Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

11.

「さようならー」
学級委員長の号令で解散となる。それにしても、見飽きたものだ。いつもの教室。いつものクラスメイト。いつもの担任教師。いつもの・・・隣の憎い奴。
二年間も周りの環境が同じじゃあ、せっかくの高校生活も残念と言ったものだ。クラス替えもないこの学校の生徒たちの、恐らく半数以上が同じように思っている事だろう。もちろん、自分もその一人だ。中学校までのクラス替えのあのワクワク感を、再び味わってみたいものだ。
「それじゃあ・・・」
「陽子ー。これから暇?」
隣の憎い奴に声を掛けようとした途端。左から、聞き慣れたを通り越して、数人の中から彼女を当てろと言われても一瞬で当てられるであろう自信があるほどに耳に残る、彼女の声が響いた。
綾香あやかと私の店でガールズトークなるものをしようと思うんだけど、陽子も来ない?」
―何よ、なるものって。
もはや中学校からの付き合いである、香苗の姿が視界に入ってきた。その適当な話し方も、慣れたを通り越して飽きたと言っても過言ではない。
「ごめん、香苗。私これから、バンドなんだ」
「え、あれ?でも今日月曜日だよ?バンドって、いつも水曜日じゃなかった?」
普段なら、西村のジャズバンドは水曜日の放課後に活動している。だが、今日はリーダーである美沙希みさきから、音楽室に集まるように先程指示されたのだ。一体何をするのか、西村自身全く聞かされていない。
「そうなんだけど、美沙希が集まれってみんなに言ってるみたい。何するのかは、全く聞いてないけど」
「ふぅん。そっかぁ、じゃあ仕方ないね。頑張ってね!また明日!」
「ありがと、またね」
彼女との会話を終える。ふと気がついた頃には、本来先に話しかけようとしていた憎たらしい奴の姿が無かった。
―あいつ、帰るの早すぎじゃない・・・?そんなに一人が好きなのかな。
ほんの少し、寂しい気持ちになる。こんな気持ちになるのも、やはり改めてそんな気持ちを抱いている証拠だと思う。頭では大嫌いなはずなのに、心がそれを全否定していた。認めたくはなかったが、もうなってしまったからにはどうしようもないのだ。
気持ちを切り替え、西村は教室を出ると、そのまま三階の一番奥にある音楽室へと向かった。
「お、来たね陽子」
教室のドアを開けると、先に来ていたリーダーの美沙希と、千鶴ちづるの姿が目に入った。彼女たち二人は同じクラスであり、特にメンバーの中でもひときわ目立って仲が良い。二人は窓際に椅子を置いて、仲良く座っていた。
「お疲れ、二人とも。早いね」
「タッキーに頼んで、すぐに終わらせるように頼んだんだよ。やっぱりタッキーは優しいよねー」
千鶴が楽しそうに微笑んでいる。タッキーとは、彼女たちの担任の滝川先生だ。同じ学年の担任教師の中でも、人気の一、二を争う優しいと評判の男性教師だ。
「いいなぁ、滝川先生。うちの担任と変わってほしいよ」
変わって西村の担任は、席替えを以前まで全くしようとしなかったり、細かく厳しかったりと、不人気の一、二を争う男性教師である。
「はは、ムリムリ。あんなのと変わったらみんなズル休みだよ。それでも我慢して来てる陽子たちのクラスのみんなは凄いと思うね、ある意味尊敬」
「あはは。・・・それで、美沙希。今日は何で集まったの?」
西村は美沙希に問うた。
「まだ内緒よ。みんなが集まってから話そうと思うから」
「そう?」
「あ、そうそう。奈緒なおはトイレの掃除当番だから、遅れるってさー。ゆいはすぐに来られるって」
千鶴が話す。
「分かったわ。じゃあ、適当に雑談でもして時間潰しましょうか。ほら、陽子も座って?」
「ん、うん」
美沙希が二人の前に一つ、新たに椅子を置いた。その席に、西村が座る。
「そうだーそうそう。陽子、なんか今度はあの男子と仲良くしてるんだって?」
「えっ?」
