Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

13.

20×7年現在

「つまり、玲奈と中田君は、いわゆる契約交際って事?」
心奈が問うた。
「まぁ・・・そうだね。言い換えれば、そういう事になると思う」
「そうだったんだ・・・」
何かを言いたげにしていた心奈だったが、結局それを口に出す事無く黙り込んでしまった。こちらの身としては、何も言わないでいてくれたほうが、それとなくありがたい。
「だから、玲奈はそんなに怒っているっていう訳だね。自分の契約相手を、見知らぬ女の子に盗られちゃうから」
目の前に座る美帆が、退屈そうにそう告げた。彼女の投げやりなその言葉に、思わずムッとなる。
「ち、違うよ!何度も言ってるけど、私は中田君を、そんな風に思ってない!」
「それじゃあ、どうなの?実際のところ。その後結局、中田君と、恋人らしい事してるの?」
「なっ、恋人らしい事って何?」
「まぁそうだね、簡単な所で言えば、キスとかさ。もうちょっと先を言えば、二人きりでベッドイン、とかあるよね」
「そ、そんな事・・・」
「ほら、何も言い返せない。そりゃそうだよ、自分の恋人と、ロクにケンカも出来ないんだもん。それでどうやって、この先一緒に過ごしていくつもり?だから、いつまで経っても『代わり』のままなんだよ」
「だから、『代わり』なんかじゃ・・・」
「・・・あのね、玲奈。結局他人の恋愛は、他人の恋愛だよ。言っちゃえば、私達にとってはそんな事、本当にどうでもいいの。どういう関係を持つかなんて、そんなの玲奈と中田君の自由なんだからさ。そこに、どうこう言うつもりは無い。でも、玲奈は自分から、私達に助けを求めてる。だから、私達は少しでも玲奈を助けたくて、こうして話をしてるの。それなのに玲奈はずっと、自分の事を認めてないでしょ?そんなんじゃ、一向に話が進まないよ。玲奈だって子供じゃないんだし、分かるでしょ?」
呆れた様子で、美帆がこちらに問う。
彼女の言う通り、本当に何も言い返せなかった。これまで自分は、彼との関係に少しでもヒビが入るのを恐れて、何も出来てこなかった。きっと、その背景に「契約」という言葉があったからこそだと思う。
それでも、自分から積極的に彼と向き合う事は出来たはずだ。お互いに不器用で、譲り合ってしまうような性格の自分達だ。そのままでは、一向に関係は平行線のまま。どちらかが動き出さないと、何も発展しない。そんな事は、ずっと前から分かっていた。だけど・・・。
「怖いんだよ・・・。中田君と、別れる事が・・・」
気が付いた時には、既に涙が零れ落ちていた。悔し涙なのか、悲し涙なのかは分からない。だが、この涙を見ても、美帆の表情は一切変わる事が無かった。
「ずっと・・・変わらなきゃって、分かってたよ?でも、怖かったの。中田君に嫌われる事が。ずっとずっと。もし嫌われちゃったとしても、十八歳までは付き合い続けなくちゃいけないって事もあるし。そんな嫌々と付き合うんだったら、せめて嫌われないようにしようって、最初からずっと思ってた」
情けない。今の自分の姿はきっと、とてつもなく惨めであろう。それを想像するだけで反吐が出る。
「最初こそ、ただ仲の良い男の子のパートナーが出来たで喜んでたのに、いつの間にかそうじゃなくなって。気がついたら本当に、中田君の事が男の子として好きになってた。もちろん中田君と、恋人らしい事もしたいなって、何度も思ったことはあるよ。でも、それがきっかけで、もし何かがあったらって思うと、怖くて・・・」
「玲奈・・・」
隣に座る心奈が呼び掛ける。彼女には、仲の良い彼がいる。きっと、自分の気持ちも手に取るように分かるのだろう。だが・・・。
「きっと美帆には分からないでしょ・・・?こんな気持ち。美帆には仲良い男の子なんていないもん、分かるはずないよ・・・」
ハッと、すぐにしまったと後悔する。ポツリと浮かび上がった対抗心が、無意識に口から出てしまった。どうやら、これがトリガーになってしまったらしい。流石にイラッときたのか、珍しく彼女は、顔をしかめて、鋭い目つきでこちらを睨め付けた。
「そうだよ・・・。私には分からないよ?だって私、彼氏出来たことないもんね。私なんて、友達もほとんどいないよ、恋愛もロクにした事ないよ、今まで話した事も全部全部憶測の話だよ!」
美帆が手を横に大きく振って怒鳴り散らす。こんな美帆を見たのは、あの時以来だ。
「・・・でも、こうして玲奈を助けたいって思うから、頑張って考えて話してるんだよ?経験なんてした事無いから、全部全部憶測でも頑張って考えてるの。なのにそれを、あなたに全否定されちゃったら、私はどうすればいいの?はいそうですかって、あなたの言葉を全部イエスって言っとけばいいの?今までの私の話は全部無駄だったの?玲奈にとってはただの戯言だったの?ねぇ!?」
「・・・ごめん」
「ダメだよ玲奈は。いつもいつも弱腰なくせに、こういう時だけ強がって。そんなの、いつまでも自分と向き合わないで、逃げ回ってるだけだよ?確かに、玲奈の家庭事情も昔から知ってるし、大変だなって思うよ。私は玲奈ほど辛い家庭では無いし、報われてるのかもしれないけど。それでも私だって、それなりに頑張ってるつもりだよ。いつも思うんだ、玲奈のほうが容姿も良いし、性格も良いし、育ちも良いし。おまけにカッコよくて優しい彼氏がいる。それなのに、どうしてあんなに悩んでるんだろうって。私のほうが、よっぽどもがきながら生きてるのにって。そんなの、贅沢な悩みだよ。私にとっちゃ、彼氏がいるってだけで羨ましい限りなのに」
