Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

6.

同日。午後五時頃

とある高校の屋上。そこに一人、ポツリと佇む少女がいた。
本来なら、屋上は立ち入り禁止だ。だが、彼女は他人の目を盗んでは、度々この場所に忍び込み、ここからの夕陽を眺めていた。
少女は普段から、孤独を好んでいた。他人と絡む事を拒み、いつも独りで動いていた。それは、孤独を愛していると言っても過言では無い。
――どうしてこの世界には、男と女という二種類の生き物がいるのだろう。
一人佇む中で、今日は心中にそのような疑問が浮かび上がった。
確か、神話ではアダムとイブが最初の人間だと記されている。本当に神がいるとするのなら、どうして神は、人間を二種類に分けたのか?一体何の為に?きっと、男だけや女だけだったなら、互いの問題も無くなっただろうに。
そして彼らはその時、何も疑問を持たなかったのだろうか?性という区別をされたことに。
少女は唇を噛んだ。考えても無駄な疑問なはずのに、答えが出ない事に腹が立つ。答えを知らない他人に虫唾が走る。答えを見つけられない自分に、嫌気がさした。
少女は、男が嫌いだった。少女は、女が嫌いだった。少女は、人間が嫌いだった。――少女は、自らが嫌いだった。
何も信じられない。何も信じたくない。
少女の心は今、真っ暗な闇。無に染まっていた。