「誰が流した話だか知らないけどさぁ、ちょっとあり得ない話だと思ったから聞いてみたんだけど」
千鶴が窓枠に肘を置き頬杖を突く。どうやら、また変な噂が流れているようだ。一体誰が面白がって噂をしているのやら。
「それは・・・まぁ、最近は少し話したりはしてるけど・・・」
「えぇ?ホント?前はあんなに嫌ってたじゃん。どうしたのさ」
「うーん、話してみて、別に悪い人じゃないんだなぁって感じて。それから、ちょくちょく話しかけてるかな」
「でもその人、あまりいい噂聞かないよ?中学の時に、先生と大ゲンカしたとか聞いたことがあるわね」
隣で足を組みながら、美沙希が言った。
「あいつが?そんな人には見えないけど・・・」
「ふぅん・・・普段、どんな会話するの?」
千鶴が問う。
「話っていうか・・・私が一方的に話して、あいつが『ああ』とか『そうか』って返事するだけ。ほとんど一方的な会話、かな」
「え、それだけ?それ会話って言わなくない?」
「そうかもしれないけど・・・。でも、ちゃんとあいつだって、はいとかいいえって自分の意見は伝えてくれるから、コミュニケーションとしては成り立ってると思うよ。捻くれてて変な人だけど、悪い人じゃないよきっと」
「ふふっ、陽子が言うなら、そうなのかもね」
ふと、美沙希が楽しそうに笑った。
「どういうこと?」
「だって陽子、自分から積極的に男の子に話しかけたことなんて、一度もなかったでしょう?中学の時だって、恋愛には全く興味が無かったって、香苗から聞いているわ」
「それは・・・間違っては無いけど」
「それにね。間宮君、だったっけ?あんな感じの子に陽子が必死になるの、なんだか分かる気がするの」
「どうして?」
「陽子はお節介だもの。困ってる人とか、落ち込んでる人をすぐに助けたがるじゃない。他人の嫌なことを、まるで自分の事みたいに悩んで困って。今回だって、きっとそんな感じなんでしょう?」
「それはまぁ・・・否定はできない、気がする・・・」
―似たような事、こないだお姉ちゃんにも言われたなぁ・・・。
彼女だけではなく、友人にでさえ言われてしまったら、きっと自分はそんな性格をしているんだと思う。あまり自覚はないが。
「あははっ、確かにそうかもっ!陽子、こないだも小学校の友達の悩み解決したんでしょ?」
「えっ?それ、誰から聞いたの?」
「香苗からだよー。なっちって子だっけ?その子と男の子を復縁させたって言ってたよ?」
話ながら、千鶴がニコニコとしている。どうやら、彼女が面白可笑しく話を捻じ曲げてくれたらしい。後で、一喝しておかなくては。
というか、彼女の人間関係は一体どこまで広いんだ?クラスも離れている美沙希や千鶴と、普通なら話す機会なんてないはずだ。どこで出会い、どのようにコミュニケーションを取っているのか。彼女の器の大きさと行動力を疑う。
「まぁ確かに、復縁させる手伝いはしたけど・・・私はホントに、ちょっとしかしてないよ。私よりも、もう一人の友達のほうが色々してくれから・・・」
「美帆って子だっけ?中学の友達なんだよね?」
「そ、そこまで聞いてるの・・・?」
「ふふっ、香苗は色んな人と、色んな事を喋るからね。ある意味尊敬しちゃうわね」
「そうだねー」
二人が肩を震わせて笑っている。自分としてはあまり面白い話ではないのだが、まぁとりあえず並んで笑っておこう。
「ごめん遅れたー」
ガラッと教室のドアが開かれる。中に入ってきたのは、もう二人のメンバーである奈緒と結だった。
「お、二人とも来たねー。それじゃあ、始めよっか。よっと」
千鶴はそう言うと、椅子から立ち上がり大きく伸びをした。上着の下に何も着ていないのか、腹が少しばかり顔を出している。
「さて。じゃあみんな、並んで座りましょう。真ん中に集まりましょうか」
美沙希は椅子を持つと、そのまま教室の真ん中にゴトンと椅子を置いた。それにならって、他のメンバーたちもその周りに円になるように椅子を置く。全員が椅子に座ったことを確認すると、リーダーの美沙希が口を開こうとした。
