Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.11

20×1年 2月 

父がアメリカに住み始めてから、半年が過ぎたある日。昨日、二週間ぶりに父と電話で話をした。向こうはどうやら、映画を作り始める為のスタッフが、ようやく揃い始めているそうだ。何やら、主にアメリカ全土から、世界中の有能な人材を集めての、大掛かりな映画になるのだとか。一体何を作り始めるのかはまだ秘密にされているが、自分が中学校を卒業する辺りか、高校を卒業する辺りか・・・。多分、その頃には完成していることだろう。気が遠くなる話だが、父だって頑張っているのだ。自分も応援しなくては。
「心奈、おはよう」
朝。教室に入り、ランドセルを自分の席に置くと、真っ先に彼女へ話し掛けに行く。もはや、最近の日課だ。心奈はこちらに気がつくと、小さくコクりと一つ頷いた。そのまま、彼女の前の席へと座る。
「今日も寒いねぇ。でも、また明日からもっと寒くなるみたいだよ?」
「うん・・・」
相変わらず、素っ気ない返事だった。でも、特に気にしてはいない。
「ねぇ。休み時間、陽子も誘って偶には図書室でも行かない?本、読みに行こうよ」
彼女に問う。すると、またもや彼女は小さくコクりと頷くだけ。ただ、それだけだった。
「オッケー!何か面白い本あるかなぁ?心奈は、いつもどんな本読んでるの?」
毎朝十分間。学校では読書の時間が設けられている。自分はいつも、好きで読んでいるファンタジー小説を読んでいるが、彼女は一体どんな本を読んでいるのだろう。意外と、恋愛モノとかを読んでいたりするのかもしれない。
「ん・・・これ・・・」
机の中に置きっぱなしなのだろうか?そう言うと彼女は机の中から、青いブックカバーの付いた、一冊の本を取り出した。
「んー?中、見てもいいの?」
彼女がコクりと頷く。南口はその本を受け取ると、ブックカバーを外した。表紙は全体的に真っ黒で、赤色で書かれたタイトル。その下に、細い白線で一匹崖を横から見た、遠吠えをしている様子の狼が描かれていた。
「・・・?エー、ロネ・・・?」
「ううん、 loneローン wolfウルフ。日本語で、一匹狼って意味・・・」
普段の無表情で、普段の彼女らしからぬ、ネイティブな発音で答えた。あまりにも慣れた口調の彼女に、思わず驚愕する。
「え、心奈。英語、読めるの?」
「少し。今は、まだ勉強中・・・。その本は、簡単な英語しか使われてないからって・・・」
「簡単な英語?」
全体的に、ページをパラパラとめくっていく。いやいや・・・どう見てもこれは全て英語の小説だ。全部で二百ページほどあるみたいだが、日本語訳など一切無く、何が書いてあるのかさっぱり分からない。もしかしたら、彼女はとんでもない才能の持ち主なのではないか?
「えぇ・・・!全然読めない。これを、毎朝読んでるの?」
驚きを隠せないまま彼女に問いかけるも、それでも彼女は言葉を発さずに、相変わらず涼しげな表情のまま、コクりと頷くだけだった。
「へぇ・・・凄いね」
「あ・・・えっと、この本ね。日本語の本も、あるみたいだから、読みたくなったら、読んでみて・・・」
「そうなんだ。じゃあ、今度買って読んでみようかなぁ」
コクりと彼女が頷く。もはや、無口の彼女には慣れっこだ。基本的に、会話はいつも南口の一方通行。これほど会話が続いたのは、かなり稀だ。今日は、良い事があるのかもしれない。
―初めは、なんて思われてるか凄く不安だったけど・・・心奈は、心奈なんだもんね。それに、陽子にも頼まれちゃったし。何かあったら、私が心奈を守らないと!

