Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.7

6月某日

どうやら、関東は昨日梅雨入りしたらしい。昨日は唐突な雨のおかげで、濡れながら帰るハメになり、お気に入りの服がびしょ濡れになってしまった。
今日の降水確率は二十パーセント。運が悪くない限り、雨が降ることはないだろう。安心した佐口は今日も、傘を持たずに学校へと向かった。
その日の放課後。佐口は帰り際、愛海に声をかけられた。
「ねぇ、璃子ちゃん」
「うん?」
「今日さ、これから遊べる?」
「ああ、大丈夫やけど」
「じゃあさ。今日は私が大好きな場所に連れて行ってあげるよ!私と明日香あすかちゃんしか知らない場所!」
「なんやそれ。そんな場所があるん?」
「うん!今日は明日香ちゃんと二人でそこに行くの!よかったら璃子ちゃんも行こ?」
「ふぅん。楽しそうやな。分かった、行こか」
「うん!」
佐口は愛海に誘われると、同じクラスメイトの明日香の二人に連れられるがままに、学校の裏へ出て十分程を三人で歩いた。見えてきたのは、学校の正面方面からは想像がつかないほど深い、木々が生い茂る森であった。
「へぇ、学校の周りは建物多いのに、こっちまで来ると森なんやな」
「そうだよ。あんまり車通りも少ないから、ほとんど人も来ないんだ。学校から向こうは駅とか商店街とか色々あるけど、こっちから先は山だからね。夏は森林浴とか気持ちいいよ」
肩ぐらいまでの髪の長さで、前髪をぱっつんにしているのが印象的な明日香が言った。
「森林浴?森を見るんか?」
「そうだよ。草の上に座って、セミとか虫の声とか、森の音を聞くの。日陰だから夏でもそんなに暑くないし、ゆっくりできるんだ」
「へぇ、ええな。ほんなら、今度の夏みんなで行こか」
「うん!約束だね!」
三人が微笑み合う。そのまま一行は、更に森の奥へと入っていく。深部に入っていくにつれ、足場も悪くなってきている。少し、慎重に歩こう。
「・・・った!?」
そんな矢先。佐口は右の足首に、突然痛みを感じた。
しゃがみ込んで足首を見る。どうやら、木の枝か何かで切ってしまったらしい。だが、傷はそれほど大きい訳でもない。少し無茶しなければ、すぐに治る程度だ。
「璃子ちゃん?どうしたの?・・・あ!足切っちゃった?」
愛海が前にしゃがみ込んで足を覗いた。その横で、明日香が心配そうにこちらを見ている。
「ああ、平気や平気。このくらい、放っておけば治るよ。気にせんといて」
「で、でも・・・。あ!そういえば、この近くに川があったよね?そこで傷口を流そうか。大丈夫?歩ける?」
「大丈夫やって。そんなに大したことじゃないし。でもまぁ、血を流すくらいはしといたほうがええな。そっちの川のほう、行ってみよか」
「うん!こっちだよ!」
多少痛む右足にムチを打ちながら、佐口は愛海に連れられて、近くにあるという川へと向かった。
「なんか、この辺の地面湿ってるね」
明日香が呟く。
「昨日雨降ったからね。この辺は木が多くて日陰だから、乾ききってないんだと思うよ」
「そっかぁ。じゃあ、気をつけて歩かないとね」
「そうだね。もうすぐ着くから、璃子ちゃん頑張って」
「おう、ありがとな」
数分程歩く先に、その河原は見えてきた。上流から小さい滝のように水が落ちている。この場所で、夏にバーベキューとかも楽しいかもしれない。そんなことを思わせるような、美しい場所だった。
「あちゃー、雨のせいで少し水が激しいね。どうする?」
明日香が河原の大きな岩の上に乗る。彼女の言う通り、確かに水の流れは激しい様子で、下手に落ちれば、女性なら流されてしまいそうだった。