「それで?リーダー。なんで集まったの?私ホントは、みんなでファミレス行く約束あったんだけど」
それを遮るかの如く、奈緒が面倒くさそうに座りながら、彼女に問うた。
「ごめんなさいね、奈緒。私も水曜日に呼びかけようか迷ったんだけれど、千鶴に頼んで、みんなに今日集まるよう呼びかけてもらったの。早いほうが、いいと思ってね」
「美沙希ちゃんが呼び出すなんて珍しいね」
メンバーの中で唯一、彼女の事をちゃん付けで呼ぶのは結だ。前に相談されたことがあるが、結は彼女に苦手意識があるらしい。理由は分からないが。彼女はテナーサックスの担当だ。
「そうね。急に呼び出したのは、本当に申し訳ないと思うわ」
「前置きはそんなにいいからさー。早く本題入らない?」
相変わらず気怠そうに話す奈緒は、メンバーでも目立って適当な性格だ。彼女に至っては、西村が苦手としているタイプでもある。彼女はベースを担当している。
「そうね。そうさせてもらうわね」
一呼吸置いて、美沙希が話し始めようとした時。またもやそれを遮るように、急に向こうのドアがガラッと開いて、外から一人の男性が教室に入ってきた。それは紛れもなく、冒頭の話題に出た、タッキーこと滝川先生だった。
「あ、いたいた。ごめんね、話の途中に。千鶴、向井むかい先生が『あいつだけ課題もらってない』って怒ってるんだけど、今出せるか?」
「えぇ!?私、ちゃんと出しましたよ?先生からオーケーも貰ったはずですし!」
「あれ?そうなの?おかしいなぁ、でも向井先生が呼んでるから、直接言いに行ったほうがいいかもしれないね」
「ちぇー、しょうがないなぁ。ごめんね、みんな。先に話してて!すぐに戻ってくる!」
元気よく椅子から立ち上がると、急ぎ足で音楽室を出ていってしまった。彼女はメンバーの中でもアウトドア派で、中学ではテニス部だったらしい。あの活発さはきっと、そんなところからきているのだと思われる。彼女はドラム担当だ。
「あははは・・・。まぁしょうがないわね。先に始めましょう」
「大丈夫なの?」
西村は問うた。
「一応、千鶴も内容は知っているから。問題はないわ。それに、すぐに戻ってくるでしょうし」
丁寧な喋り口調で、人柄もよく人望も厚い。美沙希は確か、どこかのそれなりにお偉い人の娘らしい。それを聞いたのはだいぶ昔で、あまりにも今更聞き返すのも何なので、改めて聞けずに結構困っているというのは、内緒である。そんな繊細なイメージの彼女は、ピアノの担当だ。二歳の時から、ピアノを触っていたのだという。彼女のピアノは、聴いていてとても癒される。
そしてアルトサックスを担当する西村。この五人が、西村が所属している、リトルアンジュだ。フランス語で、小さな天使である。数年前にこのチームを立てた先輩たちから引き継いだこのチーム名を、どうにかして後輩に受け継ぎたい気持ちは山々なのだが、どうにも今年の後輩には、あまり響いていないらしい。そのために、今年の文化祭が、最初で最後の山場だと思っている。
確か、裕人も部活存続で忙しいと言っていた。自分も同じ立場であり、あまり彼に強く言えないのが現状だ。彼の元には既に、後輩がいると聞いている。自分も頑張らなくてはいけない。
「さて、それじゃあ話すわ。今日みんなに集まってもらったのは、一つ知らせたいことがあるからなの。これは、みんなそれぞれ良い知らせか、悪い知らせか分かれるかと思うわ」
美沙希がみんなを見回す。特に質問が無いと分かると、そのまま美沙希は続けた。
「実は先週、校長室に呼ばれたの。内容は、文化祭のフィナーレで演奏する曲のリクエストだったわ」
「・・・え、それだけ?」
奈緒が驚いた様子で美沙希に問う。きっと、予想していたことと全くの逆方向だったのだろう。自分も、もっと凄いことかと思っていたから、言いたいことは分かる。
「それだけよ。ただ、それだけじゃないの」
「どういうこと?」
結が首を傾げる。