夏休み明けのある日―――。
「あ、あのっ」
「うん?」
まだセミの鳴き声が外の木々から薄々と鳴り響く時期。学校が始まって、一週間と少しが経ったある日の放課後。環境委員の仕事をする為に、外で待ち合わせている友達の元へ向かおうとしていたところに、突然廊下で話し掛けられた。
声のほうを見てみると、そこには見覚えのある顔が二つ。一人がもう一人を庇っているかのような体勢で、こちらを見ていた。
「あぁ、えっと・・・。心奈ちゃんの、友達。だよね?」
今まで顔見知りというだけで、初めて話し掛けられた。彼女については、名前も、クラスさえも知らない。心奈より少しだけ背が高く、背中にまで伸びた長い黒髪が普段から印象的だった。
「うん。西村陽子っていうの。よろしくね」
「陽子ちゃん、だね。分かったよ。それで、どうしたの?」
彼女に問う。西村は、一度後ろにいる心奈と顔を合わせて、確認するような素振りを見せると、南口の質問に答え始めた。
「南口玲奈ちゃん、でいいんだよね?」
「うん」
「じゃあ、玲奈ちゃんにお願いしたいの。その・・・心奈と友達になって欲しいんだ」
「友達?心奈ちゃんと?」
「そう。その・・・心奈はね。ちょっと、色々あって、人見知りなんだ。だからね、その、玲奈ちゃんが心奈と友達になってくれれば、心奈も少し楽になれるんじゃないかなって。本当は、私がそばにいてあげたいんだけど、今年は違うクラスになっちゃったから・・・。お願い、出来ないかな?」
深刻そうな表情で、彼女が問うた。様子を見る限り、冗談では無く真剣に話しているようだ。
「んー、うーん・・・。あのね、陽子ちゃん。私たちって、もう友達なんじゃないのかなぁ?」
「え?」
西村が小さく声を上げる。
「ほら、私達ってもう、こうしてお話ししてるでしょ?でもそれって、普通に見えてすっごく凄いことなんだよ?世界には、沢山の人がいるでしょ?そんな中から、私達はこうして会ったの。そう考えると、出会った人はみんな、友達なんだよ!ね?」
彼女達に問いかける。突然の呼び掛けに、西村は視線を泳がせてしまっており、どうやら戸惑っているようだ。
「え、あ、うーん・・・。だから友達っていうのは、なんか違う気もするけど・・・。でも、まぁいいや。じゃあ私達はもう、友達、なのかな?」
「うん!友達!だから、心奈ちゃんも友達だよ?」
彼女の後ろにいる心奈にも呼び掛ける。少しだけ体をビクッとさせて驚いたものの、少し間を空けてから、小さくコクリと頷いてくれた。
「そっか。よかった。じゃあ私の事は、ちゃんは付けないで陽子って呼んでよ!それと、心奈も!」
「分かった!じゃあ、よろしくね。陽子、心奈!」
相変わらず、心奈はぼんやりとした表情を浮かべていたものの、対して西村は自分の言葉に、ニッと笑みを浮かべてくれた。

「よう、南口。明月」
「あ、中田君。おはよう」
心奈と話しているところに、ちょうど中田が話し掛けてきた。前に一度、同じ班になってからというものの、彼とはよくこんな風に話す間柄になっている。
「何見てんだ?」
彼が自分の手の中にある本を、気になった様子で見ている。
「んー?心奈がいつも読んでる本。見てよこれ、全部英語なんだよ?」
彼に心奈の本を手渡す。彼は本を受け取ると、中身をパラパラと開き始めた。
「あぁ?何だこれ。アイ、エーエム、ダブリューオーエルエフ・・・。さっぱり意味が分からねぇ。パソコンのローマ字とは違うのかこれ?」
彼はアルファベットを棒読み感満載で読み上げると、苛立ったのか、右手で短い髪の毛を掻き出した。
「ローマ字と英語は、多分違うものだと思うよ・・・。ね、心奈?・・・心奈?」
呆れながら、彼女に問いかける。ふと、彼女を見てみると、先程までとは違って俯き、こちらを一切見ていなかった。まるで少し、怯えているかのようにも見える。
―心奈・・・?そういえば、心奈って中田君と一緒にいる時、いつもこんな感じだよね・・・?何でだろう?
「んー?まぁいいや。明月はいつもこれ読んでんのか。すげぇな」
彼女の様子を見て顔をしかめつつも、特段気にしない様子で彼は答えた。
「え。あ、うん。そうだよね」
「ふーん。そっか。んじゃ、俺行くわ」
「あ、うん。分かった」
あまり会話が弾まなかったせいか、そう言うと彼は、そのまま違う男子達のもとへ行ってしまった。
特に何を言う訳でもなく、再び心奈の様子を見る。まだ、彼女は俯きっぱなしだ。一向に顔を上げる様子もない。それに対して、一つ気になった南口は、そんな様子の彼女に疑問を投げかけた。
「ねぇ、心奈。もしかして、中田君の事、苦手・・・なのかな?」
心奈の肩がピクリと動く。ゆっくりと彼女は顔を上げると、頷いたのか、ただ顔が動いただけなのか分からなかったが、その顔が小さく上下に動いたのが分かった。
イマイチ彼女の回答が分からなかった為に、どう言葉掛けするのかを悩んだ結果、最終的に南口は一つ口を開いた。
「・・・まぁ、中田君はあんな子だけど、悪い人じゃないよ。私が言うのもなんだけど」
遠くで友人達と楽しそうに話している彼を見る。その様子は、不思議と周囲の人達よりもひと際目立って、彼だけが浮き彫りになって見えているような。そんな気がした。