「うーん、少し下に行けば、小さい湖があったはずだよ。そこまで行ってみようよ」
「そうだね」
愛海と明日香は二人で話し合うと、璃子に「付いてきて」と一言告げて、歩きだそうとした。
「あっれー、川村に沢野さわのじゃん。あ、でかい木もいたか」
その時。どこかで聞いたことがある声が背後から聞こえてきた。三人はほぼ同時に、声が聞こえた後ろを振り向く。
「あっ!宇佐美君・・・」
小さい身長のくせに、言葉だけは大きい態度の彼。突然の彼の登場に、愛海が身を小さくして俯いた。
「宇佐美君!みんなも!何でここにいるの?」
彼女の様子を見た明日香が、代わりに彼らに問いかける。目の前には、宇佐美を含めた同じクラスメイトの男子たち六人が、こちらを見て立っていた。
「っていうか!でかい木ってなんや木って!」
思い出したように、佐口は彼に怒りの声をあげた。
「うるせぇな。でけぇんだから同じだろ。それよりも、何でここにいるってこっちのセリフなんだけど」
「それは・・・ちょっと森を見に行こうって、三人で来てたんだよ」
明日香は分が悪そうに、少し言葉を考えている様子だった。どうやら、自分を連れて行こうとしていた場所は、誰にも知られたくないらしい。
「ふーん。まぁいいけどよ。つーかよ、どうせだしお前らも一緒にやるか?鬼ご」
「鬼ご?」
佐口が問う。
「ああ?鬼ごっこだよ鬼ごっこ。どうせ暇だろ?」
面倒くさそうに宇佐美が足元の石を蹴った。愛海と明日香は、どうすればいいか迷っている様子で、お互いに顔を見合っていた。
「ウチはええで?」
「えっ?璃子ちゃん?でも、足が・・・」
愛海が佐口の足を再度見て呟く。
「大丈夫やって。これくらい、平気やんね。それよりも、人の事をでかい木扱いされたのが気に食わんね」
「そ、そう・・・?」
「決まりだな。じゃあそこのでかい木。怒ってそうだから、お前鬼な」
「ああ!?あんた、とことんイラつくな!ええで、さっさととっ捕まえてやるやんね!」
「オーケー。範囲はこの川からこっち側。向こう側は禁止。タッチされたら十秒間立ち止まること。タッチ返しはあり。隠れるのは禁止。これでいいよな?」
「構わんよ。二人も、大丈夫?」
不安そうに会話を聞いていた二人に問いかける。彼女たちは小さく「う、うん」と頷くと、佐口から一歩、引き下がりながら、背負っていたランドセルをその場に置いた。その様子を見て、慌てて佐口もランドセルをその場に下ろす。
「んじゃ、最初の鬼は二十秒な。そこからスタートで。時間は辺りが暗くなるまで。んじゃ、スタート!」
宇佐美の掛け声とともに、宇佐美とその他男子共はそれぞれに散っていった。一方、愛海と明日香は恐縮そうにしながら「ごめんね、璃子ちゃん」と告げて、二人で自分から離れていく。
―よっし。さて、あのアホはどっちに行ったかな・・・。
二人がいなくなったことを確認すると、佐口はまず、男子共が走って行った方向へとゆっくり走った。
―――――。
周りを見渡す。先程まで沢山人がいたことが嘘のように静まり返っており、ただただ虫が鳴く声だけが耳を通る。
―おっかしいな。こっちのほうに行ったはずなんやけど・・・。
何処を見ても木、木、木。緑色をした、背の高い生き物ばかりが目に入る。どこにも肌色した細くて小さい生き物は見当たらない。
ガサッ。
「おい、バカっ!」
どこからか声が聞こえた。どうやら、誰かがいるらしい。
「そこにおるん?」
声をかけてみる。しかし、一向に姿は現れ出ない。声の時点でバレバレなのが分からないのか。ゆっくりと、逃げられないように音のしたほうへと近づく。二本の大きな木が重なり見える木の裏まで来てみれば、そこには男子が二人、「やばい」といった顔でこちらを見た。
