Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

5.

「陽子!ワンテンポ早いよ!もう少しゆっくりでいい!」
「う、うん。ごめん・・・」
「奈緒も!それじゃあみんながズレてっちゃう!焦らないで、みんなと息を合わせて!」
「ああもう、分かってるってば!」
音楽室に、千鶴の大きな声が響く。今日もまた、怒られてしまった。これで一体何度目なのだろうか?
「二人とも。どうしてそんなに焦ってるの?自分のパートができるようになるのも大事だけど、それよりもみんなで合わせるのが優先だって、美沙希にも言われたでしょ?」
「それは分かってるけど・・・」
西村が俯く。そんな彼女を見て、千鶴が更に追い打ちをかけた。
「確かに難しいのは分かるよ。分かるけど、だからこそミスしたところは、みんなでカバーし合っていくのがチームでしょ?どうしてもできないところは、みんなでカバーするの。自分が自分がーって、そうやって思い込んでると、どんどん出来なくなっちゃうよ?」
「うん・・・ごめんね」
「・・・奈緒もだよ。というか、奈緒にはいつも言ってるけど、あんまり完璧を求めすぎない。いい?」
「ふんっ。はいはい、分かってますよ」
不機嫌そうに奈緒は椅子へと座った。どうやら、演奏する気が失せてしまったようだ。
ジャイアント・ステップスの練習を開始してから、約一ヶ月が経った。着々と各々のパートが完成に近づいている一方。それらを合わせるチームワークは合っていくどころか、どんどん遠くなっている。それも、ここ数日間は特に酷いものだ。
リーダーである美沙希が三日前から、九州の知り合いの結婚式に呼ばれ、少しの間戻ってこられないらしい。お偉いさんの家庭は、本当に大変だと改めて感じる。二日後には戻ってくるようだが、それまでは代理で千鶴がこうして指揮を執っている。
だが、どうにも代理を務める千鶴と奈緒の相性が悪いのか、このように自然と対立関係が生まれてしまっている。どんどん奈緒の孤立化は進んでおり、苛立ちからか、もはやわざとずらしているのではないかと思ってしまうほどだ。
一方の西村は、皆に比べて練習時間が少ないこともあり、みんなよりかなり出遅れてしまっている。おかげでみんなと頑張って合わせていこうと思っても、なかなか上手くいかずに、こうして彼女に喝を入れられてしまっている。
「それと、結。一番大変なのは分かるけど、ちょっと無理し過ぎじゃない?もう少し、気を楽に持って?」
「え?う、うん。分かった・・・」
結がコクりと頷く。それを聞いていた奈緒が、一言ポツリと呟いた。
「・・・それで?他人には文句言っておいて、自分は何もないの?あなた」
「奈緒?・・・どういう事?」
「どういう事って、何言ってるの?他人に文句言っておいて、自分は何も無いのかって聞いてるの。もしかしてあなた、自分を棚に上げてない?」
「そ・・・そんな事ない!私だって、まだまだ出来ないところも沢山ある!でも、私は美沙希に指揮を任されたの!私だって、こうして頑張ってみんなの直したほうがいい所を見つけながら、一生懸命やってるの!」
「ふぅん。そう。あくまで自分より他人を見てるんだ。ふふっ、そりゃあ自分の悪いところは口に出てこないわ。あなたの場合、他人よりもまず自分を見つめ直したほうがいいんじゃない?正直、ウザいよ?」
「なっ・・・!?」
「ちょっと!二人とも!!」
睨み合う両者の間に、思わず西村が割って入った。リーダーの美沙希がいない以上、こうなってしまってはもう自分が止めるしかない。結は気が弱いから、きっと中に入ってもすぐにはねられてしまうだろう。それでは意味がない。
「奈緒!そういう悪口は良くないよ!私達、今まで一緒にやってきたんでしょ!?どうしてそういう事言うの?千鶴だって、みんなの為に頑張って悪いと思ったところを教えてくれてるんだよ?」
