Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

12.

何の変哲もない、いつもと同じ一週間の五番バッター、木曜日。いつも通り、俺たちはテニスコートへと集まる。とりあえず軽い準備運動をして、安村がやってきて、みんなそれぞれ練習をこなす。偶に石明がバカやったり、星岩がすっ転んだり、すっかり意気投合した宇佐美と安村が笑って会話していたり、俺のシュートを二ノ宮が一生懸命止めていたり。今日だってそうだった。いつも通り、みんなで集まって、なんだかんだワイワイやりながら練習するはずだった。
だがそんな中、遅れて登場した彼が、俺たちのいつも通りをなし崩しにしていった。
「てめぇ!本当にそんなこと思ってるのかって聞いてんだよ!?」
「悠介!落ち着け!」
すっかり頭に血が上った宇佐美が怒鳴り散らす。そんな彼を、必死に安村が押さえつけている。
どうしてこんなことになってしまったのか。事態は、数十分前に遡る。
―――数十分前。
「すみません、遅れました」
一人の男子生徒が、テニスコートへと姿を現した。その彼を見て、安村が嬉しそうに彼の名を呼んだ。
「お、来たかあきら!よかった、心配したよ!」
彼は牛久明うしくあきらと言うらしい。後輩二人と同じく一年生だ。先週、唐突に俺に入部を希望してきては、必要事項だけ聞きすぐに帰ってしまった。今日もやってこないかと思っていたものの、ちゃんと顔は出したようだ。名前だけの入部では無くて、少しホッとする。これで、新入部員三人というノルマは達成され、フットサル部の廃部は免れたのだ。ここまできたら、後は大会まで練習するのみである。
「どうした?何かあったのか?」
安村が問う。
「いえ・・・こちらの事情です。特に練習を不満に思っていたわけではありません」
「ん、そうか。まぁいいや、じゃあとりあえず、準備運動しといて。後でまた声かけるから」
「分かりました」
彼はそう言うと、一人コートに端まで歩き、周囲に誰もいない空間で、準備運動を始め出す。
―なんでわざわざあそこまで行くんだ?まぁ、まだ最初だし、慣れてないのも分かるけど・・・。でも、それにしては星岩みたいな、怯えた雰囲気はないんだよな・・・。
「裕人せんぱーい?次、いいですよー!」
「ん・・・ああ、分かった。いくぞー」
「はいっ!」
二ノ宮は両手をパンっと叩くと、こちらに向かって構えをとった。そんな彼に向かって、俺は思いきり左に狙ってシュートを蹴る。
「うわっと!」
俺の蹴ったボールは、二ノ宮が伸ばした左手に当たり、そのまま大きく飛んだ。・・・と思ったら、それが彼の頭へと直撃する。
「お、おい!?大丈夫か?」
「つつ・・・。あはは、左手でパンチングしようとしたんですけど、反動で頭に飛んじゃいました。まだまだですね」
頭を抱えながら、二ノ宮が苦そうに笑う。頭に当たった反動で、ボールはかなり遠くに飛んでいった。きっと、相応な痛みだろう。想像するだけで頭が痛い。
「気をつけろよ?ボール取ってくるから」
「はーい。ありがとうございます」
彼に呼びかけると、俺は歩いて飛んでいったボールを取りに向かおうとした。しかし、さっきまであそこに転がっていたボールが、既にその場に無くなっていることに気が付く。
―あれ?
他のみんなを見渡す。特に俺たちが使っていたボールを、他のメンバーが使っている様子もない。だったら誰が・・・あ。
残る一人。さっきまで端っこで準備運動をしていた牛久が、位置を変えて一人、リフティングをしていた。その動きは、まるで慣れた様子だ。
―へぇ、意外とやるんだな。元サッカー部か何かかな?
「上手いじゃん」
何か、彼と打ち解けるきっかけになればと、早速俺は彼へと話しかけた。
「どうも」
ボールを蹴り続けながら、彼はぶっきらぼうに答える。
「もしかして、サッカーか何かやってた?」
「・・・中学で少し」
「へぇ、そっか。でも、どうしてフットサル?ウチにはサッカー部もあるけど」
「・・・嫌なんです」
「ん?」
「あ、いえ。何でもないです」
「へ?・・・あ、ああ。そうか」
会話が途切れる。これだけ話していても、彼は集中を切らさずにリフティングを続けている。よほどの集中力が無い限り、他の事をしながらのリフティングは難しいはずだ。もしかしたら、凄い奴なのかもしれない。
「・・・ああ、そうだよそうだ。牛久、そのボール、一応俺らが使ってたやつだと思うんだけど」
「そうですか。失礼しました」
彼は小さく謝ると、リフティングをやめて手にボールを持ち、俺に手渡した。なんだか、気が狂う。
「あ、いや・・・大丈夫だけど。っていうか、お前も打ってみるか?」
「・・・じゃあ、少しだけなら」
「オッケー。じゃあ、行くか」
俺は彼を連れて、二ノ宮の元へと戻った。すっかり調子を戻したらしい二ノ宮が、体を軽く動かしている。
「二ノ宮、牛久に何本か打たせてやってくれ」
「分かりました!あ、いつでもいいよ!えっと・・・」
「明でいい」
「あ、うん!明!」
牛久は、何度かゴールとボールを見て、シュートコースを確認すると、そのまま足を踏み出してボールを蹴った。
―ん・・・?
