえ私・・・こうして二人でいられるのも、あと少しなんだって。そう思うと、辛くて・・・」
左腕を右手で抑えて、下を向てしまっている。彼女の本心に、聞いている中田も胸が苦しく感じた。
「・・・ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」
そう言うと夏樹は、不器用な笑みを浮かべながら、走って体育館の外へと出て行ってしまった。
―あいつ・・・。
彼女の後姿を見て、いつもどんな気持ちで自分と接しているのかが改めて伝わってきた。彼女は身を滅ぼしてでも、自分を強くしようとしてくれている。それほど、彼女の意志は強いのだ。そのおかげで、自分でも数ヶ月前より、確実に実力が上がってきていることは実感できていた。全て、彼女が毎日遅くまで、特訓に付き合ってくれているおかげだろう。
だがその一方で、一体何が正解なのかが分からなくなってきた。南口もきっと、どこからかまた自分たちの話でも聞きつけたのかもしれない。だからまた、彼女も自分と距離を置いてしまっている。何があったのかはハッキリ分からないが、大体想定はつく。
「はぁ」
―・・・裕人も、こんな感じだったのねぇ。・・・いや。あいつはもっと、辛かったか。
「よっ」と、片手で投げたボールは、見事ゴールの縁に当たり、的外れな方向へと飛んでいった。

「出ない、か」
夜九時前。運が良ければ、と思って南口に電話を入れてみたものの、結局また留守番電話センターへ一方通行の、片道切符となってしまった。
トークアプリに一言。「最近、大丈夫か?」と送信して、スマートフォンを机の上へ適当に投げ捨てる。またダメだった。きっと今日もまた、深夜か明日の朝まで連絡は来ないだろう。一体何をしているのかは知らないが、彼女の事だ。色々と家の事も、もしかしたら大変なのかもしれない。
「ん・・・」
特にどうもすることなく突っ立ってボーっとしていると、たった今投げ捨てたスマートフォンが音を出して鳴り始めた。あと十秒早くしてくれよとしぶしぶ思いながら、再びスマートフォンを手に取る。画面には、少し久々な名前が表示されていた。
「おう」
≪お、出たか。よかった、てっきり寝てるかと思ったわ≫
「ああ?いきなり何言いだすんだお前」
≪あぁいや?前に部活でーみたいな話聞いてたからよ。まさか寝てないよなーって思いながら電話してみたって訳≫
「はっ、そうかよ。・・・で?用件は何だ?無いなら切るぞ?俺は部活で疲れてるんだ」
≪あーあー、ちょっと待て。俺が何の用もなく今までお前に連絡したことがあったか?≫
「・・・それもなにも、数年間連絡してなかったんだから知らねぇよ」
≪あ、それもそうだな。ははっ≫
電話越しに裕人が笑う。やっぱりこいつの笑い方は、昔も今もほとんど変わっていない。
「随分お気楽だな。明月とまた何かあったのか?」
≪あぁ?まぁいつも通りだよ。特に進展という進展はない。ただ強いて言えば・・・恋敵が出来たってところかね≫
「はぁ?何だそれ」
≪あー、心奈が仲良くしてるクラスメイトの男がいるんだと。ちょうど昨日、フットサルの練習試合で初めてそいつと会ったんだが、どうも俺は好かなくてね。爽やか系って言うの?漫画とかアニメにいそうな。あんな感じよ≫
爽やか系。脳内で少しイメージしてみる。ぼんやりとだが、何となくそんな感じの男のイメージが浮かんだ。果たして彼の言う爽やか系と同じであるかは不明だが、大体合っている事だろう。・・・多分。
「あーはいはい。そいつは俺とも気は合わなそうだな」
≪ははっ、そう思うだろ?でもまぁ、それでも心奈が仲良くしてるからさ。俺は特に間に入るつもりはないし。心奈が仲良くしたいと思うなら、それでいいと思うしな。でもだからと言って、少しでも心奈に手を出したら容赦はせん。一応、そんな感じかね≫
「そうすか。・・・で?ご用件は?お客様」
≪あー。そうだな。お前、来週の土日、どっちか空いてるか?≫
「あ?・・・一応、日曜日なら」
壁に掛けてあるカレンダーをめくりながら話す。マズい、まだカレンダーが五月のままだ。六月に入って二週間が経つというのに、今更ながら気がついた。
≪ならよ、俺ん家来ないか?一人、一緒にバスケさせたい奴がいるんだ≫
「なんだそれ。どんな奴?」
≪一応、俺の後輩。ただまぁ・・・色々と訳ありでさ。後でちゃんと話すよ。今日はとりあえず、予定だけ聞きたかったんだ≫
「そうですかい。じゃあ、日曜日行けばいいんだな?」
≪おう。じゃあまた連絡する。それじゃあな≫
「うーっす。また」
電話が切れる。彼と再会してまだほとんど間もない上に、話すらまだ充分にしていないのに、こんなにもスッと内側に入るような感覚は不思議だ。やはり、幼馴染というのはこんなものなのだろうか?