西村が必死に彼女に告ぐ。だが奈緒は面倒くさそうにため息を吐くと、やがて口を開いて話し出した。
「陽子。あなた、そうやってケンカの中に割って入って、優等生でも気取ってるつもりなの?」
「へ・・・?」
「っていうか、聞いたわよ?こないだも授業中に、ケンカの中に入ったんだって?そういうの、傍から見たらただのバカだよ?そういう人に限って、上辺だけの関係って人多いよね」
じとーっとした目つきで足を組みながら、こちらを見つめている。何か言い返そうとも思ったが、それでもまだ奈緒の毒は吐き続けられる。
「陽子ってさ。よく人助けとか言って、困ってる人を助けてるけど。それって困ってる人の気持ちも考えてるの?そういう人に限ってさー、ただただ自分の欲を満たしたいだけで動いてる、とかあるよね。っていうか、陽子ってそもそも、このチームをあなたから取ったら何が残るの?何もないよね?特にそこまで仲良い子もいない、彼氏とかがいる訳でもない、ただただ音楽が好き。それで生きてて楽しいの?考えてみてよ?バカみたいじゃない?趣味は人助けですーって言うの?あははっ、アホらしい」
「奈緒!!」
千鶴が声を張って叫ぶ。それでも彼女は言葉を止めない。
「・・・つまりね、何が言いたいかって?あんたは、誰にも求められてないの。それは自分が一番よく分かってるんじゃない?」
「っ、そんなこと・・・」
―誰にも、求められて・・・?
今までを振り返ってみる。思えばそうだ。大好きだった彼も、親友を選んだ。親友を助けたいと動いていても、いつの間にか周りに遅れていた。親友だと思っていた彼女も、自分より彼女を親友と呼んだ。もっとみんなを知りたくても、いつも周りに置いてきぼりだ。助けたいと思っていても、彼は決してこちらを振り向いてくれない。
『陽子はお節介だもの。困ってる人とか、落ち込んでる人をすぐに助けたがるじゃない。他人の嫌なことを、まるで自分の事みたいに悩んで困って・・・』
以前の美沙希の言葉が脳内を過ぎる。自分は、お節介なのか?
いくら助けたいと思っても、それが嫌だと思われたら?それを拒まれたらどうにもできない。何もすることができない。ただただ横で見ているだけ。
求められていなかったとしたら?近づくことすらままならない。掴むことすら出来ずに、ただただ遠くから傍観しているだけだ。
相手からしたら自分は・・・ただ面倒なだけ、なのか?
―っ!私は・・・。
「陽子!・・・陽子!!」
後ろから千鶴の声がする。返事をする気になれない。声を出す気になれない。喋りたくない。彼女の顔を見る気になれない。自分の顔を見せたくない。ただただ地面を見ていたい。暗闇に落ちたい。誰にも見られたくなくなった。
「・・・ごめん、千鶴。今日は・・・もう、帰るね」
「え、ちょっと!陽子!陽子!!」
西村は足早に荷造りをし終えると、雑音としか耳に入らなかった千鶴の言葉を全て無視しながら、急ぎ足で音楽室から逃げ出した。

―私は・・・ヒロ君にも選ばれなくて。心奈を助けたかったのに、いつの間にか美帆が二人をまとめてて。心奈も私なんかより美帆を選んで。玲奈は何も教えてくれないし。・・・あいつとの関係だって、まだ何も変わってない。
そうだよ。ずっと、ずっと分かってた。でも、そう思うと辛いから、知らないふりをしてきたんだ。それだけじゃない。今までずっと、してきたことも全て、余計なことばっかりで・・・。
心奈にはヒロ君がいて、玲奈には中田君がいる。美帆と心奈は仲が良いし、玲奈と美帆は従姉妹同士だ。香苗だって友達は沢山いる。みんなみんな、誰かが必要としてくれてるんだ。
対して私はどうだ?ヒロ君との関係も微妙だし、心奈とも距離感がまだ正直分からない。中田君とはほとんど会ってないし、玲奈のことは付き合いが長いくせにほとんど何も知らない。美帆だって、今まで頼られたことがほとんどないし、香苗も私がいなくても、他の友達が沢山いる。私の周りはみんな、私の代わりが沢山いるんだ。本当は・・・誰も・・・私を必要となんか、してない。してないんだ。