俺はそのボールの軌道に驚愕する。それは二ノ宮も同じだったようで、どう動けばいいか分からない様子で、結局その場に立ち尽くしたまま、ゴールを入れられてしまった。
「い、今のって・・・」
二ノ宮がぼやく。牛久はゴールを決めても、いつも通りの虚ろな表情だ。
「へぇ、無回転シュートか」
「先生・・・」
どうやら、彼のシュートを見ていたらしい安村が、牛久へと近づいた。
無回転シュートとは、文字通りボールが無回転のまま飛んでいくシュートだ。一見利点が無いように見えるが、ボールは飛ぶ時に回転が少ないほど、ボールの後ろの空気が上下左右に大きく揺れるのだ。これにより、ボールの軌道が大きくズレ、不規則な軌道を沿って落ちるようになる。キーパーの予測不可能な動きをするのということだ。
「凄いじゃないか」
「別に・・・。偶々です」
「そうか。じゃあ・・・今度は無回転無しで、一本打ってみてよ?」
「いいですけど・・・」
二ノ宮からボールを貰い、再び牛久がボールを蹴る。またもやシュートは成功しゴールしたが、それ以上に驚いたことがある。
―こいつ・・・シュートの威力が桁外れに強い・・・。
シュートの威力は、もちろん足腰の強さで違ってくる。強いシュート程蹴った時のスピードは増し、より速いボールをゴールへ蹴ることができる。牛久の場合、高校一年生とは思えない、並外れたシュート力だと一目で分かった。
「明。君、中学どこ出身だい?」
ふと、安村が彼に問うた。
みどりがはらですけど」
「緑ケ原?満也、そこのサッカー部は強いのかい?」
「んん・・・?うーん、あ!去年中学生だったとき、一度だけ練習試合したことがありました。でも、その時は確か・・・四対零くらいでウチが勝ちましたし、あんまり強いイメージは無かった気がするんですが・・・あ!ごめん明!別に明を悪く言ってるわけじゃないよ!」
彼はぶつぶつと呟くと、すぐさま彼へと謝罪を述べた。だが、当の本人は怒っている訳でもないらしく、全くの無表情だ。
「別にいい。もう俺には関係ない」
「そ、そう・・・?」
「・・・で?中学なんて聞いて、何かあるんです?」
再び牛久は、安村と向き合い質問と投げかけた。
「ん、いや。ちょっと気になってね。それはともかく、無回転シュート打って、足とか大丈夫かい?無理に打つとよく、股関節を痛めたりするらしいからね」
「平気です。それなりに鍛えてますから」
「そうかい。ならいいんだ。よし、じゃあ明。お前のシュートは分かった。後は、ドリブルだけ俺に見せてくれないか?一応、能力を把握しておきたいんだ」
「そうですか・・・分かりました」
彼は安村に連れられて、コートの端へと連れて行かれた。きっと、コーンを使ったドリブルの練習でもさせるのだろう。
「んじゃ、俺たちも続けるかぁ。次はPKじゃなくて、実際にプレイヤーとの駆け引きの場面を想定してやってみっか」
「あ、はい!お願いします!」
俺は再び二ノ宮と向かい合うと、彼に向かってボールを蹴り始めた。

「はぁ、そろそろ・・・一旦休憩しよう」
「はい・・・はぁ、はぁ」
ついつい楽しくてはしゃぎ過ぎてしまった。俺は二ノ宮とテニスコートのフェンスに背を任せて座ると、置いてあったペットボトルのドリンクを飲んだ。
「・・・裕人先輩。明のこと、どう思います?」
横に座る彼が問うた。
「どうって?」
「いや・・・さっきシュートを打たれた時、思ったんです。あいつ、シュートを蹴る時も、ずっと暗い顔してたんです。何か・・・楽しんでない気がして」
「んー。でも、初日だし、緊張でもしてるんじゃねぇの?」
「そうかもしれませんけど・・・でも、やっぱり何か違う気がするんです」
「うーん。まぁ、確かに分からなくもないけど・・・」
向こうで安村と話している彼を見る。その顔は、やはりどこか暗い。
「まぁ、そのうちあいつも慣れるだろうし、心配もいらないだろ。多分あいつは・・・」
「・・・・・先輩?」
「あ、いや・・・何でもない」
「おーい、二人とも」
ふと、コートの中心に安村が歩み出ると、俺たちに集合をかけた。他のみんなもそばに歩み寄っている。どうやら、全員で何かをするらしい。
「よし、行くか」
「はいっ!」
俺たちは立ち上がると、彼らの元へと歩み寄った。
「さて、メンバーも揃った。これから、本格的にポジションやキャプテン、戦略とかを考えていこうと思う。その為にも、まずはみんながどのポジションに向いているか、俺なりに見させてほしいんだ。これから、三人ずつに分かれて、攻守で戦ってもらうよ」