「ああ、あんたら。宇佐美のアホは知らん?ウチ、あいつしか捕まえる気ないから」
「あ、ああ!?悠介?えっと・・・多分、あっち」
一人の男子が、右の方角を指差す。佐口は「あんがと」と伝えると、そのまま彼らに教えられた方向へと走った。
―しっかし、よくもまぁこんな森の中で鬼ごっこなんてやる気になるもんやな。見つけるのも大変やわ。後で見つけたら、一発ホントにかましてやろか。
心の中で彼に愚痴を呟きながら、佐口は辺りを見渡す。
相当歩いた。きっと、二十分程歩いたのではないか?そろそろ、誰とも会わなくて飽きてくる。みんな、逃げるのが上手いのか、それとも自分の土地鑑の無さが原因か。思い返せば、今日初めてこの森に来たのだ。道が分からなくて当然である。
「っ・・・!」
木々の隙間から、オレンジ色の眩しい夕日が目に映る。とっさに目を細め、そのまま歩き続ける。何やらこの奥は、木が生えていないみたいだ。ちょっとした広場になっているのかもしれない。ぼんやりと考えながら歩む。
「うわぁぁあ!?」
その時。前に出した右足の足元が崩れ、突然宙に浮いた。思わずビックリして、後ろに尻もちをつく。
―な、なんや・・・?
恐る恐る下を覗く。どうやら、崖になっているみたいだ。ここから数メートル先に陸の続きがあり、穴を挟むようにして佇んでいる。思い切りジャンプして、届くか届かないかのギリギリの距離だ。
穴を見落として歩いていたらしい。危うく落ちるところだった。ここから下までの高さは大体、学校の二階から下を見下ろすより少し高い程度だ。最悪、頭を打たなければ平気な高さだろうが、軽傷では済まされないだろう。夕日が見えたのは、このせいだったらしい。
―しょうがない・・・戻るか。
尻の砂をはたき落としながら立ち上がる。まだ緊張している胸の鼓動を落ち着かせながら、歩き始めた。
「あっ」
前方から声がする。その声に、すぐさま佐口は反応した。紛れもなく、今まで探していたあの、名前がうから始まる憎い奴だった。
「ああーー!見っけた!逃がさんよ!?」
「おぉ!?よっと」
咄嗟に突進する佐口に驚きながらも、宇佐美はそれを軽々と避けてかわす。そのまま、先程の崖の先まで退いた。
「ほら、こっちまで来てみろよ?この先は崖だぞ?」
「知っとるよ!さっき落ちそうになって、危なかったんやからね!?」
宇佐美がヘラヘラと憎たらしく煽っている。だがあそこへ行ったら、下手したら落ちてしまわないだろうか?佐口は思わず、進む足を止めた。
「お?どうした、怖くなったか?そうだよなぁ、女の子だもんなぁ。変な事したくないよな。お?じゃあ俺、ここにいれば最強じゃね?」
「ズルいなあんた!そうやってズルしてると嫌われるで?」
「うるせぇな。お前には言われたくねぇよ。そーんなでけぇ体してさ。あ、あれか?どっかの国の・・・マントで牛避ける奴。あの牛だろお前」
「ああ!?もういっぺん言ってみぃ!?もういい!行ってやる!」
彼の煽りで怒りにとらわれ、思わず佐口は彼に突進した。それを、彼は軽々と避けてしまう。そんな彼を追いかけようと、右足を地面に滑らせた時だった。
「あ、おい?」
「えっ?」
先程傷ついた、右足首が再び痛みを催す。
しまった!そう思った時には既に時遅し。佐口の足元の地面が、衝撃で削れて、そのまま佐口の身体は重力に従い落ちていく。何か掴む者を必死に探したが、手はズルズルと引っかかること無く流れ落ちた。
崖から落ちる瞬間。咄嗟に、彼が手を差し伸べたような・・・気がする。
「・・・ぃ!」
何かが聞こえた。そんな気がしたまま、佐口は暗闇に放り込まれた。

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