彼女の言葉が終わると同時に、無の空間へと場が変わった。静かな時間。僅かな静寂。誰の声も聞こえずに、ただただ自分のすすり泣く音だけが、反響するように大きく耳に入ってきた。
「とりあえずさ、玲奈。いきなり怒鳴っちゃってごめん。少しカッとなっちゃった。そこは謝るよ。でも、でもね。私が言う事は変わらないよ。やっぱりまずは、中田君が『代わり』なんかじゃないって、ハッキリとして欲しいって思うな。私もう、中学生の時からずっと言ってるよね?あなた達は恋人なんかじゃない、ただの玲奈の『父親代わり』だって」
「『父親代わり』って・・・。そういう事だったの?」
ずっと自分達のやり取りと隣で見ていた心奈が、久々に口を開いた。どうやら、ようやく話の理解が追いついたらしい。
「そうだよ。それなのに玲奈ったら、ずっとこの調子だからさ。何を言っても聞かないの。ホント、根っこだけは頑固なんだよね、困っちゃうよ」
「あ、はは・・・そうなんだ」
どうやら、心奈はもうお手上げ状態らしい。特にそれ以上追及はせずに、偶にこちらを見ては複雑そうな表情を浮かべていた。
再び、静かな時間が始まった。しかしどうにも、この涙は止まる事を知らないらしい。泣き止まねばと思っても、一向にこれが溢れ出てくる。
「・・・はぁ。ごめん、少し部屋出るよ。玲奈が落ち着いた頃に戻ってくる。心奈、玲奈の事お願い」
「え?あ、うん。分かった・・・」
いつまで経っても泣き止まない自分を、哀れにでも思ったのだろうか。ため息一つ吐くと、彼女は心奈にそう告げて、再び部屋を出ていってしまった。
またも、重い空気の中、彼女と二人きりになる。お互いに、どうすればいいか分からずに、ただただ無言のまま時は過ぎた。
―どうしよう、このままじゃ・・・。良くなるどころか、もっと状況が悪くなっちゃう。どうしよう、どうしよう・・・。
やっとの思いで、涙は流れるのを止めてくれた。だが、どうにもこの空気では、言葉を発し辛い。一体どうしようか、考えても考えても、答えは浮かんでこなかった。
「あ、あのさ。玲奈」
しばらく経った後に、何かを思いついた様子で、心奈が先に口を開いた。いつもいつも他人に任せっきりで、本当に申し訳ないと改めて思う。
「玲奈はさ。中田君の事、信じてる?」
「・・・信じて?」
「そう。私はね、ヒロの事信じてるよ。確かに一回、私達にはあんな事があったけど・・・。それでもヒロは、きっと何があっても私の事を信じてくれるって、信じてるから。だから、私もヒロの事を信じてる。・・・玲奈は、どう?中田君の事、信じてる?」
「私は・・・」
「私はね、中田君の事も信じてるよ。きっと中田君も、悩んでるんだって。でも玲奈の事は、嫌いになっては無いと思う。確か、その相手って、バスケ部のマネージャーの子だったよね?中田君はただ、バレンタインの日に告白されて。切ろうとしても切れない縁の女の子だから、どう接すればいいか分からないまま、その子と仲良くしてるんだよ。中田君は、昔からそうだったもんね。色んな子達と仲良くして、沢山の友達がいたでしょ?今回もきっと、そんな感じだよ。だから、何も心配する事ないって」
「・・・どうして心奈が、中田君を信じてくれるの?」
「え?だって、中田君は友達だもん。友達の事はやっぱり、信じていたいでしょ?」
南口の質問に返ってきたのは、彼女らしい返答だった。そのセリフを聞いて、おかしく思い思わず笑みがこぼれる。
「・・・ふふっ」
「えぇ!?わ、笑われた・・・?うぅ・・・。や、やっぱり、私の言葉って、あんまりアドバイスになってないのかなぁ・・・?」
「ううん、違うよ。やっぱり心奈は、考え方も心奈らしいんだなって思って」
「え。それって、どういう意味?」
「そのまんま。それはそれで、素敵だなって事だよ。それに・・・強くなったよね、心奈。小学生の時、一人で読書してたあの心奈が懐かしいや」
思い返してみれば、心奈はあの時から、あまり接さなくなった間に、だいぶ色んな事を経験していた。今の彼女は、それを潜り抜けてきたからこその彼女だろう。
「あ、あの時は、その。い、色々あったから・・・」
「ふふっ、でもあの時よりも、より心奈らしさが増して良いと思うよ?心奈はやっぱり、こうでなくちゃね」
「あれ。なんか、遠回しにバカにされてるような気がするんだけど?」
「さぁ、どうだろうね?」
「むー!もうっ、玲奈の意地悪!」
彼女が、楽しそうに笑った。それに釣られるように、こちらも思わず吹き出して笑う。
―そういえば昔、心奈とこんな風に笑える日が来ればいいなって思ってたけど・・・。いつの間にか、もう叶っちゃってたんだね。
五年生だったあの時、みんなと一緒の班になって良かった。だからこそこうして、掛け替えの無い友達として笑い合えてる。ただ、一時はみんなと縁が途切れてしまっていたけど・・・。その時だって確かにずっと、私も心奈やヒロ君は、そんなはず無いって、信じてた。それに・・・中田君だって。
「やっぱり私・・・バカだな」
「え?」
「ううん、何でもない。ありがと、心奈。少しだけど、勇気出た。もう少し、中田君と向き合ってみようと思う」
「本当!?よかったぁ。じゃあ次は、今後どうしていくかって事だね!」
「うん。心奈、考えるの手伝ってくれる?」
「もちろんだよ!」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあ・・・」
―何となく。何となくだけど、この先どういう結果が待っていても、きっと自分は立ち直っていける気がする。もしかしたら、そう思えるのは今だけかもしれないけれど。でも大丈夫だ。私には、彼女達がいる。今からでも、失敗は取り戻せるはずなんだ。
何故か、彼女と一緒にいると、不思議とそう思えた。