暗闇の中で涙があふれる。今までずっと我慢してきた分、その涙は止まることを知らない。もういっそこのまま、ずっと暗闇の中にいたい。誰も自分を見ていないのなら、もうそのほうがいい。億劫だ。このまま一生、必要とされずに生きていくことなんて想像するだけで吐き気がする。
「・・・・・」
ふと、誰かの名を呼びたくなった。・・・一体誰を呼べばいい?みんな、自分を必要としていないのだ。もはや意味などない。だが、一度生まれてしまったその欲は、なかなか収まろうとしなかった。
―そうだ・・・。こんな時にうってつけのあいつがいた。
もうこの際何を言われたっていい。寧ろ、ズタズタに罵ってほしい。このまま、戻れなくなってしまうくらいに。
「・・・間宮、健二」
フルネームで彼の名を呼ぶ。思えば初めて、フルネームで彼を呼んだ。口に出して呼んでみると意外と新鮮で、何とも言えない気持ちが芽生えた。
「・・・呼んだか?」
「・・・・・え」
思わず顔を上げて校舎の中を振り返る。中の廊下には、たった今名を呼んだ、間宮健二が壁に背を任せて立っていた。
「なっ・・・!?なんであんたがそこにいるのよ!!」
「別にいいだろ。どこにいようと俺の勝手だ」
「そうだけど、そうじゃない!!女の子が泣いてるのに、ずっとそこで見てたの!?あり得ない!絶対あり得ない!!」
見られていたという恥ずかしさやら、彼がいるという嬉しさやらが一気に爆発して、全てを彼にぶつけてしまった。吐き出してから後悔をする。何を言われるかと思わず身を小さくしたが、彼が返した返事は、意外にも素っ気ない一言だった。
「・・・すまない」
「えっ・・・?あ、う、うん」
その一言で、みるみるうちに怒りが縮んでいく。不思議に思いながら、西村は頷いた。そんな様子の西村を見て、普段の様子で彼がこちらに問いただす。
「・・・何だ」
「え?い、いや。あんたが謝るなんて、珍しいなって・・・」
「・・・そうか」
「・・・そ、それで?何よ?あんた、私が泣いてるの見てたんでしょ?そういう趣味?」
目を擦りながら顔を逸らす。こんな顔をずっと見られていたら、それでこそもっと泣いてしまいそうだ。
「断じてそんな趣味はない」
「じゃあ何よ?」
「・・・ただ気になっただけだ。そんなとこで座って泣かれていたら、誰だって気が散る」
「気が散るって?」
西村が問うと、彼は「ん」と西村の頭の上の教室を指差した。ここは確か第三棟の一階、地学準備室だったはずだ。本棟から一番離れており、ほとんど人の出入りはない。この棟には基本的に、理科室などの理系教室が多く設置されている。文系を選択している西村には、ほとんど縁のない棟だ。
「・・・ここ、地学準備室、だよね?ここがどうしたの?」
「・・・映画研究同好会、といえば分かるか?」
「映画研究・・・?何それ?」
「まぁ・・・去年まで三人で名目だけ活動していたんだが、今年は俺一人でな。静かだから構わないんだが」
「もしかして・・・部活?」
「部活、といえば部活だ。だが、さっきも言ったが名目だけで活動はしていない。部員も募集していない。ただ、前の先輩が暇つぶしをするためだけに作られた部だ。おかげで、今も俺が放課後の暇つぶしが出来ている」
「そうだったんだ・・・」
「で、静かな空間で快適に過ごしていたところに、バカみたいな奴の不快な泣き声が聞こえたから来てみたら、運悪くお前だったって事だ」
「何よ?運悪くって。そんなに私が嫌なの?」
「当たり前だ。誰だってこないだのあんなことをされたら嫌になる」
「あっ・・・そう、だよね・・・。嫌だよね、あんなお節介」
「ん?」
