Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Another.2

20×7年 5月ゴールデンウィーク最終日前日

―久しぶりだなぁ。この町も。相変わらず、何も変わってないや。
三年ぶりにこの町に来た。前に住んでいた時と変わりはなくてホッとする。
今までは、北海道の知り合いの店で修行を積んでいた。方言だとか、温度差。冬は雪への対処など、最初は本当に大変だった。それでも、やりたいと思ってきた仕事だから後悔はない。お店のみんなも優しくて、それなりに楽しく過ごせていた。
でもやっぱり、上を目指すなら目指していきたい。皆との別れを惜しみながらも、来年から東京で仕事をしていくことを目指して、今日からしばらく、地元で過ごすことになった。
そんな中だ。年の離れた姉から、「帰ってくるなら寄りなさい。歓迎するわ」との声がかかった。そういえば、前に会ったときから、彼女たちともう二年も会っていない。一度だけ、旅行がてらにこちらに顔を出してくれた時以来だ。まだ知り合いも少なかった時期だったから、本当に嬉しかったことをよく覚えている。
―二人とも、元気にしてるかなぁ。
七瀬葉月ななせはづきは、少し緊張する胸を押さえながら、その家のインターホンを押した。
少ししてガチャッとドアが開くと、懐かしいその顔が、無邪気な笑顔で抱き着いてきた。
「おかえり!葉月お姉ちゃん!」
「おぉー、っはは。ただいま、陽子」
姉の娘である西村陽子は、昔と変わらないあの笑顔で笑っていた。

「ホント、髪型がバッサリ違うから驚いたわ。昔はあーんなに『長いと邪魔だから』とか言って、男の子みたいに短かったのに、久々に見てみたら見違えるくらい伸ばしてるんだもの」
向かいに座る姉が微笑む。彼女も相変わらず、変わっていないようだった。
「向こうの人に言われちゃってさ。『一度も彼氏ができないのは、七瀬が女らしくしてないからだ』って。僕、その時頭きちゃってさ。『だったら髪を伸ばしてやるよ!』って言って、そこから伸ばし始めたんだ。最初は邪魔だったけど、案外似合ってるでしょ?」
「ふふっ、そうね。でも、相変わらず自分の事を『僕』って言うのは、変わらないのね」
「それはまぁ・・・小さい時からこの呼び方だからさ。今更『私』なんて言えないよ。それに、世間では『僕っ子』なんて言われて、結構貴重なんだよ?」
「そうなの?最近の世間って、変わってるのね」
目の前に出されたコーヒーを啜る。そんな呑気に会話をしていると、風呂から上がってきた西村が、リビングへとやってきた。
「あ、陽子。陽子も、一緒にお話する?」
「もちろん!話したいこと、沢山あるんだ!」
「じゃあ、その間、私がお風呂入ってるわね。それとも、葉月が先に入る?」
姉が椅子から立ち上がりながら問うた。
「ああ、僕は最後でいいよ。いつも夜まで仲間たちと飲みに行ったりしてたから、夜には慣れてるんだ」
「そう。分かったわ、じゃあお先に」
姉と交代する形で、西村が葉月の前に座った。前と変わって、だいぶ女らしくなったと思う。スリーサイズを聞いてみたいくらいだ。そんな事を考えていると、早速彼女が口を開いた。
「っていうかお姉ちゃん、結局彼氏できたの?」
「えぇ!?まずそこから聞く?」
「だってお姉ちゃん、『北海道で牧師の彼氏を作るんだー』なんて、変なこと言ってたけどさ。牧師じゃなくとも、一度くらいはできた?」
「あ、あはは・・・それはまぁ・・・飲み友達くらいはね」
「もぉ、そんな事だろうと思った。でも、年齢イコール彼氏いない歴、かぁ」
「ギクッ・・・」
「っていうか、今年で幾つだっけ?」
「八月で二十七になろうとしています・・・」
「はぁ、心配だなぁホント。まぁ、私も人のこと言えないけどね。好きになった男の子はいるけど、その子はもう彼女持ちだし。私もお姉ちゃんみたいになっちゃうかなぁ」
「ぼ、僕を悪い例みたいに言うのはやめてくれ・・・」
彼女の一つ一つが胸に刺さる。彼氏が欲しいことは山々なのだが、どうにも本気で好きになれる人が見当たらないのだ。理想が高いというのも自覚はしているが、それでもいい加減結婚も考えないと、マズい時期に差し掛かってきている。