「ふぅ」っと一息ついて、スマートフォンを机の上に投げる。何だか急に睡魔に襲われて、大きな欠伸をしながら体を伸ばした。そのまま、ベッドに寝転がろうとも思った瞬間。
「・・・あ?」
再びまた、投げたばかりのスマートフォンが部屋中に鳴り響く。どうしてこうも、偶然に偶然というものは重なるのだろう?苛立ちと驚愕が頭の中を駆け巡る。とりあえず、電話に出よう。中田は、スマートフォンを手に取った。
「もしもし」
≪・・・和樹?≫
スピーカーから声が聞こえる。普段と違い、だいぶ弱々しい声だった。
「あ?・・・そうだけど」
≪ごめんね、こんな夜中に・・・。今から、会えないかな?≫
「は、はぁ?急だな、お前。どうした?」
≪お願い・・・。会ってほしいの。私・・・和樹のそばにいたいの。そうじゃないと私、辛くて・・・≫
辛い?一体何があったのだろうか?たたでさえ、普段から元気が取り柄な彼女が、こんなにも落ち込む理由なんて、考えられない。
≪わがままだけど、来てくれないかな?・・・今、駅のベンチに座ってるから≫
「あ、あぁ・・・?・・・何か知らねぇけど、行けばいいんだろ?」
≪うん。ありがと・・・≫
「しょうがねぇな。待ってろ、今行くから」
≪うん、待ってる・・・≫
電話を切り、すぐさま適当な服を手に取って着替え始める。まだ六月とはいえ、この時間の外は寒い。上下に長い服を身に纏い、財布とスマートフォンをズボンのポケットに突っ込むと、そのまま中田は階段を下りた。
「あれ、和樹?どうしたの?」
ふと、トイレから出てきた母が問うた。こんな時間だ、無理もない。
「母ちゃん。ちょっと今から出かけてくる!」
「今から?・・・あんた、変な友達と遊んだりしてないでしょうね?」
「ちげぇよ!今、それどころじゃねぇんだ。行ってくる!」
母親の言葉を半分無視して、中田は家を飛び出した。
思っていた以上に寒い。それに、自転車で来ればよかった。駅はそう遠くはないし、走っていればすぐに温まるだろうと思っていたが、そんなことはないようだ。今更ながら後悔する。ここからだと、走ってあと五分はかかりそうだ。いや、それでも出てきてしまったんだから後戻りはできない。
息を切らしながら約十分。ようやく、ほとんど人気の無い駅へとたどり着いた。酸素を欲する体へ、ゆっくりと空気を送り込みながら辺りを見回す。いた、きっとあれだろう。ゆっくりと中田は近づいた。
「いたいた。夏樹」
何故か制服姿のままである彼女は、こちらの声に気がつくと、「和樹・・・」と小さい声を発した。電話越しでも分かっていたが、やはりいつもの彼女じゃない。
「どうした?何かあったのか?」
彼女の目の前に立つ。
「和樹・・・っ!和樹ぃ・・・!!」
「・・・って、おい!?」
その瞬間、彼女は立ち上がり、中田へと抱き着いてきた。一体何が、どうしたというのか?彼女の意思が全く分からない。
「え、え、おいちょっと?どうしたんだよ!?夏樹!?」
抱き着く彼女の背中を見る。理由は分からないが、泣いているようだ。
「ううっ・・・ごめん・・・。少しだけ、こうさせて・・・」
「はぁ?あ、あぁ・・・・・」
よく分からない。何もかも。自分だけ、状況についていけていない。それでも、彼女がそうしたいと言っているのだから、仕方がない。全く状況理解が追いつかないが、とりあえずしばらく、こうさせておいてやろう。
幸いな事に、駅からはほとんど人の出入りがなかった。だいぶ見られたくない状況だが、誰にも見られていないようでホッとする。いや、もしかすると数人には見られているのかもしれないけど。