彼の言葉によって、忘れかけていた思考が再び蘇った。そうか、彼もやはり、自分のしてきたことはお節介だと思っていたんだ。西村は再び、悔しくなり俯いた。
「・・・らしくないな」
「へっ?」
「こんなとこで話しててもしょうがない。ついて来い」
「え、あ、うん」
唐突に彼はくるりと背を向けると、校舎の中に入っていってしまった。その後ろを、西村は立ち上がり付いていく。彼が入った先は、先程の「映画研究同好会」という名目だけの部室、地学準備室であった。
「いいの?入って?」
入り口前で、西村は問うた。
「嫌なら入らなくていい。本当は、今すぐにでも帰ってほしいところだが特別だ」
「なっ?は、入るよっ!」
ムキになりながら、室内に入りドアを閉める。中は五畳くらいの小さな小部屋で、部屋の左側に棚が一列並ぶほか、中央に大きな机が一台置かれているだけの、殺風景な一室だった。
「特別に椅子に座らせてやる。本当なら、そこは先輩の特等席だったんだ」
「わ、分かってるよ。ありがとね」
適当に礼をいいながら、彼と向かい合うように座る。彼の席の前には一冊、本が置かれていた。きっと、また読書でもしていたのだろう。
「・・・で?どうしてまた泣いたりなんかしたんだ?大好きな飴ちゃんでも取られたか?」
腕組みをしながら、笑えない冗談を彼が呟く。
「バカにしてるでしょ?」
「バカをバカにして何が悪い」
「うるさいっ!」
彼の言葉を一蹴したところで、彼の態度は変わらない。こんな彼の対応法は、あまり気に留めないことだ。大体もう、彼の相手には慣れた。
「・・・私ってさ。お節介なのかな?」
「ようやく気づいたのか?」
「何よっ!?」
「よかったじゃないか。自分の悪いところに気がついたんだ。一歩成長、と言ったところだな」
いざ話を切り出してみると、再び彼にバカにされた。これでは相談どころではない。
「こっちはマジメに相談してるのに、バカにしないでよっ!帰るよっ!?」
「寧ろそうしてくれたほうがありがたい。こっちは時間を割いてるんだ。感謝してほしいね」
「むぅ・・・」
ダメだ。彼のペースに乗せられてしまっては、まともに話ができやしない。ここは我慢しよう。
「・・・さっきね。バンドの練習中に、メンバーの一人に言われたの。『あんたは誰にも求められてない』って」
「・・・それで?」
「・・・考えてみればそうだなって思ったの。私の周りの子は、みんな私がいなくても楽しそうにしてる。幸せそうにしてるの。でも、私はみんながいなくなっちゃったら、何も残らないなって思って。私、何のために生きてるんだろうって思ったら・・・その・・・」
「・・・いつもバカみたいに笑ってるくせに、お前でも泣くんだな」
「うるさい・・・」
目を必死に擦りながら反発する。こんな状況でも、そんな皮肉を言える彼がもはや羨ましい。
「私が何をしても、結局中途半端に終わっちゃう。気がついたらみんなが先にいて、何してたんだろうって思うの。私が頑張らなくても、代わりはいくらでもいる。それでもみんなを傷つけたくないから、今まで全部知らないふりをして過ごしてきた。・・・バカみたいだよね、私。何の為に生きてるんだろうね?」
チラッと彼を覗き見る。彼は腕を組み斜め上を覗きながら、何やらボーっとしているようだ。本当に話を聞いているのかは怪しいが、これまでの経験上、多分あれでもちゃんと聞いてくれているのだと信じたい。
「もうさ・・・嫌になっちゃった。何もかも。どうすればいいか、分かんなくって」
何故だろう。こんな彼に、優しい言葉をかけてほしいとつい期待を寄せてしまった。普段から悪口しか言わない彼でも、こんな時なら何かしら声をかけてくれると、勝手に思ってしまっていた。そんな中でかけられた言葉に、西村は驚きを隠せなかった。
「・・・そうだな。何度も言うが、お前はやっぱりバカだ」
「なっ・・・!?」
―こいつ・・・やっぱり私の事・・・!