「・・・ジャイアント・ステップスって、みんな知っているかしら?」
「あっ、聞いたことあるよ。コルトレーン・・・チェンジ、だっけ?なんか、難しい曲だよね?」
咄嗟に西村は、思い浮かんだ言葉を発した。確かジャズの曲でも、難しさはトップクラスだったはずだ。
「そう。ジャズの中でも、難しいとして有名な曲なの。ある程度アドリブすれば大丈夫でしょうけど、難しい曲には変わりないわ」
「えー、そんな曲ホントにやるの?」
いつにも増して奈緒の表情が暗くなる。これは、かなり不機嫌な証拠だ。ただでさえ予定を潰されているのだ。無理もあるまい。
アドリブとは、その曲のコード進行に、改めてフレーズを作ることだ。即興で演奏することと間違われることが多いが、決してそういう訳ではない。もちろん即興で演奏することも無い訳ではないが、アドリブはアレンジと表現したほうが分かりやすいかもしれない。
「だから、みんなに意見を聞きたいの。とりあえず、先に聴いたほうが分かりやすいわ」
美沙希はカバンの中から一枚のCDケースを取り出すと、正面の白板の隣にあるCDレコーダーに入れて、それを再生した。
曲が流れだす。冒頭から、テナーサックスらしき音の低い響きが流れ出した。
「・・・やけに早いわね」
椅子の上に右足を立てて、その上に頬杖を突いて聴いている奈緒がぼやいた。始まりを聴く限り、かなり曲のテンポが速い。
「これ、テナーだよね?わ、私にできるかなぁ・・・?」
同じく隣に座って聴いている、結が不安気に呟いた。
「この曲は基本的に、テナーが主役になるわ。途中ピアノがメインになるけれど、テナーとベースは特に大変だと思う」
壁に寄りかかりながら美沙希が三人に話しかける。いかにも様子をうかがっている様子だった。無理もないだろう。
―でも・・・おかしいな?いや、後からくるのかな?
西村はその曲名こそ知っていたものの、実際に曲を聴いたことは一度もなかった。そのため、どんな曲なのか。どんな楽器で演奏されているのか。全く知らないのだ。そんな中で、西村は聴きながら一つの違和感を抱いていた。
曲が終わる。みんな口を開かずに、美沙希がCDレコーダーを開く音だけが聞こえた。
「こんな感じよ。どんな感じなのかは分かったわね?・・・それでね。一番意見を聞きたいのは・・・陽子。あなたなの」
CDケースにCDを仕舞いながら、美沙希が言った。そんな彼女に、西村は抱いていた違和感をぶつけてみる。
「・・・この曲、アルト無いよね?」
「そう。ジャイアント・ステップスには、基本的にピアノ、ドラム、ベース、テナーサックスが入るのよ。ただ、アルトサックスは入らないの」
「やっぱり・・・」
「アルトでも、結と交代で入れば何とかなるでしょうけど、一番大変だと思うわ。だから、一番陽子に意見を聞きたいの」
「うーん・・・そうなんだ・・・」
「ただ、これをみんなで上手くできるようになれば、大会にも持って行けると思うの。大変な道のりになるとは思うけど、どうかしら?みんな」
美沙希がみんなを見渡す。西村は、隣に前に座っている二人を見た。彼女たちも同じ心境のようで、口を開けずにただただお互いの顔を見合わせていた。
「私はやる気だよ!」
唐突に、音楽室の入り口から声がする。どうやら、千鶴が戻ってきたらしい。ドアは開きっぱなしだったため、会話も聞いていたのだろう。
「あんたね!ドラムが一番簡単に決まってるじゃない!一番結が大変だってのに、本気で言ってるの!?」
中に入ってきた千鶴に、奈緒が立ち上がって声を荒げる。彼女はメンバー内で、特に結と仲が良い。そのせいもあって、庇っているのだろう。結はあまり自己主張しない大人しい性格だから仕方がない。
「私は本気だよ。だから、こうやってみんなを呼んだの。っていうか、美沙希だって、やりたいって思ったから、校長先生のリクエストを呑んでみんなを呼んだんだよ?流石にこんな難曲、私達二人だけで決められないからね」
「・・・美沙希、そうなの?」