五分程、経っただろうか?ようやく落ち着いた様子の夏樹は、鼻を啜りながら目を擦っている。
「ごめんね・・・。もう、平気。座ろっか」
「あ?あぁ」
今度は二人で並んでベンチに座る。特にデートでもないのに、妙に緊張してしまう。
「で、どうしたんだよ?何かあったんだろ?」
改めて、中田が問う。重々しい雰囲気の中。彼女は小さく頷くと、まだ震えている唇を動かして、話し始めた。
「・・・お兄ちゃんが、事故に、遭ったんだって」
「え?」
「お兄ちゃん、試合の帰りのバスに乗ってて・・・それで・・・」
「あぁ、あぁ!ゆっくりでいいぞ?無理するな?」
再び泣きだそうとする夏樹をフォローした。「うん・・・」と頷きながら、刻み刻みにゆっくりと彼女が話す。
「その・・・実は今まで、誰にも言わずに、内緒にしてたんだけどね。私の、上から二番目のお兄ちゃん・・・田口真人たぐちまなとなんだ」
ふと、電車が駅に止まる音が耳を通る。自分の耳で聞いたことが、自分で信じられなかった。
「・・・おい?今、なんて言った?田口真人?もしかして、あのプロバスケ選手の?」
田口真人と言ったら、バスケをやっている者なら、知らない人はそうそういないはずだ。去年のアジア大会で、最年少ながらアジアの強豪チームから大量得点を奪い取った、凄い選手だ。試合には負けてしまったものの、その彼の得点力には、日本のバスケファンを大いに驚かせた。
彼の持ち味は、どこからでも吸い込まれるようにボールが入る得点力。身長は百六十九センチと小さいが、それをトリッキーな動きでカバーしている。スリーポイントも楽々こなしてしまうそのプレイは、今や世界からも徐々に注目され始めている。
「そうだよ・・・。私の、二番目のお兄ちゃんなんだ」
「いや待て待て待て。落ち着け?落ち着け?・・・確かに夏樹。お前の苗字は田口だ。それは分かってる。・・・けどよ、そんなの信じられると思うか?」
「・・・和樹でも、信じられない?」
少しだけ顔をこちらに向ける。悲しそうな表情をしているところ申し訳ないが、やはりすぐには信じられなかった。
「あ?・・・いや、今まで夏樹が嘘ついたことが無いのは分かってる。けどよ、急にそんな話。信じられるか?」
中田がそう言うと夏樹は、制服のポケットから自身のスマートフォンを取り出した。何やら黙々と、画面を操作している。
「・・・これで、信じてもらえる?」
一つ。画面には写真が映っている。家族写真か何かだろうか?居間に夏樹や両親、兄達と思われる人々が映っていた。その中に、中田もよく知る人物の顔が映っている。
「おぉ・・・。本当なんだな・・・」
「うん。前に、ウチはバスケ家庭だって言ったよね?ウチの家族、みんなバスケが大好きなんだ。ウチのお父さんとお母さんは、小学生のバスケチームのコーチだし。一番上と、私の一つ上のお兄ちゃんも、小さい頃からずっとバスケやってたんだ。その中で一番、真人お兄ちゃんが上手かった。去年、アジア大会のメンバーに選ばれて、みんなで喜んでたんだよ。・・・これで、いいよね?」
「ああ・・・悪かった」
スマートフォンをポケットにしまう。そのまま彼女は、話を続けた。
「それで、その・・・今日のお昼にあった試合の後、お兄ちゃんや他の選手が乗ったバスが、トラックに突っ込まれたんだって」
「え?兄ちゃん、大丈夫なのか?」
「今、まだ手術中だって・・・。しかもお兄ちゃん、運悪く一番トラックに近い場所に座ってたから、特に集中して治療されてるみたい。お父さんとお母さんが、病院にいて・・・。家にいた、一番上のお兄ちゃんに、帰った時に話を聞いて。・・・信じられなくて、家を飛び出してきたの」
「そうか・・・」