「またここにいたんだ」
不意な呼びかけに、少女は体をビクッとさせた。しまったとも思ったが、その不安は一瞬にして消し飛びさった。
振り向かなくとも誰かは察しがついた。自分に声を掛けてくる人物なんて限られている。「またか……」と、深いため息を吐きながら、少女は声のほうを向いた。
屋上の入り口に女子生徒が一人。最近では、もうすっかり見慣れてしまった顔が、そこには立っていた。
女性としては、自分に負けず劣らず長身で、首元辺りまでの髪に自らクセを付けている。垂れ目がちな目元に小さい鼻が印象的だった。彼女がどういう人物かは知らないが、容姿だけでもきっと、クラスでそれなりに人気のある事だろう。
「またあなた?いい加減にしてくれないかしら?」
一言、少女は言葉を吐いた。いい加減、飽き飽きする。一度や二度はまだしも、もうこれで何度目か。
そんな、苛立ちを隠さない少女とは違って彼女は微笑み、そのまま少女の隣まで歩み寄る。
「前から言ってるけど、私の事は美帆みほって呼んでいいよ?」
彼女は、少女と同じクラスメイトだった。先日、偶々授業でいくつかだけ言葉を交わす機会があり、それ以来こうして、しつこくストーカーのようにまとわり付かれてしまっている。それまでは、一切見向きもしなかったくせに。とんでもない方向転換だ。
「うるさいわね。それはいいって言ってるじゃない」
「そっか……、まぁいいや。気が向いた時でいいよ。それより、こんなところにいたら、また先生に怒られるよ?」
「別にいい。怖くないし」
「そう言って。いざ怒られたら今度はどうせ、『面倒くさい』とかって文句言うんでしょ?だったら最初から、怒られるようなことはしなきゃいいのに」
「うるさい」
彼女の偽善な言葉を、少女がすぐさま突っぱねる。本当にいつまでもいつもまでも、同じような事ばかり。我慢さえ解き放ってしまえば、すぐにでも怒鳴り散らしてやりたいくらいだ。
「例え私がそうなったとしても、どっちにしろあなたには関係の無い事でしょう?」
「ううん、関係あるよ?」
「何よそれ、友達でも何でも無いんだし、どういう意味よ?」
寧ろ、この学校に友達と呼べる存在は少女にはいない。いや、この学校を出ても、該当する人物はきっといないだろう。
当然、彼女の事だって友達だとは思っていない。ただのお節介だ。
「だって、私もう、ここに来ちゃったもん。足を踏み入れちゃったら、もう同罪仲間でしょ?」
「だったらどうしたっていうの?一緒に怒られようって?私の面倒事を増やしてやるって言うのかしら?ふん、くだらない。勝手に言うなりすればいいわ」
「安心して、別に先生に言うつもりはないよ。私はただ、あなたと話がしたいだけだから」
「話したいって……。はぁ、あなた、どうかしてるわよ。私と話したいだなんて。今の今まで、居て居ない存在のように見ていたくせにね」
「そ、それは……」
何も言い返せない、当然だ。彼女は今まで、自分と全く接そうとしてこなかったのだ。今更になってこんな事をしてくるなど、心変わりにも程がある。
「ねぇ、どうしてあなたは、私にいつも突っかかってくるの?何が目的?突然こんな事をし始めて、くだらないと思わないの?」
少女は問うた。
「何でって……。くだらないとかは思ってないし、目的なんてそんなものないよ。単純に私はただ、あなたと仲良くなりたいなって思っただけ」
「仲良く?私はそんなこと、全く思っていないわ」
少女がハッキリと言い切る。だが、彼女は怖気づくどころか、腑に落ちない様子で「うーん」と唸った。
「……本当に、そうなの?」
「はぁ?」
「私から見たら、あなたはどこか『助けて』って言ってるように見えるんだよね。……違う、かな?」
「っ……、な、何を根拠に言ってるの?やっぱりあなた、バカじゃない?」
――何が……、何が「助けて」よ?
彼女の一言に、また一つ怒りがこみ上げる。何も知らないくせに、何も分からないくせに。何も理解できるはずが無いくせに、この人は一体どこまで阿呆あほうなのか。
「バカじゃないよ!本当に、あなたはそう見えるんだよ。……あ、いや、私がバカなのは認めるんだけどさ。あはは……」
彼女はそっぽを向きながら、ポリポリと頬を掻いた。
「まぁその話は、今日はもういいや。それよりさ、お誘いがあって今回はここに来たんだよ」
「はぁ?あんた、まだ何かあるの?」
いい加減にしてほしい。こんな阿呆といつまでも付き合っていると、こっちまで阿呆が移るだろう。
「あるよー?実はね、来週の土曜日が、急に暇になっちゃったからさ。あなたと一緒にスイーツカフェにでも行きたいなって思って。良いお店知ってるんだよ」
「……その懲りない性根しょうねだけは認めてあげるわ。でも、丁寧にお断りさせてもらう」
「えー?何でよ?せっかくなんだし、一緒に行こうよ?」
「行かないって、いくつ言えば分かるのよ?私の答えは変わらないわ」
「だったら、私だって変わらないよ?私は、あなたと一緒に行きたいの!だからさ、お願いっ!」
「あんたね……」
両手を合わせて、可愛らしさを気取っているのか、首を傾げながらこちらに要求してきた。こんなの、いつまで経っても話は平行線だ。一体どれだけの時間を費やせば、直角となり交わるのか。
「同じ事を言わせないで。私はお断りさせてもらうわ。それじゃあね」
終わりが見えない議論だなんて、やっていても時間の無駄だ。すぐにでもこの場を立ち去ろうと、少女は足元の鞄を手に持って、その場を去ろうとした。
「あ、ちょっと待って!」
しかしどうやら、反射神経も無駄に良いらしい。すぐに自分の右腕が、彼女の手に捕らわれてしまった。ここまで諦めも悪いと、もはや笑えない。
「……離しなさいよ。それとも、このままずっとこの状態を続ける気?」
「私は、あなたにいいよって言ってもらえるまで変わらないから。あなたじゃなきゃダメなの」
「言ってる意味が分からないわ。適当に、そこら辺のお友達を連れていけばいいでしょう?いつまでそんな子供染みた事する気なの?どうして私なのよ」
「それは……、それは詳しくは言えないけど、とにかくあなたじゃなきゃダメなの!」
「ああもう……話にならないわね」
大きくため息を吐く。何故こんな、精神年齢の低いような輩に目を付けられてしまったのか。ただでさえ人と関わることはうんざりだというのに、これではいつまで自分の我慢が続くかも分からない。
そろそろ怒鳴りつけてやろうか。そんな風に思っていた矢先に、彼女がふいに一つの質問を投げ掛けた。
「……もしかして、明月あかづきさんは、甘いモノ……嫌い?」
「はぁ……?それは……、嫌い、では、ないけれど……」
思いを言葉にした途端に、しまったと察した。これは彼女の言葉の罠だ。返答してから、気づいた時には遅かった。彼女は途端に目の色を変えて、再びこちらに呼び掛け始める。
「っ!じゃあいいじゃん!ねぇ行こうよ、スイーツカフェ!絶対後悔はしないから!後、他には誰も呼ばないし、ちゃんと二人きりにするよ!だから、ね?」
――ち、近い……。
右手を掴んだまま、彼女がこちらに顔を近寄らせて来る。顔の距離は恐らく、あって一メートル程だ。パーソナルスペースなどというものは、もうとっくに越えられている。独特な不快感が、少女の体を包み込んだ。
――ん……。
ふと、少女は今自分が掴まれている右手の触覚が気になった。震えているのだ。小さく、僅かにふるふると震えている。その手の触覚から、この会話の最中ずっと、緊張をしていた事が、手に取るように分かった。
――この子……そこまでして、私に……。
この手の震えは、自分ではない。彼女だ。彼女が手を、体を震わせて緊張しながら、今こうして必死に自分に頼み込んでいる。こんな活発そうで、大胆な子でも、自分相手なんかにここまで緊張するものなのか。
彼女の手の震えに気が付くと、少女の中にあった今までの怒りは全て、一気にスッと引いていった。
「はぁ……」
それが分かってしまっては、もう仕方がないだろう。どうやら彼女には、悪意は無いようであるし、何より自分がハマった罠である。ここで意思を変えないのもしゃくだ。それに、恐らく彼女はこの後も意思を変えることはないだろう。
「……分かったわよ。でも、少しだけよ?」
「え?……本当!?わぁ、ありがとう!」
彼女が今までに無い笑顔で、こちらにニッコリと微笑んだ。もうこれでは、見るからに大きい子供のそれである。
「それじゃあ、えっと……。来週の土曜日のお昼二時頃に、駅の北口側の広場で待ってるから!よろしくね!それじゃあ、また月曜日!楽しかったよ!」
「え、ちょっと……」
彼女はそう言うと、すぐに少女の右手を離しては、嬉しそうにこちらに手を振りながら、屋上を過ぎ去る嵐のように去っていってしまった。
まるで何事も無かったかのような、いつもの屋上から聞こえてくる環境音。ほんの数十秒前まで、本当にあの騒音が響き渡っていたのかと疑うほど、何ら普段と変わらない屋上の様子だった。
――はぁ。変な約束、しちゃったな。
だいぶ強引に、彼女と約束を交わされてしまった。静まり返った屋上を見て、ドッと疲れのようなものが感覚として押し寄せる。
「でも……」
少女が一言、ポツリと呟いた先には。いつも通り、今にも家に帰らんとしている、夕陽の姿がそこにはあった。

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