「爺や、頼みがあるの」
その日の夜。南口は風呂上がりの後、爺やの部屋を訪れた。ちょうど本を読んでいたところだったようで、いつもの正装姿とは違い、部屋着姿のラフな格好だった。
「何でしょうか?玲奈様からの頼みとは、珍しいですな」
「まぁ、座ってください」と部屋を通されると、そのまま対面した一人用のソファーに、彼と向かい合って座った。
「爺や。その・・・変な話かもしれないけど、聞いてほしいの」
「何でしょうか?」
「私ね、その・・・お父さんの代わりが欲しいの」
「・・・ほう」
こんな馬鹿げた幼稚な話なんて、もしかしたらバカにされるかもしれない。内心ではそう思っていたが、彼は意外にも顔色一つ変えることなく、自分の次の言葉を待っていた。微動だにしない彼に、逆にこっちが唖然としてしまう。
「・・・あ、えっと、本当にお父さんの代わりが欲しいって訳じゃなくて。前、お父さんが言ってたんだ。『お父さんの代わりになってくれる子がいたら、心強いな』って。あ!もちろん爺やも凄く心強いよ!でも、でもね!その・・・爺やと私って、小学生と大人だし、年もだいぶ違うでしょ?だから、その・・・」
言いたい事は明確にある。だが、いざ言おうとすれば、何と言えばいいのだろう?下手に言えば、彼を傷つけてしまいかねない。言葉の一つ一つを選ぶのに、戸惑ってしまう。
そんな折、彼は小さく肩を震わせて、何故か突然一人で笑い出した。
「ほっほっほ。いいんですよ。爺やはもう、年寄りですから。自分がジジイなのも承知です。玲奈様も、私と一緒にいるよりも、もっとお年の近い方と一緒にいるほうが、いいのではないのかと、ずっと思っておりました。きっと、そういうお話なのでしょう?」
どうやら、最初の一言で全てお見通しだったようだ。言いたい事を全て率直に言われてしまったせいで、どう反応すればいいのか対応に困る。
「え。えっと・・・、うん・・・」
「何も、躊躇うことはありません。玲奈様も、もうすぐ六年生。男の人に興味を持つのも、おかしな話ではありませんよ」
「そ、そういうものなのかなぁ?」
何か一つ、自分の考えていた話の路線と違うような気もするが、これ以上口を入れると面倒な事になりそうだ。ここは、このまま爺やの話についていこう。
「ほっほ。それで、私に手伝ってほしい訳ですな」
「うん」
「なるほど。それで、私はどのようにすればよろしいのですかな?」
「それはねー。実はもう考えてあるの。えっと・・・」
南口は爺やに、考えていた案をそのまま全て話した。もしかしたら、これこそバカげている話だと言われてしまうのではないかと不安ではあったものの、それでも彼は何一つ笑うこと無く、真剣に自分の話を最後まで聞いていてくれた。
「ほっほ。そこまでして玲奈様がご信頼されている方がいらっしゃるとは、爺やも思いませんでした。ぜひ、一度お話してみたいものですな」
「とってもいい人なんだよ。でも、ちょっとだけ抜けてるところもあるけどね」
「ほっほ。良いではないですか。男の人だって、一つや二つ。可愛らしい一面もあった方がいいと思いますよ」
「ふふっ、それもそうかもね」
「では、玲奈様の成功を願って、そろそろ寝るとしましょうか。もう、いいお時間ですし」
彼が壁に掛けてある時計を見て立ち上がる。つられて南口も時計を見てみると、針は既に夜の十時過ぎを指していた。もうすぐ、普段の寝る時間だ。
「・・・あ、ホントだ。それじゃあ、私も部屋に戻るね。おやすみなさい、爺や」
「ええ、おやすみなさい」
彼に小さく一礼する。ニッと彼に一つ笑うと、南口は爺やの部屋をそっと出た。
部屋を出た途端、ひんやりとした廊下の冷気が肌を包む。この時期はやはり、部屋着姿だとかなり寒い。
急ぎ足で、二階にある自分の部屋へと向かう。吐く息が、白色と化して空気へと溶け込んだ。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品