「・・・私、不安で。怖くて。真人お兄ちゃんがいなくなるって思ったら、私・・・私・・・」
「な、何言ってんだ。まだ手術中なんだろ!?大丈夫だって」
「うん・・・」
夏樹が俯く。こんな彼女は、見たことが無い。普段なら、前向きに物事を考える彼女が、これほどまで落ち込んでしまうとは。兄の真人は彼女にとって、それほど大きな存在、という事なのだろう。
何か、彼女を楽にさせる方法はないだろうか?横に座る彼女を見ながら、ひたすらに普段使わない頭を悩ませる。
―こんな時・・・裕人なら、どうするだろう?
彼の顔が頭に浮かぶ。彼は何故だか知らないが、周りの女性陣に高く称されている。それはきっと、彼だからこそできる優しさがあるからなのだろう。
自分はこんな時、どうすればいいのかが分からない。かといって、行動に移せる自信もない。だから、いつも中途半端になってしまう。それは分かっている。分かっているが、どうにもできない。
「夏樹」
彼女の名を呼ぶ。そのまま、中田はベンチの上に置かれている、彼女の手の上にそっと手を乗せた。
「大丈夫だって!兄ちゃんだって、いつもどんな苦しい試合でも戦い抜いてきたんだ。今回だって、きっと何とかなる!」
彼女がこちらを見つめている。こんな時にも関わらず、少し恥ずかしかったが、そのまま言葉を続けた。
「あ、いや。だから、その・・・。泣くなよ」
何を言えばいいか分からない。分からないから、こんな言葉しか掛けられなかった。こんな事しか言えない自分が情けない。
「和樹・・・」
彼女が自分の名を呼ぶ。そのまま何かを言いかけたようだったが、何やら口を開いたまま後ろを振り向いた。
「夏樹?どうし・・・」
「中田、君?」
「あっ・・・?」
彼女に話しかけようとした瞬間。どこからか、聞き覚えのある声が聞こえた。
咄嗟に振り向く。・・・何でだ。何でこうなんだ?偶然の偶然に、偶然が重なってしまった。視界に入った事実を、全力で否定したくなる。それと同時に、頭の中が真っ白になった。
そこには今一番。この状況を見られたくない人物が立っていた。足元にはお気に入りの、トートバッグが落ちている。
「れ、玲奈・・・」
彼女は一歩一歩、足元のバッグの事も気にせずにこちらに歩み寄ってくる。その目は、もはや見たことのない。・・・怒りに満ちているように見えた。
「中田君・・・。なんで、二人きりで女の子といるの?泣くなよって、何の事?」
「あ、あぁ!?そのっ!これはだな・・・」
誤解を解こうと必死に説明しようとする。だが、彼女は勢いに任せて言葉を止めない。
「ねぇ、中田君。私の事、好きって言ってくれたよね?」
一歩。また一歩、彼女が近づく。
「私の事も好きなのに、中田君はその子の事も好きなの?それって、おかしいよね?私って、中田君の・・・彼女、なんだよね?それじゃあ言ってること、違うよね?」
「れ、玲奈!!話を聞いてくれ!違うんだ!」
いけない。これ以上は、彼女が彼女じゃなくなってしまう。
「私は・・・っ!」
とうとう目の前にたどり着かれた。彼女の目には、薄っすらと涙が溜まっている。
「私は、中田君の事が、大好きで大好きで!!それなのに、中田君は私で遊んでたの!?そうやって嘘ついて、平気で昔から私と付き合ってたの!?」
彼女が声を張り上げる。もはやもう、中田が知っている南口ではない。
「違う!だから話を・・・!?」
彼女が体をギリギリまで、中田の前まで迫る。思わず。体を仰け反らしてしまった。
「・・・美帆にも、璃子ちゃんにも、ヒロ君にも言われた。私達、本当に恋人同士なのって」
「は、はぁ?」
―あいつ、余計なことを・・・!