「それで?仕事のほうはどうだった?楽しかった?」
「仕事はもちろん楽しかったよ。最初は難しかったけど、レジ打ちもできるようになったし、ある程度洋服も売れるようになったし。いい感じだと思うな」
「へぇ。アパレル店員だよね?凄いなぁ」
葉月は三年間、知り合いの店でアパレル店員の仕事をしていた。最初はお誘いを受けて、一年間だけアルバイトをさせてもらおうと思っていたのだが、思った以上に楽しくて打ち解けていった。九ヶ月ほど経ってから、正社員に是非なってほしいと抜擢され、そこから今まで新人正社員として、働いていたのだ。自営業の小さい店というのもあったが、あれは思わぬ収穫だった。どの道やりたいことを見つけられてよかったと思う。
「でも、アパレルって一日中歩き回ってるって聞くよ?ファッションセンスも大事だって聞くし・・・お姉ちゃん、手術して退院してから、一年して行っちゃったけど、大丈夫だったの?」
「それは、まぁ・・・」
約五年前。葉月は子宮頸癌しきゅうけいがんを患った。ステージもかなり進んでおり、五年生存率は約六十パーセントとも言われていた。それでも手術は成功し、半年で退院して、休んでいた分の大学の単位を急いで取得した。一年だけ留年になってしまったものの、それなりに頑張ったほうだと思う。
だが、約一年ほどの入院生活のせいで、かなり体力の衰えはあった。次の一年でそれなりに体力を取り戻しつつある自信はあったものの、向こうに行ってから最初の数ヶ月は特に酷かった。仕事に慣れずに、週に数度は体調を崩し、思わず寝込んでしまったこともしばしばあった。店長には何度も怒られたが、それでもめげずに、昔バイトで磨き上げた、持ち前の接客術を存分に生かして、売り上げを伸ばしていった。今考えれば、本当に無理をしていたと思う。
「最初は辛かったけどさ。でも僕、人と話すこと好きだから。それを生かして、なんとか頑張ったんだ。おかげで今までやってこれたし、これからも頑張ろうって思ってるよ」
「へぇ。いいなぁ、大きな夢があって」
「陽子は、進路はもう決まってるの?」
葉月が問うと、彼女はうーんと小さく唸った。
「うーん・・・音楽には関わりたいと思ってるんだけど、大学に行くか、専門学校に行くか悩んでる」
「そっか、そうだなぁ。大学は、勉強さえちゃんとしていれば、自由な時間は沢山ある。陽子だったら、その時間に音楽の勉強をできると思うけど。でも、人と関わることが滅多にないから、自分から積極的に関わっていかないといけない。専門大学は、ホントに忙しいって聞くね。勉強も難しいし、自由な時間もそれなりにしかないって。でも、同じ夢を目指している人たちだから、すぐに友達はできるって聞くよ」
「うーん、それを聞いてますます分かんないよ・・・」
「それなら・・・陽子は、楽器を弾くのが好き?歌うのが好き?それとも、裏で関わるのが好き?」
「えっ?その中なら・・・楽器を弾くこと、かな」
「なら一度、色んな専門学校を見てみるといいよ。入ってからは厳しいと思うけど、大学より音楽について学べると思うし、何より仲間が見つかると思う。大学じゃあ、勉強しながら仲間探しなんて、難しいからね。僕が留年した一年間は、友達と呼べる人はホントにいなかったから。これでも、寂しかったんだよ?」
「そうだったんだ。お姉ちゃんが一人なんて、珍しいね」
「だろ?大学は授業も自分が受けたい授業を受けとけばいいから、いつも一緒に受ける人なんて限られてるし。その人が僕と気が合わなかったらダメだし。そもそも大体の人が年下だからさ。偶に見る後輩と、ちょっとだけ話すくらいだったね。お昼も一人で食べて、授業が無い時間は図書館で時間つぶし。その後のバイトのほうが、よっぽど楽しかったよ。本気で音楽に関わりたいなら、大学は僕はお勧めしない、かな」
「そっか・・・うん、じゃあ少し専門学校で考えてみるよ。ありがと、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
「ところで、お姉ちゃんは家にいつまでいるの?」
西村が話題を変えて問うた。
「うん?そうだなぁ。しばらくはこの町にとどまるつもりだけど、まずは部屋を見つけないといけないし。その間だけ、この家に居候いそうろうさせてもらおっかな」