―もう、結局いいところは心奈に全部取られちゃったな。
一枚ドアの向こうで、二人の会話を聞いていた美帆は、小さくため息を吐いた。それと同時に、それとない安心感も生まれたのは事実だ。
一先ず、彼女はもう大丈夫だろう。後は、向こうの彼らだ。
ポケットからスマートフォンを取り出して、彼の番号を表示する。耳に当てて数回コールが鳴ると、割と早いタイミングで、その声は聞こえ出した。
≪おう、宝木≫
「裕人君。そっちはどう?」
≪んー、まぁ。俺がやりたかった事は、とりあえず完了ってところかな≫
「そっか、じゃあ後輩君とも上手くやれたんだ?」
≪一先ずなー。まぁ、これであいつが心変わりしてくれるかは分からんけど。で?そっちはどうなんだよ≫
「うん、こっちも何とか。まぁ、私はちょっとカッとなっちゃって、怒鳴って部屋を出ちゃったんだけど。後は心奈が上手くやってくれたよ」
≪へ、へぇ。宝木もやっぱ怒鳴るんだな・・・≫
何やら電話の向こうで、少し怯えるような声が聞こえた。
「んー?それはどういう意味かなぁ?裕人君?」
≪あ、いや?やはり女性を怒らせるのはほどほどにしておこうと、肝に銘じたところですよ≫
「おー、そうだぞそうだぞー?女の子はみんな怖いからね」
≪ま、そうらしい。俺も誰かさんをなるべく怒らせないようには心掛ける事にするよ≫
「ふふっ、それがいいよ。それで、裕人君。和樹君の様子はどうだった?」
≪ああ、そうだな。あいつは・・・≫
向こうで一体どんな話を聞いたのか、大まかな事情を美帆は裕人から聞き出した。
「そっかぁ。それはまた・・・」
―これは何かの、神様の悪戯かなぁ?まぁ、それなりに助けてあげようとは思うけどね。
彼の話を聞いた美帆は、益々複雑化しそうな今の状況が今後、どうなっていくのか。思わず首を傾げた。

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