「でも、今ハッキリした。私達、やっぱりそういう関係だったんだね。もういいよ、中田君なんて」
彼女が背を向ける。そのまま一呼吸置くと、顔だけこちらを振り向いて、大きく叫んだ。
「中田君の・・・中田君のバカ!!」
「おい!玲奈!!待てよ!待てって!!」
「触らないでっ!!」
立ち去ろうとした彼女の肩を掴む。しかし彼女は強引に、その手を振り払った。
彼女はそのまま、落ちていたバッグを手に取ると、走って去っていってしまった。
「玲奈・・・」
彼女の後姿を眺める。
南口を怒らせたことは、今まで一度もなかった。というより、出来なかったのだ。
彼女と仲良くなるにつれて、彼女の性格が分かってきた頃。きっと彼女を一度怒らせたら、簡単には後戻りが出来なくなってしまう。そう、バカながらに分かってきたのだ。彼女は普段から、意外にも頑固な一面があり、それでもそれに負けないくらいの優しさと可愛らしさ、美しさを重ね持っていた。
綺麗なバラには棘がある。だが、その棘さえ気にしなければ、バラは美しいものだ。彼女は、それに似ていた。そんな扱いの難しそうな、南口だったからこそ。中田は彼女を好きになった。だから、彼女を怒らせないようにしよう。ケンカをしないようにしよう、と。そう決めたのだ。いつもいつも丁寧に。機嫌を損ねさせないように、彼女と接していた。・・・彼女の怒る姿を、見たくはなかったのだ。ただただ怖かった。
だがそんな中田のバラも、今まさに散ってしまったのかもしれない。もう後戻りはできない。ならばこれから、どう誤解を解くか。それを考えなければならないだろう。 
「和樹・・・ごめんね・・・。私が、和樹を呼んだばっかりに・・・」
ふと、一人その様子を隣で見ていた夏樹が、再び座りながら泣き出してしまった。いけない、こちらだって悲しくて泣きたいくらいなのに、一緒になって泣いてしまったら意味が無い。
「お、おい!夏樹は別に悪くねぇよ。悪いのは俺なんだ。・・・俺がいつまでも、あいつと仲良くできなかったから・・・」
「でも、和樹が・・・!」
目を擦りながらこちらを向く。仕方ない、南口の件も問題だが、今はこちらを優先しよう。
「ああ!俺の事はいい。今は、お前の兄ちゃんを心配しろ」
「和樹・・・っ?」
中田は再び夏樹の隣に座ると、彼女の背中に腕を回した。とてつもない罪悪感に蝕まれながら、これまで以上に夏樹に近づいて。
もしかしたら、自分も誰かに縋りたい気分なのかもしれない。誰かの側にいたい。そういった意味では、今自分達は同じ境遇にいるみたいだ。
「・・・兄ちゃん、無事だといいな。また兄ちゃんがバスケ出来るようになったら、お前の兄ちゃん達とバスケさせてくれよ。日本のトッププレイヤーと、一度戦ってみたいんだ。いいか?」
「え?・・・う、うん。そうだね・・・。きっと、お兄ちゃんも喜ぶよ」
不安そうな表情をしながらも、小さく微笑む彼女と隣合わせで座る。
ちょうど駅にたどり着いた電車の甲高い金属音が、夜の町に鳴り響いた。

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