そう言うと彼は、一人ずつチーム分けをして、名前を挙げていった。攻撃側には、宇佐美、星岩、牛久。守備側には俺、石明、二ノ宮だ。なかなかバランスの取れたチーム分けだと思う。
「攻撃側は、ボールを取られたら初めからリスタート。満也はキーパーで決まってるからね。三点取られるか、十分経ったら、悠介と広大は二人と交代。明はそのまま攻撃側で。それでいいかい?」
牛久はコクりと頷くと、ボールを持って俺たちと向き合い、足元にボールを置いた。
「それじゃ、始め!」
安村の掛け声とともに、牛久がボールを蹴り始める。そうはさせまいと、俺は彼の前に歩み出た。
「おい、こっちだ!」
後ろで宇佐美が彼に呼びかける。
「なっ?」
しかし、牛久は彼を見向きもしないままに、俺を素早いドリブルでかわしていった。その後ろについた石明も、そのまま流れで通りこされてしまう。まるで流れ作業のように彼はボールを蹴り、それはテニスコートのフェンスに突き刺さった。プレイをしていた誰もが、その速さに圧倒される。そんな周りの雰囲気にも毒されず、彼は相変わらず虚ろに俯いている。
「よ・・・よし、もう一回!」
ボールを取れずに、地に横になっていた二ノ宮が、悔しそうに声をあげた。その一言で、他のみんなも静寂を打ち消していく。
「明。最初のボールを、今度は広大に持たせてやってくれ」
ふと、安村が、星岩にボールの蹴り出しを要求した。当の本人は、突然名を呼ばれてあたふたしている。
「い、いきますよ・・・?」
少しだけガタついている足でボールを蹴り出すと、彼の前に石明が寄って出た。どうすればいいか分からない様子で、彼はボールを持ったまま必死に足を動かしている。
「星岩!」
その後ろから、宇佐美がバックパスを求める声をあげた。彼は宇佐美に向けてボールを蹴ったものの、少しばかり彼のいる方向とは違うほうへボールは転がる。
「あっ?」
ふと、前に出ていたはずの牛久が、後ろまで戻ってきていた。こぼれたボールを彼が回収すると、そのまま再び俺と石明を軽々と避け、あっさりシュートを決めてしまった。
そんな単調な流れを見ていた宇佐美は、すぐさま彼に呼びかける。
「おい、牛久って言ったか?」
「・・・なんですか?」
「お前ばかりボール持ってちゃ意味ないだろ?少しは俺や星岩にボールを渡せよ」
「どうしてです?」
訳が分からない。そう言いたげだ。
「はぁ?フットサルはチームプレイだ。一人が上手くても意味がない」
「・・・じゃあ、あいつみたいな奴にボールを任せて、勝てますか?」
「は?」
牛久は星岩をいつもの表情で見た。話題に出された彼は、肩をあげてびっくりする。
「勝てなきゃ意味がありません。どんなに連携ができようが、ボールをパスして渡そうが、シュートが決まらなきゃ意味がないんです」
「それはそうだけどよ・・・。でも、だからって個人でプレイして勝った気になってるお前も違う」
「・・・何言ってるんですか?俺はシュートを決めてるんです。一本も決められない先輩に言われる筋合いはありません。増してやあいつなんてもっともです」
「・・・おいてめぇ。それ本気で言ってるのか?」
「はい?」
「てめぇ!本当にそんなこと思ってるのかって聞いてんだよ!?」
「悠介!落ち着け!」
とうとう頭に血が上ってしまった宇佐美が、彼に掴みかかろうと手を挙げた。そんな彼を、走って止めに入った安村が必死に抑える。
「安村!どけ!俺はこいつを殴らねぇと気がすまねぇ!」
「ダメだ!今そんなことしてしまったら、せっかくスタート地点に立ったみんながまた、巻き戻しになっちゃうだろ!?お前こそ、みんなのことを考えろ!!」
「ぐぅぅぅ!!クソッ!」
彼に一喝されて、どうしても怒りを抑えきれない宇佐美は、思い切り地面を踏みつけた。
「・・・仕方ない。今日はここまでにしよう。また来週、落ち着いてから練習を始めようか。それまで各自、ゆっくりと休んでおくこと。いいね?」
練習に亀裂が入ってしまったことを見計らって、安村はみんなにそう呼びかけた。仕方ない判断だと思う。こうなってしまっては、このまま続けても練習に身が入らない。
俺たちはしぶしぶ彼に返事をすると、その場で解散となった。宇佐美の愚痴を聞きながら、俺たちはテニスコートを出ようとする。いつの間にか、牛久がその場にいなくなっていることに気が付いた。
―彼にはきっと、何かがある。そしてそれは・・・何か、俺には共感できるような。そんな気がした。

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く