「・・・そうよ。私は、三年生最後に。みんなとの最後の曲に、この曲をやりたいと思った。どうせなら、大変な道を選んだほうが楽しいでしょう?」
「あのねぇ・・・!」
「あ、あの・・・」
奈緒が言いかけたところで、座って話を聞いていた結が声をあげた。
「美沙希ちゃんがやりたいって言うなら・・・私、頑張ってみるよ?」
「で、でも結!」
「確かに難しい曲だけど・・・みんなとの最後の曲だもんね。どうせなら、頑張ってみようよ?ね、奈緒?」
「うぅ・・・」
結が奈緒に微笑みかける。その表情に打たれたのか、奈緒はさっきまでの勢いを失い、そのまま黙り込んでしまった。右手を額に当てながら、悩んだ様子で椅子に座る。どうやら、悩んでいるのは奈緒のほうみたいだ。彼女はしばらく考え込んでいると、はぁっと苦笑いを浮かべて、一言「分かったよ」と口にした。
「ありがとう。後は・・・陽子。どうかしら。一番大変だと思う、陽子に任せるわ」
再び美沙希が西村に問うた。だが、ここまできたらもう、気持ちは決まったようなものだ。
「いやぁ・・・みんなが決心したなら、私だってしないとね。うん、やろう!みんなで創る、最後の曲!」
西村が言い切ると、皆が微笑みを返してくれた。どうやら、みんなの気持ちは決まったらしい。
「決まりね。・・・かなり難しい曲よ。練習を重ねないといけないわ。明日から、早速練習に入りましょう。中間テストと重なってしまうけれど・・・そこは各々、両方両立できるように努力すること。くれぐれも、赤点を取って練習時間を削ぐことはしないこと。いいわね」
美沙希の忠告に、皆の顔が引き締まる。そうだ、今月末にはテストもある。それにつまづいてはいけない。これから、きっとかなり辛い練習になる。本番である文化祭まで、一ヶ月と少しだ。それまでに、せめて全員で合わせられる程度にまで作らないといけない。
「じゃあ、今日はこれで解散。明日の放課後・・・いや、昼休みからある程度の準備を始めましょう。そうじゃないと間に合わないわ」
「オッケー、じゃあそういう事でみんな頑張ろう!」
一歩前に踏み出し、千鶴が右手を前に出す。すぐにそれが何か分かったらしい美沙希と結は、その上に右手を置いた。
そういう事か。遅れて奈緒と西村も、その上に手を添えた。
「よーし、絶対あの曲を演奏できるようになろう!打倒!巨人だ!おー!」
「え?お、おーう!」
千鶴の掛け声に、ワンテンポ遅れて、みんなが円陣を組んだ手を掲げた。ジャイアントステップス。巨人の歩み。それから取ったのだろうが、少し分かりづらかったのは言うまでもない。
「それじゃ、私は先に帰るから。また明日ー」
「あ、待ってよ奈緒ー」
会議が終わるや否や、何やら急ぎ足で奈緒が音楽室を出ていった。それを追いかけるように、結が教室を出ていく。
「鍵どうしよっか。誰が行く?」
千鶴がピアノの上に置かれていた音楽室の鍵を手に持って、残った美沙希と西村に問うた。
「じゃあ私行くよ。二人は来るときに行ったんだろうし」
「ホント?じゃあ陽子、お願いね。ありがと」
西村は千鶴に向かって、右手を差し出した。その手に、千鶴がそっと鍵を渡す。
「それじゃあ、陽子。私達もこれで。また明日会いましょう」
「またねー陽子」
「うん、またね」
音楽室の前で二人と別れると、しっかりと音楽室の鍵を閉めて、西村は職員室へと向かった。
―あんなこと言っちゃったけど・・・どうしよう、大丈夫かな?
他のみんなは、ちゃんと元のフレーズがある事に比べて、自分にはコード進行しか今のところ素材が無い。まずは、結と相談して、アドリブをある程度組み込んでいかなくてはならない。一番大変な役を引き受けてしまった。
―いや・・・やるんだ。明日から、頑張らなきゃ。新しい挑戦を掲げたチームメイト全員で、必ず乗り越えるんだ。
新たな挑戦を目の前に、西村は一つ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く