もはや悲しみを通り越して、猛烈な怒りが込み上げてきた。憎たらしい。いつまでもこんな調子である彼が、嫌で嫌で仕方ない。思い切り机をバンッと叩き、興奮して立ち上がり、西村は叫んだ。
「あんたねっ・・・!やっぱりただ私をバカにしてるだけなんでしょ!?そうやっていつも私を突っぱねて!嫌なら嫌ってはっきり言いなさいよっ!何なの!?そんなに私の事が嫌いなら、もっとちゃんと・・・」
「一つだけ言っておく」
そんな西村の顔の前に、彼は右手の人差し指を立てて一つ、それを制した。
「・・・何よ?」
「・・・いつもバカみたいに笑ってるお前が、笑ってなくてどうするんだ?」
「・・・・・へ?」
声が裏返った。
「俺は・・・一応は感謝してるぞ。あの時、手伝うって言ってくれて」
こちらを見ずにそっぽを向きながら。彼が、ぼやいた。
―今、なんて言ったの?感謝してる?・・・こいつが?私に、感謝?いや、冗談でしょ?何かの間違いだよね?
耳に入った情報が信じられない。だが脳内でリピートしてみるも、間違いではない限り、おそらく彼はそう言ったのだ。聞き間違いだと信じたいが、はっきりと鮮明に耳に言葉が残っている。
「お節介だろうとなんだろうと、お前がやりたいならそれでいいんじゃないか?それで相手が救われるかは別問題だが、やって損はないだろう。一番人間として最低なのは、動きもせずにただ傍観して文句を言う人間だ」
「・・・健二」
思わずギロリと睨まれる。マズい、思わずまた彼を下の名で呼んでしまった。彼のこの顔は、何度見ても恐怖に煽られる。思わず視線を逸らした。
「あはは・・・ごめん、つい」
「それから・・・」
彼は何やら分が悪そうに俯くと、その一言を呟いた。
「自分を必要ないと言うな。お前にだって、お前だからこそ必要とする奴がきっといるはずだろう。少なくとも、俺にはお前が、孤独には見えないな。本当の孤独は、誰かと比べたり、誰かを必要となんかしないものだ」
「孤独じゃ・・・」
―そうだ・・・。私は、孤独なんかじゃない。私が、必要としてる人がいる。だったら私だって、そんな人たちを助けられるはずだ。決して私は、一人なんかじゃないんだ。
「・・・そっか。・・・そうだね、うんっ。そうだよね。私は一人じゃない、みんながいるんだ。私がやりたいようにやる、か。何か、大事なことを忘れちゃってた気がする。ありがとう!けん・・・じゃなくて、えっと・・・」
そういえば、彼を何て呼べばいいのだろう?普段から『あんた』と呼んでしまっているが、下の名前で呼ぶと怒られるし、名字で呼ぶのも何だか違和感がある。呼び名を悩ませていると、彼が小さく何かを呟いた。
「・・・いい」
「えっ?」
「だから、・・・健二でいい」
「え、いいの?」
「・・・特別だ」
「ふんっ」と息を吐くと、彼は面倒くさそうに大欠伸おおあくびだ。本当に今までこいつが、あんなことを話していたのかと思うと信じられない。
「・・・うんっ!ありがとう、健二!」
彼は西村に礼を告げられると、チラッと一瞬だけこちらを見て、机に置かれていた本を手に取った。どうやら、もうこちらへの興味はなくなったらしい。
「・・・ねぇ、今度からここに遊びに来ていいかな?」
「断る」
―そ、即答・・・。
「えー?つまんないなぁ。一人より」
「二人、ってか?お前みたいな騒音は、一人で五人分だ」
「な、何よっ!そういうあんたは静かすぎ!一人でも〇・五人分なんじゃないの?」
「良い事じゃないか。騒音よりはよっぽどマシだ。お前も俺を見習ったほうがいい」
「あんたを見習ったら、考え方まで移っちゃうからお断りよ!」
「ふんっ」
呆れたように息を吐くと、再び本へと視線を戻してしまった。これ以上、何を言っても無駄だろう。
―でも・・・まぁ、よかったかな。
「・・・じゃあ、私行くね」
「・・・ああ」
「それじゃあね、また明日」
半身だけ振り向いて彼を見る。こちらを一切気にせずに、本にだけ神経を注ぐ彼の姿が、西村の目にはいつもと違って見えた。

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