「ホント!?やった!じゃあ、まだお姉ちゃんといられるんだね!」
「あれ、そんなに嬉しいの?」
「嬉しいよ!だって、私お姉ちゃんのこと大好きだもん!」
「おお?やっぱりおっかしいなぁ。こっちでも向こうでも、女の子ウケはいいんだよなぁ、僕。なのに男の子は寄ってこない。不思議だと思わない?」
「んー、それはどうなんだろうね。私も女だから、男の子の気持ちはよく分からないや」
「で、俺をお呼びだと?」
ふと、リビングの入り口にいつの間にか立っていた兄が、話に割って入ってきた。どうやら、今帰ってきたらしい。
かける!元気だった?」
西村の兄、翔に葉月が手を振りながら挨拶した。その様子に、半ば彼は呆れている。
「あのなぁ・・・姉ちゃん。せめて俺より年上なんだから、それらしくしてくれよ」
「えー?翔、今年で幾つだっけ?」
「大学四年。今はもう就活が始まってんだよ。今月末と来月には面接がいくつもあるし、単位も取らないといけないし。もとより、始めから勤め先がなんだかんだ決まってた姉ちゃんと違って、俺は忙しいの」
「そっかぁ、翔もそんな歳になってしまったか・・・姉さんは少し複雑だよ・・・」
「おいおい・・・」
葉月はうんうんと、感心するように頷いた。そんな様子の葉月に、翔は何も言えないようだった。
「まぁそれで?さっきの話だけど。どうせまた、彼氏ができないーみたいな話してたんだろ?姉ちゃんの場合は、まずその『僕』って一人称をやめたほうがいいと思うよ」
翔が西村の隣に座る。こう二人を並べて見ると、やっぱり少し顔の目元と口元が似ている。どちらかといえば、二人とも姉似なのだろう。
「やっぱり?それ、向こうの飲み友達にも言われたんだよねぇ。でも、僕はこの『僕』っていうのやめないよ?だって、可愛いじゃん?」
「はぁ・・・もう、好きにしてくれ」
「あ、あはは・・・」
呆れる翔に、苦笑いの西村である。こうも鈍い反応をされると、こちらとしてもだいぶ困る。
「あーあ、早く僕にも現れないかなぁ。愛しの王子様。なんちゃって」
「ないない。姉ちゃんに限ってそんな事、絶対」
「むー、なんでそう言いきれるのさ」
「だって、姉ちゃん。顔はそれなりのくせに残念系女子だもん」
「ざ、残念系・・・」
―い、今までで一番グサッときたぞ・・・。これは・・・。
「痛い・・・痛いぞ翔・・・今の言葉は痛いぞぉ・・・」
「ほら、そういうとこ。もう少し女らしくしてみたら?そこは陽子だって思うだろ?」
「え?んー・・・まぁ、ちょっとだけ」
―ちょっとだけ・・・。このちょっとだけは、絶対思ってたやつじゃん・・・。
うぅ、と唸りながら、葉月はテーブルに顎を乗せた。ふと、てへへと可愛らしく笑っている西村を下から見上げる。うぬ、これはいい景色である。
「・・・ちょっ、お姉ちゃん?どこ見てるの?」
すかさず西村が腕でガードするように身を守った。惜しい。非常に惜しかったのに。
「いやぁ、成長したなぁって思ってなぁ」
「姉ちゃん・・・確認するが、酔ってはないよな?」
翔が引き気味で問うた。
「もちろん、一本も飲んでない。宴はこれからである!」
えっへんと胸を張る。その様子を見て、二人は更に引いたようだった。
「お姉ちゃん・・・彼氏ができないからって、レズ方向はどうかと思うよ・・・」
「そんな事はないよ!ただただ、姪っ子の成長が嬉しくて堪らなくてですな」
「・・・姉ちゃん、疲れてるなら存分に休め。悪いことは言わないから」
「そう?じゃあそういう翔には、宴に付き合ってもらうかぁ!もう飲めるんでしょ?」
「飲めるけどよ・・・なるべく控えてはいるんだが・・・」
「よーし、なら付き合う!陽子も飲めたら完璧だったんだけどねぇ」
「あ、あははは・・・」
葉月は、いい具合に冷めたコーヒーを一気に飲み干して椅子から立ち上がると、勝手にキッチンの冷蔵庫から缶ビールを四本ほど腕に抱きかかえて、テーブルにドンと置いた。
「さーて!今日は飲むぞー!」
終始苦笑いを浮かべている二人の間で、缶ビールを一本開ける。シュパっといういい音を出した缶を口元に添えると、葉月は一気にそれを飲み干した。

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